2025/09/09 - 2025/09/09
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frau.himmelさん
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今回もシニア3人旅、メンバーは後期高齢者のK氏と私は変わらず。プラスワンは一回り以上も齢の離れたM子さん。と言っても彼女も60代半ばですからシニア旅には変わりません。しかし、今回は若いM子さんにパワーをいただく旅になりました。
前日はウィーン到着早々シェーンブルン宮殿を見学しましたが、大失敗をやらかしました。せっかくの見学コースだったのに、観たい部屋も見ないで間違って出口へ出てしまったのです。
また今回もこんな失敗続きの旅になるのでしょうか。
さてウィーン2日目、今日は1日ウィーンを満喫する日です。
まずは朝食を私たちのウィーン定番の「カフェ・モーツアルト」で摂り、美しい図書館を見た後は、二手に分かれておのおの好きな美術館・博物館をまわります。そして夜は楽友協会でモーツアルトコンサートが予約してあります。
2日目の前編です。
- 同行者
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- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ウィーン2日目。
朝です。今日もいいお天気です。
Ⅿ子さんは早朝からお散歩です。若いっていいね~。
ホテル前からはヴォティーフ教会と左端に少しだけヴィヴァルディ記念碑が見えます。 -
ヴォティーフ広場を抜けて電車通りに出ました。
M子さんはカラフルな路面電車の向こうにベーカリーを見つけました。
「Der Mann」
お腹か空いた彼女はパンを買い求めます。 -
パンをかじりながら散策を続けます。
M子さん初日からすっかりウィーンに馴染んでいます。 -
レンガ色の由緒有りげな建物。
何だろう?気になる。 -
入り口に様々な銘板が貼られた建物。
「bundesgymnasium wien 9」
調べて見たらすごい学校です。
現在は総合中学校ですが、1877年ごろは王立ギムナジウムでした。富裕なユダヤ人の子息が多く学んでいましたが、1938年ナチスがオーストリアを併合すると、ユダヤ人は追い出されてしまいました。 -
入り口にはいろんな銘板が。
有名な卒業生たちの名前も。
ネットで見ると、この学校の卒業生には、2人のノーベル賞受賞者、アカデミー賞受賞者、および多くの著名な政治家、芸術家、科学者など錚々たる名前が並んでいます。 -
M子さんはヒルトンホテルの近くまでやってきました。
ちゃんと帰れるかしら? -
そして次に訪れたのは?
えーーっ、まさか?
なんとウィーン大学までやってきました。 -
ウィーン大学は1365年創立のドイツ語圏最古の名門大学。
この大学から数々のノーベル賞受賞者を輩出してきました。 -
本館は1877年から1884年にかけてルネッサンス様式で建てられました。
それにしてもM子さんほんとに行動的。 -
帰れるかしら?なんて心配したけど、大丈夫ですね。
迷ったらヴォティーフ教会の高い塔を目指せばいいのですから。 -
やっと帰りついたみたいですね。ホテルの前のヴォティーフ広場では朝の散水をやっています。
M子さん約1時間弱の朝の散策でした。
あとからM子さんに聞いたら、お腹が空いてたまらなかったからですって。 -
そんなことなど知らなかった私とK氏。
8時にホテルフロントで3人で待ち合わせしてこれから朝食に出かけます。
ショッテントーア駅から地下鉄でカールスプラッツ駅へ。 -
国立オペラ劇場の方にでます。
私とK氏は2018年のシニア3人旅でこの近くに3泊しましたから、勝手知ったる場所です。
でも懐かしい~~! -
大通りを渡ろうとしたら派手な宣伝車が通り過ぎます。
クリムトとウォーホールですって。
何度訪れようと、久しぶりのウィーンです。何にでも感動します。 -
そしてやってきました「カフェ・モーツアルト」。
私たちのウィーン朝食の定番カフェです。
テラス席は既に半分の客で埋まっている。 -
私たちはテラス席より、落ち着いた雰囲気の店内の方がいい。
静かにコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる人。
カフェ・モーツアルトで朝食を摂るのは何度目だろう?。 -
勝手知ったるカフェ、メニューなんか見なくても大丈夫。
「ドライマル・ドリッテンマン・フリューシュトック・ビッテ!」(第三の男セット3人前お願いします)ベタベタの和製ドイツ語(笑)。
ところが感じのいい初老のウェイターさん、「もうやっていないんだよ」と。
そうよね、ここを訪れたのはコロナ前だったし随分経つものね。 -
メニューを見て「ウィーン風フリューシュトゥック」をお願いする。
出てきたのはパン2種とマーマーレード(バターも)・コーヒー・玉子のあっさりしたもの。 -
M子さん、「ブリオッシュが美味しそう!」と、ではそれを3つね。
-
ハムとチーズのセットだって食べたい。オレンジジュースも欲しい。
-
老ウェイターさん笑いながら、テーブルがいっぱいで並びきれないよと。
M子さん、今日2食目の朝食もしっかり完食です。
レシートは100.8ユーロ、チップを加えて110ユーロです。日本円で一人6,300円の朝食って(@_@)。
旅は始まったばかり、こんなんで驚いていたら旅は続けられません。覚悟しましょう。 -
ケーキも美味しそう。
左端は、カフェ・モーツアルト一番人気のモーツアルトトルテ。
その他にもいろいろ。
だけど軒並み8.2ユーロ、日本円で一個1500円!
