2025/12/25 - 2026/01/04
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gyachung kangさん
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スペインを旅するならばマドリードとバルセロナ、この二大都市に的を絞るというプランもあった。しかしながら私が強烈に惹かれたのがイベリア半島の南だ。アンダルシア。この響きがこの上なくイイ。これは中国の雲南省にあるシーサンパンナの響きに惹かれて実際に行ってみたのとほとんど同じ。これ、ある意味いちばん本能的な旅先選びだと私は思っている。
グラナダでスタートしたアンダルシアへの旅は大航海時代に繁栄を極めたセビーリャとさらに古く10世紀に世界最大都市となったコルドバを訪れた。続編であります。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- ブッキングドットコム
-
12月29日 午後3時50分
グラナダのバスターミナルからバスに乗り約250キロ離れた次の目的地となるセビーリャに移動する。セビーリャには夜7時前に到着。この日予約を入れていた宿に無事にチェックインとなった。 -
このホテル、新しく清潔感に溢れ水回りもスタイリッシュ、冷蔵庫もエスプレッソマシンもあって室内性能は充分に高い。ところがちょっとした問題があった。
路地裏の低層共同棟屋の中に一室だけある部屋でレセプションが無い。事前にメールが送られて貼られたリンクに自分の情報を打ち込むと家屋に入るためのアクセスキーが送られてくるwebチェックイン式であった。私は入力をし送信した。ところが私のスマホが鳴り管理者からの電話。私の入力が確認できないと言う。間違いなく泊まるから、と管理者に伝えアクセスキーを送信してもらうという顛末であった。今時のホスタルとは言え、手違いでアクセスキーがゲットできないと到着したのに部屋に入れないリスクもある。やはり宿は有人レセプションのほうが安心できるよなあ、と昭和世代の実感。 -
荷解きをして一安心、近くのレストランで夕食に。
この日は軽めのチョイス、海老のフリッターで。近くのカルフールで買い出しをして明日のセビーリャ観光に備えよう。 -
翌朝
まだ夜が明けきったばかりの8時半過ぎ、セビーリャの早朝街歩きに出かけてみた。このセビーリャはアンダルシア州の最大都市であり州都でもある。1992年にはセビーリャ万博も開催。同じ年にはバルセロナオリンピックも開催されたので当時のスペインはさぞ盛り上がったに違いない。
で。私が向かったのはここ。市内中心部にあるスペイン広場である。ところが朝霧で何がなんだがサッパリ見えまへん!笑 スペイン真冬の朝の洗礼を受ける。 -
建物は立派だということが近づいてわかった
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さして事前予習もなく訪れたスペイン広場だが面白い仕掛けを発見。半円形の館には壁面にスペインの各県の歴史を紹介したタイル装飾が施されている。天気が良ければ丁寧に見たいところ。とにかく寒い~
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この時間帯ホントに人が少ない
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早朝散歩を続けていると道中に由緒のある宮殿のような建物に出くわした。これはなんだ?地図アプリで確かめるとなんとホテル。1929年開業のセビーリャの老舗ホテルだそうである。スペインの建築物は欧州にあって欧州にあらず。やはり一味違う気がする。
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カフェでエスプレッソを飲んでから9時、やって来たのがココ。ココはアルカサル。アルカサルは14世紀この地を統治していたカスティーリャ王国のペドロ1世によって建てられた宮殿でイスラムの建築様式に影響を受けた遺構として世界遺産に登録されている。
9時半からの公開、既に100人程の行列となり私も並んでいると宮殿スタッフから当日券チケットはもう売り切れている、とのアナウンスが出た。No ! やっちまったよ、残念だがあえなく撤退。 -
アルカサルを断念しやってきたのがインディアス古文書館。アルカサルに比べるとかなり地味だが実はこちらも世界遺産。
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ここは15世紀後半からポルトガルとともに牽引した大航海時代の公式記録を一同に収集した歴史的古文書のギャラリーとなっている。もちろん古文書を直接見ることはできないが書棚には上から下まで膨大な書簡がびっしり。スペインだからこそ。歴史的価値の高さは疑う余地も無い。
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当時の世界地図が。ヨーロッパとアフリカ北半分はリアルに近いがインドシナ半島以東が怪しくなり黒海とカスピ海は横長に並んでいる。極めつけは南北のアメリカ大陸が無く南は南極と陸続き!いやあ面白いなあ。
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大航海時代のスーパースターと言えば筆頭はこの人か。クリストファー・コロンブス。だが、実はこの人イタリアのジェノバ生まれ。従ってスペイン人ではない。スペインカスティーリャ王国をスポンサーにしてインドを目指して航海に乗り出し偶然に新大陸に到達した、というのが史実。因みにグラナダに都があったイスラム最後のナスル朝が陥落したのが1492年の1月。コロンブスが新大陸に到達したのも1492年。カソリック勢力のレコンキスタが完了した直後に新大陸発見があったことになるから1492年はスペインのビッグイヤーとなっている。
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コロンブスの直筆書簡である
アルファベットのfやpの縦の伸びや丸みのあるGが特徴的 -
こ、こ、これは!
