2026/03/20 - 2026/03/20
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Tomoさん
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谷川からJR加古川線で観光。西脇市駅から鍛冶屋線廃線跡の遺構と寺社を巡り、日本へそ公園に至るサイクリングです。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.0
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自転車 JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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福知山線で久々に輪行。谷川駅で加古川線に乗り換えます。存続が協議されている状況ですが、この日は3連休ということもあり、乗客がいました。
谷川駅 駅
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西脇市駅で下車。加古川行きの電車は、今では貴重な103系がやってきました。
西脇市駅 駅
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有人改札になるのは9時からのようで、下車したときは無人でしたが、加古川方面に向かう利用客で賑わっていました。
西脇市駅 駅
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駅を出て、少し歩いたところに「やすらぎの道」があります。ここから自転車で鍛冶屋線の廃線跡を走っていきます。まずは、1.6km先の西脇駅を目指します。
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線路はJR加古川線の谷川方面ですが、この左を進み、西脇方面に走っていたのが鍛冶屋線ですね。
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鍛冶屋線の線路跡は、歩行者・自転車専用道になっていて、快適なサイクリングを楽しむことができます。
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JR鍛冶屋線跡道路の碑がありました。盛土になっているので、明らかにここを列車が走っていたのでしょう。
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アピカホール、西脇ロイヤルホテルなどがある旧西脇駅の付近。神姫バスのターミナルがあって、大阪方面の高速バスも走っています。
西脇ロイヤルホテル 宿・ホテル
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西脇駅跡の記念碑がありました。現在の西脇市駅は、当時は野村駅だったのです。
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JR鍛冶屋線路跡から生まれ変わったレントン通りを進んでいきます。
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次の市原駅まで3.1km走っていきます。廃線跡はきれいな道路に整備されていました。
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途中、立派な鳥居が入ったので、春日神社に立ち寄りました。
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鳥居をくぐり、境内を進むと、立派な拝殿がありました。社殿は1577年に建てられたそうです。
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杉原川沿いに走っていきます。
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続いて、西仙寺を参拝します。
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本堂に続く石段の途中に仁王門があります。
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急な坂道を登った先に、立派な石垣があり、その上に歴史を感じさせる本堂が見えてきました。
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本堂の右手に兵庫県指定文化財、熊野権現社があります。
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四国遍路でおなじみの修行大師像がありました。ここで弘法大師も修行したのでしょうか。
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西仙寺は651年、孝徳天皇の病気平癒のため、法道仙人によって建立されたと伝わる名刹です。
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引き続き、鍛冶屋線跡を走っていきましょう。
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歩いている人も少ないので、自転車でもスイスイ進めます。
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市原駅跡に到着しました。
鍛冶屋線市原駅記念館 美術館・博物館
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旧駅舎を復元した鍛冶屋線市原駅資料館。ここで一休みしていきましょうか。
鍛冶屋線市原駅記念館 美術館・博物館
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懐かしい「野村」という表示のサボ。昔から野村(西脇市)で系統分割されていたようですね。
鍛冶屋線市原駅記念館 美術館・博物館
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鍛冶屋線の歴史を伝える写真が展示されていました。
鍛冶屋線市原駅記念館 美術館・博物館
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懐かしい「きっぷうりば」。この光景だけ見れば、列車がやってきそうな雰囲気なのですが・・・
鍛冶屋線市原駅記念館 美術館・博物館
