2025/11/03 - 2025/11/03
201位(同エリア1000件中)
オッさん
文化の日は文化的なイベントへ行こう!ということで、以前から興味があったエジプトラムセス大王展へ行ってきました。
エジプト史上「最も偉大な王」と称されるラムセス大王(ラムセス2世)とその時代にまつわるエジプトの至宝約180点が展示されており、当初9月一杯の展示予定でしたが、とても人気があり、公開を来年1月まで延ばしたそうです。
先日エジプトでオープンした大エジプト博物館では、ゲートをくぐり最初に対面するのは「ラムセス大王」の巨像だそうです。ラムセス大王はエジプトが最も栄えたと言われる時代を統治した、エジプト史上「最強のファラオ」と言われています。
これは自身の備忘録として残した展示会の記録です。興味のある方は見て頂き、少しでも参考になるところがあれば幸いです。
- 旅行の満足度
- 4.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ラムセス大王の巨像の頭部です。ラムセス2世はエジプトが最も栄えたと言われる時代を統治した、エジプト史上「最強のファラオ」と言われています。エジプトを最も長く治世し、歴史上初めて敵国との間で和平を協定し、アブシンベル神殿をはじめとする多くの巨大建築物をつくり、100人以上の子供をもうけ、その時代に人を超えた「神」として崇められた、エジプトのファラオを代表する「大王」です。なんと90歳前後まで生きたそうです。
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ラムセス2世の名が刻まれたオベリスクの頂部。ラムセス2世は自己宣伝に長けており、至る所に自分のカルトゥ-シャを刻んで所有権を主張しています。
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二輪戦車上で使われた弓矢で、エジプト軍の代表的な武器だったそうです。
3千年以上前につくられたにも関わらず最高の状態で管理・保存されており、この展示会では、触れるほど近く目の前で鑑賞することが可能です。
写真撮影もOKで、後から写真でも楽しめます。 -
二輪戦車に乗ったラムセス4世が描かれたオストラコン。
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花のモチ-フなど装飾された金箔片。
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外国人捕虜が描かれたファイアンス製タイル。左からヒッタイト人、ヌビア人、アジア人、リビア人。エジプト王の支配力を示しています。
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儀式に使われていた金製の水差しと銀製の壺。
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スフィンクスとしてのラムセス2世像。絶対的な権力と神への深い信仰心がライオンと人間を融合させたスフィンクスを作り上げています。
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力強さの象徴であるライオンは古来より王族と密接な関係にあり、この像は神々の王アムン・ラ-に聖なる水を入れた雄羊の頭を配した器を捧げています。
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ラムセス2世が判じ絵の様なものを捧げている様子と右は青銅製の火鉢。
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ラムセス2世が自身の名を捧げている跪拝像とアヌビス神、イシス女神、オシリス神、ラムセス2世のカルトゥ-シュが刻まれたレリ-フ。
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セティ1世(ラムセス2世の父)とラムセス2世に仕えた宰相パセルの方形座像。
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パセルは後にラムセス2世からファラオに次ぐ宗教的な最上位の地位であるアムン大司祭に任命されました。
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セティ1世の神殿から出土した黒花崗岩の鎹。中央にセティ1世の名が刻まれています。
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ラムセス2世が2番目の妻イセトノフレトとの間にもうけたカエムワセト王子像。
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手に持っているのは神を祀る祠堂です。
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中央の石材には、エジプトの宿敵であるシリア人、ヌビア人、リビア人の3人を成敗するために斧を手にしたラムセス2世が描かれています。
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両側の石材には将軍ウルヒヤが描かれています。
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ウルヒヤはシリアの家系の出で、父セティ1世のもとで仕え、その後ラムセス2世が軍司令官に引き立てました。
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若き日のラムセス2世。公式の肖像で理想化された若きファラオの姿を現しています。王権の象徴である’ヘカの笏’(杖のようなもの)を持っています。
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丸みを帯びた若々しい顔、アーモンド形の細長い目、微笑んでいる様な口元が表現されています。ウラエウス-守護女神ウアジェトを表すコブラが配された王冠を被っています。
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後ろには名が刻まれています。
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ラムセス2世の母トゥヤの像です。
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ラムセス2世は、母トゥヤを敬愛していました。アブシンベル神殿の正面には、ラムセス2世の隣にトゥヤの姿があり、ラムセウムにはトゥヤに捧げられた神殿があるそうです。
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また、ラムセス2世は王妃の谷にトゥヤのための見事な墓を建てました。この像は1500年前の中王国時代に作られたもので、それを彫り直してトゥヤの名前が刻まれました。
