2025/10/26 - 2025/10/28
4131位(同エリア4700件中)
やまかつさん
妻は北海道上陸したことがなく、行くのであれば陸路にしたい!と言ってましたが、なかなかその様なツアーは見つかりません。
そうした中、北海道新幹線の開業10周年記念ツアーを見つけ参加することにしました。
二泊三日の旅程で一日目は熱海ー東京ー八戸と移動と青森観光、二日目が新青森ー木古内と函館観光、三日目が大沼周辺観光と新函館北斗ー東京ー熱海。
東海道、東北、北海道のそれぞれの新幹線で乗車時間はおおよそ延べ11時間の旅でした。
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新幹線で行く北海道への旅の始まりです。
東京駅に8時30分集合の為、自宅最寄り駅の熱海駅を7時32分発こだま812号に乗り、東京駅に8時17分に到着しました。
東京駅9時8分発はやぶさ9号でまずは八戸へ向かいます。 -
入線してきました。
東北新幹線は在職中に大宮駅から東北へ出張以来でおおよそ20年ぶりかな? -
もちろん指定席です。
清掃員の方、ご苦労様です。 -
八戸まで約3時間
ビール1本でガマンします。
ホタルイカのはおいしかったですね~! -
八戸駅に到着しました。
北海道へは明日向かいます。
今日は奥入瀬渓谷や十和田湖観光になります。
どこも初です。 -
奥入瀬渓流館から遊歩道を30分ほど歩きました。
きれいな水の流れ!
若干濁ってる様に感じましたが、気のせい? -
岩がごつごつしていて渓谷の上流の様な感覚になりました。
気温はさほど寒く感じませんでしたが、雨模様で。。。(;´д`)トホホ
石ケ戸あたりでバスに拾ってもらい、十和田湖畔へ!!
馬門岩・雲井の滝・銚子大滝・子の口水門は車窓から見学でした。 -
十和田湖に到着
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十和田湖は、青森県十和田市と秋田県鹿角郡小坂町にまたがるカルデラ湖で面積は日本の湖沼では12番目でだそうです。
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二重式陥没カルデラ湖で南部の御倉半島(おぐらはんとう)と中山半島に挟まれた中湖(なかのうみ)と呼ばれる水域に最深部があり、最大水深は326.8 mで日本の湖沼では第3位だそうです。
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湖畔を10分ほど右回りに歩くと『乙女(おとめ)の像』があります。
説明が石に刻まれてますが、光の加減で読めませんでした。
添乗員さんは、『ふとめの像』と呼んでいました。 なるほど! -
この湖から唯一流出する奥入瀬川が、湖東岸より北東方向に太平洋に向かって流れ、湖から約14 kmにわたる奥入瀬渓流となっていまする。十和田湖は十和田火山として、約20 km北の火山群である八甲田山ともども防災行政の監視対象になっているそうです。
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青森駅付近で自由夕食です。
駅ビル横のLOVINA(ラビナ2024・04竣工)内
店名はわすれましたが、ビル入口ドアー左にあるしゃれた居酒屋に入りました。
やきそば、大盛(+50円)大変おいしゅーございました。 -
おでんは、みそが甘すぎて私には。。。ちょっと合いませんでした。
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ホテルは、ルートイン青森中央インターです。
喫煙部屋の様でタバコ臭が強くていやでした。
次はしっかりと『禁煙room』でお願いしよー!
昼食は、函館朝市内で決まっているので、軽めに!!(かるいかな?) -
新青森駅到着
ホテルから20分ほどでした。 -
全面ガラス張りの綺麗な駅舎です。
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ねぶたですね!
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入線してきました。
北海道新幹線 はやぶさ1号(9時51分発)
木古内駅で下車します。(なんで新函館北斗駅でないのか不明)
乗車時間は約50分で、ほとんどトンネルでした。
※新青森駅ー木古内駅ー新函館北斗駅となります。 -
北海道上陸!
