2025/01/23 - 2025/01/30
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dashxさん
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パラオへ行きたかった理由は、その圧倒的に美しい海やまだ大規模な観光開発がなされていない自然環境だけでなく、生々しく残っている太平洋戦争の傷跡をこの目で見たかったからです。私の父も軍人で満州で戦い、終戦後はシベリアに抑留されてと悲惨な20代を過ごしただけに、また私が幼年期の日本はまだ戦後を引きずっていたましたから太平洋戦争が遠い昔の出来事ではないからです。もちろんグアムもフィリピンも沖縄も激戦地でしたが、国策として戦争遺跡を手つかずで残しているのはパラオだけではないかと思います。
悲惨な戦いの歴史があるものの、豊かな自然とのんびりとした大気、素朴で親切な人々、美味しい食事、まさに楽園でした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 船 レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今日と明日はレンタカーを借りてドライブします。ホテルで手配しました。料金は1日(24時間)で55ドル、保険料込み、ガソリンは日本と同じく満タンにして返します。
ホテルに届けられた車を見てビックリ! かなり年季の入ったマツダでしかも右ハンドル。パラオはアメリカと同じで車は右側通行です。なんでもパラオの車の90%以上は日本から輸入された中古車とのことでした。ついているカーナビも日本仕様。画面は「現在地」を押すと真っ白になります。それでもさすが信頼の日本車、なんの問題もなく運転しやすかったです。 -
最初の訪問先はパラオ博物館。小規模な博物館でこれと言った展示物はないように感じましたが、植民地になる前のパラオの生活を主に紹介しています。
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続いて島内ドライブ。
パラオには信号が無く、道路は舗装が行き届きかつ車が少ないのでとても運転しやすいです。ただスピード制限は厳しく、追い抜きは禁止されているとのことです。 -
友好橋を渡ります。日本が建設しパラオに寄贈したそうです。
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空港近くにあるパラオ最大のショッピングセンターに来ました。パラオで唯一エレベーターのある建物だそうです。何かパラオらしいお土産でもと思ったのですが、何もなかった。
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昼食はショッピングセンター内にある日本の超有名なラーメン店で焼きそばを頼みました。・・・お味はガッカリ。パラオで食べた中で美味しくなかったのはこちらだけです。ラーメンにしとけばよかったかも。
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次に旅友がグーグルマップで調べ評判のいいドーナッツショップへ行きました。パラオで一番美味しいとか。Best Coffee and Donut House です。
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店内はこんな感じ。パラオらしい緩い雰囲気。
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ドーナッツはいろいろな味を楽しめるミニサイズを頼みました。私はコーヒーでしたが、旅友はこれが面白い、と言ってメロンとストロベリーミルク。見ると日本のメーカーです。でも日本では見たことがありません。
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手持ち現金が少なくなってきたのでATMでおろします。ハワイ銀行のATM。パラオではハワイ銀行がローカルバンクです。
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そして洗濯物がたまってきたのでランドリーへ。
ホテルの裏の道路を徒歩数分で、旅友が探してくれたランドリーがあります。 -
こちらです。気のいいフィリピン人のおばさんがきりもりしていて、洗濯機一杯分で、乾燥と畳みをいれて6ドル程度だったと記憶しています。2~3時間後にいけば出来上がっていました。
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そしてローカルの方が楽しまれるビーチに来ました。
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ロングアイランドビーチと呼ばれ、住民の方がバーベキューを楽しんでました。週末はちょっと混みあいますが、平日はとても静かです。ひと泳ぎしようと思ったのですが、夕方になり風が涼しくなってきたので見学だけに。
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Templeと書かれたサインがあったのですが、よくわかりませんでした。こんなところにお寺があるのかなぁ。
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ロングアイランドビーチから戻るときに、有名なElilaiレストランを発見。予約はしていないけど、テーブルがあるかどうかあたってみよう。
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海沿いの席ではありませんが、1テーブルだけ空いていて、すぐに案内してもらえました。このレストランの人気のひとつはこの夕日が眺められることです。
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前菜はシーザーサラダをシェアしました。本格的なお味で美味しかったです。
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旅友のメインはステーキ。・・・まずくはありませんが、やはりステーキは日本が一番かなぁ。
