2024/11/24 - 2024/11/26
83位(同エリア211件中)
いちごさん
二日目はテグ(大邱)からアンドン(安東)へ日帰りで行きます。
アンドンでは、世界遺産【ピョンサンソウォン(屏山書院)】
世界遺産【ハフェマウル(河回村)】
時代劇にたびたび出てくるロケ地【プヨンデ(芙蓉台)】を見学。
三日目はあいにくの雨模様だったけれど、午前中、テグの中心地【トンソンロ(東城路)】を散策。
【ケサンソンダン(桂山聖堂)】
【イ・サンファ(李相和)・ソ・サンドン(徐相敦)古宅】を見て回りました。
その後、ツアー客みんなでお昼ご飯を食べて、
14:15 大邱空港発 15:50 関西空港へ帰って来ました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
二日目の朝食は【クギルタロクッパ】で、テグ名物の「タロクッパ」をいただきます。
【クギルタロクッパ】は1946年創業のタロクッパ専門店です。
そんな伝統店がツアーの朝食店だとは驚き!!、、どうりで2泊3日にしてはツアー料金がお高いと思いました(^_^;)
普通の「クッパ」は、スープの中にご飯を入れて食べるけれど、テグでは、スープ、ご飯を別々に食べるという事で「タロクッパ」と呼ばれるそうです。
で、テグの「タロクッパ」には牛の血を固めた「ソンジ」が入っているのが特徴。
韓国へは何回か来たけれど、「ソンジ」と「スンデ」は食べず嫌いです。 -
では、ツアーバスに乗って、アンドンへ出発~
ツアー客の皆さん、私たちも含めて、別に決まってる訳でもないのに、前日、最初に座った席に落ち着きます。 -
世界遺産【ピョンサンソウォン(屏山書院)】、、、パンフレットより
朝鮮時代の儒学者の私立教育機関で、元はアンドンのプンサンヒョン(豊山県)にあったものをリュ・ソンニョン(柳成龍)宰相がこの地に移したのだそうです。
夏はサルスベリの真っ赤な花で鮮やかな書院になるらしい。 -
リュ・ソンニョン宰相は、豊臣秀吉の朝鮮出兵「文禄・慶長の役」でイ・スンシン(李舜臣)将軍とともに活躍した人。
私が韓流ファンになって約20年経つけれど、その初期の頃、大ファンだったリュ・シウォンさんは、リュ・ソンニョン宰相の直系の子孫です。
その頃から、アンドンには何となく憧れがあったけれど、なかなか訪れることが出来なくて、、、だいぷ遅くなったけど、今回長年の思いが遂げられました。 -
【立教堂】
勉強をする講学堂、教室です。
ここは靴を脱いで上がることが出来るので、友だちと縁側に座って正面に見える景色を眺めていたら、見るからに賢そうな女性が近づいて来られて「どこから来たの」かと。
日本だと言うと、続いて専門的なお話しをしてくださったのですが、そんな話しが分かるほど韓国語に精通してるハズもなく、「はぁ~?」としている所へガイドさんが。 -
縁側に座って見える正面の建物は【マンデロ(晩対楼)】、、講堂。
マンデロの向こうには、屏風を広げたように稜線が連なる「屏山」、写真では分らないけれど、その手前に流れる「ナクトンガン(洛東江)」、その景色が美しく、【屏山書院】と名前が改められた、、、とガイドさんを介して説明してくださいました。 -
東側と西側に向かい合って建つ「寄宿舎」
リュ・ソンニョン宰相亡き後は、弟子たちが師を追悼する祠堂を建てて、師に続く人材を育てようと引き継ぎ、アンドンの私立学校として歴史が続いたそうです。
ガイドさんによると、説明してくださった女性は専門家の方だとか、、光栄の至りです。 -
アンドン名物の「チムタク(鶏肉の甘辛煮)」をお昼ご飯に。
食堂を出た所にあるお店に並んでいる面々が、アンドンへ来た~と感じさせてくれる。 -
アンドンの【ハフェマウル(河回村)】に伝わる仮面劇も有名。
ヤンバン(両班:貴族)やソンビ(儒生)ペクチョン(白丁:庶民)など、ユニークなお面を付けて、支配層を風刺する内容を踊りや歌も交えて演じる仮面劇。
このツアーにも、【アンドン国際タルチュム(仮面劇)フェスティバル】に合わせて出ているものもありました。 -
【アンドン国際タルチュム(仮面劇)フェスティバル】は、だいたい9月末から10月初めに行われています。
私は友だちと共に、何年か前に行った【ナモン(南原)】のお祭りで見ています。
もちろん、【アンドン国際タルチュム(仮面劇)フェスティバル】のような大々的なイベントでは無いけれど。 -
世界遺産【ハフェマウル(河回村)】へやって来ました。
-
バスを降りた駐車場から別のシャトルバスに乗り換えます。
村の入り口へはこのバスが連れて行ってくれる。 -
