2025/11/25 - 2025/12/03
8701位(同エリア9067件中)
彩ちゃんさん
2025年11月★初めてのニューヨーク★大学生息子と50代後半の私 ④ ★
☆ニューヨーク 8泊10日の旅
☆名画も自由な気持ちで鑑賞するのが好き
☆ブルックリンで行きたい素敵な可愛いお店いっぱいお気に入りチェックしていたけど案外いってられないモンだったよ、
☆やはり初めてのニューヨークでは有名観光地の優先度が高めってことだった
☆いつも旅行記づくりは旅の振り返り学習になっているし、もはや脳トレ的な思い出し作業★大切
☆個人的旅の備忘録、忘れてきた頃に見返すのが楽しみ
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☆6日目
午前9時半、よく見るキッチンカーは自転車です。運転手見えない~、まるでキッチンカー単独でスルスル進んでるみたい、 -
ホテルからの徒歩圏内での最初の目的地
フラットアイアン・ビル!
ガガァァーン~!
ネットに包まれメンテナンス中だったぁぁ~!フラットアイアンビルディング 現代・近代建築
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はぁ~、残念っ、
このいかにもニューヨークな建物を撮影したかったです。 -
あら、
日本でも人気の YETI 路面店、Tシャツとかお土産にイイじゃん!って思ったけど次の目的があるのでスルーしちゃったよ、
入ればよかったな、買っときゃよかったな、 -
まずは腹ごしらえ、
ヌードル系が食べたい中華系ファーストフード〈 金満庭 Dim Sum Sam 〉
ガラス窓から店内のぞける安心感よ、 -
あー、お手軽でよいわぁ、
スープとかホッとする、
シュリンプとポークのワンタンスープ
→私
BBQローストポークスープに香港エッグヌードル、レモンティー、エッグタルト
→息子
…Tax とTip 入れてトータルで $ 37.65 でしたよ、ぜんっぜんお手軽ではない、、 -
来ました~! THE MET !
メトロポリタン美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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事前にネットで予約していたんだろか覚えてないのですが すんなり入館しました。
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ギャラリー数は世界最多を誇るとおりの広い館内なので、これだけは鑑賞しておきたい順から目指すことにしていました。
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うーん、目的のギャラリー探すのも大変かも、
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あった!
ゴッホです、どなたが見てもゴッホ!
この繊細な優しい眼差しが胸にさすものがある、、
* フィンセント・ファン・ゴッホ
オランダ(1853年ズンデルト生、1890年オーヴェール=シュル=オワーズ没)
《麦わら帽子の自画像》1887年
(裏面:《ジャガイモの皮をむく人》)
キャンバスに油彩
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ファン・ゴッホはパリ滞在期間中(1886-88年)に20点以上の自画像を制作しました。資金不足でありながらも人物画家としての腕を磨こうと決意していた彼は、自らを格好のモデルとしました。「モデルがいないため、自分自身を題材に制作できるよう、あえて質の良い鏡を購入したのです」。新印象派の技法や色彩理論への意識がうかがえる本作は、それ以前に描かれた農民の習作の裏面に描かれた数点の作品のうちの一つです。
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以上は、METの解説をGoogle翻訳して引用しました。 -
なにがいいって、ゆったり空間で周りには誰もいません。
透明ケースで展示されているのは、このキャンバスの裏面に描いた絵が見えるようになっているからです。
周りに誰もいないからね、ホラッ並んで撮っておきましたよ。 -
ひまわり花頭、いかにもゴッホの選ぶ絵のモチーフだと思うわ、
* フィンセント・ファン・ゴッホ
《ひまわり》1887年
キャンバスに油彩 -
* フィンセント・ファン・ゴッホ
《アイリス》1890年
キャンバスに油彩
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1890年5月、サン=レミの療養所を退院する直前、ファン・ゴッホは春の花束を題材とした4点の力強い作品を制作しました。連作のもう1点である《バラ》は、隣の展示室に飾られています。これら2点はどちらも、1907年に亡くなるまで画家の母親が所有していました。
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以上は、METの解説をGoogle翻訳し引用しました。
画家のお母さんが亡くなるまで所有していたって言うのがなんとも切ないけどいいよね、 -
この空の色!( 南仏で本物の空見たい!)オーロラカラーを感じる雲の色!大好き、ウネウネ感がゴッホだー!
