2025/12/25 - 2026/01/04
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gyachung kangさん
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スペインへの旅シリーズ最終回は首都マドリードとマドリードから往復するトレド、セゴビアのカスティーリャの歴史タップリ二つの古都の旅記録になります。
旅に波乱はつきもの。私もこれまで十指に余る波乱をくぐり抜けてきたが全ては旅の道中で起きたものである。なのに今回は旅に出る前に波乱が起きてさ。何が起きたのか、ご興味があったら続く本篇をお読み下さい。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- ブッキングドットコム
-
今回のスペイン旅行、時間を巻き戻して振り返る。
5月に予約を入れたチケットが出発2週間を前にしてフライトキャンセル発表になる。旅程を組み現地の宿も着々と予約を入れていたそんな矢先であまりの衝撃に寝込みそうになるくらいショックを受けた。事の発端は11月7日のあの方のあの発言……泣。あの、私のスペイン旅行自体が今や存立事態危機なんですけど。日本と中国の国力の差は20年前とは激変しておる。もうちょいと考えて……さあ。まあその先は言うまい。
で、キャンセルとなった成田→北京を奪還すべく発表翌日速攻でチケット購入先某代理店にメールを送信。代替便確保を要請した結果、その5日後に朗報がもたらされた。代替便は当初予定の1日前倒し、成田→北京は羽田→北京への変更、料金追加無しなので事実上のアップグレードだった。ツ、ツキがあるじゃあないか!
12月25日朝6時。羽田空港国際線ターミナルに到着した私は北京行きCA184便のチェックインカウンターに真っしぐら。
ふう。大丈夫、飛ぶな。私の緊張が一気に解れた。 -
本日搭乗するフリート
エアバス321 200 センター通路のナローボディ
ヨーロッパ方面に入る際、直行便を除いて北京乗り継ぎを選択するのは航続距離の観点からは普通にあり得る。今回中国国際航空が取った策は成田を止めて羽田は残す対向措置。言うまでもなく中国国民の利用者もいるため便利なほうは手をつけないという思惑だと推測。だとしたらやはり中国ってしたたかである。 -
羽田を飛び立った飛行機は北京首都国際空港に着陸。知る人は知る乗り継ぎの難場である北京のトランジット手続きは拍子抜けするほどスンナリと終え安堵の休憩。クリスピーバーガーを補給、お勘定44元。
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長丁場のフライトは現地時間20時過ぎにマドリードバラハス空港に着陸。市内までは約15キロ、バスも地下鉄もあるがこの時間は迷わずタクシー選択。空港からは一律33€。
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マドリード到着日に予定を入れたのは地下鉄ソル駅最寄りの宿。タクシーを降りたところ、小さな広場ではクリスマスマーケットが開かれ欧州らしいほんわか楽しげな雰囲気が漂っていた。
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地図アプリで自分の位置とホテルの場所を確かめるのだが、何故か方向が掴めない。こういうのたまにあるんだよなぁ。こんな時はためらわず人頼み。マーケットでクリスマス帽をかぶりスイーツのお店でお仕事中の女性に尋ねると快くヘルプしてもらいルートが判明。建物の3階フロアで営業するホスタルにチェックインした。室内のあまりの簡素さに呆気にとられるがここはマドリードの中心部。私のホテル選びは一にも二にもロケーション最優先。エアコンとホットシャワー機能ならオッケってところ。ここに2泊で143€。
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エアコンを効かせた部屋で熟睡。翌朝、まだ明けきらない8時、早速ご近所巡りに外出してみた。マドリードの朝は東京よりすこーし寒いかも。
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5分ほど歩くとマヨール広場に
4階建の建屋に四方ぐるりと囲われた名物広場。17世紀前半のハプスブルク朝時代に建築されたバロック様式の建物で一度火災で消失、19世紀半ばに再建された。赤味がかった壁面が朝から美しい。さすがにこの時間はほぼ人がいない。 -
マヨール広場のすぐ西側にあるのがサン・ミゲル市場
まだ開店前、なのにガラス張りの内部には灯りがともってひときわ目立っている。見せ方がうまいなあ。値段が高くてもこんなセンスのある市場なら手が出ちゃうでしょ。銀座にもってきたら一年中人だかりだな。 -
サン・ミゲル市場のすぐ前で早朝から元気に営業しているバルを見っけ。早番の警察官が立ち寄ってコーヒーをグビッと飲んで勤務に戻っていく、そんな風情のお店だ。私好み。
