2026/03/14 - 2026/03/14
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かくちゃんさん
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三十日目。
午後1時15分、快晴の奥津宿を出発。古い家屋が残る宿場町を抜け、谷口常夜燈から上りとなる舗装道が狭い山道へと代わり、国道368号線を跨いで更に上ると飼坂峠である。
かつては茶屋が建っていたという休憩所で峠からの景色を一望した後、足場の悪い山道を下りていくと、轍が残る未舗装の道に代わり、家並が見えて来る。多気宿である。谷町集落から上多気常夜燈の先にある大橋で八手俣川を渡り町屋集落、長谷寺と伊勢神宮のちょうど中間地点となる六部供養塔を経て、東屋で養甘を購入。緩やかに上る道が続き、廃村となった峠の旧集落を通過すると櫃坂道新坂である。山道にしては広く整備された道を下り、舗装道に代わっても続く下り道を進み弘法大師の水で給水。仁柿の集落で稲わらで造られた「ちゃちゃも」を見て、柿野神社を参拝。飯南の集落を通過し、深野の沈下橋に立ち寄った後、大石宿を経て、大石不動院を参拝。
本堂裏手にある夫婦の滝を見ながら給水した後、かつての松阪電気鉄道の終点大石駅跡、小片野と茅原の集落を経て、津留橋で櫛田川を越えると、道は川沿いに続き、山の裾野が切れ平野部に入り、四疋田(しひきだ)の常夜燈を通過して相可宿に到着。本日はここで止まることとする。本日の走行距離、八里十六町也。
相可駅前の公衆トイレで着替えた後、紀勢本線で松阪へ。出口を間違えあたふたしたしながらも何とか「焼肉たこやん」さんに到着。松阪牛のロースとホルモンを堪能して三十日目を締めくくったのでした。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 2.5
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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近鉄大阪線川合高岡駅
伊勢中川発東青山行の各駅停車は2両編成でしたが、車掌さんが乗っていました。私のほか3~4人の方が下車していました。川合高岡駅 駅
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JR名松線一志駅
川合高岡駅11時46分着、一志駅11時51分発のチャレンジングな乗換えを計画したものの、近鉄線の各駅停車は2分遅れで到着。乗換え時間は3分。両駅の距離は約200m。走ってホームに着いた時にはすでに列車の姿が見えている状態でした。間に合って良かった。。。一志駅 駅
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JR名松線伊勢興津駅
ここで運賃を払って降りているのは私だけで、他の皆さんは折り返しの列車で松阪方面に戻られているようでした。伊勢奥津駅 駅
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伊勢本街道 奥津宿
駅前の「ぬしや」の先、雲出(くもづ)川に架かる宮城(みやしろ)橋を渡ると、玄関に「中北屋」の屋号が書かれた紙灯籠が置いてあるかつての旅籠があります。母屋だけではなく離れもある旅館の風情を残したこの建物、昭和23年(1948年)まで営業していたのだそうです。廃業から80年近く経っていますがかなり状態が良い感じがしました。趣きのある建物ですが、復活はしないんでしょうね。 -
谷口常夜燈
奥津宿の伊勢側入口にあります。夜、伊勢から飼坂峠を下りて来た往時の旅人はこの常夜燈の灯を見て奥津宿に着いたことを知ったのでしょうね。伊勢国の常夜燈らしく「太一(たいいち)」の文字がしっかり刻まれています。 -
飼坂(かいさか)峠
往時はこの辺りに力餅を売る茶屋が2軒もあったのだそうです。
徳川の御代「お伊勢参りして怖いとこどこか、飼坂、櫃坂、鞍取坂、津留の渡しか宮川か」と唄われたという飼坂峠。坂の険しさのほか、山賊も現れたことから伊勢本街道一番の難所だったようです。東海道の鈴鹿峠も山賊が出たと言いますから、伊勢国の山中には山賊が多かったんでしょうかね。 -
伊勢本街道 多気(たげ)宿
水が激しく流れるところを表したという多気。街道沿いには最盛期20軒もの旅籠があり、夜ごと伊勢音頭の唄声が聞かれたのだそうです。 -
上多気常夜燈
元治2年(1865年)に建てられたという常夜燈。高さが4.9mもあり、街道沿いの常夜燈の中でも最大級の大きさを誇ります。上多気常夜燈 名所・史跡
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東屋
呼び出しボダンを押すと女将さんと思しき老女が現れ、養甘1本だけの注文にも快く応じてくれました。お店、どれくれいやっているのですかと聞くと「130年くらいかな。でも戦時中は砂糖がなくて作れなかったけどね。」とのこと。お値段は275円でした。近くの道の駅でも販売しているようです。東屋 グルメ・レストラン
