2026/03/16 - 2026/03/25
1392位(同エリア1453件中)
広島れもんさん
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- 旅行記40冊
- クチコミ8件
- Q&A回答0件
- 41,184アクセス
- フォロワー15人
ナポリ2日目は今回とても楽しみにしていた国立考古学博物館へ行った後、旧市街スパッカナポリを歩きます。絵画もそうですが実際にその大きさを見ると迫力が全く違い、2000年以上も前にこういった作品を作り上げていた人々の偉大さに震えるようでした。
またこの日のお昼はピッザの名店でナポリピッザを食べる予定だったのですが前日の揚げピザでまだもたれていて、断念。ふつうにパスタをいただいて夜を楽しみにしていたのですが、午後から雨になり早々とホテルに引き上げました・・・。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今朝は3時半から起きて地元チームのチケットを取る準備をしたのですが、部屋のWi-Fiがつながりにくく結局京都に住む娘に2試合分をとってもらいました。目がすっかり覚めたので今日持ち歩く地図を用意したりしました。
これが私の持ち歩いたノート、昨日行ったカポディモンティ美術館のページです。 -
そしてこちらが今日行く国立歴史博物館のページ。この日もそうでしたがけっこう雨に降られて、ノートはトートバッグに入れていたのにシミができたりぼよぼよになったりしています・・・。
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散歩に出ようかと思いましたがお天気がまだはっきりしなくて、7時半からの朝食時間になりました。
ブラッドオレンジジュースは濃縮還元の味・・・。コーヒーはお好みを入れてもらえるので、ポットには紅茶用のお湯が入っていました。 -
普通のパンもあったけど1日目はブリオッシュにパウンドケーキもいただきました(甘かったあ)。
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お野菜とハム類、特にパプリカときゅうりが美味しかったです
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すごい量のソーセージはいったい誰が食べるんでしょう?
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カプチーノをお願いしたのですが、食事の時はアメリカンのほうがいいかも
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今日のメイン、国立歴史博物館は10時からなので先に市場が並んでいるピーニャゼッカ通りに行くことにして9時ごろ部屋を出ました。
ホテルが入っている建物の中庭、入り口の突き当りにあるのが旧式のエレベーターです。フロントは2階にあるのですが、同じ階の私の部屋はイタリア式の105号でした。 -
朝食のカプチーノではパンチがないので ”AUGUSTUS” へ。このカフェはナポリ一の目抜き通りトレドにある老舗のカフェで、行きかう人がいつも利用しているようでした。
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通勤客に交じって私もエスプレッソを!ナポリコーヒーの飲み方は最初にお水(炭酸水でした・・・)が出てそれで口をきれいにしてからいただくのですが、知らないと思ったのか昨日も言わないともらえなかったので、今日は最初に言いました。
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カウンターが広いのでここではバリスタさんの居る左手にレシートを出すように、とのことでした。ペストリーなどを注文する人は右手にいる人にレシートを見せてもらっていました。
昨日のおじさまがおられたらお礼を言いたかったのに・・・ -
ホテルのすぐ北側に右に折れる通りがあり、そこに地下鉄駅へ下りるエレベーターの乗り口がありました。明日はアルベロベッロへ行くため、地下鉄で中央駅へ向かうのでわかりやすい場所でよかった!
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ホテルから10分もかからないでピーニャゼッカ通りに着きました
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入り口付近はこういった路面店や洋品店が並んでいるのですが、それにしてもNAPOLIのユニフォームが10ユーロとは・・・
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奥に進むにしたがってお魚屋さんや八百屋さんが並んでいますが、ここに来たのは大好きなバッカラ(タラの塩漬け)を探すためでした
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かなり前の”チョイ住み”リスボン編で、今をときめく竹内涼真くんと小川直也さんがポルトガル名物のバッカラを使ったソテーを食べ滞在中にその料理を再現したのですが、それがすごく美味しそうでいつか作ってみたいと思っていたのでした。けれどここにあったのはすでに塩出しをしたバッカラ、真冬だったら持って帰れないこともないのですがこの時期だと無理・・・
それでもパスタに使ういろんな貝類、えび、いかなどほんとに美味しそう! -
この反り返った魚はどうしてこの形なの?
