2025/10/14 - 2025/10/17
248位(同エリア5322件中)
okawさん
37年ぶりに北京に行って来ました。どの施設も観光客が多くて、公安警察もいっぱいでした。 最高気温 20℃ 最低気温 12℃
10月14日(火) 羽田空港→北京首都空港→ホテル
10月15日(水) ホテル→故宮博物院→天安門広場→天壇公園→前門→ホテル
10月16日(木) ホテル→万里の長城→頤和園→ホテル
10月17日(金) ホテル→北京動物園→胡洞→北京首都空港→羽田空港
旅行会社 HIS
旅行費用 74,800円 (燃料チャージ料 含む)
宿泊ホテル メトロパーク リド ホテル
為替レート 一元=21円
※表紙の写真は、天壇公園の祈年殿です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
10月14日(火) 晴
羽田空港 16:00→19:45 北京首都空港 CA134 (中国国際航空) -
北京首都空港よりホテルまで、車で30分です。
-
21:05 メトロパーク リド ホテルに到着しました。
-
部屋の中です。
-
ホテルがある地図です。
-
10月15日(水) 曇のち小雨
8:00 ホテル出発し、故宮博物院に向かいます。 -
バスを降りて、故宮に向かいます。
-
正面にあるのは故宮の東華門です。
-
お堀沿いの道を進みます。
-
9:14 牛門に到着しました。
-
牛門より天安門までの景色です。
-
手荷物検査・パスポート検査・チケット確認をして入場します。
-
牛門を抜けてきました。
-
太和門に向かいます。観光客は同じ帽子を被った中国人団体客が多いです。
-
内金水橋です。金水河という人造の川に架かっている橋です。
-
太和門です。
1420(明の永楽18)年に創建され、現在の建物は1889(清の光緒15)年に再建されたものです。 -
銅の獅子が一対で置かれています。
-
太和殿に到着しました。
この広場で、皇帝の即位や婚礼・祝日の祭典など重要な式典や儀式はすべてここで行われていました。 -
太和殿は、白大理石でできた三層の基台の上に建てられています。
高さ35、5m 間口60mで、現存する中国木造建築物の中で最大の物であります。 -
皇帝だけが使える龍の階段です。
-
太和殿は、1420(永楽18)年に創建され、現在の建物は1695(清の康熙34)年に再建されたものであります。屋根瓦は皇帝専用黄色の瑠璃瓦です。
-
内部は極彩色に彩られていて、玉座が置かれています。
-
防火用の水瓶です。
-
中和殿です。
-
太和殿での公式行事に参加する皇帝が休息を取る所です。
-
保和殿です。
明代は公式行事に出席する皇帝が衣装を整える場所であったが、清代の乾隆帝以降は科挙の最終試験である「殿試」がここで行われた。中国全土から進士に合格した約20名が集まり、最終的な順位を決めていた。第1位が状元、第2位が榜眼、第3位が探花と呼ばれ、高官としての将来が約束されていた。 -
保和殿の北側にある龍を刻んだレリーフです。皇帝はこの上を輿に乗って進んだ。
-
内廷 皇極殿の珍宝館に入館します。
-
珍宝館に入ります。
-
玉の展示品です。
-
三希堂とは清の乾隆帝の書斎名であり、三希とは、東晋時代の書の三至宝 王羲之の快雪時晴帖・王献之の中秋帖・王じゅんの伯遠帖 です。
-
この壁はラストエンペラーで出てきましたね。
-
-
突き当たりの門を潜って、左手に進みます。
-
内廷 御花園の庭園です。
-
堆秀山の上に立つ御景亭です。太湖石の山ですね。
-
内廷の順貞門を出て来ました。
-
神武門(北門)より出て来ました。
郭沫若(かくまつしゃく)による故宮博物院の巨大な額がかかっています。 -
とりあえず、証拠写真です。
-
故宮の東北にある見張り台的施設の角楼です。
-
昼食はジャージャー麺です。
-
13:12 天安門広場に到着しました。
公安警察による入念なチェックを受けました。
正面にあるのが人民英雄記念碑です。毛沢東の筆になる「人民英雄永垂不朽」の金メッキ文字が輝いています。 -
天安門が見えますね。
-
中国国家博物館です。
-
人民大会堂です。
-
毛沢東の巨大な肖像画がある天安門です。
-
毛沢東記念堂です。
-
天壇公園の祈年殿に向かいます。
-
14:27 祈年殿の入口に着きました。
-
天壇公園の地図です。
祈年殿・皇穹宇・かん丘があります。 -
祈年殿です。
-
イチオシ
大理石でできた3層の基壇の上に立ち、高さ38m、直径30mの円形木造建築物です。
-
-
