2025/02/20 - 2025/02/27
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akitaineさん
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いよいよ旅も終盤になってきました。
インド亜大陸の先端・コモリン岬は聖地として有名。多くの人の巡礼姿を見ました。寺院とはまた違う信仰の一面を見た思いです。
タミールナドゥ州から西側ケーララ州へ移動すると、東側と少し雰囲気が違っていて、これも興味深いものでした。やはりインドは大きい国です。
【行程】
2月20日(木)関空ーシンガポール経由ーチェンナイ
2月21日(金)チェンナイーカーンチープラムーマハーバリプラムープドウチェリー
2月22日(土)プドウチェリーータンジャヴール
2月23日(日)タンジャヴールーマドゥライ
2月24日(月)マドゥライーカーニャクマリ
2月25日(火)カーニャクマリーアレッピー
2月26日(水)アレッピーーコーチンーシンガポール経由
2月27日(木)関空
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
旅の第5日目。
今日は、マドゥライからカーニャクマリまで約250㎞移動します。
ほとんどバスに乗っていた。
途中、高速道路道路沿いにある小さなレストラン(2階)兼売店で昼食。
今回で、一番ローカルな食事だったと思う。
バナナの葉の上にカレー数種とご飯、プーリー。ご飯の上にかかっているのは魚(イワシ)カレー。
魚も載せようとしたので、食べられないな、と思って断った。海が近いから魚を使うのは当然ですが、カレーは大体好きだけど魚カレーは、、いいかな。
右の三角の揚げたものは、サモサ。これは大好物。今回、ここでしか食べませんでした。 -
しかし、1階の売店にはたくさんの揚げた総菜やパンが売っていて、サモサもあった。近くに住んでいたら毎日のように買うよ。
隣ではチャイも売っていて、テーブル椅子が設置されていたから、ここで軽食摂ることもできる。 -
これまで、山の姿を見なかったが、大陸先端に近づくと山が見えはじめた。
大陸先端で、3つの海(ベンガル湾・インド洋・アラビア海)の風を受けるのか、このあたり一帯、風力発電の風車をたくさん見ました。 -
午後3時頃、やっとカーニャクマリに到着しました。
インド亜大陸の最先端。太陽が海から上がり、海に沈む場所です。
ベンガル湾、インド洋、アラビア海が一つに合流する地です。
カーニャクマリの地名は「処女の女神」かつてこの地にいた聖処女の伝説に由来する。いろんな意味で聖地の資格があるのだろう。
インドの聖地としてガンジス川周辺が知られていますが、南インドでは、カーニャクマリが聖地として巡礼者が訪れます。 -
まずは、海から500mほど離れた小島にあるヴィヴェーカーナンダ記念堂と隣の島にあるティルヴァッルヴァル像の見学に行くため、フェリーに乗ります。
左がヴィヴェーカーナンダ記念堂、右がティルヴァッルヴァル像です。
最近2つの島を結ぶ橋ができて歩いて両方見ることができるようになりました。 -
陸から島まで500mほどですが、船で渡ります。
月曜日だというのに、すごい人出です。
10分もかからない時間ですが、大きい波が押し寄せてきて、船は大きく揺れ、海水をかぶりました。 -
船は、ヴィヴェーカーナンダ岩記念堂のある島に着きました。
ヴィヴェーカーナンダは、1863年生まれ。ヒンズー出家者であり、ヨーガ指導者で、インドおよび欧米の人々に大きな影響を及ぼした人です。今回の旅行までこのような人がいることを知らなかった。この島で瞑想を行っていました。
今でも多くの人が参詣している姿を見ると、インドで尊敬されている方でしょう。敷地内は裸足です。
建物の中は撮影禁止。
中に入ると、奥にヴィヴェーカーナンダの立像がありました。
個人的には、入り口近くにあったヴィヴェーカーナンダの師・ラーマクリシュナの写真のほうが印象が強い。ラーマクリシュナは、知的思想家というより、神秘主義者的な人で神を見たと言われています。そのお顔、なんとも表現できません。聖者のようであり、見方によっては人間離れして、ともかくインパクトがありました。こんな表現では言い表せない写真でした。 -
