2026/05/16 - 2026/05/16
384位(同エリア613件中)
かくちゃんさん
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三十四日目。
午後2時15分、強い日差しの中、白塚を出発。伊勢街道に入り、河芸(かわげ)の集落に入り、伊勢上野城の跡地にある本城山青少年公園に立ち寄り、伊勢湾を一望した後、給水して小休止。
本城山の山道から石段を下り、伊勢街道に戻り、旧道を進み、堀切橋で堀切川を渡り、川沿いの道を海に向い、水門を左折して鍵の手の道に入ると白子宿である。大徳屋長久さんで小原木を購入して再度給水した後、宿場町を抜け近鉄名古屋線の踏切を渡ると道は緩やかな上りとなり、住宅の続く道を進んで彌都加伎神社に到着。
参拝、給水後、再び伊勢街道の旧道を進み、伊勢鉄道の高架をくぐると大きな常夜燈が現れる。神戸宿である。龍光寺で元横綱大鵬の銅像を見て、神戸宗社をお参りして、近鉄鈴鹿線の踏切を渡り、神戸見附で土塁と石垣の跡を見て宿場町を出て、高岡橋で鈴鹿川を、河原田橋で内部(うつべ)川を渡り、日永の追分の引水で給水して東海道と合流。旧道を進み、諏訪神社の表参道と商店街を兼ねるスワマエ商店街のアーケード通りを抜けて諏訪神社に到着。本日はここで止まることとする。本日の走行距離、七里一町也。
諏訪神社を参拝後、境内の陰で着替えさせていただき、スワマエ商店街にある「緒花」さんで、生ビール、地元の日本酒と懐石料理をいただき三十四日目を締めくくったのでした。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- グルメ
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 新幹線 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
近鉄白塚駅
白子で各駅停車津新町行に乗り換えたのですが、車両交換のため乗客は全員白塚で降ろされていました。どうして白塚行にして白塚始発の津新町行に乗り換えるという形にしないのでしょうかね。白塚駅 駅
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上野城跡
上野城は織田信長の弟、信包(のぶかね)が治めた城で、お市とその娘の三姉妹(茶々、初、江)が一時期暮らしていたとされて来ましたが、近年の研究では三姉妹が預けられたのは信包ではなく、信長の叔父である信次だったという説があるのだそうです。写真のキャラクターは後の徳川第二代将軍秀忠の正室となった江ですが、残念ながらここでは暮らしたことがない可能性があるようです。 -
伊勢街道 白子宿(しろこじゅく)
桝形の道筋は宿場町らしい趣を醸し出していますが、白子は紀州徳川家によって港も整備されており海上交通の要衝でもありました。
ちなみに、川越街道にも白子宿がありますが、こちらは「しらこじゅく」と読みます。 -
大徳屋長久
白子の廻船問屋だったという竹口家。紀州候の上洛に同行した際、八瀬小原を訪れた記念に菓子を作るよう命じられたことをきっかけに、享保年間、竹口久兵衛が菓子作りを始め、爾来、300年にわたり作り続け、現在は15代目が店を切り盛りしているのだそうです。大徳屋長久 本店 グルメ・レストラン
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小原木(おはらぎ)
手甲・脚絆をはめ白足袋をはき、紺衣を着て薪や柴を頭に乗せて売り歩く女性「小原女」の頭に乗せた柴と、白子の子安観音をイメージして出来上がったという「小原木」。生地は薄いのですが、しっとり、もちもちの食感で、私の好きな味でした。 -
彌都加伎(みずがき)神社
土を司どる神を祀っていたことが起源とされる彌都加伎神社。境内の各所に和傘が展示されています。この和傘の展示、コロナ禍で沈んだ心を和ませたいという神社の禰宜(ねぎ)さんたちの発案で始まったのだそうで、和傘の蛇の目模様には魔除けの意味が、また、傘を開いた末広がりの形には縁起物としての意味があるのだそうです。彌都加伎神社 寺・神社・教会