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キハ30と腕木式信号機が保存されています。廃線後、西脇市がJRから車両を譲り受け、塗装されました。西脇市出身のイラストレーターの方がデザインを手がけたそうです。
鍛冶屋線市原駅記念館 美術館・博物館
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記念館の前にバス停がありますが、ここを通るのは平日に1本のみ。もう少し北にある「市原」がバスのメインルートになっているようです。
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次の羽安までは2.3km、廃線跡を進んでいきます。
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廃線跡は日野北バイパスとして整備されています。自転車専用レーンが設けられているので、快適に走ることができますね。
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羽安駅跡に着きました。はやす駅跡公園として整備されています。
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待合室のようなベンチが設置されていて、サイクリングの途中でお弁当を楽しむ家族連れの方が利用していました。
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日野北バイパスが整備されたときに、公園もリニューアルされたようです。
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一休みして、曽我井駅に向けて出発しましょう。
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曽我井までは1.8km。このあたりは道路が整備された以外、町並みは大きく変わっていません。
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曽我井駅メモリアルパークに着きました。国鉄フォントの駅名板が残っていました。次は中村町ですね。
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曽我井は元々、仮乗降場として開業した駅で、駅舎もなかったようです。
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次の中村町まで2.1kmを進んでいきましょう。線路跡は砂利が多いので、28Cタイヤでは怖い・・・
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サイクリングを楽しむ観光客の姿を見ました。写真を撮りまくるので、どんどん遅れていく・・・
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中村町駅があった場所には、「あかね坂公園」が整備されていました。
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中村町の駅名板。どこか国鉄とは違うので、記念碑として新しく設置されたのかもしれません。
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鉄道のトンネルを思わせる展望台がありました。
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次は終点の鍛冶屋駅。自転車道として整備された「ぽっぽの道」を進みます。
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西脇市を出て11km走ってきました。鍛冶屋までは2.3km、あと少しです。
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杉原川を渡る「杉原川橋梁」を渡ります。当時のものを活用されているようです。
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歩行者・自転車専用の橋となり、現在では「ふれあいはし」と呼ばれているようです。
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橋の上からは美しい、杉原川の景色を眺めることができます。
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終点・鍛冶屋駅が近づいてきました。
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西脇市駅から13.2km、鍛冶屋線の終点に到着しました。
鍛冶屋線記念館 名所・史跡
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当時の駅舎を整備・保存し、鍛冶屋線記念館として活用されています。
鍛冶屋線記念館 名所・史跡
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鍛冶屋線は播州織の工場で働く人々の足として利用されましたが、自家用車が普及して乗客が減っていき、1990年4月1日で廃線になりました。
鍛冶屋線記念館 名所・史跡
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鍛冶屋と中村町の駅名板が残っていました。
鍛冶屋線記念館 名所・史跡
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1両分のホームとキハ30形気動車が保存されています。塗装が剥げて、痛々しい状態・・・ですが、改修される話が出ているようですね。貴重な車両なので、なんとか残してほしいです。
鍛冶屋線記念館 名所・史跡
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学生のとき、大回り乗車で加古川線に乗りましたが、そのときは既にキハ40に置き換わっていて、この車両が走っている光景は見たことがありません。
鍛冶屋線記念館 名所・史跡
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鍛冶屋線の線路跡を外れ、少し走ったところにある成実さんでランチを。
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エビフライ定食を注文しました。ぷりぷりの海老が食べ応え十分で美味しかったです。