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エジプトの像にある手、桂の一部、手の一部です。明るい色彩で華やかに彩られています。高価なものになると塗料ではなく色とりどりの宝石や貴金属が使われています。
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正面上段はシトハトホルイウネト王女の鏡で金銀製です。中段は天然石で造られた蓋つきの化粧ポット。下段は金の装飾の付いた化粧ポットや円筒型護符です。
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中央にひなげしの花を模した金とカーネリアンのビーズの襟飾り。下にはスカラベの指輪、金製のイアリング、金製のブレスレットなどの豪華な装飾品。
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ヒッタイト式盾の石灰岩の鋳。エジプトの職人がヒッタイトの技術を取り入れ、鉄製の防護盾を作る時に使ったものです。
アナトリアに拠点を置いていたヒッタイト帝国はツタンカ-メンの時代、現在のシリア北部沿岸の支配権をめぐってエジプトと激しく対立していました。
第19王朝の頃エジプトはヒッタイトの勢力拡大を脅威とみなすようになっていました。 -
彩色されたセンネフェルの葬祭用亜麻布。色が綺麗に残っています。センネフェルの外棺に掛けられていたものだそうです。
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王族の肖像を描く前の素描の練習に使われた王のスケッチが描かれたオストラコンと、ゲーム盤として使われたセネト盤が描かれたオストラコン。
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鮮明に色も残っているオストラコン
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ラムセス2世のカルトゥ-シュが刻まれた壺。アラバスタ-製の壺で、ラムセス2世の息子メルエンプタハ王の墓の近くで発見されました。
かつて油が収められていたことが確認されており、メルエンプタハ王の埋葬とミイラづくりに使われたと考えられています。 -
ジェフティホテプ2世の墓から出土したレリ-フ。帯状の飾りをつけた洗練された髪型、体にぴったり沿うように仕立てられた衣服、胸元には太いブレスレットとアンクレットをつけています。中王国時代の上流階級の装いを表現しています。
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アメンエムオペの棺から出土した金箔が施された木製のマスク。輝きが素晴らしく木製には見えません。
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横から見ても輝いていますが、、、
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後ろを覗き込むと木製であることが分かります。
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上はハヤブサの頭とヒエグロフのビーズをあしらったクヌムイト王女の襟飾り。
下はアカシアの種を模したビーズと黄金のタカラガイをあしらったシトハトホル王女のガードル。 -
上は貝のペンダントと金の粒で覆った2つの星をあしらったクヌムイト王女のネックレス。
下は12枚の貝のペンダントをあしらったクヌムイト王女の金製のネックレス。 -
センウセレト2世のカルトゥーシュが付いたシトハトホル王女の胸当て、
アメンエムハト3世のカルトゥ-シュが付いたシトハトホルイウネトの胸当て、
かぎ爪のペンダントと結び目の形をした留め具が付いたアンクレット、
シトハトホル王女のペンダントネックレス。 -
シトハトホルイウネト王女の髪飾り。
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センウセレト3世の名が入ったメリト王女の胸当て、メリト王女の貝殻型ペンダント、ヒエログリフのブレスレット。(左から永遠、幸福、永遠を意味する)
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シトハトホルメリト王女の襟飾り。
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ハヤブサの頭をあしらったネフェルウプタハ王女の襟飾りと吊るし錘双頭のヒョウをモチ-フにしたメリト王女のガードル。
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ネコのミイラの為の棺です。動物のミイラは死後の世界へと旅立つ人間のためにいけにえにされた様です。
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女性のスフィンクスのスケッチが描かれたオストラコンとガチョウの群れをまとめるネコが描かれたオストラコン。
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アクエンアテン王のスフィンクス。これは水晶で作られています。
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コブラの頭を持つ木製の女神像。履物はジャッカルの頭の形をしていて、これらはコブラの女神レネヌテトの像の可能性があるともいわれています。
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プスセンネス1世の金の胸当て付きネックレス(左)、ウェンジェバエンジェドの心臓スカラベ(右)、スカラベの木製像(中央)
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ライオンの子供のミイラ。目が描かれています。
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スカラベのミイラを納めるために石灰岩で作られた棺。古代エジプト人は、糞玉を転がすスカラベをみて、日輪の回転を司るケペラ神の化身とみなし、スカラベを創造・復活・不死のシンボルとして崇めました。
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ワニのミイラを納めるために作られた木製の棺。見ただけでワニと分かります。
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マング-スの彫像。
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トキの彫像。