* フィンセント・ファン・ゴッホ
《糸杉》1889年
キャンバスに油彩
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本作《糸杉》は、ファン・ゴッホがサン=レミの療養所での1年間に及ぶ滞在を始めた直後の1889年6月下旬に描かれました。「エジプトのオベリスクのように、線とプロポーションが美しい」と彼が感じたこの主題は、画家の心を捉えるとともに、彼に挑戦を突きつけるものでもありました。彼はこう述べています。「それは陽光あふれる風景の中の暗い塊だが、最も興味深い暗い色調の一つであり、正確に捉えるのがこれほど難しいものは他に思いつかないほどだ」。
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以上は、METの解説をGoogle翻訳して引用しました。 -
* ポール・シニャック
フランス、パリ 1863–1935年、パリ
《ノートルダム・ド・ラ・ガルド(ラ・ボンヌ・メール/善き母)》
マルセイユ、1905–1906年
油彩・キャンバス
コチラも南仏っ!やはり南仏は私好みのオーロラカラーの空気感なんだろうか、確かめたい!
そして'善き母'ってどう言う事だろう?チャットGPTにお尋ねしてみましたら、(ついに私も息子に教わりましてチャットGPTを使用してみることになった!)
→マルセイユの守護者として親しまれている聖母マリア、そしてその聖母像を戴く「ノートルダム・ド・ラ・ガルド大聖堂」の愛称だそうです。
「港町マルセイユを高いところから見守る母」と、
なぁるほど~、お尋ねしてみるもんだわー、モヤモヤが晴れたよ、 -
あぁ、コチラも今までに教科書とかでよく見ていた絵画よ、本物だぁ、
* ジョルジュ・スーラ
フランス、パリ、1859–1891年、パリ
《グランド・ジャット島の日曜日》の習作、1884年
油彩・キャンバス -
*ジョルジュ・スーラ
《サーカスの呼び込み(パレード・ド・サーカス)》1887–88年
油彩・キャンバス
'これはスーラにとって初めての夜景画であり、また大衆娯楽を描いた最初の作品でもあります。'だからガイド本によく載ってるのかな、 -
'モネ イコール 睡蓮'な徹底した執着みたいな感覚にすごい憧れるんだよね、
* クロード・モネ
フランス、パリ 1840–1926年、ジヴェルニー
《睡蓮の池に架かる橋》
1899年
油彩・キャンバス -
小学生低学年まではバレリーナに憧れの気持ちがあった私、
その頃 なにか教科書とかの写真で見たこの銅像、ここにあったんだ!! 感動~!
そして背景にあるのもドガの踊り子達!
素晴らしすぎるこの空間~!
そして杉綾の床がまた美しいー!
うっとりする好きな写真の一枚だわー!
* エドガー・ドガ
フランス、パリ、1834–1917年、パリ
《14歳の小さな踊り子》
1922年(鋳造)、2018年(チュチュ)
着色を施したブロンズ、綿製タルラタン、絹サテン、木 -
* エドガー・ドガ
《踊り子たち、ピンクと緑》1890年頃
油彩、カンヴァス
油彩だったんだぁ~、衣装のグリーンの発光してる感じがドガっぽいな。
パステルかなって思い込みだったわ、印象的ないいグリーンだわ、 -
約150年前!
バレリーナは今も昔も美しい、
* エドガー・ドガ
《バレエのバーで練習する踊り子たち》
1877年
キャンバスに混合技法 -
* オディロン・ルドン
フランス、ボルドー 1840年–1916年、パリ
《花束》 1900–1905年頃
紙にパステル
こちらは紙にパステルだったんだぁ、昔から大好きな絵画、大雑把で無造作で自然な感じ( に見える )こんな花束が大好き! -
おっ、
シスター達も絵画鑑賞、いいですね、 -
おおっーーー!
