2025/12/23 - 2025/12/23
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hijunoさん
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昨年、12月後半、西宮の古墳群をめぐりました。
古墳群が点在している地域ですが、やはり、移築されたものは学校内にあって、ここも見学できませんでした。
学校の安全性などの問題もあり、外部からの見学はできないようでした。
関西学院大学の周囲や構内にも古墳が点在しています。
今は消失したものも多いようで残念ですが、遺跡の保存やその見学方法など、考えさせられる一日になりました。
ビゴのパン屋さんも久しぶり♪♪
お店にはいってびっくりしたのは、パンが少しになり、ほとんどが、ケーキやお菓子になっていたこと。
二階のカフェもなくなってました。
フランス人のビゴさんのパン屋さん、、、大好きでした♪
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 自家用車 徒歩
-
仁川駅から、まず、幼きイエス修道会を目指して歩いていましたら、
とても可愛いレトロな建物が目に入りました。 -
ハッセルハウスとあります。
カフェのようでしたが、コンサートやいろんなイベントもあるようで、、
つぎに、一度来てみたいです♪ -
ショファイユの幼きイエズス修道会 仁川本部修道院にやってきました。
-
1859年にフランスのショファイユで創立された修道会です。
1877年には日本に、4名のシスターが派遣されています。
当時は、神戸や京都や大阪や長崎、熊本などで、女性の教育、孤児や高齢者、ハンセン病患者のケアにあたったそうです。
仁川(にがわ)には、仁川本部修道院があり、日本の修道会の拠点として様々な活動の中心となっていると、聞きました。 -
こちらは裏門ですが、中に入る事はできないようでした。
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マリアとイエスの母子像が見えました。
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仁川旭ガ丘1,3号墳を目指してあるいていますと、ちょっとした空き地、大きな石がゴロゴロ、、ここも、古墳群の一つかな、、、と思いながら歩いて、、
今は住宅地になっていますが、かつては古墳があちこちにあったのかな、、と想像しました。 -
仁川旭ガ丘1,3号古墳に到着しました。
仁川高丸歴史公園というそうですが、看板もみあたりません。
広場のようになってました。
仁川旭ガ丘古墳群のひとつです。
仁川旭ガ丘古墳群は3基の古墳があり、1、3号墳はこちらの敷地内にあるようで、あとの2号墳は近くの中学校に移築されているそうです。
こちらは校内なので見学をあきらめました。 -
大きな石がごろんとありました。
これも古墳の石室の一部でしょうか、、よくわからないです。 -
どこが古墳なのか、、よくわからない、、、柵もあり、中には入れない。
説明板もないので、よくわからないです。。
道路間際のところが、三号墳といいますが、どこかな、、
石室の基底部の民が残っているようでした。 -
他の資料から、、これが、1号墳だと思われます。
横穴式石室をもつ円墳です。石室の全長は9mらしいです。
他の2基とも横穴式を持つ円墳だそうです。
1号墳は直径が25m、2号墳は直径12m、3号墳は直径14m、
いずれも、古墳時代後期の築造だそうです。 -
何か、説明になるものがあるとわかりやすいとおもわれました。
あと、やはりもっと近くで見学したかったです。 -
つぎに五ケ山古墳をめざします。
ピクニックロードというのもあるようです。 -
石段を登って高台へ向かいます。
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見晴らしの良い高台でした。
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説明板がありました。
五ケ山古墳は西宮市にある1.2号墳と宝塚市の3.4号墳をあわせたもので、この4号墳は標高が140mの高台にあります。墳丘は失われ、直径は18mから20mの円墳です。横穴式石室を持つ古墳。
周りの古墳からは6世紀後半から7世紀初めの須恵器が出土しており、
この4号墳の古墳の築造もそのころだと考えられています。
近くには古墳群や弥生式時代の遺跡もあり、早くから人々が生活を営んでいた場所であったことがわかります。 -
ここは公園にもなっていて、仁川五ケ山遺跡があった場所です。
110mから150mの丘陵で、東西、南北、それぞれ500mにわたっています。
発掘調査で、弥生時代中期から後期の土器や石器、竪穴住居跡も4基見つかっており、この周辺は当時から住みやすい場所であったことが考えられます。 -
公園にいた方が、大きな石が残っているようですよ~と
教えてくださったので、探検♪
草で覆われて、苦戦しました。(-_-;) -
葉っぱに埋もれた石や、
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草に埋もれてしまった石、、