皇帝は毎年正月に、ここで豊作を願った。
-
全部で28本の柱があり、4本は四季を表し、12本は12ヶ月、12本は12の時刻を表しています。
-
やはり観光客が多いです。
-
彼方に皇穹宇が見えます。
-
15:53 中国雑技団を鑑賞に行きます。1人260元です。
-
16:10 オープニングです。
-
椅子を何段も重ねて、頂上で逆立ちをします。素晴らしい。
-
一台の自転車に沢山の人が乗っています。
-
フィナーレです。
-
前門に向かいます。
-
17:41 前門の繁華街に着きました。
-
高さ42mの前門(正陽門)です。
-
観光用路面電車です。
-
17:46 こちらで夕食をいただきます。
-
牛肉・羊肉のしゃぶしゃぶ料理です。
-
10月15日(木) 小雨
7:50 万里の長城 八達嶺へ行きます。 -
途中、ラテックス寝具店に寄りました。
ラテックス枕を購入しました。 -
11:30 こちらで昼食をいただきます。
-
郷土料理です。
-
八達嶺長城の地図です。
女坂を登ります。 -
13:11 外は雨で、気温10℃風がありかなり寒いです。この階段より女坂を登ります。
-
北一の城楼です。
-
北ニの城楼の中です。
-
城楼の出口です。
-
北三の城楼です。
-
皆さん大変です。
-
かなり寒そうです。
-
長城の説明版です。
-
城楼からの景色です。
-
入口に戻ってきました。
-
晴れていればこんな感じの絵画です。
-
15:42 頤和園(いわえん)に到着しました。
※頤和園 清の乾隆帝が母還暦の祝いのため頤和園を整備し、昆明湖の拡張掘削で発生した土砂を利用して万寿山を造り、1794年に完成した。1860年のアロー戦争で破壊されたが、清の幼い光緒帝時代 叔母の西太后(1835~1908)が頤和園の再建に莫大な費用をかけ、1895年に完成した。この経費(日清戦争総費用の約3倍)は北洋艦隊を整備する海軍予算を流用したものであり、日清戦争敗北の原因の1つと言われている。1900年の義和団の乱に破壊を受けたが、1902年に修復されている。1953年以降一般開放されている。 -
頤和園 宮殿区の地図です。
-
仁寿門です。
※光緒帝(1875~1908) 清の第11代皇帝
1878年 同治帝崩御後 3歳で皇帝に即位するが、幼年のため西太后が実権を握り睡蓮政治が行われた。1889年 正式な親政を開始した。1985年 日清戦争の敗北により、国勢回復を切望して抜本的改革を宣言した。(戊戌の変法) しかし、西太后がクーデターを起こして光緒帝を監禁し、変法派を弾圧した。(戊戌の政変) 1900年 義和団事件の戦乱により西太后は一時西安に落ち延びたが、翌年北京復帰後西太后がまた実権を握り、光緒帝は幽閉された。1908年10月21日に光緒帝崩御し、翌日22日に西太后も崩御した。なお次の皇帝は、溥儀が宣統帝として即位する。 -
昆明湖と高さ60mの万寿山です。
-
添乗員の張さんです。
-
楽寿堂前殿(水木自親)南面です。西太后の楽寿殿へ行く正門でした。
-
右の柱の上にランプを付けて、西太后が昆明湖遊覧に使用した船の船着場の灯台とした。
-
長廊です。
-
長廊の中を歩きます。
-
極彩色の絵画が飾られています。
-
三国志の「桃園の誓い」の絵画です。
劉備・関羽・張飛を描いています。 -
長廊は長さ728mで、1750年に創建され現在のものは19世紀末に再建されたものです。
-
-
-
-
徳和園です。
-
18:00 北京ダックの専門店 全聚徳に入店します。
-
北京ダックを切り取っています。
-
北京ダックをいただきます。
-
10月17日(金) 曇
8:52 北京動物園に入ります。 -
パンダ舎に入ります。
-
パンダが笹を食べいます。
-
-
北京の新幹線の駅です。
-
9:59 胡同に入ります。
-
古い街並みが続きます。奥に見えるのが鐘楼です。
-
狭い胡同です。
-
高さ47、95mの鐘楼です。
-
鐘楼前の広場です。
-
-
鐘楼・鼓楼の説明版です。
-
高さ31mの鼓楼です。
-
10:41 こちらで昼食をいただきます。
-
飲茶料理です。
-
空港に向かいます。
-
北京首都空港の中です。
-
北京首都空港 15:30→20:00 羽田空港 CA421
最後までご覧いただきありがとうございました。次の旅行記は日光の予定です。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
北京(中国) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
121