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ケニアIten ~ランナー達の聖地~<br /><br />タンザニアのキリマンジャロ国際空港からナイロビ経由で2時間程のフライトで、ケニアのItenに足を延ばしました。息子が働いているランニングのベースキャンプがある場所で、標高2400メートル。ケニア人の中でも特に長距離に抜群に強いカレンジン族が暮らす、リフトバレーの断崖に位置していて、「世界のマラソンの首都」と呼ばれています。Nike, Adidasはじめ多くのスポーツブランドがそれぞれにキャンプを持って、世界で台乗りできるマラソンランナーを育てているのですが、高地トレーニングに理想的な環境で、世界中の一流選手が集まって練習しているだけでなく、世界のマラソンフリーク達が彼らと一緒に走るために集まっているのです。<br /><br />Itenの伝説のはじまり<br /><br />1970年代に、Itenにランニング文化を根づかせた伝説の牧師がいます。アイルランドからやって来たColm O’Connellという人で、当初は高校の地理の教師だったそうです。彼が体育の授業にマラソンを取り入れると、生まれながらに高地で育ち、長距離を水を運んだりして暮らしていたカレンジン族の生徒たちが類まれなる才能を持っていることに気づいたそうです。体形は足が長くほっそりしていて、遺伝子上も通常の人より赤血球が3倍も多く、少ない酸素の中で速く走れる体を持っているらしいです。実はホテルのロビーで彼をみかけたのですが、ランニング文化をItenに根付かせた功労者として、「ケニア陸上のゴッドファーザー」と呼ばれ、町中の人にリスペクトされているのだとか。<br /><br />Kerio Viewホテル<br /><br />Itenでは息子の定宿に泊まってのんびり過ごしました。眼下にはリフトバレーが広がり、眺めが抜群のリゾートホテルなのですが、観光地として知られているわけではないので、宿泊客はランニング関係者ばかりです。3食食事が食べられて、チャイティーとチャパティーというインドのナンのようなパンがとても美味しかったです。<br /><br />タンザニアもそうでしたが、従業員は皆とてつもなく親切で、息子はまるで家族のように大事にされてました(笑)。今回息子がめずらしく胃腸炎になってしまったのですが、ホテル中のクルーが心配してなにくれとなく世話を焼いてくれていました。感激したのは洗濯。サバンナで溜まりにたまった洗濯物を一気に出したのですが、洗濯機もなく手洗いで日光干しの上、アイロンをかけてくれます。破格の安値で。<br /><br />ケニアのランナー事情<br /><br />朝6時から朝練を見せてもらいました。朝、昼、晩に分けて1日3回、合計60キロを毎日走るという過酷さです。ユニフォームを着ているのが正式な契約ランナーで、皆彼らに憧れて練習に参加しています。彼らにとって、走ることは決して楽しみではなく、お金のために走っている人が大半。走ることで、家族を養ったりよい家に住めるというのがモチベーションなのだとか。<br /><br />女性ランナーたちの事情はさらに複雑であることを知りました。世界マラソンで台に乗るような選手の家はとても立派でした。表彰台に乗れば、賞金で家が建つそうです。彼女たちが契約企業と話をする際には、必ず夫がついてくるのだそうです。そしてよい成績をとると、彼女達の前に列をなして求婚者が現れるそう。オットは紐状態でありながら、財布の紐をがっちり握っているケースが多いのだとか。まだこの国で、女性たちは解放前夜であるというのが現実のようでした。<br /><br /><br />何故アフリカに?<br /><br />40年くらい前にガチのバックパッカーでした。会社を辞め、大韓航空の1年オープンチケットとユーレイルパスを手に、半年以上資金の続く限り、東欧西欧モロッコまで、北欧を除く殆どのユーラシア大陸を訪れたことがあります。その頃はそんなのが流行っていて、20代の私はおそどまさこさんの「地球は狭いわよ」シリーズをバイブルのように読んで感化されていました。<br /><br />その時にはモロッコの先にあるサバンナに行く余裕がありませんでした。いわば人生の積み残しです。今回息子が連れて行ってくれるというありがたい申し出に、長旅ができるのは最後かもしれないと乗っかることにしました。<br /><br />40年前、ネットのない時代に「地球の歩き方」だけを頼りに各地を回ると、本とはまったく異なる土地も多かったです。特に東欧諸国は当時のソ連の配下にあり、電気がつかないお湯がでない食べ物がどこにも売ってない等々、なかなかのハードシップに直面しました。それでも、不思議と今でも思い出すのは、そんな場面で出会った人々の事が多いのです。英語がまったく通じない恵まれない国の人々は皆澄んだ目をしていてとてつもなく親切でした。<br /><br />当時の旅日記を今でも大切に持っています。そこにはこんな事が書いてあります。「外国で、こうやって誰も助けてはくれない自分だけの人生を生きてみれば、今まで見えていなかったことが見えてくる。大切な人は誰か、大切な事は何か、日本にいるとき自分がどれだけわがままで、家族の愛情におんぶしてぐうたら暮らしていたか。そんなことがひとつずつ。素敵な景色に巡り合えた時はもちろん心臓がキュンとなって涙が出そうになる。だけどそれだけじゃなくて、26年間の人生にきっちり落とし前をつけるために、今日もまた20㎏の荷物を引きずって、新しい街へと旅立つ。くたびれて崩れそうになっても、顔をあげて足を踏ん張って、次の国へと向かう。そこでまた新しい出会いが待っているだろうから。」<br /><br />今回の旅で、その頃の冒険に望むわくわくした気持ちを少しだけ思い出しました。旅は道連れ世は情け。見たことのない景色を見てみたい。旅に出る理由は、そんなシンプルもので十分だったはず。<br /><br />いつの日か、目覚ましい発展を遂げ豊かになったタンザニアをもう1度訪れてみたいな。そんな事を今は思っています。