ヴィヴェーカナンダ岩と隣のティルヴァリバール(5‐6世紀タミールの詩人。島の入り口の表記は「賢者」と説明)銅像のある岩は、2か月前に近代的な橋でつながりました。
私たちも橋をわたってティルヴァリバール銅像まで行きました。
写真は、ティルヴァリバール銅像からヴィヴェーカナンダ岩を見たもの。 -
橋の一部の床は強化ガラスで作られていて、下の海が見えます。
結構波が荒い。
下見ると怖いんですけど。 -
その後ガーンジー記念堂を見てからホテルにチェックイン。
夕方、夕日の入りを見るまで、しばらくゆっくり過ごしました。
ホテルの中庭にはきれいなプールがあったので、インド初泳ぎ。
(写真は翌朝撮影) -
夕方、夕日を見るポイントまで歩いていきます。
これまた、たくさんの人出。 -
アラビア海に陽が沈む。
近くの男性が、手を出しています。
日本人もやるね。この写真トリック。 -
さて、今晩は、念願のアーユルヴェーダを受ける予約をしています。
ホテルは海岸沿いの少し郊外にあるのですが、リキシャで市内中心部まで行き、受けてきました。
商店街の並びにある簡素な建物です。 -
1階の入り口から奥に入ると、こんな看板があります。
これまでマッサージというと女性の写真の看板しか見たことがなかったのですが、男性モデルは、はじめて。
アーユルベーダは、直訳すると「生命科学」。民間の伝統的な知識を生かして、薬草などを使い、自然治癒力を活かした健康法です。
今回はたった1時間半の施術でしたが、本格的な専門ドクターから問診を受け、その人に合った施術が行われるのです。(今回は問診ほとんど無し)
私たちを対応した女性ドクターに、学校でどのくらい勉強するのですか、と聞くと「4年間」という答えが返ってきました。
その後、実際にオイルを使った施術をやってもらったのですが、おへそに油を注ぎこむまでは覚えているのですが。後は寝落ちしてしまいました。額にも油を注いでくれたのだろうか。
これは再度行かなくては。
この施設は、泊る部屋も用意されていて、一定期間集中して治療を受けられるのです。 -
昨夕は、アラビア海に沈む夕日を見ました。
今朝は、ベンガル湾に登る朝日を見るため、6時前にホテルを出発。
朝日鑑賞場に行く道は、多くの巡礼者がたくさん歩いています。
朝のご飯やミルクを出すお店も開いています。
路には大きな観光バスがたくさん停まっていて、各地から来ているのでしょう。また、「トイレとシャワー」と書いてある小屋がいくつも並んでいます。野宿して来ている人もいるのでしょう。 -
徒歩15分ほどで朝日鑑賞場に着きました。
それはそれはたくさんの人出。昨日の島に渡った人々が、同じく夕日を見て願い事をし、また朝日を浴びて願い事をしています。
海岸波打ち際で、沐浴している人もいます。
昨日訪問した2つの島と橋がライトアップされています。 -
かなり明るくなり、ライトアップも消えました。
海岸で沐浴する人の数もさらに増えてきました。
ただ見学する人々は、背後にある階段にびっしりと座っています。日本と同様、地域の講で集団でお参りにくる人々もいます。お揃いの衣裳や上着を着ているのでわかります。中には皆で歌を歌っていました。人間ってどの人種も同じなのかなあ、と思いました。 -
朝日鑑賞場の手前広場に津波記念碑がありました。
2018年インドネシア津波の時、インドの最南端も被害を受けたようです。
隣にチラッと見えるバッグは、お土産物屋さん。衣料や食べ物などたくさんのお土産物の露店が出ていました。 -
今日もほとんどバス移動です。
カーニャクマリから亜大陸の西側を北上して進みます。州はタミールナドゥ州からケーララ州に入ってきました。ほぼ海岸線に沿って進むので美しい海岸が出てきます。建物の雰囲気も洋風で手入れの行き届いたものが多いような気がします。
写真は、ランチで立ち寄ったホテルの前の海。こんな海で泳いでみたい。
手前の花はプルメリア。南国のお花。
この日のランチは、カレーのビュッフェではなく、洋風のフルコースでした。