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あきらめてDante広場に来ました。
1735年にナポリ王になったカルロ3世の命でできたという半円形の建物に囲まれた美しい広場で、広場の中心には19世紀後半におかれたダンテ像がありました。昔の街は塀に囲まれていてこのダンテ広場から内側が町で、外側は中心の外だったそうです。実は広場の左手に17世紀前半のスペイン支配時代に作られたアルバ門があったのですが、時計台のあるところだとばかり思っていました・・・。
4月に放送された ”イッテQ 出川の歩き方” はこの広場からスタートで、ナポリピッザを食べた後船でカプリに移動、ハイシーズンながらなんとかホテルを探し1泊、翌日は船でアマルフィへ行きまたもやホテル探し、翌日5時間かけてアルベロベッロへ、という2泊3日の過酷なロケでしたが、行く前に見たかったなあ・・・。 -
ナポリ国立歴史博物館に着きました。16世紀後半の騎馬隊兵舎だった建物に1777年に創設された博物館で、ファルネーゼ・コレクションのうちギリシャ・ローマ時代の模刻を含めた大理石彫刻と、ポンペイ・エルコラーノ遺跡からのモザイクをはじめとする発掘品で世界的にも有名な博物館です。
実はナポリに行くことを決めて調べ始めるまで昨日の美術館とここのことは全く知らなかったのですが、2日あれば旧市街や丘も含めてまわれることがわかり予定を組んだのです。
この交差点に着いたときに横断歩道が青になっていたのでこの全景は帰りに写しましたが、この時間には空も怪しくなっていました・・・ -
壁にはこの博物館の収蔵作品がずらっと並んでいて入る前からワクワク
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入り口には学生さんの長蛇の列・・・
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Googlemapで調べた時には10時からになっていたと思うのに、ここには9時からとなっていました。ちゃんとHPで確認するべきでした・・・
学生さんたちもいっしょに並んでいたのですが、団体は入場が別みたいですぐに順番が来ました。入るとクロークがありトートバッグなども置くように言われたので預けたのですが、無料でした! -
入ってすぐそばの小部屋には細やかなモザイク画
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中央にはトルソーと呼ばれる胴体部分だけの彫刻が置かれていました
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高い天井といいほんとうに兵舎だったの?と思うような造りで回廊部分にもたくさんの彫刻が並んでいましたが、回廊から順番に部屋を覗いて作品を見つけながら進んでいきました。
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イチオシ
”槍を持つ人”
理想の人体像を追求したポリュクレイトスの紀元前5世紀の作品で、模刻でありながらほぼ完全な形で残っているもの
Eテレの ”3か月で学ぶ西洋美術” の初回がギリシャ彫刻で、紀元前7~5世紀までがアルカイック期(スタイルは直立不動)、そして次の紀元前5世紀~4世紀がクラシック期、紀元前4世紀~2世紀が人体がねじれているヘレニズム期と紹介されていました。この作品はクラシック期の代表作で重心を右足においたコントラポストと呼ばれるスタイルの代表作で、古代オリンピックが盛んだったため人体の理想美を追求したのだそうです。
そしてギリシャ美術が大きく広まったのは紀元前3世紀にイタリア半島を統一したローマ帝国の力で、戦利品として多くのギリシャ美術がローマに持ち込まれローマの人々は作品の美しさに魅了され複製をしたのだそうです(ローマンコピーと呼ばれるもの)。それがはるか先にルネサンスの力にもなるのだから、功績は偉大ですね。 -
大きな部屋に来ましたが学生さんでいっぱい
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同じ部屋の右手には入り口にいた子どもたちがおとなしく説明を聞いています。が、この説明が長かった~
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”暴君誅殺者”
古代アテナイの暴君ヒッピアスを殺害した若者の像 -
この2人は僭主制を打ち倒そうとした英雄としてギリシャではあがめられ、像は紀元前6世紀にアテネ市民の注文によって作られました。マーブル模様の大理石が美しく見入ってしまいましたが、どの角度から撮るのがいいかむつかしかったです・・・
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”アルテミーデ”
アルテミスはギリシア神話に登場する狩猟・貞潔の女神で、豊穣の神でもありました。トルコ西部の都市エフェソスはアルテミス崇拝の中心地で、アルテミス神殿の女神像はいくつか残っているそうです。アルテミスは胸部に卵形の装飾がついた衣をまとっているのが特徴で、植物の豊穣や多産を願ったものとされています。この女神像のブロンズ部分は19世紀に再現されたもの。 -
