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広島市内を後にし、車で約1時間。山口県・岩国市に到着すると、澄み切った空と山の緑の間に、優雅な弧を描いて流れるような木造橋が現れました。それが、日本三名橋の一つに数えられる「錦帯橋」です。この美しさに夫婦共に感動しました。橋の向こうには城下町の面影が残り、山の上には岩国城が姿を見せています。見所満載の「錦帯橋・岩国城観光」です。<br /><br />※新著出版しました。<br />『鉄道で駆け巡る シニア夢の旅路』(キンドル版)<br />ーミラノからハンブルクまで ヨーロッパ縦断18日間<br /> 前編:北イタリア5都市訪問ー<br />https://www.amazon.co.jp/dp/B0F3ZNY12Z/ref<br /><br />私のホームページに著書紹介、旅行記多数あり。<br />『第二の人生を豊かに』<br />http://www.e-funahashi.jp/work/index.htm<br /><br /><br />

秋の広島・山口ドライブ観光(第3回:錦帯橋・岩国城観光)

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2025/11/04 - 2025/11/08

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funasan

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広島市内を後にし、車で約1時間。山口県・岩国市に到着すると、澄み切った空と山の緑の間に、優雅な弧を描いて流れるような木造橋が現れました。それが、日本三名橋の一つに数えられる「錦帯橋」です。この美しさに夫婦共に感動しました。橋の向こうには城下町の面影が残り、山の上には岩国城が姿を見せています。見所満載の「錦帯橋・岩国城観光」です。

※新著出版しました。
『鉄道で駆け巡る シニア夢の旅路』(キンドル版)
ーミラノからハンブルクまで ヨーロッパ縦断18日間
 前編:北イタリア5都市訪問ー
https://www.amazon.co.jp/dp/B0F3ZNY12Z/ref

私のホームページに著書紹介、旅行記多数あり。
『第二の人生を豊かに』
http://www.e-funahashi.jp/work/index.htm


  • 2日間お世話になった「ザ ロイヤルパークホテル 広島 リバーサイド」(中央の白いビル)ともお別れです。重いスーツケースを引きずりながらホテルを出ました。幸い今日もお天気がよく、朝の空気はひんやりと爽やかで、夫婦共に気分よく出発です。

    2日間お世話になった「ザ ロイヤルパークホテル 広島 リバーサイド」(中央の白いビル)ともお別れです。重いスーツケースを引きずりながらホテルを出ました。幸い今日もお天気がよく、朝の空気はひんやりと爽やかで、夫婦共に気分よく出発です。

  • 京橋川沿いを歩き、広島駅前を抜け、踏切を渡った先が「オリックスレンタカー広島駅新幹線口店」です。徒歩20分くらい、スーツケース持参では意外と苦労しました。ここで1泊2日、コンパクトカーを借りました。料金は13,750円。手続きが済むと、いよいよ車が旅の相棒となります。

    京橋川沿いを歩き、広島駅前を抜け、踏切を渡った先が「オリックスレンタカー広島駅新幹線口店」です。徒歩20分くらい、スーツケース持参では意外と苦労しました。ここで1泊2日、コンパクトカーを借りました。料金は13,750円。手続きが済むと、いよいよ車が旅の相棒となります。

  • 今日はロングドライブです。まずは岩国の代表観光地、錦帯橋と岩国城へ向かいます。その後は山口市の「ザビエル記念堂」、さらに萩市へ。幸いにも青空が広がり、快適なドライブになりました。

    今日はロングドライブです。まずは岩国の代表観光地、錦帯橋と岩国城へ向かいます。その後は山口市の「ザビエル記念堂」、さらに萩市へ。幸いにも青空が広がり、快適なドライブになりました。

  • 山陽自動車道(下り)の宮島サービスエリアでひと休み。ここは広島随一の展望エリアを備えたサービスエリアで、瀬戸内海に浮かぶ島々が見渡せます。写真はSAの展望スペースに行くアプローチです。

    山陽自動車道(下り)の宮島サービスエリアでひと休み。ここは広島随一の展望エリアを備えたサービスエリアで、瀬戸内海に浮かぶ島々が見渡せます。写真はSAの展望スペースに行くアプローチです。