人生のここで この絵画に対面できるとわーー!
幸せすぎるーー!( 語彙力 )
* グスタフ・クリムト
オーストリア(1862年バウムガルテン生~1918年ウィーン没)
《メーダ・プリマヴェージ》(1903-2000年)1912-13年
キャンバスに油彩
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メーダ・プリマヴェージの表情や立ち居振る舞いからは、9歳の少女とは思えないほどの強い自信が感じられます。意志が強く活発な子供だった彼女は、クリムトがポーズや背景、衣装を様々に変えながら数多くのスケッチを重ねていた制作時の様子を鮮明に覚えていました。最終的に彼女が身にまとったのは、画家の親しいパートナーであったクチュール・デザイナー、エミーリエ・フレーゲが特注で仕立てたドレスでした。
少女の衣服や背景に描かれた鮮やかな花々は、若々しさや繊細さを想起させます。この肖像画は、ウィーンの最先端の芸術サークルの熱心なパトロンであったメーダの両親、オットーとエウゲーニアの洗練された感性を物語っています。
本作は1938年にウィーンでナチスによってジェニー・プリツァー・シュタイナーから没収されましたが、1951年に彼女のもとへ返還されました。
アンドレ&クララ・メルテンス夫妻より寄贈(クララ・メルテンスの母ジェニー・プリツァー・シュタイナーを記念して)、1964年
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以上は、METの解説をGoogle翻訳して引用しました。
絵画を学ぶ高校生だった頃、この絵が大好きすぎて、この背景のパープルを自分の林檎を並べた静物の油彩に取り入れてみた、先生方から「 なんだかエロスな感じがする 」って批評されたこと、それからほぼ40年 今も覚えている、 高1の女子高生だった私にはその批評はビミョーだった。クリムトがぁーとも言う度胸も無し、紫の使い方間違えたわ、今ではいい思い出、 -
美しい人、黒い髪に黒い瞳、
* グスタフ・クリムト
《セレーナ・プリュリッツァー・レーダーラー(1867–1943)》 1899年
油彩、カンヴァス -
パッと見の色彩は ほんわかパステル調
ん?、トラウマになるヤツじゃん!
、、絵画は自由に鑑賞して楽しむタイプなのですが~~、、解説を読んで納得したいタイプのもあります、
* ジェームズ・アンソール
ベルギー、オステンド 1860年–1949年、オステンド
《滑稽な食事(飢えた者たちの宴)》
1917–18年頃
油彩、カンヴァス
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この作品の現在のタイトルは、アンソールが生前にこの作品につけていた2つの題名を反映したものです。
研究者たちは、この謎めいた場面を、第一次世界大戦中のドイツによるベルギー占領に対する批判として解釈しています。アンソール自身、この占領を直接経験していました。
テーブルを囲む人物たちの構図は、「最後の晩餐」を想起させます。しかし、キリストと使徒たちの代わりに描かれているのは、行儀の悪い、グロテスクな、そして仮面をつけた人物たちです。これらは、アンソールが好んで繰り返し用いたモチーフでした。
彼らの粗末な食事には、昆虫や生のタマネギまで含まれています。これは、当時ベルギーの人々が耐え忍んだ、飢饉に近い深刻な食糧不足を想起させるものと考えられます。
アンソールはさらに、画面の背景に、騒々しく戯れる骸骨を描いた自身の3作品を引用することで、作品に死や人間のはかなさというテーマを強く印象づけています。
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以上は、METの解説をグーグル翻訳して引用しました。 -
好きな一枚、何が、どんなところが好きなんだろう、と答えが出なくてもよく考えることがあります。
* オディロン・ルドン
フランス、ボルドー 1840年–1916年、パリ