よく見るとお顔は現代風、子どもたちはどんな説明を受けたのでしょうね
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”ファルネーゼのヘラクレス”
紀元前4世紀、ヘレニズム期の彫刻家リュシッポスの最高傑作と言われている作品で、ローマのカラカラ浴場に飾られていました。
全能の神ゼウスは美しく賢いミケーネの王女アルクメネの美しさに一目ぼれし、戦いでアルクメネの夫が留守の間に夫に化けてヘラクレスを生ませてしまいます。嫉妬に狂ったゼウスの妻はヘラクレスが結婚して子供を持った時、狂気を吹き込み自分の妻子を殺させたのです。正気に戻ったヘラクレスが神託を授かりに行ったところ罪を償うための12の試練を課せられ、人間離れした肉体を持ったヘラクレスでしたが知恵や工夫も使い難題を乗り越えました。
この像は試練を終え、棍棒を後ろにおいて休息するヘラクレスをあらわしたもの。3mという見上げるような大きさと迫力でこの博物館で1,2を争うものでした。マーブル模様がすごくきれいで、何度もぐるっと回りました。Wikipediaによると、1540年カラカラ浴場跡で発掘されたあと枢機卿アレッサンドロ・ファルネーゼ(カポディモンティにありましたね)の所有となり1550年からパラッツォ・ファルネーゼに設置。”ファルネーゼのアトラス”、”美しい尻のヴィーナス”などと並ぶファルネーゼ・コレクションの一つとなり、1787年にナポリに移されたそうです。
”美しい尻のヴィーナス”という作品は全くチェックしていなかった・・・ -
一面にカメオなどの宝飾品が展示されている部屋がありました。厚い貝殻に浮彫りをしたものをシェルカメオ、このようにメノウなどの石に浮き彫りしたものストーンカメオといい古代ギリシャで発達した技法です。
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イチオシ
”ファルネーゼの皿”
アレクサンドリアで作られた紀元前2世紀のメノウ製のカメオで、クレオパトラが所有していたものをアウグストゥスが31年頃持ち帰ったもの。神聖ローマ皇帝フェデリコ2世が所有していたこともありましたが、その後ファルネーゼ家に移りました。
色もそうですが神話の浮彫りが非常に細かで美しく、当時の芸術性の高さがわかるようでした。 -
新婚旅行でナポリに来た時はツアーでカメオのお店に立ち寄ったのですが、使わないまましまっていた小さなカメオのブローチを昨年買取ショップに持って行ったところ、”こういうのは売れないんですよ”と言いながらネットにあげてくださって、そうしたら〇千円で買う人が見つかったんです!なんでもお顔がきれいだったとか、どなたかが大事にしてくださっていたらうれしいです。
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イチオシ
2階への階段へ向かう際に、もういちどヘラクレスに会いに行きました。ドキッとする思慮深い表情・・・。彼の人生は罪を犯しその償いのため戦い続けたものでしたが、最期には神オリンポスに迎えられました。
カポディモンティ美術館で見た ”岐路に立つヘラクレス”はずいぶん若い時のヘラクレスでしょう。 -
この階段から中2階へ向かいます
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もう少し上へ
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中2階にはポンペイ・エルコラーノ遺跡で発見されたモザイク画などが飾ってありましたが、どれも色彩が美しい・・・。
当時の邸宅に入り口にあったという柱にはとても細かな模様が描かれていました。そして何も思わないで見たんですが、あの半円の奥行きのものは何だったのでしょう・・・ -
ヴェスーヴィオ山は紀元79年に噴火しこの時の火砕流でポンペイ市を、土石流でエルコラーノを埋没させました。しかし1748年の再発見まで1670年近く火山灰の下に埋まっていたためモザイクや壁画の保存状態がよく、発掘された作品は当時の生活を知る貴重なものになっているだけでなく、ローマを介して古代ギリシャの高度な文化がポンペイの街に入って来ていたことを裏付けているそうです。
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当時ポンペイは商業・生産活動の中心地で様々な人々が暮らしていたのに対し、エルコラーノは貴族の別荘地でした。
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ちょっとわかりづらいですがポンペイから出土したこのモザイクには”ライオンとキューピット、デュオニュソスとマイナデス” というタイトルがついていました。
モザイクはテッセラという色のついた細かいかけらで作品を作っているのですが、近くで見ると色の微妙な違いで立体感を出したりまるで油絵のようでした。 -
この2枚はきれいに残っていましたが、パレルモのノルマン王宮の ”ルッジェーロの間” で見たような文様です。
