2026/04/24 - 2026/04/26
32位(同エリア31件中)
K2さん
九州の縄文人を絶滅したと言われる喜界カルデラの噴火の地層を残す、念願の薩摩硫黄島にやっと訪れることが出来ました。火山島のエッセンスが詰まった硫黄島は地質に興味を持つものにとって宝箱のようなものです。立ち上る噴煙、茶褐色と乳青色の海面、溶岩やカルデラ壁の絶壁を見れば、島流しになった俊寛の心情も何か察するものがあります。泊まった民宿の主人はなんと地質学のPhDで、意外な出会いに話が弾み、ガイドだけでなく南極探検隊の体験談もお話してもらいました。天候が悪く、残念ながら硫黄岳の頂上を拝めず、再度訪問して毒ガスマスクを着けて硫黄岳登山をしたいと思っています。離島する時に子供達が有名なジャンベダンスで別れを惜しんでくれました。
【概略日程】
・4/23(木)羽田 → 鹿児島 → 天文館(ホテル泊)
・4/24(金)鹿児島港 → 三島フェリー → 薩摩硫黄島
島内ガイド巡り 民宿泊(マリンハウス孔雀の里)
・4/25(土)レンタカーで島内巡り 民宿泊(同上)
・4/26(日)薩摩硫黄島 → 鹿児島港 → 屋久島(トッピー)
【参照資料】
・三島村・喜界カルデラジオパーク公式HP
https://geomishima.jp/archive/pamphlet/
・火山研究解説集:薩摩硫黄島(産総研・地質調査総合センター作成)
https://gbank.gsj.jp/volcano/Act_Vol/satsumaioujima/vr/doc/056.html
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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鹿児島湾の南、屋久島の手前に三つの島、竹島、硫黄島、黒島が有ります。この三島に行くには鹿児島からの船だけが交通手段のため、毎年屋久島を訪れるのに行きそびれていました。最近に甑島列島、口永良部島の離島の良さを体験し、ついに噴煙を上げる硫黄島に足を延ばす機会を得ました。
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硫黄島は、約7,300年前に大爆発をして海底に眠る喜界カルデラの外輪山に位置します。その大噴火で九州の縄文人が絶滅したと言われ、地質マニアの私には、その痕跡を残す島として最高の旅になる期待で一杯です。
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【4/23】
午後2時頃に羽田を発って、4時に鹿児島空港に着き、バスで市内の天文館へ。G3アーケード街にあるホテルに荷物を置いて、早速に落合った親友E夫人と私達夫婦の3人で夕食にでかけました。トンカツ十兵衛の店舗を探して、黒豚トンカツに満腹し、ホテルでぐっすりと眠りにつきました。 -
【4/24】初日
一泊のリッチモンドホテル鹿児島天文館は、フェリー乗り場への徒歩圏にあるので宿に選びました。アーケード街の中にあり、安い食材が手に入るスーパーも近く、コスパが非常に良く、お勧めです。朝7時半にチェックアウトして、港に急ぎます。 -
天文館から15分ほど歩いて、三島フエリーの桟橋に来ました。屋久島行きのごった返す桟橋を右手に見て、三島行きの小さな待合所には私達を含めて6名ほどの客がいるだけでした。乗船券は出航2時間前からの当日販売のみで、それで問題ないのがうなずけます。
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フェリーみしまは定員170人乗りの2千トン弱の中型フェリーで、鹿児島港から竹島、硫黄島、黒島の三島を巡って鹿児島港に戻ります。出入港の日時は変則的で、船が日帰りで戻る場合と、黒島で停泊して2日後に戻る場合を、交互に繰り返すスケジュールになっています。私達は2泊3日の硫黄島滞在で、3日後に鹿児島港に戻り、屋久島行きのトッピーが乗れる日程を選びました。
運航カレンダーは下記URLから、
https://mishimamura.com/category/cal/ -
いよいよ9時から乗船が開始され、船外に錆が見えず真新しい感じがする船に乗り込みます。これからの硫黄島への約3時間半、3人旅の冒険が始まります。旅客運賃は2等片道で3,660円でした。
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船内は廊下がカラフルにデコレートされていて、離島へのフェリーのイメージと全く異なります。2等客室はA~Eの和室4部屋と椅子席があり、広くはないですが、女性専用や高齢者用もあって、クリーンで寝転がるに十分です。トイレもウオシュレットできれいでした。
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誰でも入室できる最前面のラウンジは、船の進行先の景色をワイドに落ち着いて眺められ、リラックスして船の旅を満喫できます。フェリー乗船時はいつも、外のデッキから景色を眺めて、飽きると船室で寝転んでいるのが常ですが、今回はこのラウンジで乗船時間の大部分を過ごしました。
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今日は残念ながら雨交じりのどんよりした天気です。途中に桜島を見て、鹿児島湾を抜け、去年に孫と登頂した開聞岳を懐かしく眺め、やっと3時間後に最初の寄港地の竹島が見えてきました。
