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燈籠祭りの翌日、汗を流すため、道の駅 飯高駅に立ち寄った。<br />そこから徒歩数分の松阪市飯高町に鎮座する「花岡神社」を参拝しました。<br />松阪港まで流れ下る櫛田川左岸の豊かな自然に囲まれた歴史のある神社です。

「花岡神社」

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2025/07/26 - 2025/07/26

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旅行記グループ きほく燈籠祭り

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おやじさん

燈籠祭りの翌日、汗を流すため、道の駅 飯高駅に立ち寄った。
そこから徒歩数分の松阪市飯高町に鎮座する「花岡神社」を参拝しました。
松阪港まで流れ下る櫛田川左岸の豊かな自然に囲まれた歴史のある神社です。

旅行の満足度
2.5
観光
2.5
交通
1.5
交通手段
自家用車 徒歩
  • 松阪市飯高町に鎮座する「花岡神社」。<br />松阪港まで流れ下る櫛田川左岸の豊かな自然に囲まれた静かな環境です。<br />写真は松阪市飯高町宮前地内の通りの光景。<br />宮前の名が示す様に、分かれ道の先に神社の杜らしき姿が見えてきます。<br />かつては旧和歌山街道の宿場町で、江戸時代は紀州藩の本城と東の領地松阪城を結ぶ街道として、伊勢参宮や熊野詣、吉野詣の巡礼、南紀や伊勢志摩の海産物などを大和地方に運ぶ交通の要衝として栄えた宿場町でした。

    松阪市飯高町に鎮座する「花岡神社」。
    松阪港まで流れ下る櫛田川左岸の豊かな自然に囲まれた静かな環境です。
    写真は松阪市飯高町宮前地内の通りの光景。
    宮前の名が示す様に、分かれ道の先に神社の杜らしき姿が見えてきます。
    かつては旧和歌山街道の宿場町で、江戸時代は紀州藩の本城と東の領地松阪城を結ぶ街道として、伊勢参宮や熊野詣、吉野詣の巡礼、南紀や伊勢志摩の海産物などを大和地方に運ぶ交通の要衝として栄えた宿場町でした。

  • 分かれ道を右に進んだ先に鎮座する花岡神社。<br /> 境内は、社殿を優に超える大きな杉や、さらに大きなイチョウの樹が聳えており、神社の歴史を物語っています。

    分かれ道を右に進んだ先に鎮座する花岡神社。
     境内は、社殿を優に超える大きな杉や、さらに大きなイチョウの樹が聳えており、神社の歴史を物語っています。

  • 社頭全景。<br />社標の奥に石造の神明鳥居を構えている。

    社頭全景。
    社標の奥に石造の神明鳥居を構えている。

  • 上の写真は社標の右側に立てられていた「宮前村元標跡」の解説。<br />「ここに30センチ角、4尺(約120センチ)ほどの角柱が建っていた。<br />正面に「宮前村元標」と側面には松阪まで何里・何丁、津まで、山田まで、吉野、高野などの旅程が書かれていた。<br />この辺りは商家や宿も多く、宮(旧社名 花岡社・八王子社)の前から、或いは宮の前まで、宮の前の・・・と目安にした言葉が地名となり今も宮の前と言われている」<br />下の写真は宮前宿周辺の散策マップ。<br /> 道の駅飯高駅から車で5分程西の赤桶神社に行きたかったが、当日は祭礼準備で立ち寄れる雰囲気ではなかったが、この辺りには神話の国分け伝説の舞台となった珍布峠や礫石が現存します。

    上の写真は社標の右側に立てられていた「宮前村元標跡」の解説。
    「ここに30センチ角、4尺(約120センチ)ほどの角柱が建っていた。
    正面に「宮前村元標」と側面には松阪まで何里・何丁、津まで、山田まで、吉野、高野などの旅程が書かれていた。
    この辺りは商家や宿も多く、宮(旧社名 花岡社・八王子社)の前から、或いは宮の前まで、宮の前の・・・と目安にした言葉が地名となり今も宮の前と言われている」
    下の写真は宮前宿周辺の散策マップ。
     道の駅飯高駅から車で5分程西の赤桶神社に行きたかったが、当日は祭礼準備で立ち寄れる雰囲気ではなかったが、この辺りには神話の国分け伝説の舞台となった珍布峠や礫石が現存します。

  • 社地東の脇参道の眺め。

    社地東の脇参道の眺め。

  • 社頭から境内の眺め。<br /> 参道を遮らんばかりの太い幹は御神木の大イチョウ。

    社頭から境内の眺め。
     参道を遮らんばかりの太い幹は御神木の大イチョウ。

  • 社頭左の「八王子」石標。<br />三重県神社庁の花岡神社案内は以下。<br />「天之忍穂耳命を主祭神とする五男三女神と山の神 大山津見神を祭神とし、下滝野、宮前、野々口地区の氏神様として崇敬を集めております。<br /> 春と秋には、稚児舞の奉納、獅子舞の奉納(正月、3月、10月)がなされる。<br />明治8年郷社に指定される。」

