2025/05/03 - 2025/05/05
13031位(同エリア20602件中)
ヒデールさん
これからの10年間、香港で一番変貌を遂げるエリアは間違いなく新界の新田地区だろう。
森林や田園、養魚池が広がる長閑なこの地に中国屈指の経済特区深圳との一体化を目指し 325億香港ドルをかけた国家プロジェクト 巨大テクノロジー集積都市「新田科技城」が建設される。
オフィスビルが建ちMTRの新路線も敷かれ新たに50万戸の住宅が造られる構想だ。
そんなエリアのド真ん中に600年の歴史を持つ村がある。
都市計画から外れてはいるが周囲の環境が変わり、村の中をMTRが通るとなると影響は避けられないはず。
古い村、古民家、古廟好きの自分としては現状の村を観ておかねば、という気持に駆られた。
-
ついにワタシの地元小松空港から香港への直行便に搭乗する日がやって来た。
キャリアは香港エクスプレス
4/24に新規定期路線として就航したばかりだ。
週3便で発着時間もベストではないが今まで関空やセントレア、時には上海トランジットといった手間や移動を考えれば こんな有り難いことはない。
ただワクワクしてる一方で慣れないせいか不思議な感じがする。
ここから飛び立って降りたらそこは香港って、どうも想像し難い。
昔の人かオレは(笑) -
フライトの2時間前にチェックインの列に並びチェックイン完了。
その際窓口のスタッフから手荷物は1個と言われ、持ってたコートをリュックに押し込む。
その後1階の売店でポケットWiFiを受け取りスマホを充電してからイミグレを通過。
ここまでターミナル内の移動時間はたったの3分。
地方空港はこれだからいい。 -
午後7:00. もう搭乗が始まった。
トイレを済ませ自販機でお茶を買いボーディングブリッジを歩く。
窓からはしっかり" HK express "と書かれた機体が見えてる。
感極まることはないが感慨深いものはある。 -
シートは6B
前の方で良かった
後から乗って来た女子が6Aだったのでこっちが一旦通路に出て通してあげた際に広東語で返したら通じず、彼女から英語で「Mandarin」と言われる。
どうやら中国人のようだ。
それならと「没問題」と答えたが、後から「不客气」の間違いだったことに気付く。
普段から使わない外国語は知ってても とっさには出ない。
右隣のシートこそは香港人ぽい。
GWなので日本人も乗ってるが、見える範囲だけで言うと2~3割ってとこ。 -
機内では10分ほどしか眠れず香港に到着。
ドアから出て香港の外気に触れる…
う~ん 蒸し暑い
久々に感じる生温い空気。
これだけでも香港に来た実感が湧く。
タラップを降り連絡バスに乗る。
時間は香港時間の午後11:27. -
足早に入国審査へ向かう人の流れから逸れトイレへ行って近くの椅子に座りポケットWiFiを繋げて ゆっくり晩めしを食う。
今夜のディナーは日本から持って来たおにぎりとパンとじゃがりこのコンビニめし。
めしを食ってると近くに華人系の男がやって来た。
話しかけてみると、またしても中国人。
なんでも彼は深圳在住者で知り合いの中国人が大阪で板金屋をやってて、自分も日本で板金の仕事をやりたいらしい。
中国よりも5倍稼げるというのがその理由だ。
彼とは20分ほど話しをして別れる
さて、これから人生初の " 空港野宿 " に挑む。
寝床は入国審査の手前左手のフェリーカウンターと思しき前。
ここには幾つも長椅子が置いてあって既に15人ほどが仮眠してる状況。
ただせっかくの長椅子も意地の悪い歪な形をしてる。
そんな変形でもお構いなく寝てる強者もいて、自分もトライしてみるが無理!