もう、円安どうにかしてよ(悲鳴)。
ケーキに心を惹かれながらもお店を後にする。 -
私はウィーンに来たら必ず寄るところがあります。
カフェ・モーツアルトの近くにある小さな広場ヘルムート・ツイルク広場(アウグスティーナー広場)。
ここにはいくつかの像が立っています。多くの観光客の姿も見える。
この記念碑は、「戦争とファシズムへの戒めの記念碑」。 -
その中でもこの像は「暴力の門」。
右側はナチス迫害の被害者、左側は戦争の犠牲者を表しています。
もともとこの広場には集合住宅が建っていましたが、1945年の3月12日の爆撃で全壊しました。地下室に避難していた何百人という人々は一人残らず死亡したそうです。 -
戦後、多くの建物は再建されましたが、この場所だけは戦争の悲惨な記念碑として残すことになりました。
よく見るとこの像には何と残酷なシーンが。
鉄兜をかぶって倒れている兵士、ちょっと上には妊娠した女性の胎内から今にも赤ん坊の頭が出かかっている場面もあります。
爆撃により多くの建物が破壊され、人々が恐怖のうちに亡くなった様子が伝わってきます。
(写真は前回のものを使いました) -
門の間から見えるうずくまったあの像は?
有刺鉄線に繋がれて地面にはいつくばっているこの像こそ私が会いたかった像です。
この像は「水晶の夜」後のユダヤ人を表しています。
水晶の夜とは、1938年11月ナチスにより、多くのユダヤ人が暴行され殺され、シナゴークは破棄され、多くのユダヤ人の商店や住居も破壊されました。 -
ドイツに併合されていたオーストリアも例外ではありませんでした。
粉々に散ったガラスの破片から「水晶の夜」と呼ばれています。
ナチスはこの責任をユダヤ人に押し付けました。
ユダヤ人は、大勢の観衆の前で、道路を清掃させられました。
有刺鉄線に繋がれて、地面にはいつくばってタワシで地面を洗っているユダヤ人の姿。この像を見るたびに私は憤りを感じます。
ウィーンを訪れたらなぜだか私はここを訪れて、この像に会いたくなります。私にとってお墓参りみたいなものなのでしょうね。 -
ファシズムのモニュメント広場の前はアルベルティナー宮殿。
中は美術館になっています。 -
宮殿横のアルブレヒト噴水。
アウグスティナー宮殿の所有者であるオーストリア・テッシェン=大公アルブレヒト元帥にちなんでつけられました。 -
アルブレヒト噴水はまたの名をドナウ川の噴水とも呼ばれます。
中央の彫像はウィンドポナ(ウィーン市)とドナウビウス(ドナウ川)の寓意像。 -
周りを取り囲むその他の彫像は、オーストリア・ハンガリー帝国を流れる川の寓意像。
ハプスブルク帝国の力と偉大さを誇示しています。 -
宮殿前の人気のホットドッグ屋さんの屋根の上にはドイツの画家アルブレヒト・デューラーの代表作「野兎」が。
私はアルベルティナー美術館で「野兎」の絵画を観たことがあります。 -
さっきオペラ劇場の前を派手な宣伝車で通っていたクリムトとウォーホール。ここでやっているのね。
調べたら「Heidi Horten Collection」現代美術館らしいです。 -
私たちはアルベルティナーの西側を通り。
-
ブルクガルテンの入り口。
観光ガイドに連れられた集団と一緒になってしまったので、少し時間をずらそう。
それにしても門の上の双頭の鷲の紋章の素晴らしいこと。 -
門の近くにはこの人の像が。
アブラハム・ア・サンクタ・クララ(1644-1709)。
アウグスティヌス修道士。
彼の説教は素晴らしく、ウィーンの宮廷説教者に任命されたほどだそう。 -
それでは、アブラハム・ア・サンクタ・クララ門を入ってブルクガルテン(王宮庭園)へ。
緑あふれる居心地のいい公園。
芝生の上ではウィーン子たちが寛いでいます。 -