    社頭左の「八王子」石標。
    三重県神社庁の花岡神社案内は以下。
    「天之忍穂耳命を主祭神とする五男三女神と山の神 大山津見神を祭神とし、下滝野、宮前、野々口地区の氏神様として崇敬を集めております。
     春と秋には、稚児舞の奉納、獅子舞の奉納(正月、3月、10月)がなされる。
    明治8年郷社に指定される。」

  • 社頭右の「花岡社」石標。往古は呼称が違っていたのかもしれない。

    社頭右の「花岡社」石標。往古は呼称が違っていたのかもしれない。

  • 御神木の大銀杏。<br />幹を撫でると【生命(いのち)の気】を頂けるようです。

    御神木の大銀杏。
    幹を撫でると【生命(いのち)の気】を頂けるようです。

  • 参道右側の手水舎、後方には幹で一本になる三本杉があり、家族の絆の象徴として御神木になっております。

    参道右側の手水舎、後方には幹で一本になる三本杉があり、家族の絆の象徴として御神木になっております。

  • 参道から少し先の右側に「伊勢神宮遥拝所」。

    参道から少し先の右側に「伊勢神宮遥拝所」。

  • 拝殿正面全景。<br />桁行6間、梁間4間の入母屋瓦葺の四方吹き抜けで、床板を張らず、土間の上に柱が立てられた土間殿の様式です。

    拝殿正面全景。
    桁行6間、梁間4間の入母屋瓦葺の四方吹き抜けで、床板を張らず、土間の上に柱が立てられた土間殿の様式です。

  • 凛々しい姿の狛犬は平成9年(1997)に寄進されたもの。<br />主祭神は正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(天之忍穂耳命)。<br />勝勝とあるように勝負の神・商売繁盛・病気平癒・家門の繁栄、開運厄除の御利益が得られるようです。<br /><br />三重県神社庁の【三重県の神社】では花岡神社について以下のように書かれています。<br />「天之忍穂耳命を主祭神とする五男三女神と山の神大山津見神を祭神とし、下滝野、宮前、野々口地区の氏神様として崇敬を集めております。<br />春と秋には、稚児舞の奉納、獅子舞の奉納(正月、3月、10月)がなされる。<br />明治8年12月9日度会県11区郷社に指定される。」<br /><br />社頭の「八王子」石標が示す様に、天照大神と素戔嗚尊の誓約で生まれた五男三女神を祀ります。

    凛々しい姿の狛犬は平成9年(1997)に寄進されたもの。
    主祭神は正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(天之忍穂耳命)。
    勝勝とあるように勝負の神・商売繁盛・病気平癒・家門の繁栄、開運厄除の御利益が得られるようです。

    三重県神社庁の【三重県の神社】では花岡神社について以下のように書かれています。
    「天之忍穂耳命を主祭神とする五男三女神と山の神大山津見神を祭神とし、下滝野、宮前、野々口地区の氏神様として崇敬を集めております。
    春と秋には、稚児舞の奉納、獅子舞の奉納(正月、3月、10月)がなされる。
    明治8年12月9日度会県11区郷社に指定される。」

    社頭の「八王子」石標が示す様に、天照大神と素戔嗚尊の誓約で生まれた五男三女神を祀ります。

  • 拝殿から狛犬が守護する、幣殿・本殿の眺め。

    拝殿から狛犬が守護する、幣殿・本殿の眺め。

  • 拝殿額は「花岡神社」。

    拝殿額は「花岡神社」。

  • 幣殿正面、幕には三つ巴の紋が入ります。

    幣殿正面、幕には三つ巴の紋が入ります。

  • 拝殿から社頭の眺め。<br />大イチョウは境内に大きな木陰を落としてくれます。

    拝殿から社頭の眺め。
    大イチョウは境内に大きな木陰を落としてくれます。

  • 拝殿内には2枚の「花岡神社由緒」由緒が掲示されていました。<br /><br />上の内容は以下。<br />「〈歴史〉当社の創建については、万治元年(1653)と明治元年(1868)の火災により、史料が焼失しており不明である。<br />『花岡社日天八王子略記』によると、当社の南に平信兼が城を構えており、源義経の臣・伊勢三郎義盛が当社のあたりに陣を構えたとある為創建は800年以上に及ぶ。<br />1400年頃、馬頭観世大士の御堂が兵士により焼け、土中に埋もれていたが、それを掘り出し、 当社の相殿に祀った。<br />明治8年(1875)に度会県十一区の郷社に指定。<br />明治41年(1908)に、花岡神社と称した。』 <br /><br />下の滝野郷総社の内容から一部抜粋。<br />『御社殿 本殿 神明造 間口3間・奥行き2間。<br />幣殿、拝殿、神饌所、手水舎、祭器庫、社務所。<br />御由緒<br />当社勧請の由来については、万治元年(1658)と明治元年(1868)の二度の大災により史料が失われた。<br />ただ本社の南、鷹民山に平信兼が城を構え、源義経の臣伊勢三郎義盛(義経四天王の一人)に打たせた際、当社のあたりに陣を構えたとあり、草創も八百年以上に及ぶものと推測できる。<br />応永年間(1400)頃、馬頭観世音大士の御堂が兵火により焼け土中に埋もれていたが、 観音を当村の松殿に安置した。<br />相殿とは、同じ社殿に二柱以上の神を合祀すること。<br />天保6年(1835)12月、滝野郷の滝野治郎祐義知は本社の森に「花岡杜」と名付けたと伝えられる。<br />明治8年(1875)度会県十一区の郷社に指定。<br />明治41年(1908) 合祀の許可を受け執行、花岡神社と称する許可を得る。<br />近隣で縄文時代の遺跡や遺物が発見されているため、櫛田川に沿った地域では古くから信仰の対象物はあったと推測される。』<br /><br />平信兼は伊勢義盛により討ち取られますが、源平盛衰記には三日平氏の乱として伊勢国滝野において討ち取られたとあり、城を構えたとされる鷹民山は櫛田川の対岸にあり、頂には滝野城址がありますが観光ルートとして整備されていないようです。<br /><br />由緒にある「花岡社日天八王子略記」も国立公文書館デジタルアーカイブで検索してみた、残念ながら見つけられなかったが、この神社の創建は平安時代まで遡るのかもしれない。