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”アレクサンドロ大王の戦い” 紀元前120年~紀元前100年頃
ポンペイのファウヌスの家から出土したアレキサンダー大王とペルシャのダレイオス3世の戦いのモザイク画。マケドニアのアレキサンダー大王が最初にペルシャのダレイオス3世と対峙した紀元前333年のイッソスの戦いの場面で、攻めるアレクサンダー大王と敗走寸前のダレイオス3世が描かれています。
この博物館でいちばん有名な作品なのに、修復中でした・・・。壁が開いているところから床に置いたモザイク画がすこし見えたのですが、583m×313mと大きいためほんの一部分しか見えずまったくどこかわかりませんでした・・・。そしてこのモザイク、もとはファウヌス邸の談話室の床にあったそうなんです!ヴェスーヴィオの噴火で埋もれなければ残っていなかったのかもしれません・・・ -
このモザイクには原画があり紀元前4世紀の時点ですでに写実的な表現をしていたことがわかりますが、6世紀の中世キリスト教美術の時代に像の神性を強調する非写実的な表現へ移行してしまったのです(難しい・・・)。
この案内図の左上にあるのがアレキサンダー大王なんですが。 -
リアルな動物たち
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そして2階へ向かいましたが、どんな作品がどのように置かれているかまったく知らなかったんです。
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するとこの素晴らしく美しい広い部屋に出ました!そして見ていくうちにこの部屋がとんでもない部屋だとわかったのです。
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古代ギリシャ時代に流行した赤絵の壺
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”走者”
エルコラーノのパピルス荘から出土したギリシャ彫刻のコピー。パピルス荘は壮大な邸宅で、65のブロンズ像と28の大理石像が飾られていたそうです。当時のエルコラーノには貴族の別荘がたくさんあったためこういった出土品が多く見つかりました。 -
”アテナ”
ギリシャ神話の知恵と戦略の女神であり、都市アテネの守護女神としてパルテノン神殿などで崇拝されました。アテネという都市の名も女神アテナに由来しています。
兜をかぶった姿は女神というより戦いのイメージのある像、これもパピルス荘からの出土品だそうです。 -
肩にかけたマント?や着ている衣装のドレープがとてもきれい
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そしてその奥には大阪万博のイタリア館に来ていた ”アトラス” が!
”ファルネーゼのアトラス”
古代ローマ時代の150年頃に制作されたギリシャ彫刻のローマンコピーで、背中を長いマントで覆い膝を曲げ体を屈めながら、両手で天球を支える力強いギリシャ神話の巨神アトラスを表しています。精巧に彫刻された球体は宇宙を表現していて、当時の天文学に基づいた星座、黄道十二宮などが刻まれ、16世紀オランダの最初の天球儀のデザインのモデルにもなりました。
この作品は1562年にアレッサンドロ・ファルネーゼによって取得され,ローマのファルネーゼ・コレクションの一部となりファルネーゼ宮殿の "アトラスの間" に設置されていましたが、1786年にブルボン家の支配下でナポリに移されそれ以来ナポリ国立考古学博物館に展示されています。
この子どもたち小学校低学年だと思いますが、”アルミテーデ” と同じように静かに説明を聞いていて感心でしたが、長くて近寄れなかった・・・ -
天球にはプトレマイオスの天文学理論にもとづいて、星座や黄道十二宮が動物や人間の姿で表現されていて、南極圏と北極圏の円、赤道、黄道、極を通る子午線など6mmの浮き彫りで詳細に刻まれているそうなんですが、あまりに天文学的な話で目が回りそう・・・
天空を支えようとする巨人を表現するという芸術的価値だけでなく、天球上の星座が古代において最も正確なもののひとつで、何世紀にもわたって天文科学に影響を与えたというのもすごい・・・ -
こちらから見ると逆光ではなく、そしてこの部屋の重厚さに負けていない迫力でした!マーブルが美しい~
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”若者の胸像” 紀元前1世紀
こちらもパピルス荘からの出土でプトレマイオス・アピオンという古代ギリシャ、キレナイカ最後の王だそうです -
”ダンサーたち”
これもパピルス荘からの出土品 -
近くにいた男の子たちが真似をして写真を撮っていました(笑)
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”休息するエルメス”
パピルス荘の体育室から出土したもので、旅人の守護神で体育技能の神であるエルメスが走った後でしょうか休息しています。 -
足に注目、ヘラクレスも履いていたかかとを覆うサンダル、羽が生えていました!