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こんなコテコテの地元バルに入ったらエスプレッソだけじゃもったいない。頼んだのはカリョス・マドリレーニョ、牛の胃袋、チョリソ、生ハムの煮込みで名前の通りマドリードの伝統メニューである。グツグツと湯気立ったまま運ばれてきたこの料理、辛味がきいて強烈なパンチ力。ローカル風味満載の朝メシで一日分のエネルギーを充填した気分に。
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太陽が登って気持ちよく晴れてきた。年の瀬のマドリードの朝、ある場所を目指して歩く。路上で絵画を販売する画商が何人か現れて、ここは・・
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来ました。マドリードの観光で絶対に外せない場所世界三大美術館の一つ、プラド美術館だ。
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10時からの開館に合わせて早めにチケット売り場へ。その甲斐があり本日の入館チケットをゲット、15€。
コレクション全ての歴史的価値を金額換算すれば億単位を超えて兆単位になるのではという気もうする。これが15€で見ることができる。そう考えると凄いな。 -
プラド美術館の見学は3時間超。これほどの規模になると美術鑑賞もなかなか体力を使う。
プラドは2002年に当時の館長が作品の撮影の禁止を決定、現在もこの方針を貫いているのでコレクションを画像でご紹介することは出来ない。以下個人の感想として私がとりわけ印象に残った作品をいくつか挙げます。
▽
❶ゴヤ/着衣のマハ、裸のマハ❷ゴヤ/1808年5月3日❸ゴヤ/パラソル❹フラ・アンジェリコ/受胎告知❺ベラスケス/ラス・メニーナス❻ティントレット/弟子たちの足を洗うキリスト
❶は上下に並べて展示❷はナポレオンのマドリード侵攻を切り取ったゴヤの大作。プラドに入ってわかるのはスペインを代表する画家ゴヤのポジション。実際、館の入口にはゴヤの銅像一体だけがおかれている。❹は聖母マリアに降り注ぐ金色の光彩の素晴らしさ、これは画集では絶対にわからない❺は世界三大絵画のうちの一枚。描かれた人物が一斉に時を止めている、緊張感のある謎絵である。ベラスケスの肖像画は単なる写実ではない。
他にもエル・グレコ、ルーベンス、ムリリョら名だたる巨匠の作品群、カラ・バッジョも一点有る。まあプラドをじっくり見るなら1ヶ月程時間を取ったほうがいいのかも知れない笑
そう言えば。どこの間だったかは忘れたが展示室の一角で音楽をかけながら10人程の小さな子供たちが輪になって踊っていた。日本ならば考えられない光景だが館内を見張る職員も注意をして止めることはない。この自由さと寛容さ、私はちょっと打たれた。そして流れていた楽曲はアバの『ダンシング・クイーン』。それしかないよね、ここはヨーロッパだ! -
プラド美術館を後にしてプラド通りを南へ歩く。次の目的地はここ、ソフィア王妃芸術センター。ここもまた絶対に外せない。なぜならば。
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ピカソの『ゲルニカ』
この大作、いや超大作を所蔵しているから。
サイズは縦3.5×横7.8メートル、破格である。
1937年4月スペインのバスク地方ビスカヤ県にある都市ゲルニカがスペイン反乱軍と共闘したナチスドイツ軍によって無差別空爆を受け、抗議の意を示すためピカソが筆をとり制作、同年の1937年に開催されたパリ万博に出展したという。凄い話だな。
私がゲルニカの展示室に入った時、周囲には30人程の見学者の山。全員が引く僅かなタイミングを待って撮影。おそらくこの作品の前では一年中見学者が途絶えることはないだろう。ロシア、アメリカの現職大統領2人は今すぐにゲルニカを見たほうがいい。 -
ゲルニカについては本作に至る前の習作も数点展示されていた。これは馬の頭部の習作だが馬は本作の中央に全体像で描かれているのでゲルニカを構成する核心部の要素かと。
ゲルニカの前には当然ロープが張られているので再接近しても2、3メートルまで。私は馬、牛、人間(7人?)各要素をギリギリまで近寄って見た。この作品は作風ゆえにモノトーンの横長のマンガみたいな絵画、という大雑把なイメージがあったが、本物を前にすると全くイメージが覆った。一本の線に力感が溢れて馬も牛も人間も表情で語ってくる、そんな感じ。見る者を無言にするオーラがある、それがゲルニカ。 -
ご存じピカソの『泣く女』 ん、なんか違うような⁉︎
『泣く女』は同名タイトルで数点描かれておりソフィアに所蔵されているのがコチラ。最もよく知られた絵はロンドンのテートモダンに有る赤い帽子を被った版である。
ん~今気がついたが、果たして女性は泣く時にハンカチを噛むのでしょうか? どなたか教えて~ -
ソフィア所蔵のお宝はピカソだけではない。