絶対落っこちる(笑)
なので床に直に寝てる人の方が多いのは納得。
自分もそうすることにする。 -
周りに何人も寝てる人が居ると安心感がある。
確認はしていないが監視カメラもそれなりに複数あるだろう。
照明は深夜でも落ちることがないので眠りにくい反面、防犯上はいい。
椅子の下部に充電用USBがあるのも有り難い。
トイレも目の前にあるので用を足して歯を磨いて、あとは眠るだけ。
寝袋代わりに持って来たダウンコートを着て寝る体勢に入る。
貴重品だけはリュックから出して着てる服の中へ仕舞う。
午前1:30. 就寝… -
午前5:20. 起床
浅い眠りのせいか途中3回ほど目が覚めたが3時間ほど眠れた。
貴重品は手元にあるしリュックも無事だ。
どこかの空調の影響なのか4時頃からダウンを着てても少し寒く感じた。
割と軽装で寝てる人が多くて寒かったんじゃないかと思う。
ダウンコートはこのあと単なる " お荷物 " だが持って来て正解だ。
トイレへ行ってから入国審査を通る。
早朝5時台でもたくさんの人が長い列を作ってる。
さすがは国際都市 香港だ。
今回の旅は弾丸に近いため両替店がある九龍地区まで行ってる時間がないので劣悪レートを承知の上で空港で両替を済ませる。
13,000 JPY → 617 HK$
(後日 葵芳に両替店があることが判明)
午前5:55. 到着ロビーに出た。 -
香港の旅はこれがないと始まらない。
オクトパスカードに100HK$チャージ。 -
今回の旅はあちこち行ってる時間がないので目的地を元朗郊外にある幾つかの村に絞ってる。
ひとまず葵涌で取ったホテルに荷物を置きに行く。
空港から葵涌へはA30とE32という2路線のバスがある。
前者はこの時間、1時間に1本しかないので30分毎に運行してるE32を利用する。 -
午前6:35. やっと現れた。
30分以上待ってようやく乗車。
即2階の最前列に陣取る。 -
香港天文台によると今日の天気予報は晴れ時々くもりとなってるが…
何となく雲行きが怪しい。
そのうちポツポツと雨粒が窓に当たる。
一瞬嫌な予感がしたが、以降香港滞在中は雨に遭うことはなかった。
それにしてもこの路線、空港周辺のバス停を隈無く巡っててめちゃめちゃ時間がかかりそう…
その後 青衣―荃灣―葵涌とバスは進む。 -
午前7:30. 空港から1時間近く費やしホテル最寄りの「葵芳邨」のバス停に到着。
ホテルはバスが走る大通りから1本裏手の通りにある Hotel Ease Access ‧ Tsuen Wan(旭逸雅捷酒店 ‧ 荃灣)
レセプションのあるGFの上のLF(日本で言うとこの2F)へ上がり荷物を預ける。
ついでにトイレを借りてボトムをジーンズから短パンにチェンジ。
身軽になった -
これから元朗の郊外 新田郷にある幾つかの村を目指す。
ホテルから10ほど歩いて小巴87Kのバス停から乗車。
荃湾西站へ向かう。 -
午前8:24. 荃湾西站に到着。
ここからはMTRに乗り元朗へ。 -
午前8:40. 今年2度目の元朗入り。
駅直結の YOHO MALL を抜け外へ出る。 -
1月に元朗へ来た時に初めて入って美味かった建樂街にある人気の店「添記焼臘飯店」で朝めしを食う。
おおぉ 人気のある持ち帰りは並んでるね~
ワタシは当然 店内食です。 -
前回と同じ円卓の席に座り
「イウ シウヨッファン トンナイチャ / 焼味飯とミルクティーをください」
とオーダーする
すると店員さんから
「ミルクティーは隣の店で買ってね」
