2025/09/25 - 2025/10/02
373位(同エリア732件中)
犬ポンさん
年に数回、家族の許可を得てソロ活旅行をしています。今回は中央アジア・ウズベキスタンです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ウズベキスタン航空 ピーチ航空 エアージャパン
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ソウル発券が安いのと、ウズベキスタン航空の直行便がよかったのですが、週一便で日程的に合わず、LCCと組み合わせての旅程になりました。羽田空港AM2:00発のピーチ航空でソウル・仁川国際空港に向かいます。夜中(早朝)の便ってこんなに出てるのですね。
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ソウルからの帰りは、Air Japanです。ハブ空港としての仁川国際空港はとても便利でした。成田空港に向かいますが、成田空港建設を無理やり進めた結果、いまだに滑走路内に農地が残り、羽田と違い24時間営業ではない。日本政府の明確な未来ビジョンがあれば、成田空港も立派なハブ空港になれたのにと思うと非常に残念です。
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ソウル発のウズベキスタン航空に乗ってタシケントに向かいます。完全アウェー感満載です。タシケント国際空港は、現在新空港建設を計画しているそうです。日本の企業が中心になるとのことです。
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ゴビ砂漠、天山山脈、タクラマカン砂漠、チベット高原の上空を飛び、まさしく空のシルクロードです。マルコ・ポーロ,イブン・バットゥータ,三蔵法師玄奘らがたどったルート。楽してごめんなさい。
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タシケントには昼過ぎ到着。タクシー配車アプリ「Yandex go」必須です。空港を出るとタクシー、タクシーの連呼で100%ぼられます。ぼられるとは、語源として2説あって、一つは『暴利』の動詞化したものという説と、もう一つは、『むさぼる』が縮まって『ぼる』になったという説があります。「知ってました?」「それって何情報」「ネットです」「だろうね」
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タシケントを走る地下鉄は、中央アジア諸国で最初に開通しました。切符も購入できますが、クレジットのタッチ決済が使えます。前回の旅先のポルトガルでこのタッチ決済が使えなくて涙したことを思い出しました。この点、日本もポルトガルも後進国と言わざるを得ません。
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ウズベキスタン国民の平均年齢は27歳。若い人が多いということは、経済発展には重要な要素の1つです。日本を見ればわかりますよね。この国では、おじさんもおばさんも若い。若い者も当然若い。しかし、私の眼には、おじさんもおばさんも、若い人も皆、おじさんおばさんに見えます。「それって何情報」「現地で感じた個人的見解です」「だろうね」
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14世紀に誕生したティムール朝の祖・英雄ティムール。彼は今でいう成り上がり者(叩き上げ)。矢沢のエーちゃん、田中の角さん、叩き上げは無敵だ。世にいう世襲議員の皆さん、汗を流しましょう。初代は皆そうでした。
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中国で元が明に滅ばされると、自らチンギス・ハンの末裔と称していたティムールは、明との戦いに挑みます。しかし、無敵のティムールも無理がたたったか病に倒れます。習さん、プーさん、領土拡大は終焉を早めますよ。藤原を名乗った豊臣秀吉も、朝鮮出兵の途中で火が消えました。
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ウズベキスタン鉄道を利用して古都ブハラに向かいます。新幹線アフラシヨブ号だと約4時間。45日前から予約可能ですが、ちょうどポルトガル旅行中で、帰国後でいいかと侮っていました。タシケント→ブハラ、ブハラ→サマルカンド、サマルカンド→タシケントいずれも満席。ウズベキスタン鉄道を利用する方は、早めの予約が必須です。
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特急シャルク号を予約しました。ブハラまでは6時間。アフラシヨブ号が取れなかったので、すべての行程で移動時間が余計にかかりました。乗り心地もよく、ほぼ定刻通りの運行です。車内販売や食堂車もあり、昔の日本の鉄道を思い出させます。駅名が放送なかったり、表示されないので、日本の鉄道慣れしている私には本当にここが降りる駅なのか不安でした。
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ブハラ旧市街はそれほど広くなく、ゆっくり観光しました。
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13世紀初旬、モンゴル軍の侵攻によりブハラは陥落。多くの歴史的建造物が被害を受けましたが、サーマーニー廟はこの時すでに地中に埋まっていたため戦火を逃れました。奇跡的に綺麗なまま残ったサーマーニー廟です。