  • 展望スペースに立つと、瀬戸内海が驚くほど穏やかだと分かります。大小の島が点々と連なり、世界遺産「宮島」(写真)が正面に見えます。意外に大きな島だと驚きます。

    展望スペースに立つと、瀬戸内海が驚くほど穏やかだと分かります。大小の島が点々と連なり、世界遺産「宮島」(写真)が正面に見えます。意外に大きな島だと驚きます。

  • 展望エリアの前に、朱塗りの大鳥居(写真)が立っていました。宮島に近い場所らしく、旅先の雰囲気が一気に高まります。このサービスエリアは広く、食事処も充実。海の幸を使った定食なども楽しめるそうです。

    展望エリアの前に、朱塗りの大鳥居(写真)が立っていました。宮島に近い場所らしく、旅先の雰囲気が一気に高まります。このサービスエリアは広く、食事処も充実。海の幸を使った定食なども楽しめるそうです。

  • 展望エリアの近くには、ウッド調のテラス席を備えたスターバックス(写真)もありました。ドライブの途中、コーヒー休憩に最適です。でも、今日は忙しい。観光ルートを考えて先へと進みます。

    展望エリアの近くには、ウッド調のテラス席を備えたスターバックス(写真)もありました。ドライブの途中、コーヒー休憩に最適です。でも、今日は忙しい。観光ルートを考えて先へと進みます。

  • 遂にやってきました、錦帯橋(写真)。川岸に広大な無料駐車場があるので駐車場に苦労しません。錦川の浅瀬に立つと、五連の木造アーチがゆるやかに連なり、その優雅さと大胆な造形に目を奪われます。

    遂にやってきました、錦帯橋(写真)。川岸に広大な無料駐車場があるので駐車場に苦労しません。錦川の浅瀬に立つと、五連の木造アーチがゆるやかに連なり、その優雅さと大胆な造形に目を奪われます。

  • アーチは想像以上に高く、下から見上げるとまるで大きな波が押し寄せてくるようです。橋桁の下でポーズをとる奥様(写真)は夢がかなってごきげんです。

    アーチは想像以上に高く、下から見上げるとまるで大きな波が押し寄せてくるようです。橋桁の下でポーズをとる奥様(写真)は夢がかなってごきげんです。

  • 山の斜面には小さく岩国城の天守(写真)が見えます。城と橋が一直線に望める構図は、本日の私のベストショット。橋を支える石積みの巨大な橋脚は、幾度もの洪水と時代の変化を乗り越えてきた、無言の証人のようにそびえていました。

    山の斜面には小さく岩国城の天守(写真)が見えます。城と橋が一直線に望める構図は、本日の私のベストショット。橋を支える石積みの巨大な橋脚は、幾度もの洪水と時代の変化を乗り越えてきた、無言の証人のようにそびえていました。

  • 岩国城遠望(写真)。錦帯橋は、江戸時代の1673年に岩国藩主・吉川広嘉が造った五連の木造アーチ橋です。この橋は洪水に強いように、中央に重心が集まる構造とし、高い石橋脚で水流を受け流す仕組みです。

    岩国城遠望(写真)。錦帯橋は、江戸時代の1673年に岩国藩主・吉川広嘉が造った五連の木造アーチ橋です。この橋は洪水に強いように、中央に重心が集まる構造とし、高い石橋脚で水流を受け流す仕組みです。

  • たびたび洪水で橋が流され、現在の橋(写真)は、1953年に再建され、その後も伝統工法で部材を交換しながら守られています。美しさだけでなく、「洪水に負けない知恵の橋」なのです。

    たびたび洪水で橋が流され、現在の橋(写真)は、1953年に再建され、その後も伝統工法で部材を交換しながら守られています。美しさだけでなく、「洪水に負けない知恵の橋」なのです。

  • 入橋券300円(往復可能)をはらって橋を上ると、想像以上に急な勾配に驚きます。橋を渡るだけなのに、アップ・ダウンが大きく、一歩ごとに景色が変わる「旅の道」を歩いているような気分になります。

    入橋券300円(往復可能)をはらって橋を上ると、想像以上に急な勾配に驚きます。橋を渡るだけなのに、アップ・ダウンが大きく、一歩ごとに景色が変わる「旅の道」を歩いているような気分になります。

  • 錦帯橋からの絶景写真です。風が全くなく錦川がまるで鏡のようになめらかです。岸辺に鵜飼の矢形船が多数係留されていました。夏季にはここで鵜飼が行われます。<br />参考資料:錦帯橋 鵜飼(う飼/うかい)公式サイト<br />https://ukai.iwakuni-city.net/<br />写真:錦帯橋から見た錦川上流