と言われ焼味飯の料金29$と書かれた紙切れをテーブルの上に置いていく。
29HK$、日本円にして550円は円安の時代には有り難い限り。 -
店員が言う隣の店「成記茶寮」とは同じ大排檔同士テントの屋根の下で繋がってることを奶茶を買いに行って初めて知った。
ただ成記茶寮の店員、ちょっと威圧的やったな。
香港人以外が来るような店じゃないからやろうけど。
とっさに広東語で受け答えできるほどワタシゃ身についてませんよ。 -
程なくして料理が到着。
ん? 前回に比べ肉の量がちょいと少ないような…
前回付いてた漬物も無いですね。
さっき店員に広東語で「ワタシは日本人ツーリストで、ここへ来るのは2回目です」ってアピールしたんだけどなぁ。 -
美味かったけど最初に食べた時ほどじゃないかな
マイタ~ン / お勘定~ -
陽射しが出て暑くなってきた…
日陰に入り日焼け止めを塗る。
ボトムは短パンにしてきて良かった。 -
これから北部に位置する新田郷の村を目指し移動だ。
YOHO MALL Ⅰ のGFにあるバス停から落馬洲站行きのB1に乗車。
タイミング良く待ち時間0分! -
バスは新田公路という高速道路を走る。
「新田運輸交匯處」というバス停まで約10kmの道のりをたったの10分で到着。
午前9:47. 下車 -
ここまでホテルから小巴とMTRとバスとを乗り継いで来たけど、移動時間は然程かかってないので遠くまで来た感覚はないが景色は全然違う。
高層の建物は全くなく、人通りもほとんどない。
視界が開けてるせいで深圳の高層ビル群がよく見える。
それもそのはず ここから深圳までは約2km
普通に歩いていける距離だ。
この一帯が近い将来「新田科技城」と呼ばれる新都市に生まれ変わるそうだ。 -
痒い…
足首の辺りを虫に刺される。
虫除けスプレーをしてたが甘かったか
そして暑い…
暑さに強かったオレはどこへ行ったんだろう(笑)
日陰を辿りながら青山公路を永平村へ向かって歩く… -
午前9:59. 新田運輸交匯處のバス停から歩いて10分、ついに新田郷永平村に着いた。
-
中国の江西省にルーツを持つ文氏一族が600年前の明代にこの地に移り住んだのが始まりとされる永平村、蕃田村、新龍村ほか九つの部落。
その歴史の深さから この辺り一帯には多くの古廟や古民家、お屋敷が現存する。
中でも案内板にも記されてる「大夫第」と「麟峯文公祠」は注目のスポットだ。 -
青山公路から永平村の中心へと繋がる道を歩く。
-
大夫第に近づくにつれ観光客っぽい人たちとすれ違う。
豪く辺鄙な場所だから訪れる人なんているのかなと思ってた。
そして4分ほど歩くと だだっ広い敷地の中に古廟のような佇まいの建物が見えてきた。
あれだね -
大夫第はここ新田郷のルーツである南宋代の烈士、文天祥の従兄弟 文天端の21代祖の文頌鑾が清代の1865年に建てた邸宅。
華南地方の伝統的な貴族階級の邸宅ということだ。 -
屋根を見上げると細部まできっちり彫られた彫刻や模様が描かれている。
こういう装飾のひとつひとつに意味や謂れがあるんだろうな。 -
早晨~ / おはよう~
門をくぐりエントランスホールにいた この施設のガイドらしき女性2人にこちらから挨拶をする。
ワタシは広東語で「ワタシは日本人ツーリストです」と言うと相手は「英語を話せますか?」と英語で返される。
ワタシは広東語で「英語は少しだけ話せます、広東語も少しだけ話せます」と続ける すると相手はさっそく英語でこの邸宅について話し始めるが… -
… ん?