《パンドラ》 1914年頃
油彩、カンヴァス
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古典神話において、パンドラは神々によって創造された、この上なく美しい女性であり、地上に送られて人間たちとともに暮らすことになりました。
ルドンは彼女を裸身で、完全な無垢の状態にある姿として描いています。そして、花々に囲まれたその姿は、エデンの園にいる聖書のイヴを思わせます。
伝説によれば、パンドラが腕に抱えていた箱を開けたとき、そこから人類を苦しめることになるあらゆる災いが解き放たれ、幸福で理想的だった黄金時代は終わりを迎えました。
この作品は1914年頃、つまり第一次世界大戦が始まる直前に制作されたと考えられています。そのため、「調和が破壊され、混沌が解き放たれる」という作品のテーマは、当時の時代状況と重なり、いっそう強い意味を持っていたのではないかと考えられます。
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以上は、METの解説をGoogle翻訳して引用しました。 -
ほほぉぅ、このようなタイプの絵も好き、想像力が掻き立てられるよ、
どうしよう、、いやいやいや、いくらなんでもやっぱり拒否っていますよね、
* ギュスターヴ・モロー
フランス(1826年パリ生、1898年パリ没)
『オイディプスとスフィンクス』1864年
キャンバスに油彩
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ギリシア神話の英雄オイディプスが、旅人に謎をかけて苦しめる邪悪なスフィンクスと対峙しています。その謎とは、「朝には四本足、昼には二本足、夕方には三本足で歩く生き物は何か」というものです。手前には、答えを誤った犠牲者たちの遺骸が散乱しています。(答えは「人間」です。人間は赤ん坊の時は這い、成人すると直立して歩き、老いては杖をつくからです。)モローは1864年のパリ・サロンにこの作品を出品し、その名を広く知らしめました。日常生活を描く作品が台頭する中、彼は聖書や神話、あるいは想像上の物語を題材に選びました。その幻想的で現実離れした世界観は、オディロン・ルドンやオスカー・ワイルドといった若い世代の人々を惹きつけました。
ウィリアム・H・ヘリマン遺贈、1920年
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以上は、METの解説をGoogle翻訳して引用しました。
「対峙」だったか、いやぁてっきり「誘惑」と思っちゃったわ~、顔だけ美女の視線が近すぎるぅ、 -
ギョッっ!?
これ ホラーかっ?って感じてしまったのは私だけか。(、、失礼しました。)
絵画として目の付け所が独創的だわー、とても感心してしまった一枚。
* アクセル・ヴァルデマール・ヨハンネセン
ノルウェー、オスロ(クリスチャニア) 1880-1922年
《飛び込み台の男》1912年
キャンバスに油彩 -
と、言う流れで差し込んでみたこちらは、大学生息子の写真からの一枚、
うーん、
あ、もちろん名画ですとも!
えーと、何の題材でしょうか、勉強不足なのだが想像してみる、やはりサロメ的な、、?
おっ、やはり
『洗礼者ヨハネの首を持つサロメ』でした、名場面すぎるもんね、
* アンドレア・サラーリオ
1506年 -
子ども時代に知ってから ルノワールはいつもこんな感じがルノワール、子ども時代のよくあるカレンダーで見覚えが、、
* オーギュスト・ルノワール
《ジョルジュ・シャルパンティエ夫人(マルグリット=ルイーズ・ルモニエ、1848–1904)とその子どもたち、ジョルジェット=ベルテ(1872–1945)とポール=エミール=シャルル(1875–1895)》
1878年 -
ルノワールかと思ったら、エドガー・ドガでした。
色とりどりの花々!シックなグレーの色調!名脇役みたいなマダム!そっち向きの視線!この絵とても私好み!モデル希望!