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私はスペアリブのバーベキュー。これは美味でした。炭火焼で脂を落としたスペアリブに少し甘めのソースがたっぷりとかかっています。付け合わせの温野菜も美味しい。
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ステーキもスペアリブも巨大でおなか一杯。デザートはレモンパイをシェアしました。運転があるのでアルコール類は頼みませんでしたが、レモネードとコーヒーを頼んで、二人で200ドル以下でした。安くはありませんが、パラオでも最高級クラスのレストランで、お味、量、サービスともに満足で、コスパはいいと思います。
ドレスコードはありませんが、女性客は皆さんオシャレにしていました。 -
さて翌日。
ナガードマウ滝(Ngardmau Waterfall)に向かいます。 -
途中、イメカン・ドック(Imekang Dock)と言う小さな港で一服。そこにあった地図で確認するともうひとつ滝(Orsoulkesol Waterfall)があるようで、行ってみようと思いましたが、なんとワニが出没するようなので諦めました。
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ナガードマウ滝の入り口に到着。
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この建物に事務所があり、
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ここで入山料を支払います。
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そしてここがトレイルの入り口です。
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緑にあふれたなだらかな下り坂のスタートです。
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この辺りは鉄道の跡地と思います。
古い線路が残っています。 -
森林を抜けると赤土の台地です。
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眺めのいい山道を下ります。
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川にでました。ちょっとスリリングな橋を渡ります。
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ここからは道が無く、川沿いあるいは川の浅瀬を下ります。
遠くに滝の音が聞こえてきました。 -
到着です。
ここまではずーっと下りでらくなトレイルでした。・・・ってことは、帰路はずーっと登りです(怖)。 -
想像していたよりはるかに大きな滝です。
左手下に旅友が小さく写っていますので、大きさが分かってもらえるかと思います。他に観光客もいなくて独占状態。
滝つぼで汗を流して、休息して恐怖の帰路につきます。強烈でした。古希を過ぎた身体にはきつかった。トレイルの入り口に戻ったら二人ともダウン。休憩所でしばらくお昼寝。 -
ホテルに戻りますか。
途中でガソリンを入れました。ガソリン代は日本より高く、リッター300円以上です。燃費のいい日本車でよかった。 -
夕食はいつものMJレストラン。シーフードの酢豚風、フライドチキン、フライドポテト、サラダです。ライスは無料です。例によって凄い量。お値段は35ドルほどだったと思います。
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翌日。
パラオでのハイライトのひとつ、ペリリュー島に向かいます。ボートで1時間ほどの距離です。外洋で波が結構荒くてボートが上下にバンプするので、ボートの硬いイスではおしりが痛い。バスタオルを2人で4枚ホテルで借りたので、それをクッションにします。そして水飛沫が凄い。ずぶ濡れになるので着替えが必要です。 -
ペリリュー島の入島許可証です。ツアー代とは別に支払います。
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到着するとマイクロバスが待っています。
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最初のストップは戦争博物館です。
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武器や兵士の装備品が展示されています。
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日本兵がふるさとから受け取った手紙。
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戦場の詳しい説明もあります。
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日本軍の指揮官、中川隊長のお写真とバイオグラフィー。アメリカ軍の攻撃が始まる前にペリリュー島に住んでいたパラオ人を全員疎開させて、日本軍は全滅しましたが、パラオ人に被害は全く出さなかったことで、パラオでは英雄とみなされています。
写真には撮りませんでしたが、犠牲になった日本兵戦没者名簿も展示されており、あまりにも生々しくて不覚にも目が真っ赤になってしまいました。 -
博物館の後は戦地をめぐります。
ここは飛行場跡。パラオやグアム、フィリピン、沖縄、小笠原が激戦地になったのは、日本本土を攻撃するために飛行場が必要だったからです。当時はアメリカ本土から日本まで飛べる航続距離の長い飛行機は無かったのです。 -
島内の戦場には詳しい説明があります。
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これは墜落した零戦の残骸です。
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次は日本軍参謀本部。
