2026/04/11 - 2026/04/11
12238位(同エリア13655件中)
松本伸雄さん
甲斐源氏発展の礎を築いた逸見清光の築城
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北杜市考古資料館にバスを停めさせていただきます。八ヶ岳が雄大に裾野を広げています
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搦手から入ります
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搦手虎口跡 急な斜面ですが、規模の大きな空堀が埋没しています
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富士山の火山灰で、だいぶ埋まっているそうです
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源頼義には義家、義綱、義光という父にも勝るとも劣らない3人の子がいた
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南帯曲輪 義光の長男である義業は常陸国佐竹郷に、三男義清が同国武田郷に定住した
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二の郭へ 戦国大名の名跡である「佐竹」「武田」はここから生まれた
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一の郭虎口跡 義清の子、清光はかなりの乱暴者で太治5(1130)年、父義清とともに甲斐国市河に流された
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ここでも清光は父との暮らしを嫌い、祖父義光ゆかりの逸見(へみ)とも呼ばれる八ヶ岳山麓須玉に移り住んだ。ここで義光のかっての館を改築し、谷戸城の原型となる城を築いて、姓も逸見と改めて土着した
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雪山と桜が綺麗です
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土着した逸見氏は、源平合戦のタイミングで惣領が代わり武田と氏を変え、源頼朝の率いる源氏軍の中核をなした
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平家討伐に功をなして着実に力を蓄え、一族を甲斐各地へ配置するなどしてさらなる勢力を増強し、ここに甲斐源氏・武田氏の基礎が出来上がった
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八ヶ岳と桜のコラボ
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信虎と信玄の2代により甲斐が統一された後、谷戸城は信濃侵攻への「つなぎの城」として武田氏滅亡まで重要な役割を果たしたとされている
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東帯曲輪
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盛り土の上を歩きます
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竪堀
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いい天気でした
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甲州ほうとう小作で昼食です
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かぼちゃとじゃがいもが大きく、其れだけで満腹です おわり
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