    錦帯橋からの絶景写真です。風が全くなく錦川がまるで鏡のようになめらかです。岸辺に鵜飼の矢形船が多数係留されていました。夏季にはここで鵜飼が行われます。
    参考資料:錦帯橋 鵜飼(う飼/うかい)公式サイト
    https://ukai.iwakuni-city.net/
    写真:錦帯橋から見た錦川上流

  • 毎年6月~9月頃にここで鵜飼(うかい)が開催されます。「岩国の夏の風物詩」として、夜の錦帯橋と灯りのともった船が川面に映り、夜は幽玄(ゆうげん)な錦帯橋になるそうです。<br />写真:錦帯橋から見た錦川下流

    毎年6月~9月頃にここで鵜飼(うかい)が開催されます。「岩国の夏の風物詩」として、夜の錦帯橋と灯りのともった船が川面に映り、夜は幽玄(ゆうげん)な錦帯橋になるそうです。
    写真:錦帯橋から見た錦川下流

  • 錦帯橋を渡りロープウェイ乗り場に行く手前に初代岩国領主「吉川広家(きっかわ ひろいえ)」の像(写真)がありました。槍を構え、前を見据える表情は、毛利家を支え戦国の難局を切り抜いた武将らしい緊張感があります。

    錦帯橋を渡りロープウェイ乗り場に行く手前に初代岩国領主「吉川広家(きっかわ ひろいえ)」の像(写真)がありました。槍を構え、前を見据える表情は、毛利家を支え戦国の難局を切り抜いた武将らしい緊張感があります。

  • 吉川広家公の功績が書かれた案内版(写真)の中に、「慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いでは、東軍と交渉して毛利家を救い」という記述がありました。これが事実ならもの凄い業績なので、AIさん(Perplexioty)に詳しく聞いてみました。

    吉川広家公の功績が書かれた案内版(写真)の中に、「慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いでは、東軍と交渉して毛利家を救い」という記述がありました。これが事実ならもの凄い業績なので、AIさん(Perplexioty)に詳しく聞いてみました。

  • 《交渉の経緯と内容》<br />広家は関ヶ原の戦いに先立ち、毛利宗家の存続を条件に徳川家康との講和を模索します。この頃、毛利家は西軍の中核でしたが、広家は戦況を冷静に分析し、最終的に徳川方が勝つだろうと判断しました。そのため、黒田長政ら家康側有力武将を介して、「毛利輝元は今回の騒動に関与していない」という趣旨の書状を家康側に送付し、毛利宗家の本領安堵(領地保証)を求めます。<br />写真:錦帯橋を渡った先にある武家屋敷の面影

    《交渉の経緯と内容》
    広家は関ヶ原の戦いに先立ち、毛利宗家の存続を条件に徳川家康との講和を模索します。この頃、毛利家は西軍の中核でしたが、広家は戦況を冷静に分析し、最終的に徳川方が勝つだろうと判断しました。そのため、黒田長政ら家康側有力武将を介して、「毛利輝元は今回の騒動に関与していない」という趣旨の書状を家康側に送付し、毛利宗家の本領安堵(領地保証)を求めます。
    写真:錦帯橋を渡った先にある武家屋敷の面影

  • 《戦場での具体的な動き》<br />合戦当日、広家は毛利秀元とともに南宮山に布陣し、西軍有利の状況でも東軍を攻撃せず不戦を貫きました。これは、徳川方との「不戦協定」に基づくもので、もし毛利勢が戦えば東軍は壊滅的打撃を受けたはずですが、広家の判断で毛利勢は動かず、東軍勝利を後押しする結果となりました。<br />写真:香川家長屋門(山口県指定文化財)<br />

    《戦場での具体的な動き》
    合戦当日、広家は毛利秀元とともに南宮山に布陣し、西軍有利の状況でも東軍を攻撃せず不戦を貫きました。これは、徳川方との「不戦協定」に基づくもので、もし毛利勢が戦えば東軍は壊滅的打撃を受けたはずですが、広家の判断で毛利勢は動かず、東軍勝利を後押しする結果となりました。
    写真:香川家長屋門(山口県指定文化財)

