2026/03/13 - 2026/03/13
1700位(同エリア1862件中)
松本伸雄さん
金箔が彩る宇喜多秀家の烏城
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本丸の大手
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池田家の家紋
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ガイドさんの説明を聞きます
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鏡石 室町時代に生まれた岡山城は、戦国期に勢力を伸ばした宇喜多氏が改修し近代城郭となり、小早川・池田氏により整備、拡張が行われた
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下段から中段へ
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野面積み
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自然石も利用する
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石垣の継ぎ目
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六十一雁木下門跡
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1632年に池田光政が鳥取から国替えで入国し、以後光政の子孫が岡山藩を継いだ。二代綱政が広大な庭園を造った
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アメリカ軍の空襲に耐えた木
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石垣上部が色が違うのは、屋根によって雨があまりかからないためです
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左築城時の野面積み、右100年後の切込ハギ
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笠井勘三郎 民生委員の父
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廊下門 御殿と表書院を結ぶ城主専用の廊下
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塀の下の石を削って鉄砲狭間がある
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宇喜多時代の石垣
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石の銃眼は、岡山にしかない
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表書院跡
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不明門
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天守の下にあった礎石。赤いところは、燃えたからです
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六十一雁木上門
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桃が乗っています。桃は、邪気をはらいます
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金箔瓦
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金の桃は、幸せを運ぶ。後楽園は、岡山城築城の100年後に出来ました。旭川が氾濫したからです。上流に堤防と百間川が出来洪水の危険がなくなったのが、90年後だからです
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シャチホコと旭川
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本当は、左の塩蔵から出入りした。現在の入口は、本丸の石垣をどかしました
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ボート乗り場の屋根には、800円~と書いてあるが、桃ボートは1600円
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山の字の右奥に見えるのが、藩主だけが使う城と後楽園を結ぶ船着き場と階段
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戦災焼失を免れた現存月見櫓。打込ハギ おわり
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