2026/02/19 - 2026/02/19
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hijunoさん
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この旅行記のスケジュール
2026/02/19
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穴織(あやはとり)神社
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あわんど池の辻地蔵
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猪名津彦神社
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伝 染殿井
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ニシンジョの地蔵と道標
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井口堂の道標
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石橋高札場跡
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宮の前遺跡跡
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待兼山遺跡
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待兼山5号墳跡
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大阪大学綜合学術博物館
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この旅行記スケジュールを元に
当初の目的、大阪大学学術博物館の見学から、寄り道の寄り道を重ねて、やっとたどり着きました。
池田市は本当に沢山の歴史遺産が多いところだとおもいました。
沢山歩いて、いろんな発見があって、とても面白かったです♪
目的地の大阪大学学術博物館、、展示のコーナーは写真撮影禁止で残念でしたが、貴重な資料がずらり!
この辺りにかつて生息していたマチカネワニの様子もよくわかり、また、この周辺には遺跡が多く、それも興味深かったです。
さらに、大阪大学の歴史についても詳しい説明がありました。
懐徳堂と適塾との関わりもよくわかりました。
建物ももとは病院だったところ。温かみのある建物でした。
レトロなステンドグラスなど、とても素敵でした♪
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 私鉄 自家用車 徒歩
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池田市役所前。
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歩いてましたら、歩道の側の、マンションの植え込みに、お城の石垣などに使われた石?
切込みが入った石が置かれていました。 -
近くの池田城の石垣に使われるために切り出されたものかな。。。
などと、想像しました。。こんなふうな使い方、、なんだかおしゃれだな♪ -
呉の国から、織物技術を伝えたといわれる穴織(あやはとり)を祀っている神社がここにもありました。
前回訪れた伊居太神社も穴織を祀っている神社ですが、
こちらの神社は、地元の方々による神社のようでした。 -
説明板。
縁起や地元のしきたりなどが書かれてありました。 -
比較的新しいような建物。
拝殿。 -
本殿に続いていました。
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近くに公園。
大きな公園で、オブジェも。
池田市、公園が沢山ありますね~ -
おじぞうさん。大切に祀られていました。
あわんど池の辻地蔵とありました。
池田城主の奥様は阿波の人で、この辺りに阿波からの多くの人々が住んでいたことから、阿波堂池と呼ばれる池がありました。
この池は灌漑用の池だったらしく、阿波からの人々が従事して池を造ったそうです。
近くに、あわん堂というお堂もあります。 -
更に歩いていくと、ここにもお堂みたいなところがあって、
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ここにも小さなおじぞうさん。
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このあたりの歴史が書かれていました。
周辺には猪名津彦神社や遺蹟も多いです。
昔からのお祭りなども。地域で歴史を大切にしていると感じました♪ -
近くに猪名津彦神社という神社があります。
ここは、日本に織物技術を伝えに日本に来た呉織(くれはとり)、穴織(あやはとり)たちを、日本に連れてきたといわれる、
阿知使主(あちのおみ)とその子の都加使主(つがのおみ)を祀った神社で二人は猪名津彦という名前で祭神として祀られます。 -
拝殿があります。
実はこちらは、横穴石室を持った円墳の上に建てられた神社。
阿知使主と都加使主親子を葬っていたといわれています。
一度盗掘にあっていますが、1805年に石棺から朱色に染まった骨が出土し、伊居太神社の神主が持ち帰って、境内で祀ったそうです。
伊居太神社には猪名津彦を祀るお社がありました。
その後、昭和33年になって、こちらに社殿が造られ、再び勧請したそうです。
神体が伊居太神社からこちらの神社に再度遷されています。 -
本殿もみえます。
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境内には大きな石がありました。
古墳で使われていた巨石?