  • 《戦後処理と毛利家存続》<br />戦後、家康は毛利輝元が西軍の中心だったことなどを問題視し、当初は本領安堵を反故にして毛利家を改易する処分を下そうとしました。しかし、広家は家康側に何度も懇願し、さらに「自分にも同じ処分を与えてほしい」という内容の起請文まで提出しました。その結果、毛利宗家は戦前の約120万石(中国地方8カ国)から周防・長門二国・約37万石に減封されることで存続できました。広家自身は自分の出世より毛利家の救済を優先しています。<br />写真:錦帯橋を渡った先にある武家屋敷の面影<br />

    《戦後処理と毛利家存続》
    戦後、家康は毛利輝元が西軍の中心だったことなどを問題視し、当初は本領安堵を反故にして毛利家を改易する処分を下そうとしました。しかし、広家は家康側に何度も懇願し、さらに「自分にも同じ処分を与えてほしい」という内容の起請文まで提出しました。その結果、毛利宗家は戦前の約120万石(中国地方8カ国)から周防・長門二国・約37万石に減封されることで存続できました。広家自身は自分の出世より毛利家の救済を優先しています。
    写真:錦帯橋を渡った先にある武家屋敷の面影

  • もし広家が東軍と交渉しなければ、毛利家は領地没収・家名断絶の危機に瀕していたと考えられます。広家は毛利家からの信頼を得、周防岩国3万石の所領が与えられました。吉川広家は戦国大名の中でもとりわけ冷静な判断力と交渉術で家名存続を叶えた希有な存在で、関ヶ原の「もう一人の英雄」と言えます。<br />写真:錦帯橋芸術文化祭ポスター

    もし広家が東軍と交渉しなければ、毛利家は領地没収・家名断絶の危機に瀕していたと考えられます。広家は毛利家からの信頼を得、周防岩国3万石の所領が与えられました。吉川広家は戦国大名の中でもとりわけ冷静な判断力と交渉術で家名存続を叶えた希有な存在で、関ヶ原の「もう一人の英雄」と言えます。
    写真:錦帯橋芸術文化祭ポスター

  • 錦帯橋を渡り、吉香公園の奥へ進むとロープウェー山麓駅が現れます。ここから標高約200メートルの城山山頂へ向かうゴンドラ(往復560円)に乗り込むと、窓外にはみるみる広がる錦帯橋と城下町の姿(写真)が見えてきます。約3分の空中散歩の間、岩国の歴史を紹介する音声ガイドが淡々と流れてきます。

    錦帯橋を渡り、吉香公園の奥へ進むとロープウェー山麓駅が現れます。ここから標高約200メートルの城山山頂へ向かうゴンドラ(往復560円)に乗り込むと、窓外にはみるみる広がる錦帯橋と城下町の姿(写真)が見えてきます。約3分の空中散歩の間、岩国の歴史を紹介する音声ガイドが淡々と流れてきます。

  • 山頂駅に降り立つと、岩国城までは緩やかな山道が続きます(写真)。整えられたアスファルト道もありますが、落葉の匂いが漂う山道のほうが、かつての武将たちが歩んだ気配を感じられ、旅情がぐっと深まります。

    山頂駅に降り立つと、岩国城までは緩やかな山道が続きます(写真)。整えられたアスファルト道もありますが、落葉の匂いが漂う山道のほうが、かつての武将たちが歩んだ気配を感じられ、旅情がぐっと深まります。

  • やがて木々の隙間から白壁の天守が姿を現します(写真)。岩国城は、初代藩主・吉川広家が慶長13(1608)年に築いた山城で、眼下を流れる錦川を天然の外堀とした堅固な構えでした。

    やがて木々の隙間から白壁の天守が姿を現します(写真)。岩国城は、初代藩主・吉川広家が慶長13(1608)年に築いた山城で、眼下を流れる錦川を天然の外堀とした堅固な構えでした。

  • 三層四階の桃山風南蛮造りでしたが、築城後7年で一国一城令により取り壊されました。現在の天守(写真)は、昭和37(1962)年に再建されたものです。

    三層四階の桃山風南蛮造りでしたが、築城後7年で一国一城令により取り壊されました。現在の天守(写真)は、昭和37(1962)年に再建されたものです。

  • 天守最上階からは、錦帯橋と城下町が箱庭のように広がり(写真)、その奥には瀬戸内海までもが見渡せます。山城ならではの爽快な眺めで、登ってきた疲れが一気に吹き飛ぶようです。