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弥都加伎稲荷神社
千本鳥居、朱色の発色が強く、最近、新設されたか塗り直しされたものと思われます。ピカピカの鳥居をくぐると何だか爽やかな気持ちになりました。 -
神戸(かんべ)宿 伊勢神宮側入口にある常夜燈
木戸があったこの先の幸橋に常夜燈があったようですが、明治に入り水害で流されたため、昭和に入ってここに再建されたのだそうです。 -
龍光寺の大鵬像
徳川家と強い繋がりがあったという龍光寺。和尚様が大鵬さんと昵懇だったようで、大鵬さんはこの寺を度々訪れ、寺に泊まったこともあるのだそうです。銅像は平成17年(2005年)に建立されています。 -
神戸宗社
伊勢神宮と深いつながりがあるという神戸宗社。三つの社殿で形成され、写真の本殿には、二十二柱の神々がお祀りされています。神館飯野高市本多神社(神戸宗社) 寺・神社・教会
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神戸別院
津にある専修寺の別院で、明治天皇の行在所(あんざいしょ)ともなった神戸別院。閉門していたので引き返そうとしたところ、門に張り紙がしてあったので何だろうと思って見てみると「土日祝日は閉門します」とのこと。土日祝日がお休みというお寺さんも珍しいですよね。神戸別院 寺・神社・教会
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伊勢街道 神戸宿
城下町だけあって道筋は完全に鍵の手となっています。宿場町らしい古い建物も残っており、明治期の建造物である写真のあぶい旅館は現在も営業しているようです。 -
神戸見附
神戸宿の江戸側入口にあり、夜間は木戸を閉じて通行を禁じていたのだそうです。土塁と石垣の跡が残っています。 -
日永(ひなが)の追分
東海道と伊勢街道の追分であるとともに、間の宿でもあり、かつては茶屋や旅籠もありました。鳥居は、安永3年(1774年)、東海道と伊勢街道の分岐に鳥居がないのを遺憾として、有志が鳥居を建設して以来、維持管理されており、現在では伊勢神宮の式年遷宮に併せて建て替えられており、今の鳥居は平成28年(2016年)に建て替えられた十代目なのだそうです。日永の追分 名所・史跡
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追分の手水所(ちょうずしょ)
手水舎(てみずや)が設けられていますが、ここで水が湧き出しているわけではありません。泊山という丘陵地から引いてきた水で、徳川の御代からあるものではなく、昭和初期、地元の実業家が別荘で出た湧水を自費で配管して通したのが最初なのだそうです。 -
東海道 日永の名残の松
この辺りの東海道は、徳川の御代、両側に低い土手が築かれ、その上に大きな松が植えられ「縄手」と呼ばれ、家は一軒もない寂しい所だったようです。名残の松は植えられた松のうち一本だけ残ったものなのだそうです。 -
東海道 日永一里塚
江戸から100里目の一里塚になりますが、残念ながら石碑のみで塚は全く残っていません。 -
スワマエ商店街
東海道そのものがアーケード商店街となっていますが、人通りが少なくかつての街道も寂しさを覚えます。表参道スワマエ 市場・商店街
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諏訪神社
鎌倉時代初期の建仁2年(1202年)に、信州の諏訪大社の御分霊をこの地に勧請し創建されたと伝わっていますが、室町時代創建説もあるという諏訪神社。戦災で焼失し戦後再建されています。諏訪神社 寺・神社・教会
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緒花
今年1月にオープンしたばかりの緒花さん。若い大将がお店を切り盛りしており、懐石料理の途中で出てきた大将が目の前で握ってくれたお寿司はシャリ、ネタともなかなかのお味でした。 -
近鉄四日市駅
乗降客数三重県一の近鉄四日市駅。四日市はこの近鉄の駅前が一番栄えています。近鉄四日市駅 駅
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