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加工されたような石、、
ここに横穴式石室があったのかな、、 -
近づいてみますけれど、ちょっと、よくわかりませんでした。
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石室の入り口みたいなところも、かすかに見えますが、、
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もう少し、樹々や葉っぱ、草の整理がされていたら見やすいと思いました。
草むらから出てきて、服には沢山植物がつきまくってました。(-_-;) -
遺蹟の丘陵をくだって、おりて、平たんな道に出ます。
ここは五ヶ池ピクニックロード。
ピクニックをしている人にも出会いました。 -
ちょっと歩いて、古墳。
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説明板がありました。
ここは五ケ山古墳群の三号墳。
直径は18m、高さも焼く2.5m、横穴式石室を持つ円墳です。
耳輪や須恵器片が見つかり、6世紀末の、このあたりの豪族の古墳であるようです。 -
フェンスで囲まれています。
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道沿いのカーブのところにあります。
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こちらももっと近づいてみたいですが、、
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そして、さらに進んで、また古墳。
こんもりとした古墳の全景が見えました。
ここは以前に訪れたことがありました。 -
仁川古墳公園とあります。
五ケ山古墳2号墳です。 -
こちらもフェンスで中には入れず。
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説明板もありました。
7世紀の古墳、ここは石棺もみつかったそうです。 -
このあたりも高台。
弥生時代から古墳時代にかけて、見晴らしの良い高台は安全な場所でもあったのでしょう。。 -
右の方に、関西学院大学の校舎も見えました。
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川もあり、水も豊富だったのかな、、
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仁川にある地すべり資料館。
ここも以前見学したことがあります。
自然災害の恐ろしさがよくわかります。またその防御施設の仕組みもよく理解できました。 -
観測システムが整っていて、とても興味深いものでした。
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今回はこちらには立ち寄らず、関西学院大閣の方向へ向かいます。
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上ヶ原浄水場古墳を探して、石段を上がっていきます。
スマホ頼りです。。 -
ここもフェンス。奥の方に、古墳の石室らしきものがちらり。
直径7メートルの円墳だそうです。
横穴式石室、6世紀後半から7世紀初めの築造。 -
周りは工事中。
大きなトラックが行き交います。 -
ピンボケです。。かんぜんに。
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そばで作業していたお兄さんが代わりに写真をとってくれました。
中には入れないようです。
ここも近くで観れない、、、
しかし、写真撮ってくれて、ありがとうございます。涙
浄水場に問い合わせたら、中に入れるのかな、、 -
甲山大師、、西宮市にある神呪寺のことです。
先日、こちらのお寺にも参拝しましたが、ここから十一町という道しるべがありました。
1町は約109m。11町なので、約、1199mで到着ですよね。。約1キロのみちのり。
以前、この辺りを歩いていて、石碑が沢山あることに気づきました。 -
説明にもありますが、このあたりにも、十、十二の二基があったようですが、紛失しています。
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上には梵字が。
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ここも見晴らしの良い場所。
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ここにも、神呪寺本堂(本尊は如意輪観音)までの距離を正確に表した遺蹟。
1740年代に、大阪新町の折屋惣兵衛の母妙心が娘であろう女性の菩提を弔い、神呪寺へ寄進した供養碑だそうです。
供養碑に刻まれたここより本堂へ五丁は当時移転した本堂への距離と一致しているそうです。
昔はスマホも詳細な地図もない時代。
そんなときの、大切な道しるべですよね~ -
ここにも、神呪寺へ13町という道しるべ。
寄進者の刻銘もあります。武蔵の国、、、そんなに遠いところから、、?