この作品は『窓際の少女』。作者はあのサルバドール・ダリである。ダリはパリに移住してから誰もが知るグニャリとしたシュルレアリズムの作品を手がけていくが、それ以前にこんな作品があったとはなあ。モデルは実妹だそうで。 -
最後の一枚は『青衣の女』作者はピカソである。
1901年ピカソ青年20歳の時の作品。ダリも同様だが1937年作品のゲルニカと較べると作風の変わり方がすさまじい。恐れ入りました。 -
ソフィアを出てすぐ近くにあったレストランでランチにありつく。ボロネーゼとエスプレッソで22€。お値段相場は日本の2倍。スペイン人が日本観光に来たら外食費のVFMに狂喜乱舞するであろうな。日本円はバーゲンセールし過ぎであるよ。
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プラド通りを歩く。この瀟洒な建物はシベーレス宮殿。名前は宮殿だが元々は20世紀初頭に建てられた郵便局本局で現マドリード市庁舎。
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アルカラ門
1774年建設。当時の国王のために作られた凱旋門である。 -
プラド美術館の東側にあたるエリアにマドリード市民が憩う優雅な公園がある。ここはレティーロ公園。
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名所になっているガラス張りのクリスタル宮殿はこの日生憎の補修工事中だったが元は王家の庭園だった趣きが随所に残っている。とにかく良い公園。世界遺産の構成要因になっているのも納得。
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トワイライトが訪れるグラン・ビア通り
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グラン・ビア界隈の賑わいたるやもうびっくり。この日は12月26日、クリスマス休暇明けで金曜日。ここから新年に向けて人が街へと繰り出すハイシーズンになるってことか。いや、それにしてもマドリードのキラキラ感はなんということだろう。まるで全欧州の首都。サッカーのレアル・マドリードに選手やマネーが集まる背景が透けて見えるような気がする。現在の銀座、新宿、渋谷ではおよそ太刀打ちできない。悲し。
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夕飯はソル広場近くのお店でパエリアとする。日本の鍋料理というわけにはいかないが寒い季節に合うホットメニュー、美味い。
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スペインの0キロメートル地点、この場所から全土への道が広がるとされるソル広場にも煌びやかクリスマスツリー。背後にはシェリー酒メーカー TIO PEPE のネオンサイン。カラーセンスがイケてるな。
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翌朝、エリプティカ広場バスターミナルへ。この日はマドリードから70キロ南に位置するトレドへ日帰り旅に出かける。利用するのはalsaのバス。
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バスは満席だった。45分走ってトレドのバスターミナルに到着。降車して地上に出ると閑散としたタクシー乗り場。だが目の前に大聖堂の鐘楼と思しき尖塔が見えている。あの丘の上か。
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丘の方向に進むとエスカレーターが登場。歩行者はエスカレーターを使って入る街、トレド。
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トレドの街へ入っていく。朝9時過ぎ、まだ人が動き出していない気配。
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道なりに歩いて行くと現れた女性の銅像
MARIA PACHECO マリア・パチェコと刻まれている。
AI先生に訊いてみると▽
1520年カスティーリャ王国の諸都市で国王カルロス1世の施政に対してコムネロス反乱が勃発。夫が処刑された後もトレドで反乱軍を率いて戦ったが国王軍によって制圧され最後はポルトガルに亡命して亡くなった。トレドの守護者的な存在。
だそうである。こりゃ流石に高校の世界史の教科書レベルでは出てこない。学びました。 -
古都トレドに来たからには旅の安全をお祈りしなければならない。
出ました。トレド大聖堂。正式名称はサンタ・マリア・デ・トレド大聖堂。1226年に建設開始、完成は1493年。スペインカソリックの総本山とされている。 -
この日の入場者は私が一番乗りだったかもしれない。入ってまず最初に目を奪われるのが金箔を配した巨大な聖人画。