ツアー参加者のおひとりで、インドに詳しい方が言うのには、ケーララ州は、ハイテク技術者が多く(育成も盛ん)、海外に出稼ぎに出る人も多く、結果地元にお金が入るのだとか。看板表記も英語が増えました。 -
午後3時頃、アレッピーに到着。この地域は、バックウオーターといわれ、海から少し離れた水郷地帯です。ハウスボートといわれる部屋付の船が1000槽もあるそうです。
船の大きさは、さまざまですが、3~5部屋くらいのこじんまりしたものが多いようです。 -
船室は、狭いながらもシャワーとトイレがついています。
まずは、荷物を置いて一休み。 -
船室以外は、ダイニングと展望デッキがあります。
展望デッキに上がり、椅子に座って川風に吹かれ周囲の変わりゆく景色を楽しみました。 -
静かな日の入りです。
昨日のコモリン岬とは、また一味違った川から眺める夕日。 -
翌朝、船を係留してある岸から少し散歩をしました。
岸の隣は、大きな水田が広がっています。インド南部は米は3期作。暖かいということは、コメ、果物、野菜等の食べ物が豊富ということです。この食の豊かさが今後の発展につながるのではないか、と思いました。 -
川では水浴していました。朝のシャワー代わり。
-
朝食を船内でとり、10時過ぎに、昨日乗船した場所に戻り、再びバスに乗ります。今日はインド最後の日。
途中、ココナツ屋さんで全員ココナツジュースをいただきました。
右の青い服の男性が今回ずっとガイドをしてくれたラジャさん。ちょっと日本的感覚のある方でした。奥の男性がドライバーのビジョンさん。インドのデコボコ道も難なく上手に運転してくれました。 -
飛行場のあるコーチンまで2時間近くバスに乗り、コーチン到着。
海沿いの公園にある「チャイニーズ・フィッシング・ネット」を見学。
結構大きな仕掛けです。
この網を海に落とし、再度引き上げると魚が採れる。 -
と、いうことで参加者男性陣が力をあわせて網を引き揚げました。
網を落としてすぐだから、採れないよね。 -
フィッシイング・ネットのある公園内様子。
なんか、ダルくていいわあ。全然物騒ではない感じ。
コーチンはアラビア海をはさんでヨーロッパと関わりが多い地域。
特にユダヤ人は、古代ローマ時代からコーチンに住み着き、香辛料貿易を行っていました。そのころから作られたというユダヤ人街見学をしましたが、今や、ユダヤ教を信仰する人は一人だけとのこと。ただシナゴーグや街並みは残されています。
ただ、観光客用の土産物屋通りになっていました。 -
同じく公園内にあったメノーラ―。
ユダヤ教の象徴となっている燭台モチーフです。
イスラエルの国章にも描かれています。
かつて、たくさんのユダヤ人がここに住んでいた証です。
燭台中央にはダビデの星のマークがあります。 -
空港到着前に時間があるので土産物屋さんにより、隣のティハウス兼飲食店によりました。最後のチャイは、ガイドさんが全員にごちそうしてくれました。
土産物屋さんの前では、バナナチップスを作っていました。
今回は、美味しいものをたくさんいただきました。揚げバナナは食べなかったが。油を使った料理が多いこともわかりました。
【旅の総括】
前半のヒンズー寺院の数々、コモリン岬にごったがえす人々の姿、寺や王宮で出会った遠足の子どもたち、バイクにたくさん子どもを乗せていた、元気いっぱいのタミル人のお父さん、、、が今でも鮮明に記憶に残っています。
生きた南インドを見た気がします。東南アジアとはまた異なる文化圏に触れ、あまたの神々あり、思想家ありのインドの奥深さを見せていただきました。
また、食べ物が独特で美味しいこと。野菜・豆・香辛料を上手に使い、肉類が少ない。今後の食生活にも活かせます。東南アジアは、ちょっと高級なホテルの食事は西洋風で肉が多いメニューがほとんどですが、南インドのホテルは本当に地域色が濃くて美味しかった。またホテルでない一般の飲食店も2件入りましたが、野菜豆を上手に使ったお料理を出してくれました。東南アジア一般のお店より地域色豊かです。このアイデンティティを持ち続けられる理由は?宗教かな。
また、来ます。
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