    拝殿内には2枚の「花岡神社由緒」由緒が掲示されていました。

    上の内容は以下。
    「〈歴史〉当社の創建については、万治元年(1653)と明治元年(1868)の火災により、史料が焼失しており不明である。
    『花岡社日天八王子略記』によると、当社の南に平信兼が城を構えており、源義経の臣・伊勢三郎義盛が当社のあたりに陣を構えたとある為創建は800年以上に及ぶ。
    1400年頃、馬頭観世大士の御堂が兵士により焼け、土中に埋もれていたが、それを掘り出し、 当社の相殿に祀った。
    明治8年(1875)に度会県十一区の郷社に指定。
    明治41年(1908)に、花岡神社と称した。』

    下の滝野郷総社の内容から一部抜粋。
    『御社殿 本殿 神明造 間口3間・奥行き2間。
    幣殿、拝殿、神饌所、手水舎、祭器庫、社務所。
    御由緒
    当社勧請の由来については、万治元年(1658)と明治元年(1868)の二度の大災により史料が失われた。
    ただ本社の南、鷹民山に平信兼が城を構え、源義経の臣伊勢三郎義盛(義経四天王の一人)に打たせた際、当社のあたりに陣を構えたとあり、草創も八百年以上に及ぶものと推測できる。
    応永年間(1400)頃、馬頭観世音大士の御堂が兵火により焼け土中に埋もれていたが、 観音を当村の松殿に安置した。
    相殿とは、同じ社殿に二柱以上の神を合祀すること。
    天保6年(1835)12月、滝野郷の滝野治郎祐義知は本社の森に「花岡杜」と名付けたと伝えられる。
    明治8年(1875)度会県十一区の郷社に指定。
    明治41年(1908) 合祀の許可を受け執行、花岡神社と称する許可を得る。
    近隣で縄文時代の遺跡や遺物が発見されているため、櫛田川に沿った地域では古くから信仰の対象物はあったと推測される。』

    平信兼は伊勢義盛により討ち取られますが、源平盛衰記には三日平氏の乱として伊勢国滝野において討ち取られたとあり、城を構えたとされる鷹民山は櫛田川の対岸にあり、頂には滝野城址がありますが観光ルートとして整備されていないようです。

    由緒にある「花岡社日天八王子略記」も国立公文書館デジタルアーカイブで検索してみた、残念ながら見つけられなかったが、この神社の創建は平安時代まで遡るのかもしれない。

  • 拝殿右側から眺める社殿全景。

    拝殿右側から眺める社殿全景。

  • 境内右に二つの句碑が建てられていましたが、詳細は分かりません。

    境内右に二つの句碑が建てられていましたが、詳細は分かりません。

  • 拝殿左から幣殿、本殿を眺める、5本の鰹木と外削ぎの千木が載る神明造です。<br />旧和歌山街道の宿場町に鎮座する花岡神社は、古くから滝野郷の歴史を見届けてきた神社です。<br />花岡神社<br />創建 / 不明<br />祭神 / 正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命 他八柱<br />境内社 / 不明<br />祭典日 / 春祭り3月11日に近い日曜日、夏祭り8月14日、秋祭り10月15日に近い日曜日<br />氏子域 / 下滝野、宮前、野々口<br />所在地 / 三重県松阪市飯高町宮前783<br />参拝日 / 2025/07/26

    拝殿左から幣殿、本殿を眺める、5本の鰹木と外削ぎの千木が載る神明造です。
    旧和歌山街道の宿場町に鎮座する花岡神社は、古くから滝野郷の歴史を見届けてきた神社です。
    花岡神社
    創建 / 不明
    祭神 / 正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命 他八柱
    境内社 / 不明
    祭典日 / 春祭り3月11日に近い日曜日、夏祭り8月14日、秋祭り10月15日に近い日曜日
    氏子域 / 下滝野、宮前、野々口
    所在地 / 三重県松阪市飯高町宮前783
    参拝日 / 2025/07/26

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