ベンチではぼおーっと座っている人、学校帰りの中学生でしょうか、みんなでおしゃべりしている。
長閑でいいですね~~。 -
向こうに見える歴史的な建物はホーフブルク(王宮)。
ここは新王宮の裏側になります。 -
木々の後ろに見えるガラス張りの建物はパルメンハウス(温室)
-
この像はマリアテレジアの夫 神聖ローマ皇帝フランツ1世(1708-1765)。
彼は自然科学に造詣が深く、もともとは彼の私的な庭園として造られたこの庭園に世界中から珍しい植物を集めました。
ちなみにこの像はウィーン最古の騎馬像とのこと。 -
新王宮の裏側のファサード。いつも表側からしか見ないので、物珍しい。
しかし裏側とは言え荘厳な佇まいです。
上部には、ここにもハプスブルク帝国の王冠を被った双頭の鷲。その下の碑文はAIによると、「国民の調和ある愛がこの宮殿に宿る」だそう。
両脇の彫像も素晴らしい。 -
それでは表側に回りましょう。
今まで見慣れたカーブを描いた王宮の正面が見えます。 -
重厚なWelt museum Wien(ウィーン世界博物館)
-
王宮の入り口ブルク門。5つのアーチが特徴的。
1842年にナポレオン戦争に勝利した記念として建てられたもの。
ブルク門を入ります。
門の上部には金色の文字で「FRANCISCVS. I. IMPERATOR. AVSTRIAE. MDCCCXXIV.」とあります。
これは「1824年にオーストリア皇帝フランツ1世となった」という意味らしいです。 -
英雄広場。
カーブを描いた壮麗な建物は新王宮。
実質的に最後のオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世によって1881年に着手されましたが、内装工事が完了したのは1923年、すでにハプスブルク帝国が消滅したあとでした。 -
新王宮前にはプリンツオイゲン公の騎馬像。ベルベデーレ宮殿の所有者でしたね。
オイゲン公(1663-1736)はオーストリアに仕えたフランスの軍人です。
そしてオイゲン候の背後、新王宮のバルコニーで、1938年3月19日、大ドイツ帝国を唱えるヒトラーは、大勢の群衆を前にして、オーストリア併合(アンシュルス)の宣言をしました。 -
オイゲン公の真向いのこちらの騎馬像はカール大公、ナポレオン軍と戦った英雄です。
背後右側に見えるのはウィーン市庁舎。
なんだか今日は車が多いですね。 -
国旗がたくさんはためいているのは、ここにOSCE(欧州安全保障協力機構)が置かれているから。
ヨーロッパ、北米、中央アジアの57か国が参加する世界最大の安全保障世界組織。
ここでウクライナとロシアの紛争も何度も話し合われましたが、結果は出ませんね。 -
王宮の中庭。
中央には、神聖ローマ帝国最後の皇帝フランツ2世の像、彼はオーストリア皇帝フランツ1世でもあります。
ブルク門の上部に金色の文字で「1824年にオーストリア皇帝フランツ1世となった」の主人公ですね。 -
フランツ2世の右側の宮殿は宰相宮、シシイミュージアムがはいっています。
-
フランツ2世の背後はアマリエ宮。
ここにシシイ(エリーザベト)の部屋があった。 -
左手には「スイス門」
1200年代に建てられた王宮内最古のもの。
1552年、皇帝フェルディナンド1世によって現在のように改修された。
門の名前は、マリアテレジアの時代に王宮の警備にあたっていたスイス傭兵に由来する。 -
スイス宮の門をくぐって中に入ります。
右の階段を登ったところは王宮礼拝堂。
毎週日曜日、ウィーン少年合唱団が美しい歌声を聞かせてくれます。 -
それではミヒャエル門をくぐって外に出ましょうか。
入り口には2体のヘラクレスの彫像。 -
おっと!
