2026/07/04 - 2026/07/04
1999位(同エリア3509件中)
まりも母さん
普段非公開のベルギー大使館別荘を見学する事が出来ました。
2010年 イタリア大使館別荘を見に行って以来
日光のレトロな建物とリゾート地、国際避暑地文化について
自分なりに調べ 見学するのが まりも母ワークのひとつになっています。
今回は 抽選に当たってのラッキーな見学。
ついでに 今まで行く機会の無かった場所へも行って来られました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車
-
ベルギー大使館別荘の特別公開は 国交樹立160周年を記念して今回で3回目
7月3日~5日の3日間 事前予約応募多数時抽選 での参加でした。
募集に対して応募人数は約5倍
指定時間の前 早めに中禅寺湖畔へ行きました。
車を最寄りの華厳の滝第一駐車場に停め
まずは 日光自然博物館を見学します。 -
ここに来たのは初めて。
来てみたいと思いつつなかなか時間的余裕が無く。
日光へは年に数回づつ来て
野山を歩き、野鳥を探し、レトロな建物や遺構を探す
そんな私とダンナには 日光の自然と歴史を学べる 興味深い博物館なのです。
この日は 英国野鳥版画展が開催され
野鳥好きな私たちにはうれしかったです。 -
そんなに広い博物館ではありません。
1階に約20分大画面で 奥日光の四季を紹介する映像ホール
企画展示室、ミュージアムショップなど。
2階に常設展示室が 自然系と人文系のふたつ。
2階へ上がる階段辺りの意匠がなかなか面白かったです。 -
階段室の吹き抜けのステンドグラス。
華厳の滝をデザインしたものですね。 -
人文系展示室
奥日光の歴史を 男体山の山岳信仰と国際避暑地文化の視点から紹介した展示が主。
これは 山伏装束の説明展示
勝道上人が男体山登頂を果たしたのは天応2年(782)3度目の挑戦、3日間費やしたと。
この時 現在の南斜面ではなく北斜面からの登はんで、中禅寺湖を山頂から発見。
長らく 女人禁制の霊峰とされてたのは知っていました。
下りいろは坂にある 馬返し
坂が急だったり狭くて馬が進めないからだと思っていたのは間違いで
これも女人と同様 牛馬禁制だったからだとパネルを読んで知りました。
他にも 中禅寺湖各所の名称
赤沼は 赤城山と男体山の化身の戦いで 流れた血で染まったからの名
歌ヶ浜は 勝者男体山の神がお祝いの酒盛りをした場所
菖蒲ヶ浜は勝負ヶ浜であり 勝負がつき和議を結んだ場所など
伝説にまつわる地名の由来も興味深かったです。 -
国際避暑地の歴史 が一番興味あった展示です。
アーネスト・サトウ役が案内する映像と パネル展示。
昔の写真展示もありました。
その昔、いろは坂が造られる前 中禅寺道を篭に乗ってあがる人などが。 -
中でも知らなかった まりも母的新事実。
日光で最初の外国人向けホテルは 金谷ホテルだとばかり思っていました。
が、
明治21年(1888)渋沢栄一も出資した「日光ホテル」が現在の日光奉行所跡の場所に開業したのです。
(今も 石積みの門と塀の一部が見られます)
隣に明治25年(1892)「新井ホテル」も出来
「明治30年(1897)には新井ホテルが 日光ホテルを買収し
名称を日光ホテルに統一し 元の新井ホテルは夏季限定の日光ホテル分館へ。
しかし 大正15年(1926)火災により木造洋風建築の建物は全焼してしまいます。
再建は叶わなかったものの 新井家の人々は金谷ホテルや箱根富士屋ホテルへホテルマンとして移っていった・・・」
「」内については 主にAIの教えてくれた情報になります。
自分の備忘録としての記載です。