… まずい
… よくわからない(汗)
「窓」という単語は理解できたので、壁に設けられた半円の形をした洒落た窓を見上げ、
It's beautiful Window. と答えるのが精一杯。
そのうち こちらのリアクションが少ないのと少し距離を取ったことで向こうも察知したのか説明をやめた。 -
でもこの窓 よーく見ると魚や鳥や蜘蛛、あとは見慣れない四本脚の動物なんかが描かれていて芸術性に富んでる。
デザイン性も高く西洋文化と中国の伝統文化を融合させた個性的なものだ。 -
正面入り口から入って左手にパンフレットが置いてある。
言語は英語と広東語なので詳しくはわからないが記載されてる平面図は大体理解できる。 -
中央にはコートヤードと呼ばれる中庭がある。
その周りを取り囲むように建物が配置されてる。
これは中国の伝統的な建築様式である四合院の造りだ。
そしてその奥に豪華絢爛なメインホールがある。 -
額に入った御先祖の肖像画が5人並ぶメインホール。
ゲストなどを迎える部屋だろう。 -
そこに置いてある四脚の椅子。
腰掛けられないのは ちょっと残念だけど、文化財保護の観点からは致し方ない。 -
メインホールとベッドルームとを仕切る煉瓦の壁の上部には重厚な絵が描かれている。
-
メインホールから中庭を望む。
この時間の見学者はワタシだけ。
なので ゆっくり観れていい。 -
エントランスホールの右手にある小部屋の扉が ひときわ存在感を放ってる。
-
やはりここでも動物の描き方が独特なんですよ。
-
建物の西側にある厨房の入り口には中国の建築様式によく見られる煉瓦の壁に丸く空いた穴がある。
-
穴をくぐって厨房に入る。
意外にも南側は壁がないオープンな造り。
これだと台風の時とか荒てる天候の時は料理を作るのが大変だったと思う。 -
この網目の下で火を起こして鍋を煮たりしたんだろうね。
それにしても保存状態がいいね。 -
厨房の棟まで中庭を配置する徹底ぶり。
ここの扉もまた凝った装飾が施されてる。
さすがは貴族階級のお屋敷だ。
敷地内どこを見渡しても贅が尽くされてる。 -
建物の中はそんなに広くないので15分で観て周れた。
無論、英語や広東語を理解できる方であればガイドの説明を受け、より深く施設を楽しむことが出来るはずだ。
まぁ学のないワタシはこのくらいで充分です。
入場料 無料
開放時間 午前8:00~午後1:00、午後2:00~午後6:00
休み クリスマス、クリスマスの翌日、元旦三が日、春節期間
香港法定古蹟に登録済み -
大夫第を後にし永平村の中を歩く…
大夫第の近くに小ぢんまりとした土地廟があった。
永平村神廟、またの名を福徳神廟と言うようだ。 -
廟堂の向かいには村民レストラン「村民飯堂」がある。
でも今日は営業してない…
ていうか ここ暫くは営業してないのかも。
そう思わせる寂れ具合。
先へ進もう -
少し歩いたところでGoogle Map上は道が途絶えてるが、実際には道は続いてる。
そんな村内の道を歩いていくと歴史を感じる古民家があった。
2階の屋根のところには " 1968 " と彫られてる。
建てて60年弱、てとこかぁ
ただ残念ながら空き家のよう。 -
どうやら隣の村の「蕃田村」に入ったようだ。
この辺りの住宅街はとにかく道が狭い。
人通りが少ないから問題はないが。 -
住宅街の入り組んだところ、ちょっと分かりにくい場所に ここ蕃田村に5つある文氏廟のひとつ「永秀文公祠」があった。
地元の人からは「明徳堂」の名前で親しまれてるそうだ。
建立は1811年、改装して二階建てになってる。
最近また改装したようで 新し過ぎて味気無い印象を受ける。
今日は門が閉まってて敷地内へは入れない模様。 -
祖廟の周囲の道から正面を見る。
拝殿の奥の祭壇にたくさんの位牌が並んでるのが見える。
あの形式こそがここ蕃田村の祖廟の特徴だ。 -
住宅街の中に偶にポツンと煉瓦の壁の古民家がある。
ここも生活の匂いがしない。 -
少し歩くとまた煉瓦造りの建物が現れた。
頭の中に入ってる位置関係からいって、ここは「麟峯文公祠」だと思う。
念のためGoogle Mapで確認するが、間違ってはなかった。
正面が通りとは反対の北側を向いているので そっちに向かって歩く…
横から見てもかなり規模が大きいことがわかる。 -
Oops…
正面に着いたが、中には入れない…
う~ん 残念 -
ワタシが正門の前で立ってると中からお婆さんが現れた。
早晨!/ おはようございます!