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聖母マリアと主イエス
私はマリア像を見る時に顔の表情や手のポーズ等の微妙な造作について制作者に込められた意図があるように思えて気になってしまう。このマリア様はやや上目遣い、眼差しと口元は温かさに満ちている。いいな。 -
パイプオルガンと聖歌隊席
ここの聖歌隊座席背もたれの木彫りの彫刻のきめ細かさにはたまげたな。なんで写真が無いんだよ笑 あ~れ~ -
そうだ、これを忘れてはならない
トレド大聖堂のアイドル?と言ったらご無礼かも知れない白マリア像!イエスがマリア様のあごを撫でております。なんでこちらも優しい母の顔。 -
イエスの生涯を物語った20場面の木彫りの衝立
思わず、おおお、と声が出る。弩級だ。 -
トレド大聖堂の最大の特徴は主祭壇の裏側にある。それがトランスパレンテと呼ばれるスペインバロック様式の大理石彫刻装飾。上部に明かり取りがあり光が差し込む意匠建築になっている。トレド大聖堂で間違いなく最も荘厳な場。ここで皆足が止まる。
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ここは聖職者の間。正面に大司教の椅子があり壁には歴代のトレド大司教の肖像画がズラリと並ぶ。トレド大聖堂の大司教はスペインカソリックの首位聖職者の地位にあたるのでこの部屋はある意味トレド大聖堂の象徴。さらに天井はイスラム式の精緻な装飾。
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聖具室
こちらの天井はまるでどこかの王宮かと見紛うようなフレスコ画 -
この聖具室のセンターを飾る画は『聖衣剥奪』作者は巨匠エル・グレコ。初期の傑作と言われている。そう言われると確かにエル・グレコ独特の人物を縦長に表現する画風がさほど極端ではないような、ねえ。
エル・グレコは当時キリスト教国勢力の首都だったこのトレドで生涯を送った。またこのトレド大聖堂の塔の建築にはグレコの息子も関わっているのでトレドとの縁は特別である。 -
エル・グレコ以外にも巨匠画が居並ぶ。こちらは『キリストの逮捕』フランシスコ・デ・ゴヤの作品。
作品タイトルがあまりにもショッキングだが、この絵の核心はイエスを照し出している光の描き方に尽きる。まるで本物の光が当たっているようだ。当たり前だがこの時代にカメラは存在しない。参考画像なんて何一つ無いのに、この再現力はいったいどこから来るのか。偉大過ぎる。 -
この大聖堂はステンドグラスも数多い。白のスペースを広く取っているので明るい印象。
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珍しいのが直接壁面に描かれているこの壁画。幼いイエスを抱き抱えて川を渡る聖人のクリストバルという人物。この逸話にあやかりクリストバルは旅行者の守護聖人だそうである。拝ませていただきます。
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大聖堂の北側には中庭とそれを取り囲む回廊があった。回廊の壁面には下部が剥離しながらもかなりのフレスコ画が残っている。いや、ここだけでも見る価値あり。
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トレド大聖堂の見学を終え街の中心部ソコドベール広場へ
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広場にはお馴染みイエス降誕を再現した人形飾りが。スペイン語ではベレンと言うんだそうだ。
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生ハムサンドウィッチで一休み
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タクシーをキャッチして展望台まで一走り。古都をぐるりと取り囲むように天然の要塞となっているタホ川と丘の上に築かれたトレドの旧市街の全景が一望できた。
西ゴート王国が支配した560年にトレドが首都になる。西ゴート王国はキリスト教勢力の国家だがその後イスラム勢力であるウマイヤ朝、後ウマイヤ朝の支配下に入り11世紀後半、レコンキスタでキリスト教勢力のカスティーリャ王国の支配体制に変わって再び首都となり1561年時のフェリペ2世がマドリードへ遷都するまでこの地方の宗教政治経済文化の中心地であり続けた。これがトレドの超ざっくり歴史。
現在はカスティーリャ=ラ・マンチャ州の州都で人口は8万人。もし世界の古都景観ランキングを作るとしたら間違いなくトレドは上位にランクインすると思う。 -
タクシーでタホ川沿いを半周し再び旧市街へ戻る。あのエスカレーターから伸びるメインストリートは朝の静まりが嘘のような人の賑わい。99パーセントは観光ゲストであろう。古都の求心力、恐るべし。