最初の観光地は『金森赤レンガ倉庫』です。 -
金森赤レンガ倉庫は、北海道函館市にある赤レンガ倉庫群の名称で金森商船株式会社が管理・運営を行ってます。
金森商船は、大分県出身の実業家、初代渡邉熊四郎が明治時代に開業した「金森洋物店」が起源で、現在はショッピングモールやビアホール・レストランが入居しています。
函館の観光名所となっていて、この地域一帯は重要伝統的建造物群保存地区、街並みは北海道遺産に選定されています。 -
現在倉庫群が位置しているのは、幕末に造船所や外人居留地があった埋立地であり、この地は「地蔵町築島」と呼ばれ、明治時代以降は「船場町」という名に改称されてました。
1872年には開拓使の官吏であった福士成豊により、日本人による最初の気象観測が行われた場所でもあるそうです。 -
金森赤レンガ倉庫は函館市末広町に位置し、函館湾に面したウォーターフロントに立ち並んでいま。
現在営業している施設はイベントホール・レストランなどの店舗が入居する商業施設「BAYはこだて」、
展示ホールや函館ビヤホールが入っている「函館ヒストリープラザ」、
アンティークなどの輸入雑貨やクリスマス用品を扱う「金森洋物館」、
コンサートや展示会、ウェディングプランも引き受ける「金森ホール」があります。 -
1020坪に及ぶ金森倉庫は、現在も倉庫として利用されているそうです。
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広さおよそ440平方メートル・約200名が入場可能な金森ホールがあり、これまで秋吉敏子や田代慎之助をはじめとするコンサートが行われているほか、アンディ・ウォーホル展やヒロ・ヤマガタ展などの展示会が行われてたそうです。
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その他、レンガ倉庫をかたどったクッキーなど、日本各地・世界各国より年間150~200万人に上る観光客[要出典]へ向けたお土産品も取りそろえてとのこと。
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毎年12月に行われるイベント、はこだてクリスマスファンタジーでは、姉妹都市のカナダ・ハリファックス市からおくられる巨大なクリスマスツリーに装飾が施され、金森倉庫群前の海上に設置されまする。
倉庫前はこのツリーの点灯式会場となるなどイベントが行われ、一定の時間になるとツリーのイルミネーションが行われるとのこと。(見てみたい!)
近隣には元々金森洋物店として機能していた函館市立博物館郷土資料館、はこだて明治館(旧函館郵便局)、北方歴史資料館(2013年閉館)などがあります。 -
お昼は、函館朝市の栄屋でサーモンいくら丼です。
やっぱりビールがいいですね! -
食事の後、五稜郭へ行きました。
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五稜郭についてのちほど説明を!!
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五稜郭といえば、土方歳三ですよね!
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五稜郭は、江戸時代末期に江戸幕府が蝦夷地の箱館(現在の北海道函館市)郊外に築造した稜堡式の城郭です。
予算書時点から五稜郭の名称は用いられていたが、築造中は亀田役所土塁または亀田御役所土塁とも呼ばれ元は湿地でネコヤナギが多く生えていた土地であることから、柳野城の別名も持っています。 -
五稜郭は箱館開港時に函館山の麓に置かれた箱館奉行所の移転先として築造されました。
しかし、1866年(慶応2年)の完成からわずか2年後に江戸幕府が崩壊。短期間箱館府が使用した後、箱館戦争で榎本武揚率いる旧幕府軍に占領され、その本拠となりました。
明治に入ると郭内の建物は兵糧庫1棟を除いて解体され、陸軍の練兵場として使用されたそうです。
その後、1914年(大正3年)から五稜郭公園として一般開放され、以来、函館市民の憩いの場とともに函館を代表する観光地となっています。 -
現在残る星形の遺構から外側100~350メートルには、北と北西を除いて外郭の土塁がかつて存在したが、現在では国有保安林となっている箇所以外、面影は失われています。
