2025/03/01 - 2025/03/01
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morisukeさん
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オッサンネコです。
大小およそ3,000の島々。
これは瀬戸内海に浮かぶ島の数になるのですが、
瀬戸内海は世界的にみても、島の密度が高い多島海なのです。
島々は、塩飽諸島、芸予諸島、忽那諸島などに分かれ、
島というクローズド化された場所だからこそ、
それぞれの土地に根付いた歴史や文化があったりするのですが、
岡山県は笠岡諸島の中に、不思議な景観が拝める島があるそうな。
その島、北木島と云ふ。
北木島は古くから石切りで栄え、その痕跡を間近に見ることができるそうな。
しかも悠久の時が流れる島として日本遺産にも登録されているそうな。
そんな離島好きにグイグイ刺さるキーワードを聞いてしまった以上、
行かねばならぬでしょう。
果たして、瀬戸内海に浮かぶ石の島とは如何なる場所なのか。
そこには、人が石と格闘しながら生きてきた、島の時間が刻まれていたのでした。
その時の記録です。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 船 自転車 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
どうもどうも、オッサンネコことモリネコです ( ゚∀゚)ノ
岡山でお仕事をこなしたその翌日の話。
本日は瀬戸内海に浮かぶ離島「北木島」に渡るため、
朝イチで笠岡にやってきました。
北木島へのフェリー発着地は笠岡港。
駅からは10分程の距離にあるので、アクセス性は抜群です。
駅前のパン屋であんぱんを調達し、港へそそくさ移動します (」´□`)」 -
フェリー乗り場。
7:25に高速船が出るので、それに乗り込みます。
運賃は、笠岡港(住吉港)- 北木島(大浦)で1,430円と少しお高め。
ちなみに高速船は左のちっさい方です ( ゚Д゚) -
こちらが北木島の地図。
笠岡市観光協会のHPから抜粋なり。
北木島の港は、大浦、豊浦、金風呂の3つになります。
本日は、大浦からぐるっと海岸線を回って豊浦まで歩き、
金風呂まで回ってから、豊浦港からフェリーで帰るルートを選択。
大浦-豊浦間で3km強なので、徒歩で40分程度ですかね ( ゚∀゚)ノ -
大浦港のすぐそばにある旧・北木小学校。
北木島には、大浦・豊浦・金風呂、各集落に小学校があったのですが、
2001年に金風呂の小学校に統合される形で廃校に。
1958年、最盛期には児童数が624人に到達するのですが、
現在は島全体で児童数が5人と、過疎が進んだ状態になります。
20年以上も前に閉校になったのに、やたら校舎が新しいと思ったら、
現在は研修宿泊施設と診療所を兼ねているようですね。
形を変えながら、校舎だけは今も使われ続けているわけですが、
ここに通っていた子どもたちの気配はもう戻らない様で。
朝靄に包まれた静けさが、妙に胸に残ってしまうのです (*´д`) -
小学校の前には金次郎先生の石像がポツンと残されていましたぞ。
戦前の小学校教育は、勤労・忍耐・奉公。
キンジロー先生の像は、国家に尽くす精神の象徴だったのですが、
戦後のGHQの教育改革で、こうした価値観はリセットに。
どこにでもあったキンジローは徐々に撤去されていったのですが、
島のキンジローはそうし包囲網をぬるりとすり抜けたのでしょう。
歩きスマホが禁止されている令和のご時世、
当然、歩き読書も禁止デス。
勤勉の象徴も、時代が変われば悪い見本になっちゃうのです (*´д`) -
廃校によくありがちな校歌の石碑。
ボーッと眺めてたら、
よもやよもや、歌詞が深い (゚ロ゚;三;゚ロ゚)!!