* エドガー・ドガ
《花瓶のそばに座る女性(ポール・ヴァルパンソンの夫人?)》1865年
キャンバスに油彩
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際立った存在感を放つ花束と、画面中央から外れた位置で右の方へ上の空の視線を向ける女性。この二つの要素を並置する構図は、何気ない日常の一場面にいる人物の姿を捉えようとしたドガの意図を如実に物語っています。モデルは、画家の学生時代の友人であるポール・ヴァルパンソンの夫人である可能性が高いと考えられます。ドガは彼らのカントリーハウス(メニル=ユベール)への滞在を大いに楽しんでいました。花束に活けられたダリア、アスター、ガイラルディアといった花々は、夏の終わり頃の訪問であったことを示唆しています。
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以上は、METの解説をGoogle翻訳して引用しました。 -
マティスの赤
* アンリ・マティス
フランス、ル・カトー=カンブレジ 1869年–1954年、ニース
《灰色のズボンをはいたオダリスク》 1927年
油彩、カンヴァス -
「 …コスプレではない 職業である …」
ホッとするアフターのひととき、
( 、、勝手に妄想です )
あら、、解説によると、自ら道化師コスプレしてるピカソでした。いいね、
* パブロ・ピカソ
スペイン、マラガ 1881年–1973年、フランス、ムージャン
《ラパン・アジルにて》 1905年
油彩、カンヴァス -
ボナール好きだ、春の庭、きっとホントにそのまんま、
* ピエール・ボナール
フランス、フォントネー=オー=ローズ 1867年―1947年、ル・カネ
《庭》1935年頃
油彩、カンヴァス -
* ジョルジュ・スーラ
《曇り空、グランド・ジャット島》
1886~1888年頃
油彩、カンヴァス -
スーラの絵は必ず近寄って、繊細な色の点を確認しながら見るのが好き、
-
ふぅー、ととのいましたわ~、( 妄想は そんな感じ、)
*パブロ・ピカソ
スペイン、1881年―1973年
《二人の裸婦》1909年
油彩、カンヴァス -
私もここにいるよ~、
* ヨハネス・フェルメール
オランダ、デルフト 1632年―1675年、デルフト
《若い女性の習作》1665~1667年頃 -
オランダ女性の白い頭巾から〈フランダースの犬〉をノスタルジーな想いで連想するなら昭和だと思う、
* ヨハネス・フェルメール
《水差しを持つ若い女性》1662年頃
油彩、カンヴァス -
毎日のお稽古
* ヨハネス・フェルメール
《リュートを調弦する若い女性》
1662~1663年頃
油彩、カンヴァス -
はぁ~っ…、旦那様には困ったモノだわ…(つぶやき)
* ヨハネス・フェルメール
『眠る女中』1656–57年頃
油彩、カンヴァス -
わかっているけど広いです。名画がこんだけあるのに広いから人が分散してゆったり鑑賞できるんです、いいよねー
-
* レンブラント(レンブラント・ファン・レイン)
オランダ、ライデン、1606–1669年、アムステルダム
『扇を持つ若い女性の肖像』1633年
油彩、カンヴァス
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この生き生きとした肖像画には、対作品(ペンダント)、つまりこの女性の夫を描いた一枚の作品があります。そこでは、男性が椅子から立ち上がる姿が描かれています(1633年、シンシナティ、タフト美術館所蔵)。この2点を並べて見ると、夫婦が互いに応答し合っているように見えます。このような構成は、1630年代初頭のレンブラントの作品の中でも、とりわけ創意に富んだものです。
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以上は、METの解説をGoogle翻訳して引用しました。
ふわふわしたヘアスタイルもドレスも私好み!
男性側の一枚もぜひ鑑賞したいものです、 -
いろいろ想像してみる一枚。
闘う?あなたが?
その武装スタイル何用なんだろう?スカートがエレガント過ぎる!