慶長年間の日本スペイン間書簡とある。大使はtunenaga と解説。1613年の仙台藩伊達政宗の命を受けてスペインとメキシコを訪れた支倉常長の施設団の文書である。
私は2005年にキューバを訪れた。首都ハバナの旧市街で偶然にも公園の一角に支倉常長の銅像を発見。常長一行がはるばるキューバにも立ち寄っていた史実を知りいたく感激した。さらに常長像の前でサングラスをかけた麗しいマダムが私に話しかけてきた。彼女はスペインからの観光客で支倉常長と同じく私が日本人であることを知るとえらくお気に召したようで銅像の前で一緒に写真を撮りましょうと言い記念撮影した一枚が残っている。当時の私はまだデジカメではなくフィルムカメラを使っていたので貴重な一枚だ。同時にスペイン人って随分フレンドリーなんだなと実感。長く旅を続けているとキューバとスペインが支倉常長でつながってこんなことがあるから応えられない。あのマダムはお元気かなあ。んで、唯一の問題は私の古文力が無さ過ぎて書簡が読めないということだ(泣) -
インディアス古文書館を出て次なる見学地はここだ。
そう、セビーリャ大聖堂である。もちろん世界遺産。 -
中に入ると巨大な空間に驚く。以前からあったモスクを大聖堂に改装して1519年完成。規模としてはスペイン国内で最大、世界ではバチカンのサン・ピエトロ、ロンドンのセント・ポールに次ぐ三番目だそうである。
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イエスの誕生を表した祭壇
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これはクリストファー・コロンブスのお墓
15世紀にスペインを構成したカスティーリャ王国他四つの王国の王が棺を担いでいる。 -
収蔵されている美術品も重厚
これは純銀製の塔 -
純金製の台座
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祭壇を飾る絵画も見逃せない
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ムリリョ作 『守護天使』
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ゴヤ作 『聖ルスタと聖ルフィナ』
ゴヤの絵は幅があるなあ~ -
聖歌隊席
黒檀のような素材と天井の明るさのコントラスト -
内陣にある祭壇衝立は木製の黄金塗り
高さは20メートル、イエスと聖母マリアの生涯が45場面彫られている。圧巻と言う言葉では物足りないくらいに圧巻。 -
ヒラルダの塔に登る
展望台からはセビーリャの市内が一望 -
塔を降りてオレンジの中庭へ
残っている水盤はイスラム建築様式の名残り -
大聖堂の本体とヒラルダの塔
ヒラルダの塔はモスクのミナレットを鐘楼に改築、イスラム教建築+キリスト教建築であるムデハル様式の傑作と言える。 -
大聖堂からセビーリャの街歩きへ
セビーリャはアンダルシアの中心都市で闘牛やフラメンコの本場でもある。スペインの観光都市といえば一番人気はバルセロナになるがバルセロナはカタルーニャ地方の大都市であり言語、文化の違いから独立宣言をするほど他の地方と一線を画している。私たちがイメージするこれぞスペイン!を凝縮しているのはこのセビーリャあたりかもしれない。 -
本日のランチはオクトパス
タコ料理はポルトガルと同じくスペインでもポピュラーのようだ。 -
変なモノがあるようなので行ってみる
変なモノは市内の北にあるメトロポール・パラソル
なかなかのインパクト! -
このメトロポール・パラソルは2011年に完成した世界最大級の木造建築なんだそうで。これを超えたのが関西万博の大屋根リングということか。デザインのユニークさではちょっとこれには敵わない。
パラソルの下は万国お馴染みのフォトスポット。注目すべきは挨拶言語の文字の大きさ。こんにちは!の大きさは3番目になっている。今同じものを作ったら果たしてどうなりますかね。う~ん。やめておこう。 -
午前中のどんより空から天気はすっかり回復。気温も上がってセビーリャの街歩きは快適になっていた。街に現れる建物もアンダルシアの趣き満載だ。
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セビーリャを南北に流れるグアダルキビル川河畔へ
12世紀に建てられた黄金の塔。河川運航の検問所だったそうである。 -
河畔は遊覧ボートの乗り場もある市民憩いのエリアになっていた。セビーリャの旧市街には全く無い近代的なタワービルが一本だけ見えている。マドリードもそうだがセビーリャの都市計画は制約が強そうだ。そもそも高層化する必要も無いのかもしれないが。空間に余裕があるってのはね、ホントにいいことだ。
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柔らかい夕陽を受けて外壁が明るく光る大聖堂