アメリカ軍が攻撃してきたら絶対に勝てないことは分かっていながら、少しでも長く戦闘を引き延ばしてフィリピンでの防衛のための時間稼ぎをするようにとの大本営からの命令だったとか。戦後世代にとっては耐えられない話です。 -
ここはバラック。兵士たちの居住地区です。負け戦に臨んでどんな気持ちで暮らしていたのか胸が痛くなります。ガイドの説明では、パラオに派遣された日本兵は満州にいた日本兵のエリート軍のため士気がとても高かったそうです。
それを聞いてドキッとしました。私の父も満州の特殊部隊だったのです。 -
日本軍の戦車です。
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これはアメリカ軍の戦車。日本軍のと比較するとかなりでっかい。
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ランチの時間となりました。
入江になっているCamp Beck Dockが昼食場所です。海側の風景はこんな感じ。 -
今日もお弁当です。飲み物はペットボトルのお茶、水、コーヒー、ソーダなどが飲み放題です。
ツアーの参加者は旅友と私以外、英国人とアメリカ人、それにスイス人でほぼ全員が連合軍の国籍。抜けるような青空のもと、こうして楽しくお弁当をいただける平和が続くことを祈らずにはいられません。 -
昼食後、周辺を散歩します。
海の色は本当にきれいです。しかし暑い! -
ボートの残骸がありました。調査チームが調べていましたが、日本軍のものかアメリカ軍のものかは分かりませんでした。
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次は平和記念公園です。
2015年に平成天皇陛下ご夫妻が慰霊に訪問された記念碑があります。 -
日本語と英語で戦没者への慰霊の言葉が刻まれています。
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陛下が慰霊の御歌を詠まれた碑です。
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次はオレンジビーチ。
ここからアメリカ軍が上陸してきたそうです。 -
綺麗な海が広がる遠浅のオレンジビーチです。
今でも未回収のアメリカ軍の装備や兵器が海底に沈んでいるそうです。 -
アメリカ軍も苦戦しました。
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ここは日本軍の砲台跡。アメリカ軍の船を狙った大砲です。
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ところどころにこのような穴があり、これは日本軍が掘ったトンネルで迷路のように張り巡らされています。
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そしてペリリュー神社にやってきました。
日本の神社に参拝するのと同じ作法、二拝二拍手一拝でお参りしました。 -
神社の横にある慰霊碑に用意したお線香をあげさせていただきました。
少し気分が落ち着きました。 -
次はアメリカ陸軍の記念公園(US Army 323 Infantry Memorial)です。アメリカ兵の遺骨は全て本国にもどされたそうです。
ここは展望台が併設されており、絶景を楽しめますが、そこまで登るのが炎天下ではかなりきついです。 -
「鎮魂」と刻まれた慰霊碑です。
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その下には兵士たちの靴や水筒、ビール瓶などが無造作に置いてあります。あまりにもリアルなため、一瞬凍り付きそうになりました。
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最後の訪問地は日本人墓地です。中川隊長もここに永眠されているとのことです。
亡くなられた方全員のご冥福をお祈りいたしました。
戦争の悲惨さが身に染みたペリリュー島訪問でした。 -
またバスに乗ってボート乗り場へ戻ります。
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この日の夕食もまたMJレストランです。
フィリッピン風の焼き鳥。物凄い量です。ハワイ人と同じようにパラオの人たちも心配なくらい身体がでかい。やはり食べる量とタロイモのせいみたいです。 -
楽しかったパラオ滞在も最後となりました。7泊したので時間を持て余すかと思ったのですが、アッと言う間の8日間でした。
チェックインを済ませてゲートに向かいます。パラオ国際空港(コロール国際空港)にはビジネスクラスやプライオリティパスのラウンジはありません。でも開放的でのんびりした空港内は快適です。 -
搭乗機です。
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台北桃園空港に向かいます。
今日は台北に1泊して、明日のフライトで関空にもどります。 -
楽しかったパラオでの滞在に感謝して、機窓のパラオの海に別れを告げながら、心は次の旅への思いに傾いていきます。
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この旅行記へのコメント (4)
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- Yashichiさん 2025/05/07 18:52:26
- ご無沙汰しております。
- dashxさん、こんにちは。
パラオ旅でのんびりバカンスを楽しまれて日ごろの疲れた身体も癒されたのではないでしょうか。
その反面、戦争の傷跡を巡って悲しい歴史にも触れる旅だったようですね。
自分の父はサイパンで生まれました。
戦前に家族がサイパンへ渡り戦争で玉砕にあって帰国した経緯があります。
サイパンへ行った時に戦争遺跡を巡りましたけど写真で見る限りパラオの方が生々しいと感じました。
パラオは海も綺麗でローカルな雰囲気を感じることができていいですね。
戦争の悲惨さを感じると同時に綺麗な海で楽しまれて何よりでした。
次はネパールの予定ですか?