潮かおる水島なだの朝風も
学びの窓にそよぎいり
希望のかなた見つめつつ
すこやかに力はぐくむ
白砂のなぎさ続きに石切りの
さゆるつち音こだまして
郷土の誇りたたえつつ
たくましく教えつらぬく
石切りの島の情景が、そのまま言葉になっているのが秀逸すぎる。
静かな海辺に、石を打つ音だけが澄んで響く風景、
何だか、うらやましくなってしまった…。 -
港付近には、切り出された石材がそのまま取り残されてました。
いつから放置されているかはわかりませんが、
この島で石切りが行われていた事を確かに残す風景ですな。 -
イチオシ
大浦地区にある諏訪神社。
海の方向を見つめる狛さんの後ろ姿がステキ (*`∀´)
諏訪神社といえば、内陸(信州)に本社を構える神社なので、
瀬戸内海の離島にあることがやや不思議。 -
大浦地区の細い路地をてくてく。
情緒あふれる昔ながらの日本の路地、という印象なのですが、
とにかく人の気配が感じられない。
時たま家屋からテレビの音が漏れてくるだけ。
北木島は石材産業の衰退とともに人口が減少し、
空き家も増えているんだとか。
音がない世界をひとりぼっちで歩いているような異世界感…。
静かだ… ( ゚Д゚) -
かつての石材加工の名残が随所に見られる路地。
この石切の刃が使われなくなって、どれくらいの時間が流れたのか。 -
大浦地区で唯一の食料品販売店。
このエリアだけプチ商店街みたいになっているのがステキ。
”マーケットエーキ”の文字に昭和の匂いを感じてしまう… (*`∀´) -
北木中学校。
鉄筋4階建ての立派な校舎。
2020年4月から休校になってますが、事実上の廃校でしょうね。
石材産業の衰退や若者の人口流出、少子高齢化は止まらず、
休校直前の生徒数は3名だったそうです。 -
大浦集落と豊浦をつなぐ海岸線の道。
ここはまさに石材加工の加工場が集まる「石切の道」なのですが、
切り出されたままの巨大な石材が無造作に積み上げられ、
使われることのないまま、ただそこに留まり続けている情景。
もったいない (*´~`* ) -
錆びたトタンに覆われた工場群。
静けさに包まれた工場に挟まれた小道をポチポチ。
時々、遠くから石を切る音が聞こえてくるのですが、
それはノミやクサビの石を打つ高い音ではなく、
刃で石を切断している現代の機械音なのでした (´~`* ) -
北木島の花崗岩採掘に関しては、
江戸時代にはすでに本格的に始まっていたとされています。
いわばこの頃が、北木島における石材産業の黎明期。
瀬戸内海の発達した海運と結びつくことで、
切り出された石はそのまま船で運び出され、
島の外へと流れ始めていきます。
そして、本格的に産業として飛躍するのが明治以降。
港湾整備、建築基礎、近代土木、橋脚や護岸など、
各地でインフラ整備が進む中、石材の需要は一気に高まっていきます。
硬く、風化しにくく、そして海に強い。
北木石はとりわけ港湾用途との相性が良く、
近代日本の土台を支える素材として、
徐々にその存在感を増していくことになるのです (*´∀`) -
北木島の石材産業が最も熱を帯びた隆盛期にあたるのが昭和30年代。
戦後復興を経て、日本が高度経済成長へと向かう中、
港湾、河川、道路、あらゆる場所でインフラ整備が一気に進み始めます。
その基盤を支える素材として、石材の需要は爆発的に増加。
とりわけ海に強い北木石は港湾土木との相性が良く、
各地へと大量に送り出されていくことになります。
島の人口はこの頃、およそ6,000人規模にまで膨れ上がり、
大浦・豊浦・金風呂の各集落には石材の加工場が立ち並び、
朝から晩までつち音が鳴り止むことはなかったのだとか。
島全体がひとつの産業によって動いていた時代。
瀬戸内の小さな島が、日本のインフラを支えていたのでした。
ところが、都市インフラを根底から変える素材が現れます。
流し込めば形になる新たな素材── それがコンクリートです。
コンクリートの台頭は、島の風景を大きく書き換える事になります。 -
そして衰退期。
コンクリートの台頭は島に何をもたらしたのか…
型枠さえあれば、どんな形にも自在に応え、
施工は早く、コストも抑えられる。
さらに、現場で製造し、そのまま打設できるため、
重くかさばる石材を遠方から運ぶ必要もない。
この扱いやすさは、
スピードと効率を求める時代に、あまりにも適していました。
結果として、土木の現場は急速に姿を変えていきます。
石を積むのではなく、流し込んで形を作る時代へ。
その変化は北木島の石材産業にも容赦なく及びました。
北木石の需要の減少とともに採石量は落ち込み、
島内に立ち並んでいた加工場も、次第にその数を減らしていきます。
時代が昭和から平成に移り変わる頃には、
石材産業はもはや島の中心ではなくなり、
人口もまた、大きく減少していくことになります。 -
海沿いの道にひっそりと整然と並ぶ石材。
外の世界へ向かう途中なのか、
それともここで時間を止めてしまったのか。
答えはわからないままですが、
その静けさだけが、妙に印象に残った”遺産”なのでした (*´ー`) -
海岸線をぐるっと回って、豊浦にあるK’s Laboまでやってきました。
ざっくり言えば、北木島を体験するための拠点施設ですな。
10時のオープンに合わせて、ここでクロスバイクをレンタル。
1日1,000円ですが、機動力が格段に上がるのでオススメ。 -
こちらは豊浦の手作り美術館。
使われなくなった石材加工場の壁を利用して、
北木島らしい島の風景が描かれてます ( ゚∀゚)ノ
まるで時間が止まってしまった様な、静寂の空気の大浦に対して、
観光という新しい方向へと舵を切ろうとしているのが豊浦の印象。
広い工場跡や、使われなくなった設備、置かれたままの石材、
それらがそのまま新しい表現として生まれ変わる…
始まりの予感と期待感が半端ないっすね (*´罒`) -
こちらも手作り美術館に描かれた子どもたちのアート。
この島のリアルを思うと、この笑顔に切なさも感じますが、
ひとつの希望の様にも見えてしまうのです 。・゚・(ノД`)・゚・。 -
豊浦小学校分校跡に建っている公会堂。
水色のペイントが瀬戸内海にはよく映える♪
って今日、あいにくの曇り空ですが ( ゚Д゚)…。 -
イチオシ
日本遺産にも登録されている「千ノ浜の護岸景観」
なんと「北木島のベニス」という、盛られた設定になっておる。
そして、これがベニスである ( ゚д゚)ハッ!