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チンギス・ハンのモンゴル帝国は、世界史上最大の領土を誇りました。モンゴル軍は最強軍団だ。現在の最強軍団は、横綱・豊昇龍を筆頭とした大相撲モンゴル軍団か。横綱・大の里、優勝おめでとうございます。大の里の座右の銘は「信は力なり」です。「それって何情報」「日本相撲協会の力士データです」「だろうね」
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今日はブハラからサマルカンドに向かいます。
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電車はしばらくすると荒野の中を走っていきます。チンギス・ハンは、よくぞここまで攻めてきたものです。
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「平家にあらずんば人にあらず」無敵のモンゴル帝国もチンギス・ハン亡き後、4ハン国に分裂します。「娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。 おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。 たけき者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ」
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青の都サマルカンド。シルクロード交易の交差点です。マルコポーロも見たであろう風景。「世界の記述(東方見聞録)」黄金の国ジパングとヨーロッパ人に初めてその存在が伝えられました。
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「知ってました、マルコ=ポーロはヴェネツィアに帰国後、貿易に従事してたんですが、戦争で捕虜となって捕らえられ、獄中でその見聞をルスティケロという人物にこれまでのことを話をし、ルスティケロがまとめて記述したのが『世界の記述(東方見聞録)』なんですって」「それって何情報」「高校時代の世界史の授業です」「だろうね」
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シャーヒズィンダ廟は、チンギス・ハンが攻めてきたときも唯一破壊されず、サマルカンドに残る最古の建造物だそうです。青の都にふさわしい美しさです。
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ルハバード廟は、ティムールの時代に非常に尊敬されていたイスラム神学者であり、神秘主義者であるシェイフ・ブルハネッディン・サガラジのお墓の上に建てられたそうです。ムハンマドの毛が納められているといいます。日本をむくめた仏教の国には、釈迦の骨が安置されている仏塔(ストゥーパ)がありますが、同じ発想なのでしょうね。
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ソロ活の良いところは、自由な時間を過ごせることです。デメリットは、特に夜、本しか話し相手がいないことです。
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タシケントに戻ってきました。ウズベキスタン旅行も最終日です。アリシェル・ナヴォイ劇場は、第二次世界大戦後にシベリア抑留としてソ連に強制連行された日本人捕虜によって建てられ、当時の隊長永田行夫をはじめとする457名の日本人兵がナヴォイ劇場の建設に従事しました。1966年のタシケント大地震の時は、街は壊滅的な被害を受けているにも関わらず、ナヴォイ劇場は壊れることなく日本人捕虜の真面目な建設従事の仕事ぶりのおかげと、親日感情がさらに高くなった出来事でもありました。
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ウズベキスタン初代大統領のカリモフ像。大統領は、ナヴォイ劇場建設に関わった日本人を称えるプレートを劇場に設置した際、指示は「我々ウズベキスタンは日本と戦っていない。彼らは恩人なので、間違っても「捕虜」と書くな。」と指示したそうです。
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第二次世界大戦後にソ連に抑留されて、タシケントに強制連行され、この地で亡くなった日本人捕虜79名が眠っています。地元のウズベキスタン人の気遣いによっていつもきれに掃除がされ、大切にされています。
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日本人墓地には桜の木が植えられています。私が訪れた9月下旬は、桜の季節ではありませんが、2輪花をつけていました。蝶が2匹飛んでいて、英霊達が日本に帰りたいと訴えているようでした。
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戦後80年ということで、今回の旅では「失敗の本質」を読み返しました。本誌が述べているような失敗の本質をAIに学習させ戦ったらどうなるのでしょう。結果はやはり敗戦でしょう。リーダーシップの重要性、組織の柔軟性を保つこと、敵を過小評価しないこと、現実的な計画を立てること、精神主義に頼らないこと、失敗から学ぶこと、長期的な視点を持つこと。誰にも当てはまることです。自民党の新総裁に高市氏が選出され、女性初の総理の誕生(臨時国会次第ですが)です。女性首脳はアメリカ合衆国よりも早くです。
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