2025/11/22 - 2025/11/22
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Traveljyubeiさん
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いたばし文化財ふれあいウイーク2025に行ってみました。
文殊院は、約400年前(江戸時代初期)に建てられたお寺で、真言宗豊山派の寺院として今日まで来ている。以前からある延命地蔵のお堂にお寺を加えて建立しました。
江戸時代、加賀藩下屋敷で働いていた 飯田静(いいだ しず)の碑もあります。
板橋宿で働いていた遊女のお墓もありました。
四国88か所巡りの小道もありました。
お寺の門を入り、右側には、足腰の守り神「子のごんげん」、板橋七福神の毘沙門天もいます。
お寺の10m位の近くには、江戸時代の板橋宿(板橋宿は、長さ2.2km、道幅4.7mと言われ、江戸側から、平尾宿・中宿・上宿と3分されていた。)があります。
板橋宿には、参勤交代の大名、公家、幕府の役人が泊まる本陣・本陣の補佐の脇本陣・武士や一般庶民の旅籠と別れていました。本陣は中宿に1軒、脇本陣は上宿(名主:田安家?)、中宿(名主:飯田家)、平尾宿(名主:豊田家)にそれぞれ1軒づつ置かれており、名主が本陣・脇本陣を兼帯していました。1800年(寛政12年)には、旅籠が68軒あったと言われています。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
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江戸時代の板橋宿(板橋宿は、長さ2.2km、道幅4.7mと言われ、江戸側から、平尾宿・中宿・上宿と3分されていた。)を描いた。奥の森から左側には、加賀藩の下屋敷がありました。
宿泊施設は、参勤交代の大名、公家、幕府の役人が泊まる本陣・本陣の補佐の脇本陣・武士や一般庶民の旅籠と別れていました。
本陣は中宿に1軒、脇本陣は上宿、中宿、平尾宿にそれぞれ1軒づつ置かれておりました。
名主が本陣・脇本陣を兼帯していました。
1800年(寛政12年)には、旅籠が68軒あったと言われていました。板橋区役所前駅 駅
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五街道(東海道の品川宿、中山道の板橋宿、日光・奥州道中の千住宿、甲州道中の内藤新宿が整備されました。)の様子です。
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京都五条大橋から江戸日本橋までの中山道宿場町を表した地図です。板橋宿は、日本橋の次の宿場です。
日本橋を中心に五街道が作られ、東海道、中山道、日光道中、奥州道中、甲州道中が整備されました。
東海道の品川宿、中山道の板橋宿、日光・奥州道中の千住宿、甲州道中の内藤新宿が整備されました。これら江戸から数えて第一番目に位置したそれぞれの宿駅を 江戸四宿 と称されました。
これらの宿は、江戸幕府内の周縁部あたり、江戸の町との境界域にあることから、江戸への出入り口として、栄えたと思われます。 -
400年前の板橋宿の様子です。中山道板橋宿が描かれています。
徳川将軍家が行動した場所で、鹿が多く描かれています。この地は、徳川将軍が江戸から来て鹿狩りをし、狩の前後には、お寺や宿で休憩をしました。
狩りをし、刀や弓を使用し、戦いの訓練をした場所と言われています。 -
江戸時代の板橋宿の様子です。
江戸近くの有名な観光地ガイドに書かれている板橋宿です。 -
板橋宿が描かれていて、中央左側に文殊院のお寺が描かれています。
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今日の板橋エリア文化財マップです。西の京都と東の江戸を結ぶ中山道(なかせんどう)の江戸から数えて最初の宿場町「板橋宿」の様子です。
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14代将軍の結婚相手として嫁がれた「和宮」の行列の様子です。京都から1万人、江戸から1万5千人、途中からのお手伝いに4千人と約3万人の行列が板橋宿を利用しました。全員が出発するのに3日かかったそうです。
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外国からの贈り物として、動物が送られてきました。この絵は、ラクダが送られて板橋宿を利用した様子です。「外国から来た珍しい動物」として、見世物として珍しがられたようです。このラクダは、江戸に行く際、板橋宿平尾宿の豊田家に立ち寄った時に描かれたそうです。
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文殊院の入り口に書いてあるありがたい言葉です。
文殊院 (幡場山大聖寺) 寺・神社・教会
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文殊院の入り口門です。
文殊院 (幡場山大聖寺) 寺・神社・教会
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文殊院入り口に有る仏さまです。
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文殊院の入り口に有る石造の前に会った石造です。
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文殊院の入り口門を超えると、左側個室に有る地獄の人々を表す様子です。真ん中に 閻魔大王 が座っています。
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文殊院の門を入ると、左側個室に掲げられている地獄絵です。
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文殊院の本堂です。
文殊院 (幡場山大聖寺) 寺・神社・教会
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文殊院に有る菩薩像ですが、今回は、公開されておらず見られませんでした。
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文殊院お墓に有る、四国88か所巡りは、ここがスタートです。
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文殊院の墓地を入口から見たところです。歩道は、四国88系が描かれている石が置かれています。
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文殊院お墓の、ココが四国88か所巡りの終点です。
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文殊院お墓の、四国88か所巡りの横道です。
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文殊院墓地の石造です。前面の高い塀の向こう側が、車や人が通る道路です。道路に面する高い塀からは、石造の頭部分しか見えません。墓地に入り石造を眺めるとこうなっているのですね。
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文殊院の墓地です。ここが板橋宿で働いていた遊女のお墓です。売られてきたりして身元が不明の遊女をかわいそうだとしてお墓を建ててくれたそうです。
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文殊院本堂横に有るお地蔵様です。
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文殊院墓地の入り口にあります。これが、四国88か所巡りの、巡り方を表した方法です。裸足で巡るように書いてあります。
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文殊院の印 二重丸 が飾ってある倉庫です。
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