まさにセビーリャのシンボル -
少し早めの夕食を。サンタクルス街のお店でパエリアを食べる。米が食べたくなったらパエリアがある、スペイン食の強み。
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路地裏歩きをしていたら
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白壁に謎の痕跡を発見~
🔍大量のキスマークがなんでまた?
AI先生に尋ねたら。ここは Calle del Besso キスマークの通り。この道はとても狭く両側の家のバルコニーが近いため身を乗り出して挨拶のキスができたという由来があり、因んでこの白壁にキスマークが残されるようになったと言う。
日本的風習からは絶対に生まれないなかなかイイ話しなんだが、バルコニーから身を乗り出す危険行為はやめたほうがいい!とか言わないぞ。野暮な反論より路地裏歩きの風情を楽しめ、なぜならここはセビーリャ! -
レストランが並ぶ通りの真ん中で真っ赤なドレスの女性が現れサッとポーズをきめた。出た、フラメンコだ。
だが、これを観ている場合じゃあない。行かないと。 -
この日、私はフラメンコショーの予約を入れていた。
このホールで19時半から舞台が始まる。受付でスマホの予約画面チェック、座席には私の名前が手書きで書かれた紙が置かれていた。貴方は20番の席です、とかより温かみ、がある。 -
最初の演奏が始まった。若い男性が一人、ソロでスパニッシュギターを奏でる。座席は50席前後、満席だった。演者が上がるステージは4畳半くらいのスペース。そうかフラメンコショーは演者と観客の距離感がメチャ近いんだな。
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ギターソロが終わるとフラメンコダンサーが登場!
ギターの伴奏に合わせて力強いダンスを披露 -
女性ダンサーの演舞の次はヒゲの男性の歌唱になった。この男性はフラメンコダンスでは脇に立ち手拍子とステップ、掛け声をかける役割。このセクションでは主役となり声量タップリの歌声を響かせる。いやあ聞かせてくれるなあ。
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衣裳チェンジしたフラメンコダンサーが再登壇。扇子を巧みに操りながら情熱溢れる渾身の舞。
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そして約1時間のショーは拍手喝采を浴びて全演目が終了。ダンサーのお子さんも登壇して主催者挨拶のフィナーレとなった。
私はこの日生涯で初めてフラメンコを鑑賞。発祥の地アンダルシアのセビーリャでフラメンコを目の当たりにできたことに感激した。旅先で心に響くステージを体験した後の帰り道はいつも例外なく多幸感に包まれる。この夜もサイコーの気分で宿に戻った。 -
2025年の大晦日の朝
セビーリャの鉄道サンタフスタ駅。本日は移動日、これからアンダルシアの3都市目となるコルドバへ向かう。セビーリャ⇨コルドバはバスではなく鉄道を選択。理由は単純、早いから。 -
9時34分発のrenfe AVE の車両が入線してきた。
スペイン鉄道の総称がrenfe、AVE は高速列車になる。 -
このAVEにはいわゆる食堂車があった。コルドバまで僅か40分程だが朝のエスプレッソを一杯。2.7€。
ところで私が帰国したあとの1月18日にまさにこの路線コルドバ近郊で大規模な衝突脱線事故が発生。多くの犠牲者を出したこの重大事故は当局が究明中であるが線路の亀裂が原因の可能性があるらしい。私が事故に遭っていても何ら不思議ではなくまさに紙一重。 -
コルドバのフリオ・アンギダ駅に到着した私はタクシーを拾って予約済みの宿へ。ドライバーがここだよん、と教えてくれた。
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レセプションで70代のセニョールが出迎えてくれた。チェックインタイムには3時間以上早いので私は荷物だけ預けるつもりであったが、アーリーチェックインOKを出してくれた。ありがたや。
小ぶりなホテルだがパティオがあってちょいと気分が上がる⤴️ -
私の部屋はパティオに面した部屋だった。
年季は入っているが、悪くない。 -
ここもバスタブ有り!カラダが冷える冬旅には助かりますよ。これで76.5€は自分の選球眼を誉めて良し。
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さっそくコルドバの街歩きに出かける
この日も午前中は曇り空。でも風格のある石橋が見えた。これぞアンダルシアの古都。 -
この街には観光スポットの目玉がある。
その目玉の外観が、⇧こちらだった。 -