* レンブラント(レンブラント・ファン・レイン)
オランダ、ライデン 1606-1669 アムステルダム
《ベローナ》1633年
キャンバスに油彩
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レンブラントによる古代神話の現代化の典型例として、 ローマの戦いの女神を描いたこの作品は、スペイン との八十年戦争におけるオランダの戦闘への備えを 反映しているのかもしれません。レンブラントは古代 彫刻の理想化された源泉に頼るのではなく、同時代 の女性をモデルにこの女神を描きました。ベローナの鎧と恐ろしい盾のきらびやかな表面は、若い画家 がその技量を存分に発揮することを可能にしまし た。
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以上は、METの解説をチャットGPT翻訳して引用しました。
なるほどぉ~、つまりベローナ嬢のコスプレ肖像画であって現実的な実用品ってわけじゃなかったって事かな、 -
メドゥーサの盾!
カッコいいコスプレ肖像画!
いいね! -
、、、イヤならイヤって言ったほうがいいよ、( 勝手に妄想 )
* ニコラース・マース (オランダ、ドルトレヒト 1634-1693 アムステルダム)
《アブラハムによるハガルとイシュマエルの追放》1653年
油彩、キャンバス
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これは、レンブラントの弟子の中でも最も多才な 画家の一人であるマースの、年代が判明している最古の作品 です。マースは師から、聖書の物語を力強い家庭劇へと 昇華させる才能を身につけました。レンブラントも描いた この主題で、マースはユダヤ人の族長アブラハムが、 侍女ハガルと息子イシュマエルを追放する場面を 描いています。アブラハムはハガルを慰めようと しますが、彼女のうつむいた視線は、息子の 視線と呼応し、見捨てられたことへの絶望と悲しみ を伝えています。
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以上は、METの解説をGoogle翻訳して引用しました。
イヤでもイヤって言えない事情がおありのようでした。絶望と悲しみかぁ なんとも言えないな、モヤモヤするだけ、 -
えぇっと、午後のクライアントは、、(午後の予定を 確認かくにん、)
* パブロ・ピカソ
マラガ 1881年–1973年 ムージャン(フランス)
《座るアルルカン》 1901年
油彩・キャンバス
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1901年の秋、スペインからパリへ移住して1年後、ピカソは、それまでにない独自の様式で6点のキャンバスを制作しました。これらの作品は、後に「青の時代」と呼ばれる時期の幕開けとなりました。
この絵では、過去の芸術家たちとの対話も重要な役割を果たしています。ピカソは、エドゥアール・マネやエドガー・ドガによるカフェの情景を振り返りながら、そこにフィンセント・ファン・ゴッホやポール・ゴーギャンから得た影響を加えています。
アルルカンが身につけている特徴的な衣装については、イタリアの演劇伝統であるコメディア・デッラルテから着想を得ました。この演劇は18世紀に最盛期を迎えましたが、ピカソが青年期を過ごした頃に再び人気が高まっていました。
いたずら好きな道化師アルルカンは、常にチェック模様の衣装を身につけています。一方、悲しげな道化師ピエロは、白い顔にひだ襟や襟飾りをつけています。しかしピカソは、この2人のキャラクターを融合させ、伝統に独自の解釈を加えました。
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以上は、METの解説をGoogle翻訳して引用しました。 -
とっておくか、、食べてしまうか、、
* パブロ・ピカソ
『盲人の食事』1903年
油彩・キャンバス -
パワーーッ!!!!!!
* エル・グレコ(ドメニコス・テオトコプロス)
ギリシャ人、イラクリオン(カンディア)出身、1541–1614年、トレド
《聖ヨハネの幻視》1608–14年頃
油彩・キャンバス -
* エル・グレコ(ドメニコス・テオトコプロス)および工房
ギリシャ人、イラクリオン(カンディア)出身、1541–1614年、トレド
《羊飼いたちの礼拝》1612–14年頃
油彩・キャンバス
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これは、エル・グレコが自らが埋葬されることになるトレドの礼拝堂のために制作した祭壇画を、より小さなサイズで描いた作品です(その祭壇画は現在、マドリードのプラド美術館に所蔵されています)。
エル・グレコはこの主題を何度も繰り返し描いており、この作品は、彼独特の色彩や形の特徴をよく理解していた工房の助手たちと共同で制作されたものです。
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以上は、METの解説をGoogle翻訳して引用しました。
共同制作がいいね、信頼関係の表れの気がする、 -
ふ、アジア美術コレクション鑑賞したのかな 私?