    天守最上階からは、錦帯橋と城下町が箱庭のように広がり(写真)、その奥には瀬戸内海までもが見渡せます。山城ならではの爽快な眺めで、登ってきた疲れが一気に吹き飛ぶようです。

  • ロープウェイ山頂駅の展望台から見下ろせば、錦川の流れと町並みがゆったりと広がり、岩国という土地の豊かさを改めて実感させてくれます。<br />写真:ロープウェイ山頂駅の展望台からの眺め

    ロープウェイ山頂駅の展望台から見下ろせば、錦川の流れと町並みがゆったりと広がり、岩国という土地の豊かさを改めて実感させてくれます。
    写真:ロープウェイ山頂駅の展望台からの眺め

  • 錦帯橋と岩国城をゆっくり歩き、気がつけば予定していた「ザビエル記念堂」を訪ねる余裕がなくなっていました。無理をせず、この日は萩へ直行(写真)することにしました。日が傾きかけた中国地方の山々を越え、車は日本海側へと疾走します。<br /><br /><br />

    錦帯橋と岩国城をゆっくり歩き、気がつけば予定していた「ザビエル記念堂」を訪ねる余裕がなくなっていました。無理をせず、この日は萩へ直行(写真)することにしました。日が傾きかけた中国地方の山々を越え、車は日本海側へと疾走します。


  • 萩市に到着し、宿泊先の「リゾートホテル美萩」(写真:翌日の朝)に車を停めると、想像していたよりも大きな建物が夕陽を受けて佇んでいました。ネット予約だけで決めたホテルでしたが、堂々とした外観に少し驚きました。

    萩市に到着し、宿泊先の「リゾートホテル美萩」(写真:翌日の朝)に車を停めると、想像していたよりも大きな建物が夕陽を受けて佇んでいました。ネット予約だけで決めたホテルでしたが、堂々とした外観に少し驚きました。

  • 館内へ入ると、2階まで吹き抜けのロビー(写真)にゆったりと椅子が並び、どこか懐かしい大型温泉ホテルの雰囲気が漂っています。

    館内へ入ると、2階まで吹き抜けのロビー(写真)にゆったりと椅子が並び、どこか懐かしい大型温泉ホテルの雰囲気が漂っています。

  • その奥へ視線を向けると、1階から2階へと上がる「らせん階段」(写真)が、豪華さを演出しています。さっそくこの階段を上ってみました。

    その奥へ視線を向けると、1階から2階へと上がる「らせん階段」(写真)が、豪華さを演出しています。さっそくこの階段を上ってみました。

  • すると、2階には広々としたソファー席(写真)がありました。古い伝統的なホテルなのか、随所に“あそび空間”があります。

    すると、2階には広々としたソファー席(写真)がありました。古い伝統的なホテルなのか、随所に“あそび空間”があります。

  • 私たちの部屋は3階です。エレベーターを降りた先には、浴衣や丹前の貸し出しコーナー、セルフのコーヒーマシン(無料)など、長旅の疲れをほっと和らげてくれる小さな「くつろぎスペース」(写真)が用意されています。

    私たちの部屋は3階です。エレベーターを降りた先には、浴衣や丹前の貸し出しコーナー、セルフのコーヒーマシン(無料)など、長旅の疲れをほっと和らげてくれる小さな「くつろぎスペース」(写真)が用意されています。

  • 客室へ続く廊下(写真)には、額縁に収められた絵画がずらりと飾られ、まるで簡易な画廊のようです。結構いい感じのホテルです。

    客室へ続く廊下(写真)には、額縁に収められた絵画がずらりと飾られ、まるで簡易な画廊のようです。結構いい感じのホテルです。

  • さて、問題の私達の客室です。ドアを開けてまず目に入ったのは小さな下足箱と木製の廊下(写真)です。ここで靴を脱ぎ廊下に上がると旅の疲れがほっとほどけていきます。廊下の左側にはトイレ、右側には洗面台とバスルームになっています。<br /><br /><br />

    さて、問題の私達の客室です。ドアを開けてまず目に入ったのは小さな下足箱と木製の廊下(写真)です。ここで靴を脱ぎ廊下に上がると旅の疲れがほっとほどけていきます。廊下の左側にはトイレ、右側には洗面台とバスルームになっています。