入ると、そこは薄暗い摩訶不思議な空間が広がっていた。
これがメスキータ。メスキータとはスペイン語で モスク を意味する。 -
おおお こりゃ怪しい怪し過ぎる
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大理石の柱の数はおよそ850本。その上を飾る白と赤のまだら模様のアーチ、これが縦横130メートル×180メートルの空間をビッシリ埋めている。コルドバが世界に誇るメスキータである。
グラナダに都を置いたナスル朝よりはるかに古い後ウマイヤ朝。756年からコルドバを都とし1031年までイベリア半島南部全域を統治、その施政下で785年からメスキータの建築が開始された。その後人口の増加に伴い改修拡大が行われて最終的には2万5千人を収容できる巨大モスクになった。しかしながらキリスト教勢力のレコンキスタ運動によりイスラム教勢力は徐々に小国に分裂し弱体化、1236年遂にコルドバが陥落するとメスキータは大聖堂に転換された、というのが歴史のまとめ。従ってモスクの特徴と大聖堂の様式がミックスした建築物として生き残った。アルハンブラ宮殿にしてもセビーリャ大聖堂にしてもイスラム教とキリスト教の建築様式の混合の点では広義では同じだが、このメスキータとは濃淡が全く違う。傑出して強烈な個性である。おそらく誰もがそう思う。 -
入口近くには小聖堂がある
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主役はイエス お馴染みの最後の晩餐
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一方でメッカの方角を示すミフラーブ
そして周囲の壁と天井、まさしくイスラムの精緻な装飾 -
こういうデザインはペルシャにもアラブにも無いのでは。見た記憶が無い。どこから来た?北アフリカ?
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当初モスク、後に聖堂、だからこれもある
聖歌隊席 -
主祭壇 上に行くほど白が際立つ 見事だなあ
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聖母マリアとイエス
これまたずいぶんゴージャスなマリアだ
これも異質 -
そんな中でやはりメスキータの全体のトーンを支配しているのはこの柱と赤と白の二重のアーチ。なんだか幻想的に見えてくる。
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よく見るとアーチを乗せる柱の結節部が興味深い。装飾が古代ギリシャ建築のコリント様式に範をとっているようにも見える。
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円柱以外に大きな構造柱もあるのだが模様のモチーフは花びらでガチでイスラミック。
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これがメスキータ
どうですか。私が知る限りメスキータに似て非なるものもない。この空間にいると何だか幻惑されそうになってくる。 -
内部空間を出るとメスキータもやっぱり開放感のあるオレンジの中庭が付設されている。そして立派な鐘楼。もちろんオリジナルはモスクのミナレットがその正体。
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メスキータを出るとユダヤ人街へと繋がっている。ユダヤ人はイスラム勢力統治時代は経済の担い手として厚遇されていたが支配者がキリスト教勢力にとって代わると追放されたそうである。このユダヤ人との関係性の対比は今の在り方からは信じがたい。
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おっと。大通りではなくて路地裏通り、ちょっと坂道で踊り場のような空間、私が街歩きでもっとも惹かれる絵に描いたようなストライクど真ん中の場所を発見。
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テラス席有りで営業中のレストラン。メニュー写真を見ると楽しそうだ。決定。このお店で昼メシやあ~
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頼んだのはアツアツのシーフードスープ
それからそれから -
魚介のフリッタープレート!この日は揚げ物が食べたくなったのさ。ふ~ん、この量なら複数人でシェアして食べるのが本来と推察するがここは一人旅の特権を迷わず行使、私が食べ切ることにする。