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ネコのミイラ。
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金や銀で造られたお皿やボウル。右下のお皿には魚や蓮の花の間を泳ぎながらアヒルを追いかける少女たちの姿が描かれています。
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ウェンジェバエンジェド将軍の黄金の葬祭用マスク。生前も死後も欠かせない存在として、プスセンネス王の複合墓地に埋葬され永遠に王に仕え続けています。
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このマスクは黄金に輝いています。
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プスセンネス1世の襟飾り、胸当て付きネックレス、護符、ブレスレット、黄金の杯。
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シェションク2世の棺とカノポス棺。外棺とシェションクの臓器を納めた4つの小さな棺はいずれも銀製です。
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タカの頭を配したシェションク2世のカトルナ-ジュの内棺箱と蓋。シェションク2世のミイラは、タカの頭を模った珍しい二つの棺に納められていました。このタカは葬祭神ソカルである可能性が高いといわれています。
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シェションク2世は第22王朝の王です。統治していた時期はプスセンネス1世の100年後ですが、プスセンネスの複合墓地に埋葬されていました。
古代エジプトではファラオは死後オシリス神になるとされており、防腐処理師や祭司は遺体をミイラ化することで、王が限られた現世から永遠の来世へと確実に移行できるようにしました。 -
内棺は亜麻布と石膏を重ねて作られたカルトナ-ジュで金箔が施されています。
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シェションク2世のミイラは黄金の葬祭用マスク、護符、ベルト、宝飾品を身に着け、手足の指には黄金の指飾りがかぶせられ、頭の先からつま先まで何もかもが燦然と輝いてました。
ミイラの上にも包帯の間にも、不死を授ける魔術的な力が込められた沢山の護符が置かれていました。以前の王の所有物もあれば、遠い国々から渡ってきたものもあります。 -
王の生命力はミイラの中に宿ると考えられていました。王の魂は毎晩鳥になって戻り生命と一体になり、死者となったファラオは、オシリス神の様に毎日生まれ変わると考えられていたのです。
指先の爪まで細かく作られています。豪華であり、また素晴らしい技術力に感心してしまいます。 -
プスセンネス1世のために再利用されたメルエンプタハの石棺の蓋。花崗岩で作られています。メルエンプタハはラムセス2世の息子で後継者です。
プスセンネス1世は、王家の谷にあるメルエンプタハの墓から石棺の蓋を取り外し、自らの石棺に使うことで、新たに石棺を作る手間を省き、同時にラムセス大王家との永遠のつながりを求めたとされてます。 -
蓋の下には鏡があり蓋の裏側が見られます。こんな風に裏にも細工があります。
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花崗閃緑岩製のメルエンプタハの彫像上部。メルエンプタハは古代エジプト第19王朝第4代目のファラオ。ラムセス2世の第13王子になります。
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ラムセス2世の跡を継いだメルエンプタハはすでに50代を迎えていましたが、この胸像ではハンサムで活気のある若者として描かれています。
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メルエンプタハのカルトゥ-シュが付いた方解石製のアンフォラ。
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アムン大司祭ピネジェム2世のブレスレット。
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金箔が施されたピネジェム2世の妻ネシコンス王女の杉製外棺の蓋(左)とピネジェム1世の内棺の蓋(右)。
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ラムセス2世の遺体が納められていた杉材の棺です。蓋にあるヒエログリフはラムセス2世のカルトゥ-シュを表し、墓から隠し場所までの道のりが記述されています。
ラムセス2世の木棺の表面には、ラムセス2世のミイラが移動させられたことが記されています。この記録によると、ミイラは本来の場所から、王家の谷にあるセティ1世の墓に、続いて第三中間期の第21王朝の王シェションク1世の治世にデイルエルバハリに移され、その後三千年もの間、安らかな眠りにつくことができたそうです。 -
レバノンスギで作られた棺は美しいカーブを描き、その顔はラムセス大王の強靱さと慈悲、強い意志と情熱、そしてエジプトの人々に愛された史上最強のファラオとしての威厳に満ちあふれています。とても3000年前につくられたとは思えない高い芸術的価値と美しさです。
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これは映像ですが、エジプトにある本物のラムセス2世のミイラです。ラムセス2世のミイラは隠し場所に安置されてましたが、王墓自体は遠い昔に盗賊によって略奪され、何も残っていなかったそうです。
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ミイラから最新技術を駆使し80歳の頃の復元映像を作ったもの。
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30代はこんな感じだった様です。
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最後の展示は石灰岩で作られたラムセス2世の巨像の上部です。180点に及ぶ展示品は、通常は日本で見る事が叶わない貴重なものばかり。中でも最も貴重で重要な展示品「ラムセス大王の棺」は偉大な王を伝える立派な芸術品でした。
会場はコンパクトに配置され、一つ一つの展示品がとても見やすく、解説も分かりやすく迫力もあり、ラムセス2世の偉大さを身近に感じることが出来ました。
これは何としても現地で沢山の世界遺産に触れてみたいとの想いが強くなりました。
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