挨拶を交わし、ワタシが日本から来た旅行者だと広東語で伝える。
お婆さんは広東語で何かを話すが、よく理解できない。
でも恐らく廟堂の中へ入れない理由を説明してくれてるんだと思う。 -
隙間から中を覗くと拝殿に足場が組んであるのが見える。
古くなった箇所の補修工事をやってるんだろう。
そんな拝殿の奥には、やはり位牌がたくさん並べられている。
なんでも文氏の先祖200名ほどが祀られてるらしい。
カメラで撮ったこの画像を拡大して管理人のお婆さんに
「チェンマン、ニーコー ディムキウア? / お尋ねします、これ何と呼びますか?」
て位牌の広東語読みを訊くと、丁寧に答えてくれたのに 暫く経ったら忘れた…
この廟堂の呼び方も1文字づつ意味まで説明を受けながら教えてもらったのに忘れた…
残念なワタシの記憶力。
動画でも撮れば良かったよ… -
頭上を見上げると 入り口の梁の部分の装飾がなかなか凝った造りになってる。
-
廟堂の中に入れなかったのは残念だが管理人のお婆さんが優しい方で良かった。
ここは17世紀中頃、第8代祖の文法宝(麟峯)を祀るため建立されたそうだ。
その後は村の子供たちを教育する場所として使われたそう。
大夫第同様、香港法定古蹟の認定を受けてる。
去り際にお婆さんに「チョッネイ サンタイキンホン / お身体をお大事に」て伝えると満面の笑みを浮かべて深くお辞儀をされた。
短い時間だったけど穏やかな気持ちになれた。
ありがとう、お婆ちゃん。 -
え? 隣も祖廟?
今まで全く気付かなかったが麟峯文公祠の隣の敷地には「明遠堂」という祖廟がある。
ただここもリヤカーやら足場なんかが置いてあって関係者以外立入り禁止の予感。 -
中を覗く…
ガッツリ工事をやってる。
屋根、屋根裏、窓、ドア、工芸品、階段、床の修理を行う予定とか。
これで蕃田村の祖廟3箇所目だけど1箇所もまともな姿を拝めてない。
文氏から歓迎されてないな(笑) -
この村に来て初めて門神を見た。
いつ描かれたかは不明だが色彩豊かだ。
何気にバックルの獅子が印象的。
明遠堂は260年の歴史がある祖廟で香港二級歴史建築に部類する。
派手に修復して東山古廟やさっき見た永秀文公祠のような趣に欠けた祖廟にならないことを願う。 -
この辺りは祖廟が集中してる。
50m四方に5つの祖廟がある。
これは文氏一族の繁栄の証。
2つ並んでる祖廟、左手が文氏宗祠、右手が莘野文公祠。
さっそく左手の文氏公祠に入ってみる。 -
蕃田村に来て4つ目の祖廟にして、ようやく制限なく中へ入れた。
中には誰もいない。
ゆっくり見させてもらおう。 -
祭壇の横に龍の頭が置いてある。
煤汚れた姿から、今まで廟堂のどこかに飾られてあったもので これからメンテナンスするか新しいものに取り換えるか、どっちかと思われる。 -
祭壇にはたくさんの位牌が並ぶ。
この光景こそ600年の村の歴史を物語ってると言ってもいいだろう。
合掌 -
祖廟には子孫繁栄を願った願掛けが掲げられていることが多い。
広東語の理解度が低いので何を書いてあるのかわからないが、一般的な祖廟で目にする言葉とは違う感じだ。 -
祖廟の造りはどこも似ているが彫刻や絵といった装飾は祖廟ごとに個性が出て面白い。
-
正門の内側の高いところに龍が描かれてる。
こんな人の目が届きにくそうなとこまで凝るとは…
さすがは香港一級歴史建築。 -
文氏宗祠(別名 惇裕堂)は1444年、明朝の創始者 文世歌によって建てられたと伝えられてます。
蕃田村にある文氏廟の中では最も歴史のある祖廟。
香港一級歴史建築のカテゴリー -
文氏宗祠をたっぷり堪能できた。
隣にある莘野文公祠は入り口の門が閉まってて中へは入れない。
ここは造りも規模も文氏宗祠と似てる。
18世紀半ばに先祖、文莘野を祀るために建立されたそうだ。
香港二級歴史建築のカテゴリー。 -
蕃田村にある文氏五廟は結局1箇所しか入れなかったが、麟峯文公祠では気持ちの良いお婆さんにも会えたので満足。