(金谷ホテルは明治26年(1893)開業。
ただし旧金谷カッテージインは明治6年頃から宿泊施設として営業) -
創業当時の金谷ホテルの外観。
現在の本館外観と比べると窓も随分違っています。
地下部分を掘り下げて 写真の1階部分は今の2階になっているはずですが
ちょっと共通点が判りません。
サンフランシスコでホテル業を学び 金谷カッテージインの通訳兼支配人だった
坂巻正太郎によって中禅寺湖畔に レーキサイドホテルが出来たのが明治27年(1894)
(1966年より東武鉄道経営のレークサイドホテル。現リッツカールトン日光の場所)
日光ホテル明治21年、新井ホテル明治25年、金谷ホテル明治26年、レーキサイドホテル明治27年と
外国人向けリゾートホテル開業ラッシュがあったのです。 -
日光ホテルの事を知れたのは 思いがけない収穫でした。
映像展示の多いこの博物館。
令和5年(2023)リニューアルオープンで映像展示が新しくなりました。
博物館は 他にも 中禅寺湖周辺の別荘公園の管理、ネイチャーガイドツアーなど
建物外の様々な観光拠点でもありました。 -
自然系展示室は 最近見かける実物大ジオラマ展示が。
タブレット表示の機能が 上手く作動しなかったのがちょっと・・・。
お年寄りの団体さんが 1階の映像ホール展示を見た後
どやどやとにぎやかにやって来たものの
興味薄いのか、すぐにいなくなりましたね。
いやぁ 私とダンナには色々知れて面白かったです。 -
指定時間まではまだ余裕が。
せっかくなので久しぶりに華厳の滝を見に行く事に。
外部の無料観瀑台まで行ってみました。
今年は雪が記録的に少なく、中禅寺湖の水位が低くて
放流量を少なくしていると聞いています。
一応 見られる程度には流れていましたが。
この画像では見えませんけど 沢山のイワツバメが高速で飛び交っていました。 -
華厳の滝エレベーターに乗れば滝壺目前で見られる・・・でしたよね。
いやぁエレベーターで行ったのもう30年どころじゃない前だった。
金谷ホテルに泊まって、ホテルのマイクロバスで観光に連れて行ってもらった時。
久しぶりだけど、どうせ見るならもっと水量の多い大迫力のが見たいですわ。 -
今日の見学会 県営湖畔第一駐車場に停めれば シャトルバスが運行されるとの事でした。
でも、立木観音入口交差点から 徒歩10分程度なので
歩きました。
交差点の湖ほとりに 2024年開催のG7 NIKKO記念 日光杉製モニュメント。
スワンボートも湖面に見え、一見水位が下がっているようには見えませんでした。
が、水位はまだ回復してなく 遊覧船は以前のコースでの運行には戻っていないそう。 -
湖畔を散歩気分できょろきょろしながら歩くとこんなものが。
古いコンクリの土台に大谷石の小屋風なもの。
柵についている看板が古そうでした。
「宇都宮市水道補水々門」と右から書いてありました。
調べてみると 大正5年(1916)宇都宮市の水道の水源である
大谷川の渇水時に利用する目的で整備されたものでした。
当時 華厳の滝の落水が減ると 大谷川の水量が減り 引水できない恐れから
湖底近くに引水口を設け 隧道によって滝の上部に水を供給しようと考えたものです。
結局 そこまでの危機は無く利用された事はないと。
現在は遺構として残りつつ 歌ヶ浜水位観測所として利用されています。 -
昨日は天気が悪かったです。
梅雨時でもあり 今日位なら十分。
たまに陽が差すやや曇りがちで まぁまぁ歩ける位の気温。
あまりお天気良くても暑いですから。 -
この辺り車で通った事はあっても歩いたことは無く
並ぶ昔ながらの宿の建物なども眺めます。
民宿みはらし はカーテンが下りています。
営業はされているのでしょうか?
