2026/04/17 - 2026/04/17
1410位(同エリア4632件中)
杏仁豆腐さん
東京国立博物館で、前田育徳会創立百周年記念 特別展「百万石!加賀前田家」が開催中です。
加賀前田家は、初代・前田利家が北陸に領地を得て以来、金沢を本拠に、江戸時代を通じて加賀・越中・能登の三か国、百万石以上の規模を誇る大名家として、明治維新に至るまで領国統治を行ないました。近代に入って東京に本拠を移し侯爵となった後も、前田家伝来の文化財の保全に努め、16代・利為(としなり)は、大正15年(1926)に育徳財団(現在の前田育徳会)を設立しました。
令和8年(2026)、前田育徳会は創立百周年を迎えます。これを記念して、加賀前田家歴代当主の事績を振り返るとともに、旧蔵品を含めた加賀前田家伝来品の数々を紹介いています。
4月に金沢を訪れ、加賀前田家に触れてきたばかりです。その時の記憶がまだ新しいうちに、トーハクを訪れました。
☆春の金沢①1日目☆成巽閣・金沢神社・石浦神社・金沢21世紀美術館・金沢能楽美術館☆大國鮨☆2026/04/10
https://4travel.jp/travelogue/12045207
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
竹の台広場(噴水広場)は、チューリップがきれいです。
-
春らしいチューリップの風景
-
東京国立博物館に到着
-
ハナミズキも咲いています。
-
前田育徳会創立百周年記念
特別展「百万石!加賀前田家」 -
豊臣兄弟!
-
音声ガイドナビゲーターは、声優の浪川大輔と入江玲於奈。
-
加賀前田家は、初代・前田利家が北陸に領地を得て以来、金沢を本拠に、江戸時代を通じて加賀・越中・能登の三か国、百万石以上の規模を誇る大名家として、明治維新に至るまで領国統治を行ないました。
近代に入って東京に本拠を移し侯爵となった後も、前田家伝来の文化財の保全に努め、16代・利為は、大正15年(1926)に育徳財団(現在の前田育徳会)を設立しました。 -
加賀前田家初代・利家をはじめとする歴代当主の甲冑や陣羽織、刀剣が展示会場に勢ぞろいしています。
3代・利常による書画の蒐集、5代・綱紀による典籍の蒐集、書写、保存事業、そして工芸標本「百工比照」、茶道具、能面・能装束などの蒐集品を一挙に展示してあります。 -
明治時代の侯爵前田家による美術工芸品のコレクションも圧巻です。16代・利為の蒐集活動と、前田育徳会の設立の歴史を紹介しています。
旧蔵品も含めた「加賀前田家伝来」の文化財の全貌を、60年ぶりに一挙公開です。 -
見どころ満載の展示となっていました。
加賀前田家のお宝をじっくりと見ることができます。 -
第5章「侯爵前田家のコレクション」の一部だけ、写真撮影可能です。
ナイチンゲール書簡
フローレンス・ナイチンゲール著
1856年 -
コナン・ドイル書簡
アーサー・コナン・ドイル著
1894年頃 -
ルイ14世書簡
ルイ14世著
1684年 -
トンボ玉
紀元前~20世紀
16代・利為によるトンボ玉コレクション -
欧州古銭標本
ヨーロッパ・アメリカなど 2~18世紀
16代・利為が蒐集したヨーロッパの古いコイン11枚 -
庭の隅
ラファエル・コラン筆
フランス 1895年 -
アネモネ
ピエール=オギュスト・ルノワール筆
フランス 19~20世紀 -
婦人弾琴図
エドモン=フランソワ・アマン=ジャン筆
フランス 1922年 -
公益法人育徳財団設立許可書
大正15年(1926)2月26日 -
シロクマ
フランソワ・ポンポン作
フランス 1930年
フランスの彫刻家、フランソワ・ポンポンが制作した白色大理石のシロクマ像。16代・利為がパリでポンポンの作品を見て気に入り、直接注文しました。 -
バン
フランソワ・ポンポン作
フランス 1930年 -
金沢での体験もあり、大変興味深く見て回りました。