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迷路のような小径で探していた小さな教会をやっと発見。サント・トメ教会、ここにはエル・グレコの代表作の一つが所属されている。その絵は『オルガス伯の埋葬』。1586-1588年の作品で1312年にトレド出身のオルガスの首長であった人物が死去したことを題材に描かれた大作である。見てわかるように絵は天界と地界の二部構成で最上位にイエス、左下に聖母マリア。葬儀に参列している人々は描かれた当時トレドの実在人物の肖像と言われている。
プラド美術館鑑賞のパートでも触れたが、世界三大絵画なる括りがあってこれに該当する作品が
・レオナルド・ダ・ヴィンチ『モナ・リザ』
・レンブラント『夜警』
・ベラスケス『ラス・メニーナス』
・エル・グレコ『オルガス伯の埋葬』
とされているそうである。三大と言いながら四作品あるのがメチャ面白いところ。絵画作品の評価は数値評価ではないので見方によってチョイスが替わる。一般的には『ラス・メニーナス』が固く他が入れ替わるらしい。スペインに来るまで私は知らなかった。面白過ぎだよ。
世界三大絵画のうち二作品を昨日今日で鑑賞することができた。スペインに感謝したい。
あ。ご注意としてこのサント・トメ教会、見落とすのは簡単である。およそ教会に見えないチケットブースがあり観光客が群がっていたので分かった。地図アプリでも及ばないことが、ちょいちょいあるんだな。 -
この日トレドもお天気に恵まれた。どうしてもオープンエアで営業してくれる飲食店になびいてしまう。
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また誘いに乗ってしまった。本日のランチ、パエリアのミクスタで。外れ無し。美味。
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旧市街の一番西側にある教会
サン・ファン・デ・ロス・レイエス教会 -
ポルトガルとの戦いに勝利した記念として1477年に建築。1階がゴシック様式2階がプラテレスコ様式3階がムデハル様式と融合建築の見本のような教会。
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トレドの路地裏歩き
こういうところは地図アプリなんか見ないで感覚のまま歩くのがいいんだなあ -
スーベニアショップに並んでいたのがダマスキナードと呼ばれるトレドの伝統工芸品。その名の通りダマスカス→ダマスク→ダマスキナードとダマスカス発祥のアラビア圏イスラム文化が由来になる。
イスラム統治時代の影響が今尚スペインにたくさん残っている、これは今回スペインに来て実際に目にして初めてわかったこと。 -
これも。トレド名物アーモンドのお菓子マサパン屋のディスプレイ。マサパンもイスラムからの伝来で食感もっちり、なかなか美味しい。実際に今でも修道院で作っているらしい。
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古都トレドに別れを告げマドリードに戻るバスターミナルへ向かおうとしたら。エスカレーターへと下る高台に立つとこれまで日本でも見たことのないような見事な一直線の雲がかかっていた。よか。今回の旅、天気を味方につけているようだ。
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さて、時計の針はちょいと飛ぶ。
1月1日。アンダルシア3都市巡りを終えてマドリードに戻ってきた私。その足で鉄道アトーチャ駅から市内北にあるチャマルティン駅へ移動した。これからレオン行きのrenfe Avant に乗車する。行き先はセゴビアだ。 -
セゴビア・ギオマール駅に着いて11番バスに乗りセゴビア市内へ。
旧市街の入口、バス下車。
そこでいきなり見えたのは、水道橋! -
いやあ~そう来るか
デカ過ぎて出し惜しみができないセゴビアのお宝、ローマ水道橋。威風堂々、このお宝をじっくりと至近から見たいところだが、水道橋に逃げられることはない。早やる気持ちを抑えてまずはこの日の宿にチェックインするとしよう。 -
旧市街にズンズン入っていくと、やっと発見したホテルの看板。ここもスペインお馴染みビルインでフロア営業するホスタルである。
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レセプションで待っていたのはセゴビアで生まれてセゴビアで育ちました感満載のフレンドリーな女性だった。やっぱりね、人から鍵を手渡しされると安心するのよ笑。で、案内された部屋は充分な広さと大開口の窓。
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バスタブあり、居室合わせのこの色目も珍しい。予約サイトにはボヘミアテイストと書かれていたのを思い出した。ニューイヤー初日はこの部屋にお世話になる。