1753年以降のものだそうです。
こんな沢山あった、町名の石碑も、今や紛失したものが多いのですねぇ~ -
これは道標、
ここは、西宮、尼崎、中山の三方向の分岐点です。
道標の施主は播磨の有力商人だそうです。
道標、字はかなり読めなくなっているのですが、
弥勒菩薩の梵字の「ュ」とあるものだそうです。 -
イチオシ
このあたりは水が流れて、音が心地良いです~
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説明板が立っていました。
上ヶ原用水路とあります。
江戸時代のはじめに、上ヶ原台地の開発に仁川の水を利用するために
開削されたと書かれてありました。
1768年に大井滝が大破してから、岩盤に横穴をあけて堀り、水を執ることができたようです。
驚くことに、岩穴を掘り削るのに、34年を費やしたといいます。
苦労して、取水した水は、この水路から上ヶ原新田、神呪、門戸の3村の田んぼに使われたといわれています。
先人の苦労、水が人々の暮らしを潤してきたことがわかります。 -
絶えることのない水。
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ひんやりと感じる水の場所でした。
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すぐ近くの関西学院大学の構内へ。
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古墳が見えました。
以前も見学したことがある古墳です。 -
詳しい説明板もありました。
以前、関西学院大学の周辺、上ヶ原台地には古墳群がありましたが、昭和初期にはほとんどが失われてしまったようです。 -
直径12m、高さ3mの円墳です。
横穴石室で、出土品は金環、勾玉、ガラス製品、馬具など。
7世紀に埋葬され、その後も追葬されたようです。
フェンス外から写真をとります。 -
小さな円墳です。
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石室の様子。こちらのほうが、はっきり。
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周囲には石や加工されたい石材。。
古墳とは関係ないのかな。。 -
ぐるりとフェンスで囲まれていました。
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反対側から。
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こんな群集墳がこのまわりにも沢山あったのですね~
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さらに、上ヶ原古墳群2という古墳を探して歩きます。
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スマホはこのあたりを指しますが、空き地で特に説明板もなく。
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もう、残っていないのかな、、
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石が置かれてある場所もありますが、、、
単なる庭なのか、、よくわからず。 -
なんだか、もやもやしたまま。
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イチオシ
近くにハミル館がありました。
関西学院大学に現存する校舎の中で、最古の建築の建物です。
はじめは、原田の森キャンパスに建てられていたそうですが、上ヶ原キャンパスへの移転に伴い、現在の場所へ。
日曜学校などに大きな貢献のあったハミル氏の特別献金によって1918年に建築されています。
ヴォーリズの設計で、十字型平面の四方の隅に八角形の搭がみえるような
不思議な独特のデザインで、以前は、幼稚園舎などにも利用されています。
2003年には改修されて、総合心理学の心理学研究室となっているようです。 -
イチオシ
とても素敵な建物でした♪
-
仁川駅に戻りました。
懐かしい~ビゴのパン屋さんへ。
とても久しぶりです♪
以前は二階にカフェもあったので、休もうとおもってましたら、
もう、今はやっていないとのこと、、、、ガ―――んでした。(-_-;) -
イチオシ
お店の中も、前はパンがほとんどでしたが、
いまは、ケーキやお菓子がほとんど。
パンはとても少なくなっていて、これまたびっくり。
可愛いパッケージです♪ -
イチオシ
ドイツ人のビゴさんのパン、、、硬くて味わいのあるドイツのパン♪
食べたくなって、あれこれ買いました。
変わらない美味しいパンたち♪
パン屋さんも沢山増えて、少しずつ様変わりしているのかな、、
でも、昔のパン屋さん、残ってほしいな♪
最後までお付き合いいただいて、ありがとうございます^^
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この旅行記へのコメント (1)
-
- sukecoさん 2026/01/23 15:21:52
- ドイツパン♪
- hijunoさん、こんにちは~
ビゴさんのパン、少なくなってして残念でしたね。
ドイツのパンって硬くて酸味もあってずっしりしていますよね♪
私の勝手な想像かな?!(*´∀`)
カフェもやっておず、お楽しみの休憩もできなかったのですねΣ(゚д゚lll)ガーン
古墳めぐりで沢山歩かれたのでは?
それにしても、古墳に説明などの看板があるとありがたいですね。
たぶんこれ?って思いながらの見学だと、、、もやもやな気分に(笑)
でも、あれだけたくさんあると、保存も大変かもしれませんね。。。
7世紀の古墳、、、ロマンあるー♪
道しるべも楽しい~
スマホや地図がない時代。。。
想像できないー(;'∀')
今やGoogleマップで案内までしてもらう(笑)
楽に生きる時代になってしまいましたね(*^^)v
寒さが厳しくなっていますね。
関西は雪が降っているのかな?
こちらは、先日パラパラと軽く降ったか降らないかくらいで・・・。
体調には気を付けて、素敵な週末をお過ごしください~
sukeco
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