でも意外とこの村、人がいない。
天気もいいし、どこかでお年寄り連中が屯って花札みたいゲームとか井戸端会議なんかをやってても良さそうだが、そんな光景は見られない。 -
生活臭に触れたくて もう少し歩いてみる…
西の方へ向かって路地裏を攻める。
まぁ路地裏と言っても この辺りの道は全て路地裏。
住宅地を縫うように四方に路地が絡む。
どこも人とすれ違うのがやっとなくらいの狭い路地ばかりだ。
所々 古い家屋が残ってて足が止まる。 -
村の外れに出る。
バナナがなってる。 -
村の北側から西側にかけては養魚池が広がってる。
その向こうには大都会深圳のビル群が見える。
この地域が新都市「新田科技城」として変貌を遂げるのは、それほど遠くない未来だろう。
この長閑な田舎の風景は今後どうなるのやら。
香港政府は開発と自然保護の両立を唱ってはいるが… -
村の端にある川だが 水は澱んでかなり不気味な色をしてる。
近くに工場があるわけでもないのに… -
村歩きを再開する。
しばらく歩くと煉瓦造りの古民家を見つけた。 -
路地を挟んだところにもう1軒古民家がある。
入り口の門や壁の上部のデザイン、色使いにセンスを感じる。 -
2軒とも入り口の扉には門神が睨みをきかしてる。
香港の住宅では余り門神を目にすることはなかったように思う。
文氏一族の先代から受け継がれた思想の影響かもしれない。 -
建物の中まではわからないが外観から受ける印象だと2棟とも建築物としての保存状態は良好だ。
個人的には香港二級歴史建築程度の価値があるように見えるが、実際は香港三級歴史建築。 -
永平村から歩き始めて蕃田村、そしてここ新龍村まで歩いて来た。
いずれの村も隣の村との境目がないので、いつの間にか隣の村に入ってたって感じ。
ここ新龍村は特に歴史的建造物が残ってるわけではないのでNET上にはほとんど出て来なかった名前だ。 -
村歩きをする者にとって大事なポイントの1つが「番犬がいないこと」
タイミングかもしれないが放し飼いに直面すると村歩きどころではなくなる。
今回は良かった、どこを歩いても一匹たりとも遭遇することはなかった。 -
暑い…
喉が渇いた
バス通り(青山公路)まで出ないと店は無さそう。 -
蕃田村から青山公路へ向かって歩いてると、村の外れに祠があった。
土地廟なのか、それとも文氏とは無縁の方を祀ってるのか正体は不明。 -
青山公路に出て左へ進む…
惇裕学校の校庭を左手に見ながら狭い歩道を歩く。
暫く歩くと村のコンビニ「利記小食便利店」にたどり着いた。
やっと水分補給がとれる。
飲料水を買って店の前に置いてあるイスに座る。
暑い中を歩き回ったので ちょっとぐったり。
酷使した足裏をセルフマッサージ。
この後バス移動して もう1箇所村歩きをする予定なので暫く休憩をとり体力回復を図る。 -
隣に東山古廟という廟堂がある。
建立は1470年とされ歴史は深い。
ただ一時は寂れ廃墟と化してた時もあったそうだが幾度となく改修を重ね今に至る。
ここは文天端の7代祖で文氏宗祠を建立したとされる文世歌の息子が亡き父を思い建立した説と、それ以前からここにあった説とがある。
香港三級歴史建築のカテゴリー
元々この廟堂は興味が薄かったので中へは入らない。 -
永平村、蕃田村、新龍村の村歩きに要した時間は1時間40分。
その後の休憩は25分。
最後に惇裕学校の向かいの丘の上にある文天祥公園に行くつもりだったが疲れたので却下。
次なる目的地の新圍村へ移動するため新田のバス停へ。
いわゆる巴士(路線バス)は現れないが小巴(ミニバス)は頻繁にやって来る。
中にはクラクションを鳴らして乗らないのか探りを入れてくる小巴もいる。
新圍村はこの青山公路沿いにあるので元朗方面へ向かう小巴に乗れば大抵行けると踏んで、次に現れた小巴を止め乗り込む。
昼12:20. 新田郷を離れる。
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