円墳は直径が30mほどのものだったようです。 -
こちらにも。
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拝殿に由来が書かれてありました。
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関連の資料もみれるようになっていました。
地元の方々がとても大切に守ってきた神社ということがわかります。 -
一段高いのが、古墳の跡というなごり。
綺麗に整備され、公園のようにもなってました。 -
この周辺、日本風の趣あるお家もあって、
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窓枠、、懐かしいなぁ~とてもレトロ。今ではほとんど見かけません。。
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軒もとてもお洒落なデザイン♪
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キョロキョロしているうちに、次の目的地、染殿井といわれている場所に到着しました。
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呉織と穴織がここで糸を染めたという言い伝えが残っている場所です。
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鉄格子があって、よく見えませんが、石碑がありました。
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住宅街の中です。
池田市は、呉織と穴織に関しての遺蹟が多いです。 -
能勢街道方面に歩いています。
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ここにも小さなお堂ど道標。
ニシンジョの地蔵と道標です。
右は池田道、左は有馬道、能勢街道との合流しているところです。
道標には「右ハ池田道」「左ハ有馬道」と書かれているようです。
昔からの大切な目印。 -
こちらの道が能勢街道。
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そこにも道標と石碑。
井口堂の道標。
中央に「右ハ大阪道、左ハ京道」右の道標には「右大阪」とあります。
西国街道瀬川から分かれて、有馬に向かう有馬道に合流します。 -
地図、ちょっと見えにくいですが、このあたり、一里塚などもあったようです。
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イチオシ
ミモザの季節~♪♪
大好きなミモザ。テンション上がる^^ -
石橋高札場跡があるので、向かいます。
てっちりのお店がありました。。 -
線路わきに説明板が立っています。
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高札場は、幕府や奉行所などから、一般の庶民に知らせる法令や禁令、生活の規範などを掲げた札のことですが、
この場所は、西国街道と能勢街道が交わるところで、
人々の往来も物資の往来も盛んな場所でした。 -
江戸時代のなごり。
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近くに小学校があって、こんな可愛いマンホールのデザイン♪♪
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可愛い♪♪
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学校の校庭のフェンスに説明板がありました。
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説明板によると、
弥生時代中期の方形周溝墓、竪穴式住居、古墳時代の竪穴式住居、古墳が発見されています。
特に方形周溝墓と住居が同時に見つかる貴重な遺蹟となっています。
さらに旧石器時代の石器も見つかっています。 -
東西700m、南北900mにわたる遺蹟です。
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横を走る阪急電車。
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かえりみち、お堂がありました。
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行きたかった場所がありました。。
一乗院というお寺があります。
724年の創建、行基の開基です。
石田三成の遺児の千代丸が乳母や家臣たちとこの地に落ち延びて、その際に千代丸が軍旗に包まれ、その軍旗がこちらのお寺に納められていたそう。
関ケ原の戦いで、三成が亡くなったあと、遺児たちは命を守られたのですね。。
一般的には三男三女がいて、みんな生き延びたとも聞いたことがあります。
石田三成に以前に助けられ、恩を忘れなかった津軽家、津軽為信は子供たちを必死で守ったといいます。
徳川家康も心が広いなぁ~とおもいました。
この時代、徹底的に子孫も罰する武将も多いのに、、、。
この、軍旗に包まれて逃げてきた遺児も、三男三女以外の三成の遺児だったのでしょうか、、、
今でも、その子孫は続いているのですね~ -
境内。
1573年には、兵火により焼失しますが、その後、復興しています。 -
イチオシ
こちらは大きな石碑。
石田三成軍旗塚と書いてあります。一乗院 寺・神社・教会
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このあたりは石田という姓が多いと聞きました。
千代丸の子孫の方がたくさんいらっしゃるのでしょうか~
石碑の裏にも石田という姓がみえ、その子孫の方がこの石碑を建立されたようです。
軍旗は見学できないのかな~とおもい、お寺の方にお聞きしましたら、
いまは、この近隣のお宅に保管されていると教えてくださいました。
軍旗、見てみたいな~ -
本堂。
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こちらには、貴重な仏像が多く安置されています。
平安時代、鎌倉時代、室町時代の作製。
そのうち、弘法大師が仏像を刻み、奉納したといわれているものも
あるそうです。
一般公開はしておらず、特別公開のみだそうです。 -
こちらのお堂にも貴重な仏像が安置されていました。
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説明があります。
子供の様子をした仏像で、「融通さま」とよばれ、融通きいてくれると信仰されているそうです。 -
鐘楼も真っ白でした。珍しい。。
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石田三成の子孫とのつながりのあるお寺でした。