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船が着いた竹島の籠港で、まず見える対岸の景色にびっくり。断崖に露出している、凹にたわみ重なる黒い地層がクッキリ見えます。これこそ、期待していた喜界カルデラのアカホヤ噴火の全貌を印す地層で、それが真っ先に出迎えてくれたのです
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埠頭にある立看板を見ると、折り重なる地層は喜界カルデラの火山灰、火砕流が積み重なったものです。今は竹林に全島が蔽われていますが、その下には硫黄島、屋久島、鹿児島へと続くアカホヤ噴火の地層が横たわっているのです。
これから紹介していく地質学的紹介は、下記URLの三島ジオサイトから得たものです。https://geomishima.jp/archive/sign/ -
船は竹島を離れて硫黄島へ向かいます。30分ほどで、噴煙の上がる硫黄島が、ついに目の前に姿を現しました。頂上が雲に隠れていますが、噴煙と島の周囲の海面が緑青色や茶褐色が交じり、オドロオドロシイ異様な島へと船が進んで行きます。
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島へ接近するにつれて、噴煙がはっきりと見えてきました。斜面には溶岩流や火砕流の跡が残っています。海面近くで噴煙を上げて活動している活火山は初めて見る景色です。
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船が硫黄港に入って行き、前方に喜界カルデラの崖がそびえ、海面が茶っぽくなってきました。
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港内に入ると、目に飛び込んできたのが、茶褐色の海面です。鉄工所の排水溝と同じ色ではないですか。予想より遥かに濃い茶褐色の海面を掻き分けて、船が停船します。桟橋では平日のためか、有名な歓迎のジャンベダンス隊は現れず、民宿の奥さんだけが出迎えてくれました。
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硫黄島の住民は約130人で4軒の民宿がありますが、島のガイドやレンタカーが借りられるマリンハウス孔雀の里を、E夫人が電話予約していました。この選択が思わぬ宿主夫婦との出会いになり、非常にラッキーでした。
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民宿に荷物を置いて早速に、宿のご主人、Oさんのガイドで車に乗って島めぐりに出かけました。道は軽自動車がやっとすれ違う細徑ですが、竹林の中を抜けて尾根に出ると素晴らしい風景が広がります。定番の観光スポット、①恋人岬、②飛行場跡、③大浦港、④平家城展望台、⑤東温泉、を2時間ほどで巡りました。写真は絵日記に描いた島MAPです。
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まず向かった①恋人岬への途中で、港の右岸に続く喜界カルデラの壁が一望できる絶景スポットがあります。100m近い崖が岬の先まで伸びています。
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100m近い崖は溶岩の断層で、喜界カルデラの陥没時にできたものです。その上に火砕流、火山灰が積もり、今は緑地の牧場になっています。いかに喜界カルデラの爆発が凄かったかを物語っています。
このようなジオパークの要所に地形を詳細に、分かり易く説明したジオサイト掲示板が立ててあり、下記のWebサイトからも入手できます。非常に分かり易い興味つきない内容になっています。
https://geomishima.jp/archive/sign/ -
島の南端の恋人岬に着くと港が見下ろせる広場があり、希望の鐘が置かれていました。真正面に稲村岳(236m)、奥に硫黄岳(703m)が望め、眼下に長浜湾全体の港と村落が良く見えます。硫黄岳の頂上は雲が覆って見えなく、東風が吹くと雲が湧いてしまうので残念です。
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ジオサイト掲示板によると、港の海面が茶褐色なのは、海底から温泉が湧き出していて温泉の鉄分と海水と反応して鉄サビ色の浮遊物になるためです。潮の満ち引きや風の向きで、湾内の模様は刻刻変化するので、興味深いです。
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岬の先端までに橋が架かっています。ここから左右に海岸が見渡せる眺望は素晴らしいのですが、立ってていられないほどの強風が吹いています。写真を撮るには寝そべって橋の欄干の隙間からカメラを構えるしかありませんでした。
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次に大浦港へ行く途中に?飛行場跡があるというので、寄ってもらいました。今でも離着陸できそうな滑走路があり、ドクターヘリ等の緊急時や島の催事に使われるそうです。昔は鹿児島間をセスナ機が飛んでいて、東京から朝立ちで9時には島に来れたとガイドのOさんが説明してくれました。
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飛行場に続いて牧場が広がる台地を抜けると、島の西端にある③大浦港にやってきました。ここは、またもやすごい噴火堆積地層が露出しているジオパークでした。