別館の建物の千鳥破風、入口の唐破風が日光らしさを感じます。
この辺りには民宿やペンションがいくつもあります。 -
フランス大使館の看板が道路脇に。
この先にフランス大使館別荘の建物があるのは知っていました。
その隣がベルギー大使館別荘だったのも。 -
道路がカーブした場所に煉瓦っぽいブロックの塀が長く続いた中 湖畔に建物が。
道路に面した門に「立入禁止」の表示があります。
道路から見える建物を撮ってみました。
2階建てのハーフティンバーと言うより真壁造りの和っぽい建物。 -
指定時間前に着いてしまいました。
予約が要る事を知らずに来てみたらしい方が、断られていました。
申し込み多数で落選もあった位ですから仕方ないですね。
受付の男性が「指定時間より早めにご案内できると思いますが」との事で
少し先まで歩いて時間つぶし。
こんな建物が出来ていました。NIKKO Beans
ホテルとカフェダイニングのお店でした。
ゆば料理とか出していた味処桝屋 がリノベーションされていたのでした。 -
立木観音まで来ました。
門前のお土産物店をちょっと覗きこの辺で戻ります。
実は 立木観音は見た事がありません。
勝道上人が立木のまま彫り上げた伝説の観音様。
先程 博物館で知ったのは
元々神仏習合で二荒山神社中宮祠にあった
中禅寺御本尊が明治35年(1902)の男体山山津波で湖上に流され
奇跡的に歌ヶ浜に流れ着いた為
観音様がこの地をお選びになった、と中禅寺はここに分離・移築されたと。 -
再度 門の所で名前を告げ、届いた当選通知のメールを見せて受付。
道路から建物の屋根と2階の一部が見えます。
道路から狭い石段の道を下りると 玄関が見えました。 -
館内に入れる人数を調整しているようで、建物前の椅子に座って待つと
グループ順に 案内されます。
その間 ちょっと外観もチェックします。 -
建物白い板張りの壁にこげ茶の柱が ハーフティンバーのような印象。
窓は観音開きが並んでいます。
白い鎧戸の雨戸が付けられ、2階のこの窓には月と星のくり抜き。
(月と星はベルギー王国と関連等は無いそう)
一部 鎧戸が壊れた後にアルミの雨戸が付けられたのかな?と言う箇所もありました。 -
ドア横に ベルギー王国の紋章
いよいよ内部に入ります。
ベルギー王国大使館別荘 昭和3年(1928)
ホテルオークラ創業者 大倉喜八郎によって建てられ寄贈。 -
玄関内部から1階ホールへ。
玄関ドアは木製の内側観音開き。上方に黄色っぽいガラスがはまっていました。
内側ドアも 同じガラスのはまった木製の扉。
館内は土足を脱いであがる為 見学者はここで靴を脱ぎます。 -
玄関の照明器具 シーリングライトのシェードはなんとなく和っぽい雰囲気。
面取りされた竿縁で大きく区切られた 一応 格天井っぽい意匠。 -
ホールの照明器具はこのグローブ球のもの。
こちらは古そうな器具が使われていました。 -
玄関右のお部屋はダイニング。
テーブルセッティングがされていました。
白く塗られた壁の明るいお部屋。
ランプはシャンデリアではなく、こちらもボール型のシンプルな照明。
お部屋の隅には壺のような陶器製のスタンドランプ。 -
テーブルに飾られた 食器類
ベルギーのクリスタルメーカー ヴァル・サン・ランベール社のグラスは
1960年に東京のベルギー大使館が落成・開館の際 ベルギーから送られて来たものと。
金色のは蓮の花托?と思ったら~ベルギーワッフル形のオブジェでしたー!
お皿には 紋章があしらわれています。 -
ダイニングの隣 湖側にサンルーム的なお部屋。
窓が多く ソファーが湖をむいて置かれています。 -
ソファーの上 壁に掛けられたアート。
鹿や鳥・・・よく見ると左の絵は狩りの様子。
しかも アフリカ?あたりの人でしょうか?
日光の森に関係あるのかと思ったら・・・違ってますね。 -
サンルーム的なお部屋の隣は広い1階ベランダ。
隣の部屋前へ続く石タイル床の屋根付きベランダでした。
まさしく 中禅寺湖の景色を満喫する為のもの。
気候の良い季節はこのベランダから湖の景色を楽しみ
寒い季節は隣のサンルームの窓越しに 景色が楽しめる そんな造りです。 -
ベランダに面したお部屋はリビングルームでした。
石を積み上げた 素朴で、コテージ感あふれる暖炉。
今日は 薪がくべられ 火が点いていましたよ。
このお部屋には唯一 シャンデリアらしいランプがありました。
その上には ベルギー国王ご夫妻のお写真。
パネルは大倉喜八郎氏とベルギーの関わりについてのもの。 -
お部屋の廊下側端に格子枠の小窓。
これは、このお部屋でのディナー等 お客様対応の時
配膳に使うサービス設備ではないでしょうかね?