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セゴビアでの滞在は翌日の昼まで。しかしこの日は元日で大概の施設は休館日となっている。ならば今日できる活動は旧市街にあるスポットを外から眺める街歩きになる。さっそく来てみたのがこのお城、アルカサルである。
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アルカサルの入館扉は固く閉ざされているがそこから見る堀の深さに思わずカラダが引く
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だがここから見える景色はなかなかいい。旧市街を囲む城壁もしっかり残っている。
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カテドラル
1768年に完成。スペイン最後のゴシック建築と言われている。 -
サン・エステバン教会は13世紀の建築。高さ53メートル、端正な美しさがあってスペインの鐘楼の中では塔の女王と称されているそうだ。
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サン・マルティン広場にある謎の女性スフィンクス像
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やっぱり、アレを見に行かないと
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ローマ水道橋だ
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まさにセゴビアの街の入口にこの巨大構造物が聳えている。
建築は紀元1世紀。全長728メートル高さは高い場所で30メートル、2万個以上の花崗岩を使用。
ローマ水道橋と言うと絵的には真っ先にフランスの世界遺産ポン・デュ・ガールを思い出す。私はまだポン・デュ・ガールを観ていないが保存状態はこのセゴビアも双璧だと言われている。2000年の耐久性能をいったいどこから学んだのか、ローマ人の土木建築技術の高さは全くもって理解を超える。この脅威の建築物を色んな角度から見たい。
と思っていたところで、私は重要なことを思い出した💡 -
そう、今日は元日。飲食店の店仕舞いが間違いなく早い。夕飯確保が先決であった。
頼みの綱はマヨール広場に面するレストラン達。案の定オープンしていた数軒のお店は既にオーダーストップ。
最後の一軒に飛び込んだらギリギリセーフ!頼んだのはスープオブデイ、そして、メインはアレだ。 -
セゴビア自慢の名物料理、子豚のロースト!
セゴビアに来たからにはこれを食べなければ帰れない。
いや、間に合って良かった~
しばしローマ水道橋を忘れ、この料理に舌鼓を打つ。表面の皮はパリパリ、肉はジューシー、名物に旨いものアリ。実にイケてるお味であった。こいつぁ正月から大当たり~🙌 -
クリスマスの飾りが残るマヨール広場の建物
後にイスラム勢力からのレコンキスタを成し遂げたスペインのイザベル女王が1474年に戴冠式を行ったのがこの広場。 -
道端マーケットでは豊富な種類のドライフルーツ
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スペインは路上の焼き栗も秋から冬の風物詩
ポルトガルとおんなじだ -
薄暮に浮かぶ水道橋
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二層アーチと脚長のフォルムが一段と映える
見飽きることがない美しさだと思う -
ニューイヤーの夜を迎えたセゴビアの目抜き通り
お店の閉店は早いのに街を歩く観光客は多い。皆がそれぞれこの時間を楽しんでいる。それを見ているだけで私もいい気分になれる。 -
ハッピーニューイヤー!だなあ
今年も良い旅に恵まれますようにと願いながら宿へと戻った。 -
翌日の朝、いつものようにまだ陽が昇りきらない時間にセゴビアの高台旧市街を下って崖の下を流れるエレスマ川沿いから断崖に立つアルカサルを仰ぎ見た。このアルカサルはディズニー映画『白雪姫』のお城のモデルになったことで名高い。やはりお城は下から仰ぎ見る平民目線で眺めると威厳が一段と高まる。
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定刻のオープンを待ってカテドラルに。私の朝の礼拝です笑
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主イエス 聖母マリア 聖ヨハネ キリスト教美術定番のトリオ像である。磔を前にしているシーンなので2人の表情はこうなる。で、磔のイエスだがこの像は足が交差せず釘打たれている。実際には足が重なって釘一本の像も併存しているのでこの表現は制作者の裁量ってこと?ご存知の方がいたらご教示下さい。
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お次はアルカサル見学へ