えーっと… うん、ベニスだわ。
ゴンドラで陽気なおじさんがグラッチェな場所だわ。
間違いない (; ゚ロ゚)
いや、ベニス行ったことないから、知らんけど。 -
冗談は置いといて…
千ノ浜は北木石の積出港として使われた港ですね。
採掘の時に出た北木石の端材を使って、護岸を整備してるのですな。
石切り場と積出港が隣接しているのが北木島の大きな特徴。
海運があったからこそ繁栄した北木島を象徴する光景であり、
その賑わいの記憶が、静かな水面の奥に沈んでいる様に映ります。 -
金風呂港にあった石切唄の石碑。
石切唄は、日本遺産/笠岡諸島を構成する構成要素(無形文化)の一つ。
まだ手作業で山から石を切り出していた時代、
石工たちが石を切り出す作業の中で歌われた労働歌ですね。
石の切り出しには、複数人でノミやクサビを打つ危険な作業であり、
タイミングを合わせるために、リズムが重要だったそうです。
単なる歌ではなく「作業そのものの一部」であった石切の唄、
現在はYoutubeで聴くことができるので、興味のある方はぜひぜひ。 -
続いてやってきたのは、日本遺産にも登録されている北木島の丁場湖。
丁場とは、石や鉱物を切り出す採掘現場のこと (*`∀´)
昔の日本で「丁」は作業の持ち場を表す言葉であり、
職人ごとに担当場所が分かれいたので、丁場と呼ばれていたそうです。
クロスバイクなら丁場までのじゃり道もなんのその。
よいとしょ~。よいとしょ~。
その石切によって爆誕した人工景観が… -
これだ…
絶景じゃ━━━(゚∀゚≡゚∀゚)━━━ぃ!!
春の霧雨の影響で、神秘的な空気感がマシマシになってますぞ。 -
イチオシ
馬越の丁場湖。
北木島には、最盛期100以上の丁場があったそうです。
ただ、山の斜面を掘るだけの丁場もあったので、
こんな丁場湖となるケースは島内でも数えるほどになります。
なんかUMAでも出てきそうな雰囲気ですな (*`∀´) -
続いて、石切りの渓谷展望台にやってきましたぃ ( ゚∀゚)ノ
金風呂地区にある、北木島に唯一残存する現役の”丁場”になります。
この展望台には案内人の案内が必要であり、
土日は11:00~13:00、平日は12:00~13:00に限定されてます。
料金はお一人様1,000円なり。
受付から山道を歩いていくシステムで、所要は20分程度でしょうか。
早速、この看板のダンディーなおじさんが話題に。
有名な芸人のおとんになるのですが、誰かわかりますかね (*´艸`)ウシシ
答えは千鳥の大悟のパパでした~。 -
こちらが山道を登った先にある展望台。
普段は鍵が掛けられており、立ち入りは禁止されてます。 -
これが展望台の先端。
石切の採掘でできた丁場湖が上から立体的に見ることができますっす。
案内人のおじさま曰く、島の地表近くで採れる花崗岩(北木石)は、
鉄分が酸化して赤く色づき、いわゆる「錆石」と呼ばれるのだとか。
ところが錆石というのは、あまり商品価値がない。
そのため、さらに深く掘り進めていくと、
くすみのない淡い象牙色の石肌が現れる。
良質な石を求めて、ひたすら下へ、下へと ( ゚Д゚)フェー
そうして削り取られていった結果が、この深い丁場になるのです。
ちなみにこの展望台、めちゃくちゃ揺れます (((; ゚ロ゚))
おじさま曰く、団体さん来たらもっと揺れるよー ですって。
高所恐怖症の方にはかなり厳しいかも(笑) -
上から眺めみた丁場湖。
写真ではこのスケール感が伝わらないのが悲しい (ノд-。)クスン
丁場には雨水を排水する川がないので、ずっと溜まりっぱなし。
花崗岩の性質と、人工的に削られた石切の深さが組み合わさり、
光の反射条件が特殊になり、このバスクリンみたいな色になるそうな。
これも石切が作り出した唯一無二の景観。
おいら、びっくらだ (; ゚ロ゚) -
こちらは金風呂にある、旧映画館「光劇場」
事前に連絡しておけば中の見学は可能だそうですが、
生憎、この日は団体さんが来るらしく、見学不可でした。
せっかくなので、待合室っぽい場所だけ見せてもらうことに。
レトロ好きにはたまんない空間ですな ( ゚Д゚) -