ここで 先ほどから見学客に挨拶をされている外国人男性がいらっしゃったので
私もご挨拶。ついでに つい2日前の
サッカーワールドカップ決勝リーグのベルギー・セネガル戦
2点先制され後半残り僅かな3分間に同点に追いつき
延長後半終了間際に逆転勝利(この試合は見てましたね~)の結果「良かったですね」
と 話しかけてみた所 いまいち日本語がわかっていないっぽい。
あれ?職員さん だよね?と思ったら~ ベルギー大使その人でしたー! -
ドアを出てホールに戻ると廊下にこんなランプが。
昔の陶器製お酒の入れ物をランプに改造したものですね。
先ほどの格子小窓の前にも同じものが。
和の飾り物ではあるけどかなり庶民的な雰囲気。
八角窓の左にはドアがあり そちらは非公開。
厨房などがありそうでした。 -
ホールから階段の眺め。
階段親柱は円柱。
手摺子部分は球が並んだデザイン。
ジュート製らしい階段絨毯が高級感ありました。 -
2階ホールから階段室を見下ろして。
この建物は いわれる通り
中禅寺湖畔にある 大使館別荘建築の中で唯一
和洋折衷ではなく 洋風にまとめられた建物です。 -
2階ホールにシンプルレトロなキャビネット。
この日はスモークツリーとワイルドフラワーっぽいアレンジが飾られていました。 -
ホールの反対側にこの重厚な飾りテーブル。
これはベルギーから持ってきたものでしょうか?
この建物に置かれている家具類と明らかに雰囲気が違う品。
上には 上皇様ご夫妻と王室との記念のお写真 -
2階ホールの様子。
階段室に小さなペンダント。ホールにもペンダントがひとつ。
夜は かなり暗いのではないかと思われます。
(階段左のドア内は非公開) -
ホールから非公開エリアになりますが
廊下が続きドアがいくつも見えました。
バスルームや 職員さんのお部屋などでしょうかね?
天井の竿縁の置き方がちょっとしゃれています。 -
2階の一部屋はベランダに面した ドレッサーのみが置かれたお部屋。
ドレッサーも昭和初期と言った感じのデザインでした。
この日はパネル展示のお部屋に。
皇室と王室についてや都内の大使館についてなど
意外だったのはこの和風なペンダントランプ。
ちょっと違和感感じる位意外なデザイン。 -
2階もう一つベランダに面したお部屋は
プライベートな寝室。
半分にはハリウッドスタイルのベッドが置かれています。
コネクションドアで隣の部屋へ直接アクセスできる造り。
隣が子供部屋 という意味でしょうか?
このお部屋の照明器具もお隣と同じ竹の使われた和っぽいペンダント。 -
寝室の半分は プライベートなリビングと言った感じ。
ここにも石積みマントルピースの暖炉が。
ラウンジチェアが2脚。 -
平面図などはありませんので
記憶と想像ですが、
右のドアはトイレやバスルームに近い扉でしょうか?
チェストも置かれ、ここは通常も寝室として使われているような雰囲気でした。 -
寝室とベランダの間には腰壁上がガラス窓で仕切られ
真ん中あたりにドアが。
そのドアを開けるとこのデッキベランダに。 -
ここにこんなものがありました。
ベランダの端っこの壁に小さな扉。
これは この白い壁の中に収められた雨戸を出すときに使うものですね。
2階のベランダは雨戸で閉める事が出来るようになっています。 -
建物内はほぼ見せて頂きましたので外へ。
玄関前から中禅寺湖の方へ降りると石積みの桟橋があります。
この桟橋から建物前が大使館別荘の所有地らしく
桟橋上には「関係者以外立入禁止の看板」 -
大使館別荘前の湖畔から見える男体山
今日はこんな感じでほぼ山頂には雲が。
そうそう 午前中博物館で知った事に
男体山頂遺跡を最初に発見したのは 明治10年(1877)
大森貝塚を発見したので有名なエドワード・モースですって。
山頂付近で錆びた槍の穂や刀身などを見つけたそう。
その2ヶ月後にはアーネスト・サトウも初登頂した記録があり
ここにも外国人の足跡があったのですね。 -
湖側から見える外観。
1、2階にそれぞれベランダがあり 寒い季節は窓越しにその景色を眺められる
