2025/09/12 - 2025/09/12
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高松城にやってきました。
前日、帰るつもりだったのが、JRのトラブルで乗る予定だった電車は遅れ、高松に一拍したためです。
高松に訪れるのは15年ぶりくらいでしょうか。
大きくは変わっていないと思うのですが、記憶の印象と実際の印象とは大きく異なるものです。
さて、以前の訪問時に高松城に来たかどうかは定かではないため、訪れてみました。
5:30から開門しているものの、入場料200円。
早朝から開いているのはありがたいですが、5:30から人を配置して入場料を取っているのでしょうか?
だとしたら、ちょっと驚き。
そんなことはさておき、残る遺構の大半は堀と石垣になります。
その石垣は江戸期に入ってからのものになります。
人を殺す凶暴さより優美さが優先。
そんな感じの城です。
面白いのが、北側が海で防御力がほぼ完ぺきだと思うのですが、二の丸、三の丸が海側にあり、陸側に本丸があります。
堀で本丸を囲むにしても、陸の守りがこの程度で大丈夫なのか、と設計思想がちょっと面白いと感じました。
大砲が発達していない時代なので、海側からくる攻撃は大型船ではなく、小型船からのみのはず。
と、なると、石垣をよじ登る侵入兵のみのはず。
弓矢への防御と石垣をよじ登る兵への対処が中心でも良いはず。
なのに、陸側にひときわ高い石垣を設け、海側の石垣の高さは一般的な高さにとどめる。
この城の性質を如実に語っていると感じました。
城の縄張りもまた穏やか。
人力で攻める、という点では縦横に張り巡らされた堀の廟魚力はぴか一ですが、一旦敵が城に侵入し、城内に侵入した敵兵への防御、という点ではいあささか齢構造になっていると感じました。
まぁ、熊本城みたいに狂気を感じるような防御力を有する構造は別格すぎるのでしょうが。
別名「海城」というらしいですが、往時は海に面して城があった痕跡は残っています。
今は埋め立てられて少し陸側に寄ったのが残念ですが、十分、その雰囲気を感じさせる城でした。
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琴電と隅櫓のワンショット。
レトロとニューレトロの出会い。 -
城跡の案内図
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南東部にある艮櫓(うしとらやぐら)
読み方が難しい・・・ -
東側にかかる旭橋から城内に入ります
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西側の掘割。
なかなかの幅 -
掘割と艮櫓。
石垣は戦国後期ですね。 -
旭門から城内へ。
この左手で拝観料を払います。
5:30には開門しているようですが、5:30から人員配置しているとしたら、受付の仕事って、結構過酷。 -
高松城の説明文
後ろの扉部分は埋門と呼ばれているらしい。 -
旭門の桝形。
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見事な打込み接ぎ
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艮櫓を内城から
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桜の馬場を北に向かいます
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案内図。
現在地表示があるので、迷うことはありません -
馬場の小道は雰囲気がよい
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馬場から西を眺めた風景
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馬場から天守台方面を眺める。
新しい高層ビルと遺跡化した石垣のコントラストが鮮やか -
高松城の別名は玉藻城ですが、そのことに関する説明が記された碑
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桜御門に到着。
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案内図。
現在地表示があるので、迷うことはありません -
披雲閣に到着
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披雲閣の説明文
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残念ながら開いていませんでした。
早すぎた? -
案内図。
現在地表示があるので、迷うことはありません -
披雲閣の東側の門が開いていました。
入れそうです。 -
大広間っぽい場所が見れました。
豪邸ですね。 -
披雲閣の東側は庭園でした。
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庭園には石橋。
比較的新しいので、江戸時代のものでは無さそう -
披雲閣を北側から眺める。
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案内図。
現在地表示があるので、迷うことはありません -
勝手口を抜けて披雲閣エリアから出ます。
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月見櫓に到着。
こちらも三層で立派! -
月見櫓の説明文。
かつては海から城内にアクセスするのはここからだったようです。
と、いうことは海側の防御拠点ということ。
城の中でもかなりの重要拠点。
三層と立派な櫓なのも納得です。 -
案内図。
現在地表示があるので、迷うことはありません -
月見櫓を近くから
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高松藩の泳法の説明文がありました。
鎧を着て泳ぐのは一般に横泳ぎと言われますが、高松藩のは違ったのかな? -
披雲閣庭園の説明文。
披雲閣庭園の説明文は北側にありました。披雲閣を見てからだと、北側の武者走りを歩かない気がするので、この説明文を見る人は少なさそう -
北側から披雲閣庭園を見ると、石灯篭があって雰囲気が異なります。
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内堀には船が浮かんでいます。
遊覧船サービスがあるようです。 -
海城「高松城」の説明文。
藩主が舟によって遊覧した可能性がある、と書かれていました。 -
水門。
レバーが江戸期とは思えないので、新しくなった? -
水門の説明文。
干満の差がでるので、この水門で水位の調整をしている、とのこと。
とはいえ、江戸時代はこの形ではなかったと思います。
人力での操作は結構大変そうなので・・・ -
水門を過ぎて鞘橋に向かいます。
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堀と武者走りを隔てる直線の石垣が美しい。
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鞘橋を渡って天守台へ。
屋根付きの橋とは珍しい。
本丸を守るために、橋を落とすのは定石ですが、屋根付きだと落とすのは大変そう。
「城」は戦を前提に設計・建築するものですが、「行政庁」としての性格が強くなっていたんでしょうね。 -
鞘橋から見た西側の天守台
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鞘橋から見た東側の天守台
こちらは天守台、って感じの形状ですね。 -
鞘橋を渡って天守台の「島」に到着するとすぐに現れるクランク。
最終防衛ラインっぽい雰囲気が。 -
天守台に到着。
なかなかに面白い構造。
3面が水に接した高さのある天守台と、天守台のほぼ中央部にある階段。
松が無ければマヤ文明の遺跡のよう(^^) -
天守台の階段を上ると台座を囲む石垣に上る仮設階段がありました。
本来はここが天守の基部部分だったので、木の階段があったのでしょう -
天守台の石垣からの風景。
海が見えます。 -
天守台の石垣からの風景。
東側の風景。 -
天守台の石垣からの風景。
駅方面。
こちらも昔は堀があったのでしょうが、埋め立てられているのは残念。 -
鉄門側から城の外に出ます。
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