2026/03/13 - 2026/03/13
393位(同エリア403件中)
松本伸雄さん
堅固無比の縄張を誇った壮大な平山城
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1603年、美作一国18万石の国持大名となった森忠政は、吉井川と宮川の合流点を見下ろす小高い鶴山を城地と決定し、1604年鶴山を津山と改めて城と城下町の建設を開始した
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残念石
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森忠政は1603年に岡山藩主小早川秀秋のお家取り潰しにともなって、信濃海津城から津山城に入城した
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森忠政像。首が短いのは 、彫刻家が菩提寺の木像を参考にしたため。木像の首部分の留め具がはずれ首が落ちていたらしい。
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入口の冠木門
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三の丸へ、広いです
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本丸に至るには、19回も進路を変えなければならない
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門の跡
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石材は鶴山の南西2.3kmにある大谷地区の石切場などから運ばれた
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初代藩主森忠政の娘婿で鳥取藩主池田備中守長幸が津山城を訪れるのを機に造られたために「備中櫓」といわれる
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マンホールの蓋
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二の丸から本丸に上がる踊り場的な位置に設けられたのが、切手門であった。
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森氏は、跡取りが無く1697年所領没収となった。代わって1698年越前松平氏から松平長矩が10万石で美作津山藩に入った。
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右の石垣は、大砲の玉を避けるために造られた
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表鉄門側から備中櫓を見る
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備中櫓は2005年に復元されました
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2階には、櫓内で最も格式の高い御上段が設けられていた。襖は唐紙、窓には明かり取りの障子が使用されている
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トイレ
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津山城は、完成までに12年かかった。江戸城や駿府城普請、大坂の陣への出陣などに出たため。
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石落とし。安全のため板がかぶせてある
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一階東側のお茶席
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5番門へ
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ヒデとロザンナをもじったか?
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ハート型の石
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天守台は一辺22mのほぼ正方形、穴蔵式で内部に礎石が残る。
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天守曲輪
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白い点々は、雪が降ってきました
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左上の鐘は、タイマーで鳴るそうです
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長大な一重目に小振りな二重目を載せる古式な櫓
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桜まつり期間中は、22時までオープン おわり
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おまけ 津山は、Bz稲葉浩志さんの故郷なので、ファンの方がイナバ化粧品店、兄の旬菓匠くらやの178焼き印のどらやき、津山高校、津山城にも来てもらえる。自家用車のナンバーは、178か1783だとガイドさん
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夜は、高梁市に泊まりました。男はつらいよ、第8作で石火矢町が「博の実家」で出て来ます。
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伯備線をSLが走りました。 本当のおわりです
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