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この地層は、島に降り注いだ軽石や火山灰の火砕流の層が自身の高熱で溶岩のように固まる溶結という現象が起こったことを示しています。その地層から火山ガスや空気が抜けると、薄く潰れていくために、このような凹んで岩石がはがれて崩れている地形になったと説明を受けました。
詳しくは下記URLのジオサイトをご覧ください。
https://geomishima.jp/archive/sign/ -
続いて、島の北端にある④平家城展望台へと車を走らせます。展望台に着くと駐車場の草むらで、Oさんが夕食の食材に長命草を頼まれたと探し始めました。すると草木に詳しいE夫人が、ツワブキ、ヨモギもあるよと声を上げ、4人が観光をそっちのけにして山草摘み始めました。30分ほど草むらで汗を流してから、本来の見学に戻りました。
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平家城展望台には俊寛像が建てられていました。歌舞伎の中村勘九郎が野外公演「俊寛」を島で初演し、約束した10年後にさらに中村勘三郎として再演したことを、島民上げて感謝のために建立したそうです。歌舞伎役者の役どころの意気込みと演技にかける執念に感動すること多々です。
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頂上を見せない硫黄岳を背景に、Oさんと一緒に記念写真を撮りました。島の東西方向に立つポールの先端にカメラが据え付けられているので、聞いたところ、彼の恩師が硫黄島のマグマ観測のために海面の色を常時定点観察しているそうです。
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展望台から東側の海岸べりに見える穴之浜温泉があり、釣り場としても良いが、温泉としては干潮のタイミングが良いときに限られるとのこと。その近くにウミガメが泳いでいるのが見えると指さして教えてくれました。
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ここからは、雲に覆われた頂上から流れ出した溶岩流が風化して、屏風のように岩峰として残されていることが良くわかります。硫黄島は霧島、阿蘇山、桜島、開聞岳に続く九州火山フロントに並んでいます。
詳しくは下記URLのジオサイト看板をご覧ください。
https://geomishima.jp/archive/sign/ -
来た道を半ば戻って、最後のお楽しみの⑤東温泉へ車を急ぎます。海は乳青色になっていて、この流紋岩の溶岩地形の中に露天風呂の東温泉があります。この温泉に浸るために硫黄島に来たと言っても過言ではありません。
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波しぶきを上げる海辺に3つの岩風呂が見えてきました。茶褐色の岩肌に緑色の湯船に温泉を溜めた、野趣の極まる露天風呂です。素晴らし過ぎて譬え様がありません。他に訪ねる人もなく、私達で独占の大露天風呂です。
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石を積んだ壁の区切りだけがある脱衣場がすぐ上にありました。女性達たちは中で、私は外で水着に替えて温泉に浸りました。裸で入りたいところでしたが、女性達の手前で我慢です。
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3つの湯の上段は極熱、中段は熱湯、下段が程良い温度の湯でした。中段の熱湯でも数秒しか入れない温度(多分に44度以上)で、下段の湯に浸かることになりました。
時々波飛沫を浴びながら、大自然の真っ只中で乳青色の海を眺めながらの温泉は最高の気分です。誰も来ないので、ずっと湯に浸かっていたかったのですが、30分後にOさんが迎えに来たので、宿に戻りました。 -
夕方に村の中を散歩したところ、三島開発総合センター前に俊寛像が建っていました。島へ流刑された3人のうち、俊寛だけが都に帰れずに取り残されて叫ぶ姿は、真に迫っていました。
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堤防の先に車が沢山停まっていて釣りをしているので、見に行きました。島民の唯一の娯楽ですね。子供たちが結構大勢います。私を見ると、皆が明るく挨拶をしてくれました。硫黄島滞在中では人に会えば、必ず挨拶を交わすので気持ちいいです。釣り人の中に宿の奥さんがいて、やってみませんかと、釣り具を渡されました。
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茶褐色の海に糸を垂れるのは初めてで、多少戸惑いましたが、疑似餌で上げ下げすると早速にアタリを感じて、非常に小さなサバっこが結構釣れました。釣り人のバケツを見ると大物の魚も釣れていて、夕食のおかず狙いの様です。
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民宿の夕食は予想以上に自然食のオンパレードです。今が旬の大名筍、朝捕れたばかりの魚の刺身、自分たちが摘んだ長命草等のてんぷら、筍尽くしや安納芋の総菜、七分付きのご飯が並びます、釣った小っちゃなサバっこの輪切りの刺身も、後で食卓へ並びました。宿の主人の自然食のこだわりメニューで溢れ、この宿を選んだのが正解でした。