アフリカ旅行記 ケニア・イテン編 2025.8

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2025/08/15 - 2025/08/24

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popotan 8

popotan 8さん

ケニアIten ~ランナー達の聖地~

タンザニアのキリマンジャロ国際空港からナイロビ経由で2時間程のフライトで、ケニアのItenに足を延ばしました。息子が働いているランニングのベースキャンプがある場所で、標高2400メートル。ケニア人の中でも特に長距離に抜群に強いカレンジン族が暮らす、リフトバレーの断崖に位置していて、「世界のマラソンの首都」と呼ばれています。Nike, Adidasはじめ多くのスポーツブランドがそれぞれにキャンプを持って、世界で台乗りできるマラソンランナーを育てているのですが、高地トレーニングに理想的な環境で、世界中の一流選手が集まって練習しているだけでなく、世界のマラソンフリーク達が彼らと一緒に走るために集まっているのです。

Itenの伝説のはじまり

1970年代に、Itenにランニング文化を根づかせた伝説の牧師がいます。アイルランドからやって来たColm O’Connellという人で、当初は高校の地理の教師だったそうです。彼が体育の授業にマラソンを取り入れると、生まれながらに高地で育ち、長距離を水を運んだりして暮らしていたカレンジン族の生徒たちが類まれなる才能を持っていることに気づいたそうです。体形は足が長くほっそりしていて、遺伝子上も通常の人より赤血球が3倍も多く、少ない酸素の中で速く走れる体を持っているらしいです。実はホテルのロビーで彼をみかけたのですが、ランニング文化をItenに根付かせた功労者として、「ケニア陸上のゴッドファーザー」と呼ばれ、町中の人にリスペクトされているのだとか。

Kerio Viewホテル

Itenでは息子の定宿に泊まってのんびり過ごしました。眼下にはリフトバレーが広がり、眺めが抜群のリゾートホテルなのですが、観光地として知られているわけではないので、宿泊客はランニング関係者ばかりです。3食食事が食べられて、チャイティーとチャパティーというインドのナンのようなパンがとても美味しかったです。

タンザニアもそうでしたが、従業員は皆とてつもなく親切で、息子はまるで家族のように大事にされてました(笑)。今回息子がめずらしく胃腸炎になってしまったのですが、ホテル中のクルーが心配してなにくれとなく世話を焼いてくれていました。感激したのは洗濯。サバンナで溜まりにたまった洗濯物を一気に出したのですが、洗濯機もなく手洗いで日光干しの上、アイロンをかけてくれます。破格の安値で。