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この部屋から出ると、当時の生活用品が飾ってある部屋がありました。
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棚にあるのはランプ?手前の青銅製のものは彫り物がとてもきれいでしたが、こういうものに囲まれて生活していたんですね。
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そしてポンペイ遺跡の邸宅から剥離されたフレスコ画が並ぶ部屋に来ました。当時の住居は窓がなく壁に風景画や神話画、人物画などのフレスコ画を飾っていたそうです。
中央は ”ネオと妻の肖像”(55年~79年頃)で、ローマ市民の正装を身に着けた夫と流行の髪型をしている妻の肖像画ですが、2000年近く前の絵とは思えない・・・ -
そして見たかったフレスコ画がありました!
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”サッフォーの肖像” 55年~79年頃
古代ギリシャの女流詩人であるサッフォーではないかと言われていますが、あまりに写実的でほんとうにその頃の作品なのか信じられないくらい・・・。そして髪型といい着ているものといい現代に通用するくらいおしゃれです! -
さりげない室内を描いた絵、絵に奥行きが見えるのは遠近法が使われているからでしょう。
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正面から移すとうまく写せませんでしたが、ドキドキ(笑)
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古代ローマ時代にはすでに邸宅の壁に優雅な建築や異国風の風景などが描かれていたそうですが、ポンペイ遺跡のこういった絵も当時の生活を伝えてくれていて、当時の職人さんたちの技術にも驚かされます。
モザイクもそうですがフレスコ画もたくさんあって探せば ”地球の歩き方” にあげられているものがあったのでしょうが、脳がいっぱいいっぱいだったというのが正直な感想です(笑) -
”青いガラス壺”
青地に白地のガラスを重ね白地の部分を彫って紋様を描くカメオ技法を施した壺はローマ時代に流行した技法で貴重品でしたが、ポンペイ周辺から複数見つかっているそうです。 -
帰りに大広間に立ち寄るとうそのように人がいなかったのでめちゃくちゃ近くで ”アトラス” を見ましたが、マントの襞が彫刻とは思えないほどきれい・・・
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動物たちが描かれた天球儀のデザインだけでもかなりの見ごたえです!
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関西万博のイタリアパビリオンの解説によると、”知識の重みに圧倒され膝をつくアトラスは、理解し向上しようとする人間の努力と自分の限界を超えようとする欲求を表現している”そうです。
解説を読まなければすべてを理解することは難しいですが、見ているだけで気持ちが引き締まる感じがしました。 -
地階はエジプトコレクションなのですが、その前に ”カプアのヴィーナス” がありました。
オリジナルは紀元前4世紀のブロンズ製で ”ヘラクレス” と同じリュシッポスの作品。ナポリの北、カプアの円形競技場から出土したもの。優雅ですね~ -
エジプトには新婚旅行で行っていて、ギザのピラミッドの中に入ったりフリーでカイロのエジプト国立博物館にも行きましたが、ツタンカーメンの黄金のマスクや装身具を見たかったのに変な人につかまって子どものミイラを見せられた苦い思い出があり、あまり好きではありません・・・。
ここも下調べもしていなかったのでGoogleレンズで検索したものを載せていますが、これは ”ブロック像” と呼ばれる古代エジプト美術の一種で、貴族や高官が神への祈りを捧げるポーズをしているのだそうです。 -
これは ”パイルカプ石棺”と呼ばれるものの胸部分で、表面に象形文字や踊っているような人物のレリーフが刻まれていました
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副葬品には死者の代わりに労働を行う人形 ”シャブティ” もありました
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シャブティを保管するのは ”シャブティ・ボックス”、箱の表面の絵がきれいに残っています。
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完全にミイラです・・・
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このくらいなら見れますが木製の棺が3000年近く残っているというのがすごいです1
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副葬品などには神々への崇拝とともに魔術の世界へ誘うものもあったようです。