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曽我井付近から市原までは廃線跡を走っていきます。
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峠を越えて、黒田庄駅に到着しました。坂道がきつかった。。
黒田庄駅 駅
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黒田庄駅から近い、兵主神社を参拝していくことにしました。加古川線の踏切を渡ると、大きな鳥居が構えています。
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784年創建の式内社で、「ひょうすさん」と呼ばれるこのあたりの氏神様として崇拝されています。
兵主神社 寺・神社・教会
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羽柴秀吉が三木城の別所長治を攻める際に、家臣の黒田官兵衛が戦勝祈願のために灯明田を寄進し、拝殿はその奉納金で改築されたといいます。
兵主神社 寺・神社・教会
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拝殿は1591年に改築されたもので、兵庫県指定の重要文化財。安土桃山時代の建築様式をとどめる、茅葺入母屋造の長床式ですね。
兵主神社 寺・神社・教会
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黒田官兵衛ゆかりの地で、参拝できてよかった。ここから日本へそ公園までラストスパート。
兵主神社 寺・神社・教会
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方位の広場。日本のへそ・西脇市を中心とした正距方位図法で描かれた地球のモニュメントです。
日本へそ公園 公園・植物園
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秋に来たら美しいメタセコイア並木。3連休ということもあって、親子連れの観光客で賑わっていました。ほとんど自家用車だけれど・・・
日本へそ公園 公園・植物園
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公園を代表するユニークな建物、にしわき経緯度地球科学館「テラ・ドーム」。経緯度、地球、宇宙をテーマにした科学館で、平成27年3月にリニューアルされました。81cm大型反射望遠鏡での天体観測やプラネタリウムが楽しめる施設です。
日本へそ公園 公園・植物園
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丘陵の上に、日本のへそモニュメントがあります。東経135度、北緯35度の交わる「日本のへそ」なのです。
日本へそ公園 公園・植物園
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JR加古川線の線路沿いに、日本のへそ「標柱」があります。大正12年旧陸軍参謀本部陸地測量部の計測に基づき建立されたものだそうです。
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自転車を輪行袋に収納し、日本へそ公園駅から16時の電車に乗ります。本数が少ないので、予定通りの便に乗れてよかった。
日本へそ公園駅 駅
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1両のワンマン電車で谷川に帰ってきました。座席が半分埋まるくらいの乗車率でした。他にも加古川線沿線で行ってみたいところがあるので、また訪ねたいと思います。
谷川駅 駅
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この旅行記へのコメント (3)
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- 横浜臨海公園さん 2026/05/24 03:29:55
- 鍛冶屋線
- Tomoさま、おはようございます。
小生、鍛冶屋線には2度乗車した事がございました。
兎に角、野村-西脇間は乗車率も良く、野村-谷川間などよりも車内は混雑していたのは事実で、然も、西脇駅出札には当時は珍しかったマルス端末機も設置されていました。第1~3次地方交通線で途中駅にマルス端末機が設備され廃止されたのは、鍛冶屋線と名寄本線(紋別駅)で、現在であれば兎も角、当時は鉄道廃止など可能なのかと疑問を抱いたものです。
車窓風景は変化が乏しく、2度共に睡魔が襲ったものでした。
横浜臨海公園
- Tomoさん からの返信 2026/05/24 12:12:19
- Re: 鍛冶屋線
- 横浜臨海公園さま、こんにちは!
鍛冶屋線に乗られたのですね。私の場合、子供のころに既に廃線になっていて乗ることは叶いませんでした。
事前にyoutube等で調べたうえで、実際に自転車で廃線跡を走ったのですが、沿線風景は昔から大きくは変わらないものの、思っていたよりも住宅や店舗もあったので、特に野村~西脇間は残してもよかったのでは・・・と思えました。
いつか三木鉄道、下津井電鉄跡も訪ねてみたいと思っています。
- 横浜臨海公園さん からの返信 2026/05/25 04:13:43
- 40年以上前の加古川線沿線
- Tomoさま、おはようございます。
昔むかしの加古川線設備は、戦時中の播但鐵道買収当時とさほど変わらない状態で、当時でも加古川-厄神間、粟生-野村-西脇間だけが、やたらと混雑している以外の区間は閑散としており、国鉄時代は全線簡易線扱で軌道が脆弱な為に気動車客車専門修繕の高砂工場への入出場の関係で181系気動車を入線させる必要から、軌道強化工事が施工された高砂線以外ではキハ30型の天下で、加古川線では乗車の機会が無かった当時は新車だったキハ37型を見かけた時は、それはそれは眩しく感じられたものでした。
阪神淡路大震災発生後の大阪-姫路間臨時連絡列車設定時に、谷川駅の連絡線を改良し運転案もありましたが、御存じと思いますが181系気動車は相当重量があり、加古川線運転に対し難ありと判定され、該案は不採用となりわざわざ和田山経由で運転された経緯もありました。
高砂線に関しては、私鉄時代に架橋された老朽化が著しい加古川橋梁架替も計画され、事実橋梁の設計図面も作図され発注寸前の状況期に高砂工場廃止が決定が致命傷となり、路線そのものが廃止の憂き目となってしまいました。
正直、西脇市-谷川間は沿線人口が希薄で、何の為の電化だったのか甚だ疑問に思っております。
横浜臨海公園
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