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土方歳三:
新選組時代には、局長・近藤勇の右腕として組織を支え、戊辰戦争では旧幕軍側指揮官の一人として各地を転戦し、またいわゆる「蝦夷島政府」では、軍事治安部門の責任者に任ぜられて指揮を執った人で、戊辰戦争の最後の戦場になった箱館五稜郭の防衛戦で戦死しました。
大鳥圭介:
慶応4年、鳥羽・伏見の戦い後、江戸開城に反対し伝習隊を率いて江戸を脱走。
土方歳三率いる新撰組と合流し、北開東から会津を転戦すました。
明治元年、仙台にて榎本武揚らの海軍と合流し開陽(旗艦)に乗り込み、森町・鷲ノ木に上陸しました。
一行は破竹の勢いで進み、大鳥圭介も大野・七重(現・七飯)にて戦闘を繰り広げ、新政府軍を壊滅させていき、彼らははとんど無血で五稜郭に入り、その後も松前城の攻略などを成功させてます。
そして、総裁に榎本武揚が選ばれ、大鳥圭介は陸軍奉行となりました。
箱館戦争では遅滞戦術を駆使して粘り強く戦ったものの、徐々に追い詰められ、明治2年5月18日五稜郭で降伏。大島圭介は囚われの身となり、東京へ護送され、軍務局糺問所へ投獄されました。 -
榎本武揚:
伊能忠敬の弟子であった幕臣榎本武規(箱田良助)の次男として生まれ、昌平坂学問所、長崎海軍伝習所で学んだ後、幕府の開陽丸発注に伴いオランダへ留学し、
帰国後、幕府海軍の指揮官となり、戊辰戦争では旧幕府軍を率いて蝦夷地を占領、蝦夷共和国の総裁となりました。
箱館戦争で敗北し降伏後2年半投獄されましたが、敵将黒田清隆の尽力により助命され、釈放後明治政府に仕えたそうです。
黒田了介:
薩摩藩士で、1868(慶応4)年、鳥羽・伏見の戦いに小銃第一隊長として従軍の後、北陸道鎮撫総督参謀として、長岡藩、新発田藩、秋田藩、米沢藩などを降伏・帰順させ、1869(明治2)年、箱館戦争開戦により陸軍参謀に就任、4月19日に江差に上陸、戦闘の総指揮をとった。5月11日(旧暦)の箱館総攻撃により旧幕府軍の敗北が決定的となり、部下の村橋直衛、永山友右衛門、池田次郎兵衛らに降伏勧告受入れの説得工作を進めさせ、5月17日、旧幕府軍の降伏申し出により、翌18日には五稜郭が明け渡されて箱館戦争の終結となった時の人物です。 -
五稜郭、弁天台場の築造、諸術調所の開設をし、終生人材育成に尽力した当代ー流の科学者さんだったそうです。
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箱館奉行所です。
箱館奉行所は、江戸時代後期になって新たに設けられた江戸幕府の役所で、二度にわたって設置されています。
18世紀後半、鎖国体制をとっていた日本沿岸に、外国船が近づく事件が頻発するようになり、ロシアの南下政策の影響もあって、蝦夷地での接触が避けられないものとなり、日本とロシアの関係悪化が進んだので、そこで幕府は、寛政11(1799)年に松前藩が統治していた東蝦夷地を直轄地にして、幕府が外交上の問題に直接かかわれる体制をつくりましたとのこと。
享和2(1802)年には蝦夷奉行(同年に箱館奉行と改称)が設置され、その翌年には箱館の港を見おろせる場所(現在の元町公園)に奉行所を建てましたそうです。 -
箱館の開港当時、奉行所は箱館山のふもとにあり、そこは現在の元町公園がある場所で、奉行所から箱館の港と町を一望できました。
が、奉行所からの見晴らしの良さは、箱館に入港する外国船からも奉行所が良く見えることを意味します。
箱館港に出入りする外国の軍艦からは、格好の標的になる不用心な場所に奉行所は建っていたわけです。
また、港から5里四方を外国人遊歩地としたので、箱館山の山頂付近から役所や役宅を背後から見通される恐れが懸念されました。
そこで、箱館奉行所の移転が検討されることになりました。また、箱館港周辺の防衛対策として、港湾を取り囲む台場(砲台)の整備も同時に進められました。 -
国の特別史跡・五稜郭跡の歴史的意義や価値を伝えるには、奉行所の復元をふくめた整備が必要であると考えられ、五稜郭および箱館奉行所は、江戸幕府が直接かかわって築造し、さらに幕末という近代の史跡であることから、多くの資料が存在すると考えられました。
また、奉行所が取り壊された後も、五稜郭は積極的な活用はされず、公園として一般開放されましたが、国の史跡として厳しい開発規制がかけられていたために、石垣、土塁もよく保存され、遺構も残存することになり現在に至ってます。 -