楽しみですね。
結局、あのあと年末に仕事を辞めて別の職場で働くことにしました。
何も悪いことしてないので悔しい気持ちはありましたが辞めて正解だったと思うようにしてます。
今年はタイ南部を旅行したいと考えてましたが無理そうです。
Yashichiでした。
- dashxさん からの返信 2025/05/08 23:26:49
- RE: ご無沙汰しております。
- Yashichiさん、こんばんは。ご訪問ありがとうございます。
実はYashichiさんにはお詫びしなければならないことがあって、メールしようと思ったら、アドレスが見つからなくて困っていたところなんです。少しトラブルがあって、公開を中止した古いタイの旅行記なんですが、昨年に不適当な表現を修正、削除して用意したのですが、いざ公開しようとした時に急に羞恥心が沸き上がってきて、そのままになっています。ごめんなさい!
Yashichiさんのご家族も戦争経験がおありなんですね。てっきり御父上は私よりはお若いだろうと思っていました。私もサイパンに行った時に戦跡を巡りましたが、あまり感情的になった記憶がありません(50年ほど前だから単に忘却しただけかも)。でもパラオは生生しくてこたえました。
やはりパワハラに近いことが生じる職場と言うのは避けるべきだと思います。私としては転職されてよかったと思います。新職場は慣れるまで時間がかかると思いますが、ご無理のない範囲で頑張ってくださいね。私は今年の3月31日に50年務めた会社を退職しました。これからは好きにさせていただこうと思っています。
またタイ旅行をお考えでしたら、私もカオヤイへ今年か来年に行こうと思っていますので、タイミングを合わせてオフ会を実現できればいいですね。
来週からネパールに行ってきます。いつかお会いできることを願っています。
dashx
> dashxさん、こんにちは。
>
> パラオ旅でのんびりバカンスを楽しまれて日ごろの疲れた身体も癒されたのではないでしょうか。
> その反面、戦争の傷跡を巡って悲しい歴史にも触れる旅だったようですね。
>
> 自分の父はサイパンで生まれました。
> 戦前に家族がサイパンへ渡り戦争で玉砕にあって帰国した経緯があります。
> サイパンへ行った時に戦争遺跡を巡りましたけど写真で見る限りパラオの方が生々しいと感じました。
>
> パラオは海も綺麗でローカルな雰囲気を感じることができていいですね。
> 戦争の悲惨さを感じると同時に綺麗な海で楽しまれて何よりでした。
>
> 次はネパールの予定ですか?
> 楽しみですね。
>
> 結局、あのあと年末に仕事を辞めて別の職場で働くことにしました。
> 何も悪いことしてないので悔しい気持ちはありましたが辞めて正解だったと思うようにしてます。
>
> 今年はタイ南部を旅行したいと考えてましたが無理そうです。
>
> Yashichiでした。
- Yashichiさん からの返信 2025/05/13 19:59:28
- 返信ありがとうございます。
- dashxさん、こんばんは。
旅行記の件は了解しました。
気にしていないので大丈夫です。
わざわざありがとうございます。
新しい職場でも夜勤専属で勤務してます。
少々ブラック気味の職場ではありますが様子をみて仕事しようと思ってます。
dashxさんも50年と長い間お疲れ様でした。
オフ会は時間が合わなくて残念です。
自分も実現できればと思ってます。
もうすぐネパールですね。
気をつけて楽しんできてください。
Yashichiでした。
- dashxさん からの返信 2025/05/29 00:58:17
- RE: 返信ありがとうございます。
- Yashichiさん、こんばんは。
昨日のフライトで帰国しました。17日間で、私にとっては最長期間でかなり疲れましたが今回も素晴らしい旅を楽しめました。追って旅行記を仕上げますのでまた寄ってくださいね。
お仕事も何かと大変なことはよく分かります。私の仕事も振り返るとブラックな部分がいっぱいあって、昭和時代はハラスメントが横行していました。でも年功序列が徹底していた時代ですので、ちょっと我慢すればなんとかなったいい時代でもあります。Yashichiさんのお仕事がご無理されることなく進んで行かれることを願っています。
次のご旅行を計画されたらまた教えてくださいね。オフ会はいつか必ず実現させましょう!
dashx
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