2024/04/10 - 2024/04/10
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zenkyou01さん
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この旅行記のスケジュール
2024/04/10
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徒歩での移動
JR西国分寺駅から東山道武蔵路跡
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伝祥応寺跡
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徒歩での移動
黒鐘公園から多摩総合医療センターバス停まで
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国分寺散策(2) 東京都国分寺市 全行程3時間49分
JR中央線西国分寺駅~(34分)国分寺公園(26分)~ (15分)武蔵国分寺 (6分)~(4分)武蔵国分寺跡(1時間45分)~(7分)国分尼寺跡・黒鐘公園・崖線上の雑木林 (25分)~ (10分)多摩医療センターバス停
「日時」2024年4月10日
国分寺散策(3) 東京都国分寺市 全行程1時間48分
JR中央線西国分寺駅~(14分)東山道武蔵路跡(2分)~ (9分)本村八幡神社 (4分)~(2分)武蔵国分寺仁王門(10分)~(43分食事含む)伝鎌倉街道・伝祥応寺・塚(6分)~ (18分)西国分寺駅
「日時」2024年4月15日
「アクセス」JR中央線西国分寺駅下車
「参考案内書」国分寺市教育委員会ふるさと文化財課発行マップ
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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東山道武蔵路遺構再生展示 姿見の池から多摩図書館に登る崖線を登る急坂を緩やかにするために、切通し状に坂を掘り下げ登りやすくしている。また道路上に穴を設けそこを突き固めて、道路強化を図っています。写真の左手が姿見の池側です
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東山道武蔵路跡 東山道(奈良・平安時代の滋賀・岐阜・長野・群馬・埼玉・奥州を結ぶ道路)と東海道(奈良・平安時代の滋賀・愛知・静岡・神奈川・千葉・茨城・奥州を結ぶ道路)とを武蔵国府(現在府中大国魂神社のあるところ)を通って結ぶ間道です
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武蔵国分寺公園 広さ11万平方メートルの都立の公園です。芝生広場、池、噴水、藤棚、桜の木、野鳥の森等を備えた公園です
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国分寺崖線 多摩川の流れによって作られ、立川の北からはじまり、国分寺、深大寺、つつじが丘、成城学園、等々力渓谷、池上辺りまでの高位段丘(武蔵野面)と立川低位段丘(立川面)との境界線を言います。一番わかりやすいところは等々力渓谷です
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真姿の池湧水群 全国名水百選に選ばれている湧水群です。湧き水は礫層やローム層を通って湧いているが、傍に飲み水には適さないと注意書きされています
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真姿の池・社 湧き水群の傍に真姿の池と社があります。真姿の池の名の由来は、平安時代、玉造小町という女性の病気が、国分寺の薬師如来のお告げ通り、真姿の池の水で体を清め続けたところ、元の美しい姿に戻ったことに寄る
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お鷹の道 江戸時代、尾張徳川家の御鷹場であったことに由来する散策道です
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ニリンソウ 深く裂けた葉を持ち、基本的には1本の茎に2本の花が伸びその先に2輪の2cmほどの白い花(実際には顎片)をつける。1輪や3輪の場合もある
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旧本多家住宅長屋門 代々、国分寺村の名主であった本多家の長屋門で、江戸時代末に建てられた市重要有形文化財です
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武蔵国分寺本堂 真言宗豊山派の一寺、奈良時代に創建された武蔵国分寺の後継寺院です。本尊は薬師如来像です。山門の南に楼門があります。山門を通ると、本堂、本堂の周りに、万葉植物園、庭園があります。山門を出て、右少し言ったところの右に石段があり、仁王門、薬師堂、宝篋印塔があります
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武蔵国分寺万葉植物園 国分寺前住職が、奈良時代に編纂された万葉集にうたわれた約160種の植物を例歌とともに展示しています。今開いている花はうつぎのみでした
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武蔵国分寺楼門 市指定有形文化財で、現久留米市の米津寺の楼門を移築したものです
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国分寺薬師堂 市重要文化財で、1335年新田義貞が寄進したもので、宝暦年間(1751~1763年)に現在地に再建される。安置されている薬師如来坐像は国重要文化財で平安時代末から鎌倉時代初期の製作とかんがえられている
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土師竪穴住居跡 市重要文化財、武蔵国分寺跡域内に四棟の竪穴住居跡が発見されました。土師器を使用していた古墳時代から奈良時代の住居跡です
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本村八幡神社拝殿 創建は伝元和年間(1615~1625年)、ご祭神は応神天皇です。石段を登り、鳥居をくぐると、江戸時代製作の三猿の上に青面金剛像が乗る構図の庚申供養塔が、境内社払戸神社、拝殿、本殿、土師竪穴住居跡があります
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国分寺跡桜 大島さくらと染井吉野が満開で見事です
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国分寺跡桜 満開で見事です
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国分寺金堂跡 741年、聖武天皇は鎮護国家を記念して、諸国に国分寺を建立するよう、命じました。武蔵国では東山道武蔵路沿いの国府(府中市大国魂神社)の近く(今の国分寺市)に建立されました。国分寺跡伽藍マップが展示されており、中門跡、金堂跡、金堂跡、鐘楼跡、七重塔跡、石碑、東僧房跡、南門跡等があります。桜が満開で見事です
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国分寺七重塔跡 10M四方、高さ60Mの七重塔と推定されています
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文化財資料展示室 武蔵国分寺を営繕する施設と考えられる工房跡から見つかった瓦、土器、鉄製品等を展示しています。また国分尼寺跡の整備事業を紹介するビデオ上映をしています
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国分尼寺金堂跡 741年、聖武天皇は鎮護国家を記念して、諸国に国分尼寺を建立するよう、命じました。武蔵国では東山道武蔵路沿いの国府(府中市大国魂神社)の近く(今の国分寺市)に建立されました。国分尼寺跡伽藍マップが展示されており、金堂跡、講堂跡、尼坊跡、旗竿跡、石碑があります。金堂基礎版築施設の観察ができます
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国分尼寺金堂基礎版築施設 版築とは土、礫、稲わら、石灰を混ぜこれらを突き固め、建築物や土壁の基礎にする工法で、現在のセメントを混ぜたコンクリートに相当するものです
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伝鎌倉街道 鎌倉と各地を結ぶ古道を言います。鎌倉から武蔵・上野・信濃への上道(頼朝家臣畠山重忠が通った道)、鎌倉から下野・白河への中道、鎌倉から常陸・奥州への下道、甲州鎌倉道、京鎌倉往還があります。ここは上道の一部です
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伝祥応寺跡 黒鐘公園の北にあります。国分寺にある祥応寺の前身の寺です。板碑等出土日品から推測すると十三世紀から十五世紀に存在した寺と思われる
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武蔵台遺跡敷石住居跡 今は武蔵台遺跡公園になっていますが、発掘調査の結果縄文時代中期(約4000年前)の敷石住居跡が発見されています。床に数多くの川原石が平に敷き詰められているのが特徴で、竪穴式住居と異なります
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黒鐘公園 広さ12,000平方メートルの市立公園です。崖線の高低差を利用したローラ滑りだい、シーソー、砂場、鉄棒、ブランコ等遊具施設が豊富です
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黒鐘公園から西の崖線を登り、国分寺崖線上の雑木林を歩く。この後多摩医療センターバス停に向かいます
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