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エジプト人の死後の世界に対する考え方としてその魔法観があり、このためお墓には多数の魔法の呪文が書かれていて、これらは死者が冥界で直面する様々な試練を乗り越え永遠の生命を得るための手助けとして用意されていた、とありました・・・
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エジプトコレクションは10分もいなかったので、素通りした感じです・・・
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出口へ向かう前にもう一度ヘラクレスに会いに行きました!想像できないくらいの困難を乗り越えて、このような体ができたのでしょうね・・・
帰ってから思い出すと、カポディモンティの絵画よりここの彫刻のほうが覚えているんです。それは明るい部屋で見たから?それとも立体的に見たから記憶される量が違う?よくわからないけど、どちらももう一度行っていたいと思いました。 -
博物館横の交差点
ナポリに行っていちばん驚いたのは交通量の多さと危なっかしさでした。日本だとどんなに車が走っていても整然としていますが、ナポリは無秩序というか大きい交差点以外は信号も少ないしそこを飛ばした車が来るので、その間隙を人にまぎれて渡っていました。私はふだんから横断歩道は手をあげているのでここでも実践、きっとドライバーはびっくりしたでしょう(笑) -
ほんとうならナポリピッザの名店 ”ソルヴィッロ”に行く予定だったのですが、前日揚げピッザが重たかったのと旅の最初から胃腸が不調になってもいけないので博物館近くのトラットリアに行きました。
”Re Lazzarone”、Googleのレビューがよかったのですが、お店の入り口がポップな感じ・・・ -
店内も博物館の近くとは思えない現代アート?っぽいものが飾ってありました
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頂いたのは春が旬のカーチョフィ(アーティチョーク)のパスタ。味はよかったのですが店員さんがフレンドリーすぎて何度も話に来られるので、前日の方が懐かしく感じました。歩いて1分もかからない場所だったからそちらにすればよかったです・・・。
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レストランの前の通りは博物館に近いロケーションなのにテイクアウトのお店が多かった・・・。これはどこでも言えるのでしょうが席料やお水にお金を払わなくていいテイクアウトのお店は、こういった世界情勢の中で旅行者だけでなく街の人たちにとっても利用しやすいのだと思います。
市内の観光地で乗り降りできるこの ”Hop-on Hop-off” バス、いつもお客さんが多い印象でした。 -
作曲家ベッリーニの像が立っている広場には、古代の地下都市の発掘跡がありました。
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ここから街を東西に横切る通称 ”スパッカ・ナポリ”、トリブナーリ通りへ向かいます。
”スパッカ・ナポリ” は紀元前6世紀からギリシャ人によってネアポリス(ナポリの語源)として町の開拓が進められ東西に作られたまっすぐな道で、ダンテ広場からカプアーノ城まで続く道のことを言います。 -
ほどなく ”Gino e Toto Sorbillo” へ到着~
お店の装飾といい雰囲気がナポリっ子にも旅行者にも人気なのがわかります!13時半過ぎだからか3月中旬だからかそんなに待っている人はいなかったです。出川さんもここに来ていましたが、私も半分ならじゅうぶん食べれた・・・、一人旅はこういう時に不便です。 -
こちらはテイクアウトの窓口みたいでした
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トリブナーリ通りにあった ”プルチネッラ” のブロンズ像
プルチネッラはコメディに登場する道化師で、困難に直面しても決してあきらめず笑顔を絶やすことなく切り抜けて行ったナポリ人そのものを表すもので、白い衣装を身につけたプルチネッラはナポリの縁起物として有名です。
このブロンズのプルチネッラの鼻を触ると幸運になると言われていて、お鼻がぴかぴかになっていました。 -
土産物屋さんもたくさん並んでいて、ここは品ぞろえが豊富でした。
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サン・ガエターノ広場にある ”サン・パオロ・マッジョーレ聖堂”
市内の教会はどこも有料でアルテカードの割引を使って入ろうと思っていたのですがカードが使えないので外観だけ見ましたが、この頃から本格的に雨が降りだしました・・・。 -
ここはもうひとつのピッザ屋さん ”Di Matteo”、古いガイド本にはこちらも紹介されていましたが、にぎわってなかったです・・・
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この可愛い教会は ”ジロラミーニ教会”
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通りにはこんな飾りつけ、狭い路地だから映えますね!