金風呂集落の端にある荒神社。
荒神社は、火や竈(かまど)を司る神を祀る社であり、
日々の暮らしと密接に結びついた、生活の守り神のような存在。
とりわけ島という環境においては、ひとたび火が出れば被害は深刻で、
それを鎮める信仰が強く根付いたのも無理はない話なのです。
実は島の至る所に見られるのが、このしめ縄なのですが、
特徴的なのが、しめ縄に見られる三本の垂れ。
これは三宝荒神に由来するとも言われ、
強い結界や守護の意味を持つ意匠なのだとか ( ゚Д゚) -
荒神社の鳥居にも三本の垂れが使われています。
面白いのは、鳥居や社殿に笹を横刺ししているところ。
笹は神道や民俗信仰で穢れを祓う植物として扱われる事があるので、
魔除けの意味合いを込めて結界をつくっているのかもですね。 -
最後は、豊浦集落の町を見下ろす場所にある金刀比羅神社。
総本山は金刀比羅宮(香川県)、通称「こんぴらさん」。
海上安全の神として知られ、古くから島民の信仰を集めてきた社。
海運によって成り立ってきた北木島においては、
その存在は極めて身近なものだったのでしょう。
上には小さな社がポツンと置かれているだけなのですが、
さらに山道に入っていくと、面白い”御神体”に巡り合う事ができます。
その”御神体”の正体とは…。 -
イチオシ
金刀比羅神社の奥の宮(違うかもしれんけど)。
絶景じゃ━━━(゚∀゚≡゚∀゚)━━━!!
瀬戸内海と、海越しに見る笠岡諸島。
あゝふつくしい。
そして丘の上に鎮座する、錆びついた石切の刃。
これぞ石切を生業とした北木島の御神体ではなかろうかと。
海を見守る神と、石を切り出してきた人の営み。
その両方が、この場所で静かに重なっていたのでした。 -
帰りの船の出港まで、まだ時間があったのでK’s Laboでお食事を。
島のカフェってなんともオサレ (*´艸`)ウヒヒ -
鯛骨ラーメンと鶏飯。1,200円なり。
美味しくいただきました ( ゚д゚)ンマッ!
瀬戸内海に感謝。 -
島の探索も一通り終わったので、フェリーで笠岡に戻ります。
帰る頃になって晴れてきやがった… ( ゚Д゚)
離島旅のフィナーレはフェリーの中でのうたた寝ですかね。
日本全国、津々浦々にある離島、
恐らく、人が島から離れていくのは抗えない流れなのでしょう。
ただ、過疎の波の中に何も残らないのではなく、
削ぎ落とされた先に、別の価値を見出せるかどうか。
北木島は、そんな変化の真っ只中にある場所だと感じました。
やはり離島旅はおもしろい!
それではまた~。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- kayoさん 2026/03/30 01:29:26
- 日本の離島
- morisukeさん、今晩は~☆
北木島の表紙の写真を拝見して行ってみたくなりました。
まるで日本でない様な切り立った岩肌、人工とは言え美しい絶景です。
笠岡諸島の真鍋島(猫島)へはコロナ渦、友人達と泊まりがけで行きましたが、
北木島は素通りでした。笠岡港が懐かしいです。
確か大悟が笠岡列島出身だったのは知っていましたが、大悟のお父様がガイドさん?
今もなお北木島にお住まいなんですね。
私も日本国内の離島(ほぼ猫島)が大好きですが、北木島には猫ちゃんは皆無?
離島へ行く度に空き家や廃校、産業の衰退を目にし、
その内無人島になり定期船もなくなる未来が来る前に、
何千とある日本の離島、訪れたいと思いました。
kayo
-
- じんべいさん 2026/03/30 00:57:01
- 北木島♪
- morisuke様、いつも読ませていただいていますが初めてコメントします。
北木島、行ってみたいと気になっていたのです。
時が止まったように切り出したまま行き先のない石があんなにあるなんて。
雨水で出来たとは思えない綺麗な湖も。
あのまま採石を続けていたら、島の寿命まで何年あったのでしょう。気になるところです。
的確な描写に行った気にさせて頂きました。ありがとうございました。
じんべい
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