、、覚えていない、、欧米で最大のコレクションを誇るってのに!?
唐三彩陶仕女俑
《座る宮廷女性像》
唐代(618–907年)、8世紀
三彩釉を施した陶器
自然な日本語にすると、以下のような意味です。(そうです。チャットGPTに翻訳をお願いしたら丁寧な返答がきました、)
《座る宮廷女性像》
唐代(618~907年)の8世紀に制作された陶製の女性像。
三彩(さんさい)釉と呼ばれる、3色の釉薬を施しています。
2010年に購入。ヴィンセント・アスター財団からの寄贈によるもの(2010.120)。
「唐三彩」とは
唐三彩(とうさんさい)は、唐代に盛んに作られた陶器で、緑・黄・褐色などの釉薬を組み合わせた華やかな色彩が特徴です。
「仕女(しじょ)」は、古代中国の宮廷に仕えた女性を表す美術用語で、英語の court lady に当たります。
したがって、タイトルの 「唐三彩陶仕女俑」 は、簡潔に言えば
「唐三彩で作られた宮廷女性の人物像」
という意味です。
と、ご丁寧な返答でした。 -
次回またゆっくり鑑賞しに来てくださいよ、
って言われてる感じします。ぜひそうしたいです☆ -
広すぎる、
見れてない名画や彫刻や写真や まだまだいっぱいよ、
でももう無理、、脚が、、ふうー、 -
やはり多分 4分の1くらいしか鑑賞できなかったかも、
また来たいんだよね、いつか。
この先、もう鑑賞できないって思う名画を鑑賞することにいっぱいで私好みのマイフェイバリット作品をもっともっと見つけたかったな。
スマホ写真の時間記録見たら、
入館した時間は 午前 11時15分、退出した時間は 15時15分だった。鑑賞時間は約4時間、半分も見れてないかも、でも今回はこれでジューブン! -
帰りはバスで帰ってみた、ワンちゃんも普通に乗ってるね、
-
帰りがけに通ったベーカリーで買う、
-
結局、この手の食事ばっか食べていたのかっっ?!
すっごい美味しんだけどね、
☆6日目終了 -
☆7日目
マンハッタンから離れてブルックリンにやって来た。
ここだけは行っておきたいドーナツ屋さんを目指すよ、地下鉄Lで Lorimer St 駅まで来て地上に出た、
午前 10時 9分 ローカル居住区って感じのこの辺り、土曜日だからか静かでで人っけもない、 -
ニューヨークの普通の暮らしがここにある感じ、
ちょっと歩いてMetropolitan Av. 駅へ向かって、 -
メトロポリタン・アヴェニュー駅
-
地下鉄Gで、Nassau Av. 駅まで来たわ~、
( そう、もうすでにルートは忘れている、、コレはいい旅の思い出振り返り学習みたいになっている、、) -
やっぱりローカル居住まい地区、静かな土曜日の朝、いいねぇローカル感
-
かわいいローカルタウン、メインストリートなのか ちらほら人の出を見るね、
-
あったぁーー!
《 ピーターパン・ドーナツ & ペイストリーショップ 》 -
いつの頃からかは、思い出せんけどニューヨークに行くなら絶対行く!と思っていた老舗ドーナツショップ!
看板よいっ♡ -
店内は奥にイートインもあって、すでに人いっぱい!
カウンターに並ぶローカル感な人たちもいっぱい!
、、、ハードル高いかっ? -
いやいやいやそんなことはなく、なんとなく順番になっていて'ハイ観光客な私たち'も普通に声がかかり無事にドーナツ買えましたよ~、よき!