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【4/25】2日目
朝食は、丸干しの鰯の焼き魚と筍尽くしの逸品が並びます。鹿児島から取り寄せた鰯の一夜干しは美味しく、E夫人は頭から骨まで残すところなく平らげてしまいました。宿の主人のOさんとは自然食について、話題が絶えることが有りませんでした。 -
今日は民宿の所有で島唯一の"わ"ナンバーの車を24時間レンタルで借りて、島中をじっくり探索に出かけました。
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分かれ道には道標が立っているので、迷うことはありません。しかも、島民以外の車とは出会うことがないので、狭い道でも安心です。まずは昨日の復習で恋人岬に車を走らせました。
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残念ながら、今日も恋人岬から見る硫黄岳は、頂上の顔を出していません。港から稲村岳、硫黄岳に続く海岸線に沿って、海面の色合いが変化している不思議な景色をじっくりと眺めていました。
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この色合いは温泉水が通る岩石の違いなのですね。稲村岳(玄武岩)を通った温泉水は鉄分を多く含んで、海水と反応して鉄さび色に港や長浜の周囲を染めています。一方、硫黄岳(流紋岩)を通った温泉水はアルミニウムを多く含み、海水と反応して乳青色に海面を染めるのです。
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海面色の謎が解けたので、次は、昨日はパスした俊寛堂へ行きました。絶望して断食で亡くなった俊寛を島人が哀れみ、居住の庵跡に御祈神社を建てて祭った御堂です。俊寛を演じた中村勘九郎をはじめ歌舞伎役者の記念樹が植えられていました。
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俊寛堂に至る参道が竹林に囲まれて一面に苔の絨毯が敷かれていました。これ程のフカフカな苔が地面を覆った道が延々と続いているのは珍しく、歩いて体験する価値があるところです。
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次に訪れたのは、補修中という坂本温泉です。海水が入る大きなプールといった構造でしたが、温泉状態では全くありません。潮が満ちてくると、丁度良い温度になるとされているのに、水はぬるくもなく冷たいままでした。
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よく見ると囲いの手前隅で何かが湧いている波紋があり、少し暖かいのかウミヘビが泳いでいました。足を入れても残念なことに温かみを感じなく、早々にここを離れました。
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次いで島北端の平家城展望台へ2度目の訪問。今日も残念ながら硫黄岳の頂上は拝めずに、俊寛像と同じく、おーい(顔出せ)と叫びました。
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女性連は宿の奥さんから、採って来てとビニール袋2つを渡されたので、せっせと食材採取です。キノコ狩りと同じく、食べられる野草を見つけて集めるのは楽しい仕事です。
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野草摘みをしている崖下の先の方にジオパークの看板が立っていて、ここにアカホヤ噴火前から現在にいたる地層が露出しているとのことです。それは凄いことなので、よく目を見張りました。
詳しくは下記URLのジオサイト看板をご覧ください。
https://geomishima.jp/archive/sign/ -
確かに雑草の茂る中に、幾重に異なる色と内容物が異なる地層が見えます。転々と残る足跡は何か恐竜の足跡か? それにしても雑草が多く蔓延っていて分かりづらいので、保全活動が必要ではないかと、後でOさんに意見具申しておきました。
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展望台から、今日は遠くに開聞岳が望めました。昨年に孫達と喘ぎながら登り、思い出深い登山になりました。その際の旅行記は下記でご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/11973949 -
昼食時間になったので、宿に戻り昼飯をいただきました。宿の食堂兼ホールに立派な魚拓が飾ってあります。島の中桟橋で釣れた大物8.5kgのアカジョウです。島を訪れる釣り人も多いようです。子供達が桟橋に3mのサメが現れたと騒いでいました。
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昼食はヘルシーなお茶漬けと筍のお浸しです。宿の主人のこだわりの削り節がドカッとお茶漬けに載っています。大変美味しかったです。
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食事後にフェリーが着く時間になったので、急いで恋人岬に車を走らせました。船がが茶褐色の海面を切り裂いて、湾内へ入ってきます。航路の跡には緑青色の海面が現れ、大きなキャンバスに船が塗り絵をしているようです。