16世紀に「プンサン・ユ氏(豊山・柳氏)」の一族によって作られた村で、現在まで、瓦葺きや藁葺きの韓屋が良好な状態で保たれていることから、2010年にユネスコ世界遺産に指定されました。
先の【ピョンサンソウォン(屏山書院)】のリュ・ソンニョン宰相の屋敷もここにあります、、、そして、リュ・シウォンさんの実家も。 -
【ハフェマウル(河回村)】、、、パンフレットより
村の名前「ハフェ(河回)」は【ナクトンガン(洛東江)】が、村全体をS字型を描くように流れていることに由来。 -
大きな瓦屋を中心に、周辺のわら葺屋が円形をなすように配置されているそうです。
瓦屋根の家とわら葺屋根の家が点在していて、今もここで生活されているお家もあります。 -
【ファギョンタン(和敬堂)】(国家民族文化財)
家屋の規模は雄大で、大家の格式を完璧に備えていて士大夫(両班=貴族)家屋の姿が良くあらわれている建物。 -
【ファギョンタン】
村は同族集落として存続していて、同姓村でほとんどのお宅が、、「リュさん」。 -
【ヤンジンダン(養真堂)】(国の宝物)
【プンサン(豊山)】に住んでいた【柳宗恵】が【ハフェマウル】に入村して、15世紀頃に初めて建てた建物で柳氏の大宗家。 -
こういう路地に雰囲気がいっぱい。
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【三神堂(サンシンダン)】のご神木。
樹齢600年以上はあるとされる欅の木。 -
子どもを宿らせ、出産と成長を助けると伝えられています。
ご神木の周りには、神のご加護を願う無数の祈りが、、、 -
ご神木もご高齢だけれど、皆の願いを叶えようと点滴して頑張っておられます。
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【チュンヒョダン(忠孝堂)】(国の宝物)
【ピョンサンソウォン(屏山書院)】を造られたリュ・ソンニョン(柳成龍)宰相のお宅です。
生涯を清白に過ごしたリュ・ソンニョン宰相の死後、門下生や地域の学者集団が追慕し建立したそうです。 -
コ・コ・が、リュ・シウォンさんのご実家、、【タミョンジェ(澹然斎)】
リュ・シウォンさんも幼い時を過ごされたお家だそうです。
現在は誰も住んでいなくて、観光客向けに1日1組限定の1棟貸し韓屋ステイとして運営されているとか。
私たちが門の前に立った時、門は堅く閉じられていたので中の様子を見ることは出来なかったけれど、パンフレットで見ると緑の芝生の広いお庭と伝統的な家屋、とても素敵なお宅です。 -
門の横にある石の穴。
イタリア・ローマにある、偽りの心だと手が抜けなくなるという「真実の口」とは違います。
貧しい人が生活に困った時に自由に取り出せるように小銭が入っていたそうです。
とても小さい穴は、一人がたくさん取り出せないようにしてあるから。
私は、指三本が限界か、、、 -
1999年エリザベス女王が訪韓され、リュ・シウォンさんの実家【タミョンジェ(澹然斎)】で73歳の誕生日を祝われ、リュ・シウォンさんんも案内されたそうです。
その時に女王が訪問された「ハフェマウル(河回村)~農水産物卸売市場~ポンジョンサ(鳳停寺)」が、【ロイヤル・ウェイ】と名付けられました。 -
村を回るように流れている【ナクトンガン(洛東江)】の向こうに、壁のようにそびえているのは【プヨンデ(芙蓉台)】
頂上からは【ハフェマウル】が一望出来ます。
韓国歴史ドラマにもたびたび登場する、有名ロケ地。 -
【プヨンデ(芙蓉台)】の頂上に登るために、【ハフェマウル】の駐車場を出てバスで登り口へ移動。
ここには【ファチョンソウォン(花川書院)】という書院があります。 -
書院の前の坂を上って行くと、そこが【プヨンデ】の頂上、、らしい。
ダラダラ上る坂道みたいだけれど、ずっと先へ続いている。
足腰に自信がない人は -
書院の中にある「韓屋カフェ」で、お茶しながら待つことも出来ると。
私、、腰に自信がないので、頂上からの写真は友だちに託して、同類のお仲間たちとお話ししながら待たせてもらいました(;^_^A -
【プヨンデ(芙蓉台)】の頂上から一望する【ハフェマウル】、、、友より
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村の周りを流れる【ナクトンガン(洛東江)】、、、友より
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【ナクトンガン(洛東江)】、、朝鮮半島で2番目に長い川で、最終的に【プサン(釜山)】付近で朝鮮海峡にそそぐそうですが、現在、水は少な目。