3時間近くかかり、加賀前田家のお宝を目の当たりにしました。 -
平成館 企画展示室で開催中
「フォルモサ(美しき島)の豊かな暮らし」―台湾の原住民族の資料―
台湾は、かつて「イラ・フォルモサ(Ilha Formosa)」とよばれていました。それは大交易時代のポルトガル人が感嘆した「美しい島」という意味のポルトガル語です。台湾島の中央には3000メートル級の山やまが連なるので、船から眺めると、海のなかに巨大な山がそびえているように見えました。当時、すでに台湾には多くの人びとが居住していました。さらにオランダ東インド会社や中国・明の遺臣である鄭成功(1624-1662)の進出を経て、17世紀には中国大陸南部から漢民族が海峡を渡って本格的に移り住むようになりました。この過程でいまの多民族社会・台湾の素地が形成されました。古くから台湾島と周辺諸島に居住していた民族は、みずからを「原住民族」と総称しています。台湾の原住民族はオーストロネシア語族に属する複数の民族集団で、太平洋に広がる島じまに暮らす人びとと同系統であるとされています。現在、台湾政府は言語や生活文化の差異によって16民族を認定しています。本特集では、東京国立博物館が所蔵する器物や衣服を通し、台湾原住民族の多彩で豊かな生活様式を紹介しています。 -
人面彫椅子
ルカイ族
背面と腰かけ部分の正面に人面を彫っています。 -
籐兜 籐鎧
タオ族 -
雲豹皮衣
パイワン族
貴族の、とくに頭目の礼服です。 -
法隆寺宝物館1階にある、ホテルオークラ ガーデンテラスで遅いランチです。
-
シーフードグラタンをいただきました。
熱々です。 -
食後は、珈琲を飲みながら、ゆっくりと時を過ごします。
-
法隆寺宝物館 第3室で、金・土のみの通年展示されている、「伎楽面」。
法隆寺献納宝物のうち、飛鳥時代から奈良時代の伎楽面を中心にした展示です。 -
現在、収蔵される31面の伎楽面は、幻の芸能である伎楽を知るうえで欠かせない遺品です。とりわけ、現存する伎楽面のうち、もっとも古く飛鳥時代に制作された仮面が多く含まれること、いずれも出来栄えが優れていることが高く評価され、一括して国宝に指定されています。
伎楽面 呉女(ごじょ)
伎楽面における唯一の女性面です。 -
伎楽面 治道(ちどう)
鼻が高く、赤い顔が特徴的です。こうした仮面は治道とよばれ、獅子やこれを先導する子どもを表した師子児(ししこ)とともにあらわれ、伎楽の開幕を告げます。 -
伎楽面 師子児(ししこ)
かわいい童顔を表わしています。宝物館保管の伎楽面中もっとも小さいものです。 -
貴重な伎楽面が並ぶ展示は、とても興味深く、圧倒されます。
-
表慶館では、この日から「皇居三の丸尚蔵館 グランドオープンプレイベント in 表慶館」が開催です。
-
高精細複製 伊藤若冲《動植綵絵》
狩野永徳《唐獅子図屏風》 -
皇居三の丸尚蔵館は、国立文化財機構文化財活用センターとキヤノン株式会社による、「文化財の高精細複製品の制作と活用に関する共同研究プロジェクト」のもと、同館が収蔵する伊藤若冲筆 国宝《動植綵絵》の高精細複製品を制作しました。
-
《動植綵絵》の複製品30幅を前後期15幅ずつ入れ替えて展示するほか、令和5年(2023)度に制作した狩野永徳の国宝《唐獅子図屏風》の高精細複製品も併せて展示します。
今からちょうど100年前の、大正15年(1926)。表慶館(当時は東京帝室博物館)にて、「御物 若冲筆動植綵絵三十幅特別展」(10月16日から31日)が開催されました。30幅を一堂に展示したこの特別展は、史上初の「動植綵絵展」でした。
高精細複製品の完成によって、大正の「動植綵絵展」から100周年の記念すべきこの年に、かつての展示をしのばせるイベントが開催となりました。 -
老松白鶏図(ろくしょうはっけいず)
-
向日葵雄鶏図(ひまわりゆうけいず)
-
鶏は何をみているのでしょうか。
-
老松孔雀図(ろうしょうくじゃくず)