ケニアのランナー事情

朝6時から朝練を見せてもらいました。朝、昼、晩に分けて1日3回、合計60キロを毎日走るという過酷さです。ユニフォームを着ているのが正式な契約ランナーで、皆彼らに憧れて練習に参加しています。彼らにとって、走ることは決して楽しみではなく、お金のために走っている人が大半。走ることで、家族を養ったりよい家に住めるというのがモチベーションなのだとか。

女性ランナーたちの事情はさらに複雑であることを知りました。世界マラソンで台に乗るような選手の家はとても立派でした。表彰台に乗れば、賞金で家が建つそうです。彼女たちが契約企業と話をする際には、必ず夫がついてくるのだそうです。そしてよい成績をとると、彼女達の前に列をなして求婚者が現れるそう。オットは紐状態でありながら、財布の紐をがっちり握っているケースが多いのだとか。まだこの国で、女性たちは解放前夜であるというのが現実のようでした。


何故アフリカに?

40年くらい前にガチのバックパッカーでした。会社を辞め、大韓航空の1年オープンチケットとユーレイルパスを手に、半年以上資金の続く限り、東欧西欧モロッコまで、北欧を除く殆どのユーラシア大陸を訪れたことがあります。その頃はそんなのが流行っていて、20代の私はおそどまさこさんの「地球は狭いわよ」シリーズをバイブルのように読んで感化されていました。

その時にはモロッコの先にあるサバンナに行く余裕がありませんでした。いわば人生の積み残しです。今回息子が連れて行ってくれるというありがたい申し出に、長旅ができるのは最後かもしれないと乗っかることにしました。

40年前、ネットのない時代に「地球の歩き方」だけを頼りに各地を回ると、本とはまったく異なる土地も多かったです。特に東欧諸国は当時のソ連の配下にあり、電気がつかないお湯がでない食べ物がどこにも売ってない等々、なかなかのハードシップに直面しました。それでも、不思議と今でも思い出すのは、そんな場面で出会った人々の事が多いのです。英語がまったく通じない恵まれない国の人々は皆澄んだ目をしていてとてつもなく親切でした。

当時の旅日記を今でも大切に持っています。そこにはこんな事が書いてあります。「外国で、こうやって誰も助けてはくれない自分だけの人生を生きてみれば、今まで見えていなかったことが見えてくる。大切な人は誰か、大切な事は何か、日本にいるとき自分がどれだけわがままで、家族の愛情におんぶしてぐうたら暮らしていたか。そんなことがひとつずつ。素敵な景色に巡り合えた時はもちろん心臓がキュンとなって涙が出そうになる。だけどそれだけじゃなくて、26年間の人生にきっちり落とし前をつけるために、今日もまた20㎏の荷物を引きずって、新しい街へと旅立つ。くたびれて崩れそうになっても、顔をあげて足を踏ん張って、次の国へと向かう。そこでまた新しい出会いが待っているだろうから。」

今回の旅で、その頃の冒険に望むわくわくした気持ちを少しだけ思い出しました。旅は道連れ世は情け。見たことのない景色を見てみたい。旅に出る理由は、そんなシンプルもので十分だったはず。

いつの日か、目覚ましい発展を遂げ豊かになったタンザニアをもう1度訪れてみたいな。そんな事を今は思っています。

  • Iten:Home of Championの入り口

    Iten:Home of Championの入り口

  • Kerio Viewホテルのフロントとレストラン

    Kerio Viewホテルのフロントとレストラン

  • ヴィラ形式の客室。親子で上下に泊まった。

    ヴィラ形式の客室。親子で上下に泊まった。

  • 部屋からはリフトバレーが一望できる

    部屋からはリフトバレーが一望できる

  • <br />時は真冬。地植えされたポインセチアが力強く咲いていた


    時は真冬。地植えされたポインセチアが力強く咲いていた

  • <br />めぐまれたトップランナーの家


    めぐまれたトップランナーの家

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