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【アンドン(安東)】での観光を終えて【テグ(大邱)】へ戻ってきました。
夕食は【ウルルンド(ウルルン島)】で「ヘムルタン(海鮮鍋)」をいただきます。
【ウルルン島】で獲れた新鮮な魚貝が味わえるのか。 -
ツアー最終日になりました。
朝食は【クッパ・コムタン】のお店で「ソルロンタン」いただきます。 -
牛骨スープで、韓国では数少ない辛くない料理。
「ソルロンタン」は中に麺も入っているけれど、ご飯付きです。
ご飯全部、中に入れて食べるとお腹がいっぱいになるので、私は様子を見ながら少しずつ入れます。
ツアーでは他の人たちと同じテーブルになる事が多くて、どうも、写真が撮りづらいのですが、今朝は友だちと2人テーブル。 -
朝食後は、シトシト降る雨の中をスタート。
【テグ(大邱)】市内を観光します。
最初に【ケサンドン(桂山洞)】という所に建つ大聖堂へ。
【桂山 主教座 大聖堂】 -
教会っぽい塔が見えてきたけれど、こちらは【大邱第一教会】
プロテスタント教会です。 -
教会の脇にある
【3.1マンセウンドンキル(3.1万歳運動路)】と呼ばれる90段の石段。
大邱でも1919年に日本から独立しようと「3.1独立運動」が起きた時に、万歳を叫びながら人々が階段を下りていった場所として知られているそうです。 -
石段下の通りを渡って
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【ケサンソンダン(桂山聖堂)】へ。
カトリック聖堂。
ツアーでは、こちらを見学します。
もとは、韓国伝統家屋の「ハノッ(韓屋)式」の小さな建物だったけれど、火災による全焼で、1918年に現在のロマネスク様式の建物が建てられました。
ソウルの【ミョンドンソンダン(明洞聖堂)】チョンジュ(全州)の【チョンドンソンダン(殿洞聖堂)】を設計した神父が担当したので雰囲気が似ているのだとか。 -
ミサの時以外は、内部が見学出来て写真撮影もOK。
-
ステンドグラスは当時のフランスで作られたものだそうです。
私、お寺はよく行くけれど、教会は結婚式の時ぐらい、、、それも近年では皆無。
内部まで見る機会はほとんど無いし、独特の静謐な感じが厳かで、何となく背筋が伸びる。 -
【近代路の旅】
朝鮮戦争の時にも比較的被害が少なかった地域で、昔の建物や街並みがそのまま残っているエリアを観光。 -
「古宅拝見~」
【イ・サンファ(李・相和)】さん(1901~1943)のお宅。 -
大邱出身の詩人。
日本の植民地時代、民族の魂を目覚めさせようとする代表的抵抗詩人。
「3.1独立運動」の時も、先頭に立ったこともあったそうです。 -
文芸雑誌に掲載された代表作【奪われし野にも春はくるか】
-
この古宅は、詩人が1939年から1943年に持病で亡くなるまで暮らした家。
2001年に道路計画による取り壊しが検討されたけれど、ここを保存すべきだという世論が高まって、市民の署名活動や寄付で保存が決まり、ツアーのランドマークとして復活したそうです。 -
【ソ・サンドン(徐相敦)】さん(1850~1913)のお宅。
朝鮮時代末期の企業家・官僚であり民族独立運動家でもあった人。 -
1907年、政府が日本から多額の負債を抱えることが、国権を失うと考えた【ソ・サンドン(徐相敦)】は、国債報償運動を繰り広げました。
国債報償運動は、自主的な募金活動によって日本からの借金を返済し、経済的独立を守ろうとした運動。 -
テグ市は【ケサンドン(桂山洞)】にあった【ソ・サンドン(徐相敦)】の生家を、ここに復元しました。
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市内観光を終了して、ツアー最後のスケジュールは、みんなで「昼食」
【ナギョン チムカルビ】で「牛カルビチム」をいただきます。 -
「牛カルビチム」は、牛のばら肉を甘辛いタレで蒸し煮した料理。
これも唐辛子は入っていなくて、食事といえば口の中がヒリヒリする中、ちょっとホッとします、、、私は(;'∀')
お昼ご飯を食べたら、ツアーすべての日程を終え、あとは帰国。
2泊3日の慌ただしい旅行でご一緒した皆さんやガイドさんとお別れして
テグ(大邱)空港 14:15発のティーウェイ航空で帰路に着きました。
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