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”サンタ・マリア・アッスンタ教会” に着きました。この街のドゥオーモです。
ナポリの守護聖人 ”サン・ジェンナーロ”を祀るためにここにあった教会を取り込むように14世紀のフランスのアンジュー家の支配時代に建てられた聖堂で、ファサードは19世紀に改修されたものですが、入り口にある2体のライオンや上部のマリアやイエス、天使の彫刻などは創建当時からあるもの。 -
酸性雨で溶けてしまったのか、でも可愛いライオンくん
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1対が顔を見合わせているようなのも可愛い
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2度の地震でルネサンス、バロックとその当時の様式で改修された内部は3廊式の内部は高さもあって荘厳で優美、側廊右に ”サン・ジェンナーロ礼拝堂”、そして左に ”サン・レスティトゥータ聖堂”があります。
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主祭壇とパイプオルガンのあたりはバロックですね
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右翼廊には美しい祭壇画
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ペルジーノの ”聖母被昇天”
ペルジーノはラファエロの師でナポリで会うとは思いませんでした -
身廊の格天井は金が使ってありきれい
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身廊上部の窓の間にもフレスコ画が描かれていましたが、このあたりはルネサンス様式ですね。
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コズマ―ティ様式の床は13世紀のものだそうですが、普通に歩きました。
サン・レスティトゥータ聖堂は入り口が閉まっていたのですが中にグループで入っている人がいて探していると、イヤフォンガイドの貸付けをしているところに聖堂のガイドも受付があったんです。申し込もうとしたら ”英語はわかりますか?、難しいと思いますよ”とか最初から否定の説明だったのですが、交渉して(ただニコニコしてOKと言っただけ)受け付けてもらえました。
集合時間に行くと10人余りの方、そして若い学芸員の方と一緒に聖堂へ入りました。 -
聖堂内部は写真撮影禁止ではなかったのですが、このグループの方はほとんど写真を撮っていなくて熱心に説明を聞いている・・・。私は下調べだけはしていたのでなんとなくわかる感じでした(笑)
聖堂の左側廊奥にある礼拝堂に残る ”聖ジェンナーロと聖レスティトゥータを従えた玉座の聖母子” のモザイクは14世紀のもの -
聖堂全体は撮っていませんが、この聖堂の主祭壇、聖堂は1688年の地震の後バロックで改修されました
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続いて4世紀末から6世紀初めに造られた聖堂の右奥にある ”サン・ジョヴァンニ洗礼堂”に入りました。誰も写していなかったから洗礼槽の写真がない・・・。洗礼槽は洗礼盤と違って半身浴するくらいの深さがあり、初期キリスト教の時代には体ごと水につけて洗礼していたのだそうです。
現存する洗礼堂としてはヨーロッパでいちばん古いもので洗礼堂の天井には当時のモザイクが残っていたのですが、剥落が激しい・・・ -
もしきれいに残っていたらどんなにきれいだったでしょう
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違う方向からも
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右側廊3番目にある ”サン・ジェンナーロ礼拝堂” はペストや噴火などの流行があった16世紀に市民の願いで建てられたもので、バロック様式の主祭壇には聖ジェンナーロ像や聖人が並んでいましたが、入り口には年に3回液体化するという ”聖ジェンナーロの奇跡” のビデオが流れていました。何でもこの奇跡が起こらない年にはナポリに大災害が起きるという言い伝えがあり、信者たちが奇跡を見ようと押し寄せるのだそうです。
時間帯の関係か私がドゥオーモに入った2時ごろは閉まって入れなかったのですが、サン・レスティトゥータ聖堂から出た時には開いていました。ガイドツアーはここまででしたが、30分くらい資料も見ずに説明してくださった若い女性に感謝しかありません。ここは教会も無料だったので、献金箱に気持ちだけ入れて出ました。 -
トリブナーリ通りに戻ってすぐ近くにある ”ピオ・モンテ・デッラ・ミゼリコルディア教会”へ。チケットは通りを挟んだこの建物で売っていて、通り沿いではなく建物の横側から入りました。
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”ピオ・モンテ・デッラ・ミゼリコルディア教会”
1602年に7人のナポリ貴族によって作られ現在も活動している慈善団体の本部がある教会で、主祭壇にはこの団体の活動を表現しているカラヴァッジョの ”慈悲の七つの行い”が飾られています。
教会は八角形をしていて8つの部分それぞれにもナポリ派などによる祭壇画が飾られていて、小さいけれど重厚な雰囲気のする教会です。 -
カラヴァッジョ ”慈悲の七つの行い” 1607年
ローマから逃亡してきたカラヴァッジョに依頼された絵で、”マタイ伝” でイエスの口から語られる6つの慈善行為(飢えた者に食べ物を、のどが渇いた者に水を、旅人に宿を、裸の者に衣服を、病気の者を見舞い、囚人を慰問する)に、”死者を葬る”を加えた慈悲が1つの絵の中に表現しています。登場人物が密集していてわかりにくいかもしれませんが、詳しい説明はサルヴァスタイル美術館 ”慈悲の七つの行い”で検索するとくわしい説明が出ています。