奉行所の見取り図です。
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当時は区画表示されている場所にも建物があったようです。
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元町にやってきました。
元町(もとまち)は、北海道函館市の地名で、同市西部地区に位置し、八幡坂・旧函館区公会堂・元町公園・函館山ロープウェイなど、函館市の主要な観光名所が集積する場所です。
「箱館」の始まりの地としても知られてます。
同地区はベイエリア・末広町と合わせて「函館市元町末広町伝統的建造物群保存地区」に指定されており、歴史的価値の高い建造物がいくつも立ち並び、天然の良港であった箱館が海産物交易の集散地として栄える中で、1779年、江戸幕府がロシアの南下に備え蝦夷地を直轄領としたが、同時に、現在の元町公園の位置に「箱館奉行所」を設置しました。
また、明治時代以降は開拓使函館支庁が置かれるなど、ここ300年における函館・北海道発展の中心地として機能してきたそうです。 -
1854年、函館が開港する契機となる米国のペリー提督率いる黒船5隻が函館に来航し、その150周年を記念し、2002年に基坂沿いの元町公園下にペリーの立像が設置されたとのこと。
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元町公園です。
元町地域の中の一部です。 -
向こうの黄色い建物は、『旧函館区公会堂』です。
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基坂から海側を見下ろしました。
すばらしい景色です。 -
明治期の函館の経済や教育、医療の発展に私財を投じて尽力した四人の功績を後世に伝えるもので、いずれも本業の傍ら街づくりに貢献し、互いに連携して明治期の函館の街を作り上げていく原動力となったそうです。
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4人とは、今井市右衛門・平田文右衛門・渡邊熊四郎・平塚時蔵のブロンズ像です。
元町公園の開園に合わせ、1982(昭和57)年10月に設置されました。 -
1909年竣工の伝統的建造物です。
ドーマー窓や,ペディメントの装飾が洋風建築の好例となっており,北海道の開拓史上からも特に重要な建物として,昭和60(1985)年に北海道の有形文化財にも指定されています。 -
当初の北海道庁函館支庁の庁舎は1907(明治40)年の大火で消失,現在の建物は1909(明治42)年築の洋風木造2階建てで、1991(平成3)年の火事で内部を焼損しましたが,3年後に修復整備されました。
柱頭飾りが施されたエンタシス風の柱が支える,三角形の切妻破風の形状が印象的な外観は,地域の誇りとして親しまれています。 -
旧箱館区公会堂を近くから撮影しました。
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歴史的建造物が多いです。
住居だったり、お店だったり、生活感もある地域です。 -
八幡坂です。
某CMに使われた場所。
多くのドラマ撮影にも使われている場所の様です。 -
ピンクのかわいらしい洋館です。
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イアイ幼稚園の園舎でした。
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函館ハリスト正教会です。
1860年(安政7年)、日本で最初の正教会の聖堂「主の復活聖堂」がこの地に建てられま、最初はロシア領事館の付属聖堂として、後に日本ハリストス正教会の発祥の地に立つ聖堂として歴史を重ねてきました。
現在は国の重要文化財として、また函館市の観光拠点の一つとして多くの人々も訪れているようです。 -
正面の写真です。
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ハリスト正教会についての説明が書かれています。
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正門でしょうか?