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私が座った席から見上げるとアンダルシア家屋の白壁とたわわに実った色鮮やかなオレンジ。空は晴れてきた。これだよな、これ。今日は一年の最後大晦日。大晦日の東京では何をどう頑張ってもこんな空気感を味わうことは不可能。ああ旅冥利に尽きる。
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ここはコルドバで由緒あるスポット、ポトロ広場。小さな広場だがかつては商売人が集まり賑わった。『ドン・キホーテ』の作者セルバンテスもここの旅籠屋に宿泊したそうである。
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午前中どんより曇っていたのにここまで清らかな冬晴れになった。コルドバを流れるのはセビーリャで見た川と同じくグアダルキビル川。
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コルドバのランドマークの一つローマ橋を渡ってみる。ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥス時代に建設されたのでほぼ2000年の歴史を持つ。橋の真ん中には17世紀に建てられたコルドバの守護聖人ラフェルの像。
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ローマ橋を渡った先にあるのはカラオーラの塔が。
この塔は12世紀の終わりイスラム勢力であるムワッヒド朝下で防衛拠点として建設された。
都市の組成としては奈良や京都よりはるかに古くイスラム教勢力、キリスト教勢力と各時代の形跡を残して現在に至る古都コルドバ。メスキータを建築した後ウマイヤ朝の首都である10世紀には当時人口が世界最大の都市だったと言われている。 -
ローマ橋を河畔から仰ぎ見る。橋脚から半円形にせり出しているのは水避け。橋の向こうに躯体を覗かせているのがメスキータである。景観に風格がある、ね。
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さて。
先程外観を紹介したカラオーラの塔は今、博物館としてイスラム勢力統治時代の資料を公開している。私も入ってみた。館内にはメスキータのミニチュア模型が展示されており、これがなかなか精巧に出来ている。画像上が本物、下が模型。上の画像に人物がいなければどちらが本物がパッと見区別がつかない。 -
カラオーラの塔のルーフトップからローマ橋を見下ろす。チェコプラハのカレル橋のような華麗さは無いが武骨と経年の重みに味わいがある。コルドバ歴史地区は堂々たる世界遺産。
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対岸から橋を渡って戻ろうとするとこの看板が
なになに? 2€であなたの名前をアラビア文字で書きますよ、だとぉ? -
私はこの類の小技路上パフォーマーに迷わず食いついてしまう。台紙を選んで自分の名前をアルファベットで裏書きすると男性は私にスペルを確認、筆を取りその場でササッと書き下ろしてくれた。アラビア文字はやはり絵になる。コルドバの粋なお土産をゲットしましたぜ。
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日が傾き始めてコルドバの小さな名所へ。ここは花の小道。
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ブルーで統一された植木鉢。道幅1メートル長さ20メートル程の完全なプライベートエリアに映え好き達が三々五々やってくる。そしてひっそりと帰って行く。
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ファサードはモスク、しかし上には鐘。それでいて全体の整合感は取れている。世界に誇るコルドバの調和芸。さすがメスキータを擁する街だ。
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この日の夕食は牛テールのシチュー。テール肉をハチミツに漬け込んで煮込むコルドバ伝統のローカルフードだ。ボリューム感満点うま。
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ホテルに帰って暖かい部屋でリラックス。大晦日、テレビではクイズ番組。紅白歌合戦を見ることが出来ないとはなあ、痛恨の極みである。なんでいちいち私の言うことを本気にしたらダメだって~。
グラナダ、セビーリャ、コルドバの三つの都市を訪ねたアンダルシアの旅。いずれもイベリア半島の歴史の積み重なりが今もクッキリと残っていた。明日はマドリードに戻りさらにもう一足伸ばしてみることに。
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