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次は硫黄岳の中腹にある展望台へと車を走らしたのですが、山道の入口には進入不可のロープが張って有り、断念するしかありませんでした。その近くに岳の神神社があり、鳥居の上にそびえて見える硫黄岳とその噴煙は荒ぶる神の象徴のように見えました。
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そこで最後に行くのは、やはり東温泉です。今日も他には誰もいなく、私達3人でゆったりと心地よい温泉に浸かり、グラディエーションの色合いが素晴らしい海を眺めていました。
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360度のどちらの方向を眺めても大自然の中にある露天風呂は、ここ以外に無いでしょうね。ご婦人たちも満喫です。自転車に乗った旅行客が現れて、水着を持ってこなかったと言ってもじもじしていたので、私達は長湯になったこともあり、温泉から上がって港へ帰ることにしました。
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昨日訪ねた大浦港は、港らしくなかったので確認のため、再び寄ってみました。下に降りる急な階段の先に、船がやっと係留できる狭い桟橋がありました。湾は穏やかな海面に底まで澄んでいて、夏は飛び込める格好の海水浴場です。何千年前の地層を海面から見る景色を体験して見たくなりました。
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宿に帰る途中に広がる牧場には放牧された多数の牛たちが青草を食んでいました。その前を場違いな1羽が恐れずに歩いています。硫黄島では、居住地区、墓場、学校、牧場、道路の至る所で、やたらに孔雀を見かけるのです。雌を呼ぶギャーの甲高い雄の声が聞こえると、孔雀が出現します。
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かつて、ヤマハのリゾート施設が撤退した際に、飼育していた孔雀が置き土産に野生化して繁殖したそうです。100羽近く生息しているのではないかと思われ、農作物の被害も目立ち始めているようです。孔雀は長い尾っぽを引きずらないように、器用に先端を上げて歩いて、茂みに消えていきました。
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宿に戻ったら、夕食時に途中で出会った子供達が訪問して来ました。仲間の誕生日祝いで、たこ焼きパーティをやっていると、持参したたこ焼きをご馳走になりました。都会では見れない、人懐っこい子供達を見ると嬉しいです。
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2日目の夕食は大名筍と宿の主人Oさんが釣り上げた魚の刺身と山菜てんぷらがメインの自然食です。7分ツキのご飯の噛みごごちには慣れて、すべてが美味しくいただきました。
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食事後に嬉しいことに、Oさんに私がお願いした南極隊の経験話をしてもらえることになりました。二人の子供達には父親の仕事を具体的に話したことがないので、家族一緒になってプロジェクターの映像で南極活動の様々を分かり易く話してくれました。子供向けに時々クイズを出して、南極ならではの研究生活について初めて聞く、面白い講演でした。
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Oさんは地質学者として第52次南極探検隊に加わった経験を持ち、その後に硫黄島のジオパーク認定活動を先導し、その縁で硫黄島に住み着いたとのことです。昨年10月からこの民宿を引き継いで、ダイビングや島のガイドを両立した運営を図っているとのことです。
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【4/26】3日目
図らずしも、民宿の家族全員と私達は鹿児島へ同じフェリーで島を発つことになりました。川内にある奥さんの実家で連休中を過ごすとのことでした。 -
嬉しいことに、小雨がぱらつく中で、ジャンベダンス隊が船出を見送ってくれました。島にあるジャンベスクールのお蔭で、海外からの客足が途絶えなく、島の人たちも国際色豊かな雰囲気で、旅行客に接してくれるのが印象的でした。
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10時10分にフェリーは喜界カルデラの壁を直前に見て、茶褐色の湾から外洋に出ていきます。
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最後まで頂上を隠したままの硫黄島でした。また、その頂上へ足を運ぶ機会を見つけると、再訪の約束を交わしました。
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【番外】
翌日は皮肉なことに晴れ渡った快晴の天気で、昨日中に来島した屋久島からは硫黄島が頂から噴煙を上げているのをハッキリ見ることができました。Oさんからは、連休中に島の硫黄を使った花火の製造話が進んだとの知らせが届きました。次回は是非、カルデラ花火を見たいものですと伝えました。
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