静かなローカル居住まい地区で、ここはとても活気あふれる土曜日の朝の空間でした☆ -
次の目的地へ向かうよー
-
地上駅、わかるのはそれだけ、
乗車した列車の車内にホームレスの人がいた。車輌の端の座席が当人のコーナーの様になっていて、簡単に乗ったり降りたりできないほどの私物が持ち込まれていた。
もう、その車内に住んじゃっているのかもしれない、もしかしたら鉄道会社としても許容するしかないのかもしれない。そんな感じに思えた。( そう言えば、子どもの頃 たまに山手線の車内でも見ていたことはある、山手線は終電になるからね、下車するんだろうと想像してた。)
なにしろその車内は臭いがしんど過ぎて やっぱり皆、走行中にでも他の車輌に移動していた。
そりゃやっぱね、私達もさすがに耐えられないので移動したわけよ、その一車輌はガラガラです。
世界の現実をこの目で見ることは、いい体験だと思ってる。 -
ヤバっ見えてきた!
考えてるコトは同じな人たちでやはりすでに人でいっぱいだぁ、 -
ブルックリン・ブリッジ~!!
やったぁぁ~!!嬉しい~!写真で見てきたとおりです~☆ -
ピース写真を撮っておくのはお約束☆
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その先に行くと、普通に使用できる公共のトイレがあってマジよかった、
-
橋の下、
そして駅に戻る途中でなんか食べたいとこでしたが、ガイドに載ってる様な店は観光客で大混雑してるのが見てとれた、 -
で、ちょっと離れた場所までいっての飲食店は地元の土曜日ランチタイムで大賑わい、その様子が店内のガラス窓越しに見えるわけで、、
度胸のない親子は何となく食いっぱぐれてしまったのです~、
、、日本では見ないね 珍しいアメリカントレーラーだよ、撮っとこ、
どうしようかと歩いていたら、アラ、ブルックリンブリッジ出入り口の階段をみんな上がっていく、 -
上まで登ってきてしまったら行くしかない!
ちょっと腹減り気分だが降りてウロウロ飲食店探しも もはやめんどい、、そんな感じで出発してしまった!
大丈夫か?水はある、 -
おおーっ、けっこう人いっぱいだ、みんな歩いて向こう岸のマンハッタンまで渡るんですね、観光客が多いよな
-
あっっ!あれは?!
小さく小さく見えるけどニューヨーク自由の女神像の実物よぉ~! -
向こうに見えるのは、マンハッタン・
ブリッジ、
ニューヨークが舞台の映画は沢山あるけど〈 橋 (ブリッジ) 〉が象徴的に使われていて思い出したのは『サタデー・ナイト・フィーバー』かな、と思い見直した。
大人になって改めて見るとキラキラフィーバー映画でもなんでもなく、ニューヨークの現実って厳しいモンだよビターな辛口映画だったーー!
ただ、若い頃は苦手なタイプのジョン・トラボルタ、主人公トニーのピュアな一面を純粋な気持ちで応援したくなるようなお母さん目線の自分がいたわー、、頑張るのよ、と。 -
マンハッタンの高層ビル群に近づいてきました。青空がいいね、
ゆっくりキョロキョロしながら歩いて30分かな、 -
チャットGPTでちょっと調べた以下のとおり
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ニューヨークのブルックリン橋は、1869年に建設が始まり、1883年5月24日に開通しました。
* 着工:1869年
* 完成・開通:1883年
* 建設期間:約14年
* 当時は「ニューヨークとブルックリンを結ぶ橋」として建設され、完成時には世界最長の吊り橋でした。
設計を主導したのはドイツ系アメリカ人の技師 ジョン・A・ローブリング。ただし、建設途中で亡くなったため、息子の ワシントン・ローブリングが工事を引き継ぎました。
現在でもニューヨークを代表する歴史的建造物の一つです。 -
行き当たりばったりで来てしまったので、次なる目的地へ向かってる
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地下鉄フル活用!!
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おおっ!見えてきたぁー!
ボリュームいっぱいになってきたので⑤に続く、
★2025年11月★初めてのニューヨーク★大学生息子と50代後半の私 ④★
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