-
孔雀の羽
見事な描き方 -
芦鵞図(ろがず)
-
鵞鳥の顔が何とも言えない表情。
-
棕櫚雄鶏図(しゅろゆうけいず)
-
諸魚図(しょぎょず)
-
蛸の顔がちょっと滑稽です。
-
池辺群虫図(ちへんぐんちゅうず)
-
同じ方向を向く蛙たち
-
薔薇小禽図(ばらしょうきんず)
-
小鳥が独特なポーズ
-
桃花小禽図(とうかしょうきんず)
-
つがいでしょうか。
-
棕櫚雄鶏図(しゅろゆうけいず)
-
立派な鶏冠です。
-
雪中鴛鴦図(せきちゅうえんおうず)
鴛鴦(おしどり)が雪の中、寒さに耐えています。 -
芍薬群蝶図(しゃくやくぐんちょうず)
芍薬の花の描写が細かい。 -
芍薬群蝶図(しゃくやくぐんちょうず)
蝶が宙を舞う姿。思わず見つめてしまいます。 -
《唐獅子図屏風》(右隻)
金地に着色された巨大な6曲1双の屏風の右側で、荒々しく誇張された2頭の唐獅子が描かれています。 -
今にも咆哮(ほうこう)が聞こえてくるような、威厳に満ちた獅子。
狩野永徳の代表作で、桃山文化の代名詞として知られています。 -
具を含めると縦247.5センチ、横476.2センチに及びます。
通常の屏風と比べ1.5倍ほどあり、「豪壮」と評される桃山絵画の中でも、型破りの大きさです。 -
右下には「狩野永徳法印筆(ほういんひつ)」とあります。これは永徳ではなく、孫の狩野探幽が鑑定して記したものだそうです。
-
「皇居三の丸尚蔵館 グランドオープンプレイベント in 表慶館」
-
「皇居三の丸尚蔵館 グランドオープンプレイベント in 表慶館」
-
「皇居三の丸尚蔵館 グランドオープンプレイベント in 表慶館」
-
「皇居三の丸尚蔵館 グランドオープンプレイベント in 表慶館」
-
東京国立博物館から上野東照宮に来ました。
まずは、唐門でお詣り -
家康公が元和2年(1616年)4月17日にその生涯に幕を下ろしました。
4月17日に非公開で大祭が行われ、金色殿拝殿の扉を開けるのは大祭を記念した特別公開だそうです。 -
上野東照宮は1627年(寛永4年)に創建。
1651年(慶安4年)、徳川家光公の命によって、社殿が日光東照宮に準じた金色殿に建て替えられました。国指定重要文化財です。
開扉されるのは一番手前の拝殿の部分だけですが、柱、壁、扉など一面が金箔で覆われています。 -
唐門は、内側の方が豪華絢爛です
正式名称は唐破風造り四脚門です。 -
社殿、唐門、透塀の彫刻はすべて、金箔で覆った上から岩絵の具で彩色を行う「生彩色(いけさいしき)」という贅沢な手法で行われているそうです。
-
見入ってしまいます。
-
普段は非公開である社殿の扉が開かれ、内部を見ることができます。
-
殿の前面には鷹、側面には鳳凰、角には阿吽の形の獅子が彫られています。
-
ここはかつて津藩主・藤堂高虎の屋敷地であった場所です。
-
一つ一つの彫刻も見応えがあります。
-
現在の社殿や透塀、唐門は、慶安4(1651)年に3代将軍・徳川家光が造営替えをしたものです。
日光までお参りに行くことができない江戸の人々のために、日光東照宮と同じ権現造の、豪華な金色殿を建立しました。 -
拝殿を取り囲む塀は、向こう側が透けて見えるので透塀(すきべい)と呼ばれています。
-
上段には野山の動物と植物、下段には海川の動物の彫刻が内外両面に200枚以上彫られています。
-
手水舎
大きな鈴が掛かっています。 -
上野東照宮のすぐ隣に立つ五重塔は、今までは上野動物園の園内からしか入ることができませんでした。
それが今年3月17日より、上野東照宮の参道側から入る周遊ルートが開放されています。 -
拝観券も金色の特別仕様でした。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
上野・御徒町(東京) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
84