1972/03/15 - 1972/03/20
645位(同エリア862件中)
デコちんさん
日本地図を早く塗りつぶしたいばかりに、6月の4トラデビュー以来、拙い文章を投稿してきましたが、47都道府県の最後として、長崎県は19歳の春休みに訪ねた五島列島を、思い出しながら書いてみます。
金沢を3/12に出発して急行や夜行列車を乗り継いで九州入り。
3/13は、肥薩線の真幸~矢岳~大畑のループやスイッチバックでD51を撮ってから博多に戻り、夜行列車で長崎に向かいました。
3/14は大村湾沿いの大草~東園で、SL(確かD51)を撮影したあと,長崎に入り、オランダ坂YH泊。
3/15 いよいよ福江島に向けて出港。中通島の奈良尾経由約4時間の船旅で途中しばらくの間、周囲に陸地が見えない時間もあり、遠くの島へ行く気分が盛り上がりました。
福江港に降りて、堂崎天主堂へ向かうバスに乗ったのは、カメラバッグを背負ったおじさんと旅行者風の若い女性二人連れと私の4人だけ。女性の一人は長崎からもう一人は福江出身で二人は長崎の短大2年生、つまり私と同い年でした。
話し相手に飢えていた私はすぐに彼女たちと友達になり、福江出身のR子さんに六角井戸、石田城跡、武家屋敷等を案内してもらい、港で別れました。
「さて今夜の宿はどうしよう?」雨が降りそうだったので、せめて屋根のあるところで寝たいと思い、食事をした食堂のおばさんに「一晩泊めてください」と頼みましたが、もちろんダメと断られました。おばさんはとても申し訳なさそうに断られたので、かえって悪いことを頼んでしまったと反省!
こっそりバス待合所のベンチで寝ました。
3/16 朝から雨。雨の日の一人旅ほどわびしいものはありません。今日は荒川方面へバスで行き、大瀬崎灯台のある玉之浦へ船で渡る予定で出発。ひょっとしたら彼女たちが途中からバスに乗ってこないかなと、ひそかに期待していたら、願いが通じ二人が途中のバス停から乗り込んできてました。さらに荒川の船着き場に着いたら昨日のおじさんも居て話がどんどん弾み、奇妙な4人組ができあがりました。玉之浦で下船し玉之浦からはおじさんがチャーターしたタクシーに相乗りさせていただき、大瀬崎灯台、井持浦天主堂、大宝寺などを効率よく見てくることができました。
貧乏学生の身では旅行でタクシー利用するなんて贅沢はできないことでしたが、おじさんは「お金は使いようだ!」と言ってました。タクシーから降りる時、落とした百円玉を必死に探すおじさんの姿を見て、(このおじさんんは、ただ贅沢するだけでなくお金を大切に使う人だ。さすが大阪の商人だ!)と感じました。
おじさんとは富江町で別れ、私たち3人組は福江市内の明星院というお寺を訪ねました。昔弘法大師が唐から帰国して最初に開いた由緒あるお寺だそうで、檜の柱も天井画も貴重なものだと管理人さんが説明してくれました。同じような話は先に訪ねた大宝寺でも説明ありましたが、どうなんでしょう?