この団体は当時は病人の救済を中心として慈善活動をしていて、通りに面した柱廊は奉仕や病人を収容するためのものだったそうです。 -
ガエターノ広場まで戻ってサン・グレゴリオ・アルメーノ通り(通称プレゼビオ通り)へ。雨のせいか観光客は少なかったです・・・
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こんな大きいものから日常のいろんな場面のプレゼビオまでたくさんあったのですが、動画を撮るのに忙しく写真が撮れていない(汗)
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ショーケースに入っている楽隊のお人形は、きっと高価なんでしょう
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"FERRIGNO"
このお店は中に入ってびっくり!職人さんたちが何人もおられ、もくもくと制作中でした。 -
店頭で目についたのはサッカー選手のフィギュアです。マラドーナが一時代を築いたこともあるでしょうが、NAPOLIの選手が上席でした。
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プルチネッラと並ぶもうひとつのお守り ”コルノ”
コルノは赤い牛の角を表していてテラコッタ製のため欠けることがあるのですが、それは身につけていたいた人を守ってくれた証拠なのだそうです。そして私は自分のために買ったのですが、誰かからいただいたものが守ってくれるのだそう・・・。プルチネッラにコルノが付いたお守りは大きすぎるので左手の小さいのにしました。プルチネッラはマグネットを購入、いろいろなスタイルで選ぶのが楽しかったです。 -
"Arte in Movimento De Maria"、ここはいろいろな種類のお土産も扱っていました。お店の中にはあきらかに怪しげな商品を置いているお店もあったので、プレゼビオを買いたいならゆっくり見て回ったほうがいいでしょう。
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プレゼビオ通りを出ると通りが細いのと団体さんがおられて、にわかに人でいっぱい
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ナイル川の神 ”ニーロ”、古代ローマ時代の大理石彫刻は観光客に大人気でした!
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サン・ドメニコ広場に立つ ”聖ドメニコのオベリスク”は1656年に建てられナポリで2番目の高さの塔ですが、空が真っ黒になってきました。
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サン・ドメニコ・マッジョーレ教会の後陣
この教会は広場に面した後陣から入るようになっているそうですが、長い階段がありました・・・ -
広場にSSC NAPOLI のオフィシャルショップがあったので、雨宿りがてら入ってみました。
去年のセリエA優勝時のセレモニー写真があるではありませんか! -
街中でも着れそうなお洋服
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そしてこちらの壁には次々と選手の姿が流れてきて、デンマーク代表ホイルンドをパチリ(笑)いちおしのスコットランド代表マクトミネイはいなかった・・・。デンマークは欧州最終予選で敗れ、W杯出場はかないませんでした・・・。
このお店にはアニメ柄のTシャツしかなかったので、NAPOLIのキーホルダーだけ買いました。 -
そして同じ広場にある ”Scaturchio” へ。ガッレリアにある ”Mary” が火曜は定休日だったのでここでスフォリアテッラをいただきました、がすごいボリューム・・・。それにめちゃ甘い。皮はサクサクして食感もいいのにクリームが重くて、半分食べるのがやっとで残りはナプキンに包んで持って帰りました。
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お隣にいた4人グループはクリームのたっぷりのったデニッシュとスフォリアテッラを2つ買って4等分してもらって、一口サイズにして食べていました・・・。
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お店から出ても雨は止む気配がなく、雨宿りに近くのジェズ・ヌオーヴォ教会へ行きました。完全なるバロック、でも助かりました。ナポリの旧市街は最終日に行くこともできるので早々とホテルへ帰るこのにしたのですが、でもその後がまずかった・・・。トレド通りがすこし先に見えているのに斜めの通りがありそちらのほうが近道になると思い進んでしまったのです。道は近づくどころか途中から離れていってしまい、おかしいと気づいて戻った時にはホテルからかなり離れた場所まで行っていたのです。でも通りの名前を言うとすぐに教えてもらえたから1日目ほどではなかったです(笑)
まだ5時にもなっていなかったけど出かける気力がなくなって持ってきていたカップヌードルを食べることにして、昨日道を教えてもらった靴屋さんを朝見つけていたのでそこに4つ持って行ってあげました。雨が降ると歩く人は家路を急ぐし商売にはならないと思ったからで、ちょうど4人おられてびっくりしておられたけど喜んでくださいました。
明日からはアルベロベッロとマテーラへ2泊3日の旅をするので荷物を作ったり資料を整理したりしましたが、お天気はなんとか持ちそうでほっとして休みました。
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