  • 廊下を抜け、障子戸を開けると、昔ながらの純和風の客室(写真)が広がっていました。床の間には掛け軸が下がり、奥には広縁があります。広縁には椅子と小さなテーブルが並び、外の景色(目の前は海)を眺める小さな特等席になりそうです。

    廊下を抜け、障子戸を開けると、昔ながらの純和風の客室(写真)が広がっていました。床の間には掛け軸が下がり、奥には広縁があります。広縁には椅子と小さなテーブルが並び、外の景色(目の前は海)を眺める小さな特等席になりそうです。

  • 洗面台(写真)は広めのカウンタータイプで、アメニティも一通りそろっています。白を基調としたシンプルな造りですが、鏡が大きく、化粧品や小物が置けるスペースも多くて便利です。

    洗面台(写真)は広めのカウンタータイプで、アメニティも一通りそろっています。白を基調としたシンプルな造りですが、鏡が大きく、化粧品や小物が置けるスペースも多くて便利です。

  • バスルームには、深めの家庭風バスタブ(写真)。温泉大浴場がある宿ですが、部屋風呂も十分に清潔で、湯を張ってゆったり浸かることもできます。

    バスルームには、深めの家庭風バスタブ(写真)。温泉大浴場がある宿ですが、部屋風呂も十分に清潔で、湯を張ってゆったり浸かることもできます。

  • 客室から浴衣に着替えて廊下を進むと、壁に大きく「パノラマ展望大浴場」の案内板(写真)が見えてきました。

    客室から浴衣に着替えて廊下を進むと、壁に大きく「パノラマ展望大浴場」の案内板(写真)が見えてきました。

  • 大浴場へ向かう通路(写真)には、萩らしい郷土作品がずらりと展示されています。展望大浴場はいかにも古いですが、サウナ風呂併設で広々とした湯船が何種類も並び、外光が差し込む明るい空間です。

    大浴場へ向かう通路(写真)には、萩らしい郷土作品がずらりと展示されています。展望大浴場はいかにも古いですが、サウナ風呂併設で広々とした湯船が何種類も並び、外光が差し込む明るい空間です。

  • 1階には、海に面した露天風呂(写真)があります。夕方以降は暗くて景色が見えなかったため、露天は明日の朝のお楽しみにすることにしました。海風を感じながら朝日とともに入る露天風呂……期待が膨らみます。

    1階には、海に面した露天風呂(写真)があります。夕方以降は暗くて景色が見えなかったため、露天は明日の朝のお楽しみにすることにしました。海風を感じながら朝日とともに入る露天風呂……期待が膨らみます。

  • 浴衣姿の宿泊客が行き交う廊下を抜けると、落ち着いた雰囲気のレストラン「指月」(写真)が迎えてくれました。

    浴衣姿の宿泊客が行き交う廊下を抜けると、落ち着いた雰囲気のレストラン「指月」(写真)が迎えてくれました。

  • 午後7時30分、予約時間ちょうどに入店(写真)すると、すでに大勢のゲストが夕食を楽しんでいました。広々とした空間に整然と並ぶテーブル、ガラス越しの庭がぼんやりと照らされ、ゆったりとした夜の時間が流れています。

    午後7時30分、予約時間ちょうどに入店(写真)すると、すでに大勢のゲストが夕食を楽しんでいました。広々とした空間に整然と並ぶテーブル、ガラス越しの庭がぼんやりと照らされ、ゆったりとした夜の時間が流れています。

  • 案内された席に座ると、目の前に並ぶ料理の数々(写真)に思わず息をのみました。小鉢、鍋、刺身、陶板焼、テーブルいっぱいに盛られた料理に、この瞬間、旅の疲れも、ふっと消えていくようです。

    案内された席に座ると、目の前に並ぶ料理の数々(写真)に思わず息をのみました。小鉢、鍋、刺身、陶板焼、テーブルいっぱいに盛られた料理に、この瞬間、旅の疲れも、ふっと消えていくようです。

  • 参考までに「お品書き」(写真)を全文書き起こしておきます。<br />基本会席 桜<br />【前菜】アミューズプレート<br />【小鍋】むつみ豚と長州鶏の潮風ちゃんこ鍋~キノコとともに~<br />【炉物】長州鶏の朴葉味噌焼き~料理長秘伝の味噌にて~<br />【造里】三種盛り<br />【酢物】真河豚刺し<br />【煮物】里芋饅頭 ~菊餡掛け~<br />【焼物】牡蠣グラタン サンマのグリルとエビのカダイフ揚げを添えて<br />【飯物】白御飯<br />【止椀】吸い物<br />【香物】盛り合わせ<br />【甘味】バニラアイスと洋ナシのゼリー ~夏みかんジュレを添えて~<br />料理長 高井 秀明<br />