夕食はR子さんから弁当をわけていただき助かりました。泊りはどこだったか?記録がないのですが、たぶんまたバス待合所のベンチでしょう。
3/17 今日は一人旅するんだ!と気合を入れてバスで岐宿町へ向かう。白亜の教会として現在は人気の水ノ浦教会を訪ねました。当時は水色のペンキが少しはげ落ちているように見えました。教会の上には「信仰の自由百周年記念像」が建ち、さらにその上にはキリシタン墓地が海を見下ろし建っていました。
このあと遣唐使の石碑を探し魚津ヶ崎へ。粗末な船で東シナ海の荒海を物ともせず、唐の国へ文化吸収のため命がけで渡った、我ら日本人の祖先の勇気の一片を感じてきました。
三井楽の海岸を見たあと、立派な赤レンガの楠原教会を訪ねたころには歩き疲れ、ヒッチしてトラクターや軽トラなどを3台を乗り継ぎ、福江市内に戻りました。
夕方、武家屋敷を撮影したいと昨日おじさんが話していたので武家屋敷へ直行。彼女たちも集まり、3人でおじさんの撮影助手?を務め、撮影で疲れたおじさんが、「あ~疲れた!ケーキが食べたい!!」と言うので、R子さんおススメの洋菓子&喫茶のカフェに行き、ケーキとコーヒーをごちそうになり、ささやかなサヨナラパーティをしました。
3人と別れたあと、銭湯「松の湯」で3日分のあかを落としたあと、再びバス待合所のベンチで寝ようとしたら、事務所の職員さんが「休憩所の中で寝ていいよ」と言ってくださったので、親切に甘えさせていただきました。
3/18 素晴らしい晴天。福江島の最後に鐙瀬(アブンゼ)溶岩海岸を見てから鬼岳(317m)に汗かきながら登る。頂上からの展望を楽しんで、福江市内に戻り、彼女たちと港近くの喫茶店で会って再会を期し、私は長崎に戻るP子さんと一緒に奈良尾経由長崎行きの船に乗り込みました。3月後半になると、港は島を出る人たちと見送る人たちとのセンチな別れのムードでした。中通島を旅する私は奈良尾で下船しP子さんともお別れしました。
奈良尾から島の中央部にある青方へ向かう。左手の若松島と間の若松海中公園を眺めながら海岸沿いを、バスはアップダウンを繰り返しながら北上。夕陽に輝く海と船のシルエットの美しさが忘れられませんでした。
青方の町に着いて、食堂で夕食を食べていたら、「お前、風邪ひいているな。これを飲めよ!」と言って、船乗りのお兄さんがいきなり風邪薬を渡してくれました。自分では気付かなかったのですが、やはり疲れがたまって風邪をひいてしまったようです。この日は無理せず旅館に素泊まりしました。こたつの暖かさが身に沁みました。
3/19 朝8時過ぎまで寝るとはよっぽど疲れがたまっていたのでしょう。どこへ行くともあてがなかったので、とりあえず隣の有川町へ行ってお土産店で聞いたら、頭ヶ島にある頭ヶ島天主堂が石造りの珍しい教会だと教えてくれましたが、「今日は日曜日だから渡し舟は無い」と言われガッカリ。それでも運が良ければ漁船が乗せてくれるかもしれないと教えてくれたので、船着き場のある友住へ行きました。(ともすみって何と素敵な地名だろう!)
友住に着いてから船探しです。頭ヶ島に渡る船はありましたが、帰りに便が無いため諦めかけていたとき、漁師のお兄さんが「乗せてやるよ」と言ってくださり、甘えさせていただきました。島へ向かう途中、取ったばかりのアワビを食べさせくださいました。
頭ヶ島に上陸して早速、頭ヶ島天主堂を見学、島内産の石を使って島内の信者たちが建てたそうで、島民の信心の深さを感じました。帰りも同じ船に乗せていただいたので、せめてものお礼として漁師さんにタバコを3個だけ買って渡し、船の陸揚げの手伝いをやらせてもらいました。青方の宿で連泊。
3/20 朝から激しい雨が降り、九州本土への船便はすべて欠航のため小値賀島へ渡るのは諦め、曽根の赤岳と青砂ケ浦教会を見るだけにして宿のこたつでのんびり読書しました。素泊まりなのに、今日はきびだんごを、昨夜はアワビとサザエを、昨朝には味噌汁を差し入れてくださり、感謝感謝です。
3/21 天候も回復し、小値賀島経由佐世保行きの船で九州本土に戻りました。長崎から乗った大きなフェリーに比べれば小さな船で、波にもまれて揺れまくり、船酔いするより怖いという思いでして佐世保に上陸したときは、さすがにホッとしました。
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