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このエリアは函館市元町末広町になり、
ここ一帯は、重要伝統的建造物群保存地区となっています。 -
函館ハリスト正教会のすぐそばに、カトリック元町教会があります。
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カトリック元町教会は北海道函館市にあるカトリック札幌教区の教会およびその聖堂で、函館・元町を代表する3教会の一つだそうです。
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また、すぐそばに東本願寺函館別院があります。
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真宗大谷派函館別院(しんしゅうおおたにははこだてべついん)が正式名称のようです。
北海道函館市元町にある真宗大谷派の寺院です。同派の別院。「真宗本廟」(「東本願寺」)を本山と仰ぎます。 -
現存する伽藍は9代目伊藤平左衛門の設計であるが、まもなく伊藤が逝去したため、北海道における鉄筋コンクリート造の第一人者である木田保造によって再建された耐火寺院建築です。
真宗本堂形式で建てられた本堂は、建築面積が1,115.11平方メートル、間口が33メートルあります。
正門と鐘楼は本堂の再建後に建てられたものだそうです。
和風建築の細部を鉄筋コンクリート造で表現した寺院建築としては日本最古のもので、建築史上価値が高いそうです。 -
改装中の様で中には入れませんでした。
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道の両脇にはこのような、明治時代の建築物が多いです。
カールレイモンさんの居宅です。 -
カールレイモンさんの旧居宅の説明です。
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カールレイモンさんの胸像
創業1925年。 北海道函館でドイツ人マイスター、カール・レイモンさんは本場ドイツ伝統製法のハム・ソーセージをつくり続けて現在に受け継がれてます。 -
レイモンさんのお言葉:
私がずーっと心がけてきたことは、ただまじめに働くことですよ。
そして、私の作ったハム・ソーセージを喜んで食べてくれる人が一人でも増えれば私の喜びも確実に増えるのですからね。
これはお金では買えないものね。
だから私は、”胃袋の宣教師”だと思っているんですよ。 -
この建物は昭和レトロ感満載です。
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日本基督教団函館教会です。
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日本基督教団函館教会の建物は、1877年(明治10年)に現在地に最初の会堂を落成しました。
その2年後の函館大火で会堂は類焼してしまいました。
函館は昔から火災が多い町で、1886年(明治19年)、1909年(明治42年)に再建した会堂も焼失しました。
現在の会堂は、1921年(大正10年)の函館の火災による会堂類焼に伴い、1931年(昭和6年)に建築されたものです。 北海道帝国大学(現北海道大学)農学部本館や理学部本館を設計した萩原惇正による鉄筋コンクリート造2階建てのもので、現在に至っています。 -
元町公園内の夕景文化財の表示板がありました。
これを参考に現地見学をお勧めします。 -
夕食の会場にやってきました。
【沙羅の月】です。函館山のふもとの様な位置関係に思いました。 -
函館道楽?
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非常に古風な作りを演出している館内です。
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昼食(サーモンいくら丼)が13時過ぎで、夕食は17時でこのボリュームです。
でも平らげました。
超チート3day。 -
この写真編集まで、グリコの看板と思ってました。
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本物の古い看板ではないかと思います。
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私たちツアーメンバー以外はお客はだれもいません。
17時ですから!! -
もともとお店で保存されてたのかな~?
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どこからか入手してきたのかな~?
時間がなくって、お店の方に聞けませんでした。 -
夕食の後、すぐに函館山に登りました。
強風と強い雨でさんざんの天気。
でもご覧の通り写真はなかなかの出来栄え!。
※お土産物屋の写真はよーく見るとピンボケでしたが、それって正しい?? -
ホテルは函館大沼プリンスホテルです。
女子プロゴルフのニトリレディース開催コース隣です。
豪華なホテルですが、古さは否めませんでした。
1990年開業で35年ですね!
豪華な朝食! 調子に乗って食べ過ぎました。 -
大沼湖に来ました。(ホテルのすぐ横)
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ハロウィンですね!
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大沼国定公園です。
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ラムサール条約登録湿地です。
※特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約 です。 -
函館市の北方に位置し、駒ヶ岳を中心にして大沼などの湖沼を含み、北海道には珍しい繊細な箱庭的風景を特色としています。大沼・小沼・蓴菜沼の3湖は駒ヶ岳の噴火によって生まれた湖で、大沼は駒ヶ岳を背景として大小百数十の小島を浮かべ、「湖の松島」ともいわれる美しい風景を展開しています。
水深5メートル以上あると『湖』で以下は『沼』だそうです。
ここにシマエナガいるそうです。 -
【新函館北斗駅】です。
お土産を買って帰ります。 -
なんだ~?
これは?? -
ずーしーほっきー !
とのこと。 -
13時39分発 はやぶさ28号です。
東京駅には18時04分着です。
約4時間半でついちゃいます。 -
頂いた函館の観光名所mapを見て元町散策しました。
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ツアー客全員に記念カード配布していました。
総勢39名のツアーに添乗員さん1名でしたが、みなさんまじめで、集合時間厳守どころか、10分前には集まっていました。
日本人ですね~!
あ~! 楽しかった!
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