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そして、寄り道寄り道をして、、やっと阪大にやってきました。
大阪大学です。 -
入口にこんな看板。
マチカネワニ、、このあたりに生息していたワニ。 -
阪大豊中キャンパス~ひろいなぁ~
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ここは、遺蹟も多くて、博物館見学前に周囲を探検♪
待兼山遺跡があります。
こちらは中世の火葬場があったところのようです。
地中保存されています。 -
発掘の様子がパネルで紹介されていました。
土器なども一緒に発掘され、この周辺待兼山では数百基の中世墓があったと考えられています。 -
大阪大学の豊中キャンパスにある待兼山遺跡は弥生時代の集落跡も見つかっていますが、、古墳もあり、
待兼山5号墳と呼ばれています。
5世紀後半築造の直径15mほどの古墳です。
須恵器や馬型埴輪や円筒埴輪などの多くの出土があったようです。
出土品の復元模型は博物館に展示されていました。
現在、駐輪場の地表下1.5mに地中保存されているようです。 -
博物館開館まで時間があって、、外で待ちます。
カフェもある。。 -
奥にある建物が博物館。
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自然豊かな場所。
遊歩道もある♪ -
待兼山、、昔から歌にも詠まれていたようです。
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雰囲気、建物が病院のようだなぁ~と思ってましたら、
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イチオシ
大阪大学の付属病院の分院の建物でした。
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登録有形文化財に指定されています。
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正式名。
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病院が閉院となってからは、学舎として使われていました。
中に入ってみるとわかるのですが、とてもシンプルな造りなのですが、
ステンドグラスなどがあり、柔らかく、温かい雰囲気に包まれたような
建物でした。 -
1階がカフェになっていた建物、、、
こちらも以前は学舎でした。 -
医療系の短期大学もあったんですね~
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以前あった、短期大学の記念碑もありました。
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記念碑のうら。
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イチオシ
受付のあたりに、このあたりに生息していたマチカネワニの骨格が展示してありました。
おおきいな。。 -
イチオシ
このワニも大阪大学の豊中キャンパスの工事現場で発見されたもので、
およそ45万年前の化石。
全身の骨格は日本で初めて確認されたものだそうです。
その大きさにはびっくり。
頭骨の長さが1mを超えて、全長も7m以上もあり、体重も1.3トン。
まるで、、恐竜のようです。。 -
復元されたもの。
サイズはこんな可愛いものではないですよねー -
発掘の様子も。
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ノーベル賞受賞の先生のパネルもありましたよ。
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建物の説明もあって、
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病院だった建物の説明。
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イチオシ
受付を済ませて、上の階へ。
残念ですけれど、展示室の写真は撮影禁止です。。
とても伝えたいことが沢山ありましたが、、残念です。 -
イチオシ
ステンドグラス。。
遊び心もあり。。可愛いな♪ -
イチオシ
温かい雰囲気~
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踊り場には機械が展示。
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こちらのコーナーにワニの化石が展示されてありました。
迫力ありました。
待兼山遺跡出土の埴輪などの復元の展示などもありました。
自然も歴史豊かな場所だったのですね~ -
そのほか、展示室には、大阪大学の歴史が詳しくパネルなどで紹介されていました。
大阪町人によって造られた懐徳堂と、緒方洪庵によって造られた適塾、この二つの源流を持つ大阪大学の歴史が詳しくわかりました。
1階では研究者たちの偉業が紹介されてありました。
最先端の科学や技術。。
ノーベル物理学賞受賞の湯川秀樹の紹介もありましたよ。 -
イチオシ
床にはこんなデザインも。
お洒落な建物です。 -
とても見ごたえのある博物館でした♪♪
写真があると、もっと振り返れるのになぁ~とちょっと残念でした。
受付で、ワニがキャラクターになっているそうで、こんなシールをもらいましたよ。
つぎは孫1号を連れてこようとおもいました。
やっと、大阪大学学術博物館に到着、池田の歴史散歩を終わります♪
最後までお付き合いいただいて、ありがとうございます^^
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この旅行記へのコメント (1)
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- sukecoさん 2026/04/24 11:37:03
- 学術博物館!
- hijunoさん、こんにちは~
今日は冷えて、朝は暖房が必要でした。。。
今週末はこのような気温が続きそう(;'∀')
服装をどうしようか、毎日悩みます(笑)
念願の大阪大学学術博物館に到着ですね(笑)
いきなりマチカネワニの骨格がドーンと♪
あの大きさを見ると、本当に恐竜だわー(*'▽')
全長7m、、、怖い~
そのせいか、横にいた復元模型がとても可愛く感じてしまう(*´∀`)アハハ
展示室は、撮影禁止とは・・・残念。
実際に見に行かなくちゃならないのですね♪
ステンドグラスもレトロな感じがして、素敵!!
とても興味が湧きました(*^-^*)
池田へ行くときは寄ってみたいな~
でも、見どころたくさんの街のようで、私も寄り道たくさんしちゃいそう♪
もうすぐGWですね。
素敵な休日をお過ごしください♪
sukeco
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