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東屋の養甘(ようかん)
養甘は杉の経木に包まれ「美杉養甘多気東屋」の手押し印が押されています。うずら豆を煮て作る藍利休のような上品な緑色をした養甘は、杉の香りと豆の味が感じられ優しい甘さがしました。 -
櫃坂(ひつざか)道新坂
元々間道だったという新坂。17世紀に危険箇所を改修したことでお伊勢参りの人たちが利用するようになっていましたが、明治39年(1906年)に国道368号線が現在の道筋を通るようになったことで「仁柿峠旧道」とも呼ばれているそうです。 -
国道368号線
この狭い道路、国道です。暗峠を通る国道308号線も峠の前後は道筋が狭かったですが、仁柿峠でも中央分離帯のない道が続きます。伊勢本街道だから国道から外されないんでしょうかね。 -
弘法大師の水
キャップを抜くと勢い良く水が出てきます。柔らかく円やかな美味しい水でした。赤い鉄製の洞門の前にあります。 -
伊勢本街道 仁柿宿
仁柿宿にある「ちゃちゃも」の稲わら巨大モニュメント。高さ7m、胴回りは最大で11mあり、直径3cmの稲わらの束が4,000束使用されています。「ちゃちゃも」は松阪市制施行5周年を記念して平成22年(2010年)に誕生したキャラクターで本物は緑色をしています。この稲わらの巨大モニュメントは、昨年11月に造られ、本年5月まで展示されるのだそうです。 -
柿野神社
別名「南天の宮」と呼ばれ「難と転じて福となす」から幸せへの導きの神として崇敬を集めているのだそうです。古くからお伊勢参りの人々の旅の守護としても参拝されているとのこと。私も旅の無事を祈りました。 -
深野の沈下橋
沈下橋、四万十川の若井沈下橋以来、久々に訪れました(https://4travel.jp/travelogue/11779190)。沈下橋と言えば四国の四万十川が有名ですが、櫛田川にも何か所か沈下橋があります。沈下橋から見る川面の景色って絶景なんですよね。 -
伊勢本街道 大石(おいし)宿
石垣に組み込まれている道標には「はせより是迄十五里、是より宮川へ七里」と彫られています。この辺りの道標は長谷寺からの距離を示しているものが多い気がします。 -
大石(おいし)不動院
慶長7年(1602年)に松阪城主古田重勝公が再建したという立派な本堂を持つ「石勝寺金常寺不動院」、通称「大石不動尊」は、近在の人たちからは「大石の不動さん」「青石不動さん」とも呼ばれているのだそうです。本堂の裏には、二本の滝筋からなる夫婦の滝があり、涼やかな音が疲れを癒してくれました。 -
津留の渡し跡
普段は渡し舟ですぐに渡れるものの、水が増えると川止めにより足止めを食らうことから、伊勢本街道の難所と云われた津留の渡し。渡しは津留橋ができる昭和4年(1929年)まで存続していたのだそうです。 -
伊勢本街道 相可(おうか)宿
ここは相可宿中心部の三叉路であるとともに、このスペースで盆踊りを行うことから「踊り場」とも呼ばれているのだそうです。 -
JR紀勢本線相可駅
駅というよりは停留所みたいですが、土曜日の午後6時33分の列車には私のほか3~4人の乗客がいました。相可駅 駅
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JR紀勢本線松阪駅
南口がJR線改札口、北口が近鉄線改札口となっていますが、JRと近鉄線のホームは跨線橋でつながっているため、南口からでも近鉄線に、北口からでもJR線に乗ることができます。松阪駅 駅
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たこやん
店名はオーナーの家族、多美枝さんのニックネーム「たあこ」と人の名前を「〇〇やん」と呼ぶことにちなんで「たこやん」と名付けられたのだそうです。
電車の乗換え時間が1時間しかなく待つことができそうになかったので、予約して行きました。ほぼ満席でしたので予約して正解でした。たこやん グルメ・レストラン
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たこやんのカウンター席
たこやんにはカウンター席があり、一人でも楽しめます。カウンターは七輪の煙をあまり浴びずに済みます。お肉は全てみそだれでいただきました。牛カルビはもちろん美味しいのですが、ホルモンが脂が乗っていてとにかくうまい!ホルモンってこんなに美味かったっけと思うほどの味で、お代わりしたほどでした。
このほか、ホホ肉をいただきましたが、ちょっと硬い感じがしました。また、生ビールのほか、生酒の「松阪城」の冷をいただきました。
大満足で退店、また来たいと思わせてくれる店でした。
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