2025/11/06 - 2025/11/07
73位(同エリア398件中)
愛吉さん
福井紀行1日目から2日目に掛けての旅行記です。
先ずは一乗谷朝倉遺跡、織田信長に滅ぼされた戦国大名朝倉家の城下町、屋敷跡が整然と残されています。
次は白山平泉寺、平安末期一大勢力を誇った宗教集団の跡地。
最後は4百年以上続く城下町、越前大野の街歩き。
以上3ケ所を回ります。
表紙は朝倉遺跡
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 交通手段
- 新幹線
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
一乗谷朝倉遺跡に到着しました。
1573年織田信長により攻め滅ぼされ、灰燼に帰した越前の戦国大名朝倉氏の居城跡です。 -
遺跡全体を見渡します。
昭和42年より発掘調査を開始、それ迄は田畑として使用されていた為、地下の遺跡が破壊されずそのまま残りました。
当時の城下町がそっくり出土するのは全国で初めてとの事。
特別史跡、特別名勝、重要文化財、国の三重指定地となりました。
整然とした町割りがそのまま残されています。 -
山を城壁に見立て、峰々に櫓を設け、谷間に居住部、戦国大名朝倉氏の根拠地でした。
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遺跡保存地区。
表土のみを剥がし、現状のまま保存している地区。 -
遺跡の一部に当時の街並みを再現した復元街並みがあります。
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築地塀が続く一画、ここは上級武家の屋敷t地です。
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こちらは町家。
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暖簾の架かる商家。
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中を覗くと、ここは瀬戸物屋。
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武家屋敷も復元されています。
入って見ましょう。 -
案内板。
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屋敷構え。
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台所。
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奥の座敷では主人が将棋を指しています。
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遺跡の中央山際に朝倉館跡、城主の住居跡です。
江戸時代福井松平家により造られた唐派風造りの立派な門と塀で囲まれています。 -
館跡の案内板。
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門を潜って屋敷跡。
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片隅に五代義景公墓所の碑。
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義景公墓所。
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朝倉五代の名前の前には花が活けてあります。
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一乗谷朝倉遺跡の中、石組が残る四ヶ所の庭園が見付かり特別名勝に指定されました。
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その内の1ヶ所、朝倉館跡庭園の石組み。
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その他3ケ所は山の中腹、この石段を登らなければなりません。
集合時間もあるので今回は残念ながらパス。 -
集合場所に急ぎます。
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次は白山神社。通称白山平泉寺。
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参道入口に案内板。
白山信仰の中心地。
古くから白山平泉寺と呼ばれた為、寺院と間違えられますが本来は神社。
中世には多くの僧兵を抱え一大宗教都市となります。
しかし戦国時代になると一向一揆により堂宇を焼かれ衰退。
明治に入り神仏分離令により本来の神社となり白山神社を唱え今日を迎えました。 -
二の鳥居に向います。
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拝殿。
すっかり板戸(雪囲い)で被われました。 -
本殿。
こちらも雪囲いの準備完了、板戸を取り付けるばかりです。 -
杉林の中を帰路に着きます。
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一の鳥居迄戻って来ました。
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最後は越前大野、越前大野城です。
天正5年(1,576)越前一揆の平定に功があった金森長近に信長から大野郡が与えられ、長近が4年の歳月を掛けて築きました。
天守は江戸時代の1,775年の大火で焼失、現天守は昭和43年の再建。
ちなみに、維新時の領主は土井家4万石、譜代大名です。 -
街の中心、結ステーションから街歩きスタート。
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観光案内板。
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案内所の前に道標。
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名水百選、御清水。
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御清水案内板。
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メインの七間通りを歩くと老舗が軒を連ねます。
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内部を覗きます。
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江戸から続く薬屋さん。
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造り酒屋さんですね。
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正面から。
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水の街大野は至る所から湧水が湧き出します。
こちらは七間清水と呼ばれ、酒造秘蔵の仕込み水です。 -
ふくいの伝統的民家だそうです。
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老舗の風情を残す町並みが続きます。
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結ステーション、結楽座に戻って来ました。
これで本日のスケジュールは全て終了です。
お疲れさまでした。
終
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