贅沢すぎる景観を楽しめる 最高のロケーション。
ここでは贅沢なインテリアよりも
価値があるのはこの眺めなのでしょう。
もう30年以上前 千手ヶ浜にキャンプ場があった頃
そこでのキャンプは 静かな波の音、たまに聞こえる鹿の声、
涼しい夕風と 忘れられない楽しいひと時でした。
この別荘での避暑は そんな毎日が続く夏なのですね。 -
ベランダから カメラを向ける見学者に手を振ってくださる
エヴラー・アントワン駐日ベルギー大使 -
右側の方は非公開部分。
決して豪華な造りではありませんし
もう100年になろう建物なのに大きく改装されてもなく
(雨戸がいくつも見えるは維持の為にも必要だったでしょう)
でも、廊下や階段を歩いてギシギシするような不具合は感じませんでした。
設計者不明の建物ではありますが、
大倉喜八郎氏が寄贈しただけあって、
りっぱな材で堅牢な造りの建物なのかなと。
見学の良い機会を頂いて感謝します。 -
華厳の滝近くの駐車場まで徒歩で戻り まだちょっと時間もあります。
ダンナが 日光三大瀑布とか三名瀑ってのがあって
華厳の滝と霧降りの滝とあともうひとつが 裏見ノ滝だって。
知ってた?と
いや~知らん。いつも清滝インターを通る度に 清滝ってどこにある?とは思ってたけど・・・。
行ってみようか?駐車場も近くにあるらしいよ。と
ちゃんとトイレのある駐車場がありました。 -
看板によると
500m15分らしい。 その距離でその時間は少々登りだな。 -
すぐに長そうな階段が見えて来ました。
今日は山っぽい所歩くつもり無くてやや萎え~。
ダンナに じゃ~やめる?と言われ いや、次は無いかもしれんから行く。 -
周りを深い緑に囲まれた登山道っぽい道を進みます。
オオルリの声が聞こえました。
もう 梢の方に居る季節。葉も茂り姿は見えなかった。
すると人の声が聞こえ・・・川の方に姿も。
キャニオニングのツアーみたいです。
インストラクターとお客さんが2人。
渓谷の水の中に入ったり岩を登り下りしての川下り。 -
道はがけっぷちの木道に変わりました。
まだ先へ続いて見えます。
手前の斜面にも滝の流れが見えます。
布引滝
この辺り 水の流れる音がかなり大きく聞こえます。 -
橋の上から 大きな滝が見えました。
あれが裏見ノ滝でしょう。 -
まず、手前に高い場所からの滝が。
荒沢相生滝 -
そしてこれが裏見ノ滝 高さ20m
大谷川支流の荒沢川上流になります。 -
滝の右上から岩に窪みが見えます。
窪みは 滝裏へと斜めに下っています。
その先 石仏が見えます。寛永元年からの不動明王が祀られています。
(金属の剱らしい物も見えます)
かつて この道を上から歩き滝の裏側へ行く事が出来たのが
名前の由来。
明治35年(1902 )上部の岩が崩落し 裏へは行かれなくなったそう。 -
そしてこれが裏見ノ滝 高さ20m
大谷川支流の荒沢川上流になります。 -
戻る途中も先ほどの3人が見えました。
この先急流だな、と思った地点は
やはり 高巻きするらしく渓谷の斜面の方へ上がっていました。
素人や初心者には危なそうに見えました。
苔生したお地蔵様が。 -
駐車場に戻ると 来た時は数台停まっていた車は 皆いなくなって。
残っている一台は キャニオニングツアー会社の車っぽかった。
駐車場前の道路下に東屋が見えます。
しかし、苔生してじっとり湿っていそう。とても座る気になれない・・・。 -
東屋がある位だから まだ下にも何かあるのかな?と
進んでみると
単管で組まれた仮設橋が見えました。
そこには「立入禁止」の札。
橋の先は階段で、その向こうには何かの施設が見えました。
ここへ来る手前に安良沢浄水場がありましたから、その関連施設なのかも。
今日は 目的のベルギー大使館別荘見学にあわせ
今まで知らなかった 「日光」に触れる事ができた良い一日でした。
まだまだ探求したい 日光のリゾートと国際避暑地の歴史です。
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