    参考までに「お品書き」(写真)を全文書き起こしておきます。
    基本会席 桜
    【前菜】アミューズプレート
    【小鍋】むつみ豚と長州鶏の潮風ちゃんこ鍋~キノコとともに~
    【炉物】長州鶏の朴葉味噌焼き~料理長秘伝の味噌にて~
    【造里】三種盛り
    【酢物】真河豚刺し
    【煮物】里芋饅頭 ~菊餡掛け~
    【焼物】牡蠣グラタン サンマのグリルとエビのカダイフ揚げを添えて
    【飯物】白御飯
    【止椀】吸い物
    【香物】盛り合わせ
    【甘味】バニラアイスと洋ナシのゼリー ~夏みかんジュレを添えて~
    料理長 高井 秀明

  • まずは【前菜】アミューズプレート(写真)を一品ずつ味わって頂きます。今日は夫婦ともにランチ抜きです。腹ペコなので、この前菜がもの凄く美味く感じます。その後、刺身・酢の物を頂き、その他の料理にも箸が進みます。

    まずは【前菜】アミューズプレート(写真)を一品ずつ味わって頂きます。今日は夫婦ともにランチ抜きです。腹ペコなので、この前菜がもの凄く美味く感じます。その後、刺身・酢の物を頂き、その他の料理にも箸が進みます。

  • 「里芋饅頭」(写真左)は、ほんのり甘い菊餡がとろりとかかり、ほくほくの里芋をやさしく包んでくれます。「焼き物」(写真右)は、牡蠣の旨みが詰まったグラタンに、海老のカダイフ揚げ、サンマのグリル。素材ごとの味わいがしっかり活きており、見た目にも華やかな一皿でした。

    「里芋饅頭」(写真左)は、ほんのり甘い菊餡がとろりとかかり、ほくほくの里芋をやさしく包んでくれます。「焼き物」(写真右)は、牡蠣の旨みが詰まったグラタンに、海老のカダイフ揚げ、サンマのグリル。素材ごとの味わいがしっかり活きており、見た目にも華やかな一皿でした。

  • 鍋は「むつみ豚と長州鶏の潮風ちゃんこ鍋」。キノコの旨みがスープにしみ込み、豚と鶏の甘さを引き立てます。この鍋を、締めの白御飯と一緒に食べました。

    鍋は「むつみ豚と長州鶏の潮風ちゃんこ鍋」。キノコの旨みがスープにしみ込み、豚と鶏の甘さを引き立てます。この鍋を、締めの白御飯と一緒に食べました。

  • 最後の一皿は「バニラアイスと洋ナシのゼリー ~夏みかんジュレ添え~」(写真)。爽やかな酸味がアイスの甘さを引き立て、口の中がすっきりとリセットされます。

    最後の一皿は「バニラアイスと洋ナシのゼリー ~夏みかんジュレ添え~」(写真)。爽やかな酸味がアイスの甘さを引き立て、口の中がすっきりとリセットされます。

  • 食事を終えて部屋(写真)へ戻ると、畳の上にはふっくらと敷かれた二組の布団が敷いてありました。最近はベッドの客室が増えるなか、こうした昔ながらの和室は、どこか懐かしさと温かさが感じられます。これだけの夕食と温泉、明日の朝食、そしてこの和の趣あふれる客室で、1泊2食・2名利用の総額が 32,277円でした。あまり期待していなかっただけに大満足です。<br />→「萩・秋吉台・ザビエル記念館」観光に続く<br /><br />

    食事を終えて部屋(写真)へ戻ると、畳の上にはふっくらと敷かれた二組の布団が敷いてありました。最近はベッドの客室が増えるなか、こうした昔ながらの和室は、どこか懐かしさと温かさが感じられます。これだけの夕食と温泉、明日の朝食、そしてこの和の趣あふれる客室で、1泊2食・2名利用の総額が 32,277円でした。あまり期待していなかっただけに大満足です。
    →「萩・秋吉台・ザビエル記念館」観光に続く

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