ここは王の居住地、従って残された調度品が展示されているが -
ズラリと並ぶのが中世に実際に使われた武具甲冑である
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甲冑は頭から爪先まで全身鉄づくめ。もちろん知ってはいたが実物をマジマジと見るとこれを身につけていたら歩くことさえ信じ難い。総重量何キロ?ひっくり返ったら起き上がれないと思うんだけど。
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左右が非対称。左の肩が外側に張り出しているのは何故だろう。どう見ても邪魔だし重さも増している。顔面はフルフェイスで右側は視界口が無い。う~ん、わからん。
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この甲冑もデザインが全く異なる。多少軽量化されているようには見えるが足場がぬかるみならば自らの重みで沈みそうである。視界の悪さはこちらも同格。
他にもさまざまなタイプやサイズがあり体格に合わせてオーダーメイド?と思えるほどバラエティに富んでいる。共通しているのは重量感故の実戦機能の怪しさでこれなら日本の足軽兵にアッサリと捕まってしまいそうと考えるのは私だけか? -
アルカサルの中には眩いばかりのステンドグラスや
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セレモニーを描いた大壁画
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イスラムの影響を受けたと思われる天井装飾
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これも天井が美しい王の寝室
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今までに見たことがないタッチで出陣場面を描いたタペストリーなど見どころ多数
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アルカサルの先端、見張り場のような展望台からは
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今なお中世の時代の趣きが残るようなカスティーリャのパノラマ風景が広がっていた。
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この日は朝食を食べていない。お腹が空いたなあ、と営業中のお店を探していたらドンピシャのタイミングで店を開けたカフェテリアが登場。
いい旅とはタイミングに恵まれることである。(by私)
タパスの中から海老のアヒージョをチョイス。オリーブオイルとガーリック、海老の塩味、このシンプルさが堪えられない。カプチーノと合わせて18€。 -
セゴビアでの残り時間はあと僅か。最後はもちろんローマ水道橋の足元へ。
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漆喰など、接着剤となるものを一切使わずに石の組み合わせと積み上げだけで築2000年。脚は幅2.4メートル程で高さは30メートル。この独特のプロポーションは例が無い。ここだけ。
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基壇部のアーチ
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アーチを下から見るとこうなる。何故落ちない?
建築力学では水平推力と呼ぶのだそうだが。確かに日本にも岩国市の錦帯橋がある。しかしながらこちらは全素材が石、しかもこのスケール。築年数は比較にならない。 -
コーナーワークもある。
17キロ離れた水源から勾配1パーセントで水を供給。1884年まで現役水路であったと言う。巨大さ故ついた異名は『悪魔の橋』。セゴビアが世界に誇る奇跡である。 -
マドリードに帰る時間がやって来た。水道橋の袂からタクシーを捕まえて鉄道駅へ走る。その途中で突然ドライバーが窓の外を指さして私に語りかけた。
「セニョール、あの山を見てくれ。おなかに子どもを宿した母親が横たわっているように見えるだろう?」
え、え、え! いっやあホントだね。なんてこった。去り際にこんな素敵な景色を教えてもらえるなんて。これはセゴビアの二つ目の奇跡。異論は、ありますか? -
1月3日、帰国の日。
出国審査を終えて搭乗時刻待ち。だが満喫した今回のスペインの旅でやり残していたことがあった。うん、生ハム、一切れしか食べてない。私の旅財政も既にかなり逼迫していたが、自分に甘いことも往々にして大事だからね、と言い聞かせてカフェで生ハム一皿ご注文。最後スペインの味に満足致しました。30€。ではこれにて一路東京へ。
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