門をくぐろうとしたらフィアカーがパカパカと。
そこのけ そこのけ お馬が通る~
カッコいい~~。. -
門をくぐって上を見上げると、美しいドームの屋根。
-
豪華な装飾や丸いアーチ。
首が痛くなるけどいつまで見ていても見飽きない。 -
アーチ入り口の一つはシシイミュージアムの入り口。
-
そしてこちら側はスペイン乗馬学校入り口。
-
ミヒャエル門からミヒャエル広場に出てきました。
こちらの入り口にもヘラクレスの像が4体。神話よりモチーフを得たヘラクレスのいろんな場面が彫られています。 -
ミヒャエル広場の噴水。いろいろな表情の神々が彫られている勇壮な噴水です。
第三の男にも出ていました。 -
聖ミヒャエル教会。
13世紀に創られたウィーンで最も古い教会の一つ。 -
ミヒャエル広場の王宮の向かいにはロースハウス。
周りの装飾の多い歴史的な建物の中にあって、徹底して装飾を省いた何の変哲もない建物が当時の人々の物議をかもした。 -
そしてなぜだかまたスペイン乗馬学校の厩舎の前を通り・・・。
-
人がたくさん集まっているので何だと思ったら・・・。
白馬さんが厩舎に連れていかれるところ。
一瞬だったので、馬のお尻しか写せなかった。 -
厩舎には顔だけ出してツンとしている馬や、お尻だけ見せている馬が。さすがにスペイン乗馬学校の血統種付きの気高い馬は人気者です。
-
そしてなぜだかここはヨーゼフ広場。
広場の中央には皇帝ヨーゼフ2世の騎馬像。 -
ヨーゼフ2世 (1741-1790) は、マリアテレジアと皇帝フランツ1世の長男。
父の死後、母マリア・テレジアとともに共同統治を行った神聖ローマ皇帝です。 -
騎馬像の後ろの宮殿の装飾も素晴らしい。
4頭の馬に引かれたクアドリカ。中央には勝利の女神が乗っています。 -
そのクアドリカの下に入り口が見えるのはプルンクザール(美しい図書館)。
K氏と私は2度目のプルンクザール。 -
特別展は「写真でみる一世紀 オーストリア:1925-2025年」ですって!
私のとても興味がある展示です。楽しみです。
しかしこれを入れてしまうとまた旅行記が長くなりますので、今回はいったんここで終わります。
さあ、年内に続きが書けるかな?
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 偏西風さん 2025/12/22 01:46:49
- 一人見つけました
- frau.himmel さん、こんばんは、お邪魔します。
ウィーンの旅行記たのしく拝見しています。
ヴォティーフ教会前の広場にヴィヴァルディ記念碑があったのですか。気が付きませんでした。それに、聖母子像ではなさそうだけれど母子像だろうと思ったのも間違いでした。「パドヴァの聖アントニオ」(どういう人か知りませんが)という聖人だったのですか。やれやれ、です。
カフェ・モーツァルトでの朝食、たしかにテーブルに乗り切りそうにありません。
前の広場の風変わりな幾つもの像。かなり時間をかけてうろうろして見ていましたが、よく見ていなかったことが分かりました。これもやれやれ、です。
グリーヒェンバイスルの「愛しのアウグスティン」の像、なつかしいです。私は中に入ったことがありません。「マーク・トウェインの部屋」のいくつもの署名、なかなか分かりません。ベートーヴェンだって、これだと示されてもなかなか。だいたいBがキノコにしか見えません。
誰か一人くらい判読できる署名がないかとだいぶ探しました。やっと見つけたのが俳優のクルト・ユルゲンスCurd Jurgensです。米倉さんの下の下に小さく見えます。uに・・ウムラウトがつくのですが、・・ではなく横線をかいています。 (なんて手柄を立てたみたいに書くほどのことではない!)
次のウィーン滞在記をお待ちしています。
- frau.himmelさん からの返信 2025/12/22 22:39:13
- RE: 一人見つけました
- 偏西風さんこんばんは。
楽しいコメントありがとうございます。
特に「マーク・トウェインの部屋」では楽しく遊んでくださったようで(笑)。
あれだけサインがあると、一人ぐらい探してみようという気になりますね。
実は、私も結構探してみたのです。でも投げ出しました。
それに比べて偏西風さん凄い!
クルトユルゲンスって戦争映画などで冷徹なドイツ将校などをやってた役者さんでしょう?私、何気に好きな俳優さんでした。
サインは役柄に似合わずとてもかわいいですね。でもあれをクルトユルゲンスってわかったなんて、やっぱり凄い。
かわいいって言えば、確かにベートーヴェンのサイン、ほんとにBはキノコですね(笑)
それからヴォティーフ教会のヴィヴァルディ記念碑もパドヴァの聖アントニオも実はグーグルレンズさんに教えてもらったものです。
最近は便利ですね、調べるのも。
なのに、どうして私の旅行記はこんなにノロノロなんでしょうね。
でも頑張って書きますので、また見てください。
いつもありがとうございます。
himmel
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