2024/10/11 - 2024/10/20
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moondustさん
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シルクロードが通っていたウズベキスタンの主要都市とお隣のタジキスタンを訪問し、帰路のトランジットでソウルに寄りました。外務省データによると、ウズベキスタンは、1991年に旧ソ連から独立した新しい国で、面積は日本の1.2倍の内陸国で、人口3600万人、ウズベク人が84%、言語はテゥルク系のウズベグ語(文字はキリル文字からラテン文字に近年変更)、日本が最大の経済援助国。長い歴史のある地域で、イスラム建築の装飾が細密で見事。青さが印象的。帝国を築いたティムールがとても尊敬されている。治安は良いようで、物価も日本より安く、イスラム経ではありますが、世俗的で、髪の毛を出している女性は普通で、酒の提供もあり、気楽に旅行できる感じ。ただ、水には注意。民族衣装を着た恰幅の良い年配女性たちが多く、異国情緒がある。ウズベキスタンは都市間は砂漠ですが、都市はとても緑豊か(地下水の水位が高いため)でした。今回は移動が難しそう(飛行機や鉄道の本数が少ない)でしたので、西遊旅行に全行程ガイド付き(ホテル、食事も)で依頼しました。とても快適で、博識のガイドさんのおかげでいろいろと勉強できました。最近は賄賂が減ったし(以前は小学校でも先生に賄賂をおくらないといい点数がもらえなかった)、教育にも力を入れているそうで、国の発展が楽しみなよう。思ったより気温が低かった(例年はもう少し温かいそう)。
旅程は、10月11日関西空港発ソウル経由タシケント夜着、
12日タシケント観光、深夜発飛行機でヒヴァ
13日ヒヴァ観光
14日古代遺跡アヤズ・カラに寄って、ブハラへ。車移動
15日ブハラ (以上Part1)
16日ティムールの生誕地シャフルサブス観光、サラマカンドへ
17日サラマカンド
18日タジキスタン日帰り
19日サラマカンド半日観光後、タシケント空港へ。
20日ソウル朝着 市内観光 夕方関西空港へ
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- タクシー 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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初アシアナ航空。ソウルのラウンジはbasicですが、広かった。
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機内食は韓国料理。唐辛子たっぷり。
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深夜タシケント着。入国審査は簡単。出迎えの車でホテル(ホテル名:ウズベキスタン)へ。途中は暗い。大きなホテルで、ロビーはイスラム風のデザイン。
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翌朝の散歩。ホテル(写真の後方)の前公園にウズベキスタン人のヒーローティムールの騎馬像。朝から観光客の団体も。
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ガイドさん(Aさん)と車でハズラティイマーム広場へ。青空によく映える青緑色(イスラムやモンゴル人は空の色が神聖と思っているので青が良く使われる。コバルトが発色に寄与)のドームがウズベキスタンらしい。庭にはコーラン博物館もあり、世界で3部しかない古いコーランが展示されている(あとはロンドンとイスタンブール)。写真撮影禁止。ティムールがエルサレムから持ち帰った。
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ザクロの収穫期でザクロジュース売りがあちこちに。その場で絞ってくれます。ザクロはウズベクスタンでは豊穣のシンボルかなにかで図案にもよく利用されている。トルコのザクロジュースの方がおいしかった。
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16世紀に建てられたバラク・ハン・メドレサ(神学校、イスラムの教義を学ぶために数学なども勉強する)。柱は腐りにくい桑の木を使うことが多い。下は石。間には虫よけにラクダの毛を挟む。
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ランチの後、マーケットへ。地元の人でにぎわっています。
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野菜と卵(左)。こんなに売れるのかな。
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不思議な麺類
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チーズ。
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ヨーグルト。乳製品が充実している。
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香辛料も。
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結晶化した砂糖。お茶などに入れる。疲れているときには効くそうです。イランでは黄色いのはサフランで着色したものでした。
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お菓子。とても甘いに違いない。立派な体格の人が多いのも納得。子供含め一家でパンを焼いて販売しているコーナーも。
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ハチミツ屋さん。砂漠の花、山の花、綿の花(2種、味が違う)由来のハチミツ、花粉(手前)などが販売されている。おばさんが器用に容器に入れて測り売り。500gで1000円ぐらい。たぶん外国人価格。砂漠の花由来のハチミツは日本では高価。
Aさん曰く、都市によって買うべきものは決まっていて、たとえばドライフルーツはサラマンカで買うのがよい。ここでは靴下を購入されていた。 -
ソ連が建設した豪華地下鉄へ。満員で、少し緊張。ソ連時代は数万人が逮捕され、シベリア送りなどになった、イスラム教も認めらず、モスクは倉庫として使われ、信仰は隠していた。ただ、良いこともあり、インフラの整備は進んだ。その一例が地下鉄。
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別の駅。
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ナヴォイ・オペラ劇場。ソ連に抑留された日本兵が建設に従事。シベリアよりは暖かいとはいえ、現地で亡くなった方も多い。日本人墓地もあります。チケットがないと中には入れなかった。
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工芸博物館。みごとな絨毯や刺しゅうがたくさんありました。
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ザクロ。
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夕食後、深夜のフライト90分ほどで、ウルゲンチへ。その後、車でヒヴァへ。ホテルは、Said Islom Khoja。立派なホテル。ホテルは固まっていた。
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13日。ヒヴァ(16世紀から20世紀、ヒヴァ・ハン国の首都)観光。分厚い城壁に囲まれています。国内からもたくさんの観光客が訪れます。思ったより寒い。他の都市から離れているため、短期の団体ツアーではヒヴァまで来ないことも多いが。ウズベクスタンで最初の世界遺産。
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入口近くのカルタミノム・モハンメド・アミン・マドラサ(人気のホテルになっていて、一部は見学用に公開されている)。
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細密な模様が美しい。
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ゾロアスター教のマーク。イスラム教は排他的と思われがちだが、土着の宗教(ゾロアスター教など)を取り込むことで、普及したとのこと。左上の角が火、右上が水、右下が空気、左下が土を示すとのこと。
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クフナアルク(ハーンの宮殿)。中は博物館もあり。
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細かい模様が美しい。
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観光用ラクダ。近くで見ると背が高く姿勢が良い。乗ったり、一緒に写真を撮るのは有料。思わぬ病気をもらうこともあるので、近寄らなかった。
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ジュマーモスク(金曜日のモスク)。212本の柱がある。あちこちから柱を集めたので、木の部分の長さは不ぞろい。下に置く石で高さを調整。
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イスラーム・ホジャ・メドレセ。中は博物館になっている。ミナレットは後で登る。
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ランチ後、パフラヴァン・マフムド廟。12-13世紀に活躍した英雄で、現地の人に人気がある。ここの水を飲むと、女性は美人になり、男性は筋骨隆々になるそう。日本人はおなかを壊すから絶対飲まないように、口に含むのもダメとのこと。ちなみにヒバでは、ホテルでの歯磨きでも、買った水を使うよう、何度も言われました。
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廟の中は細密な模様で美しく装飾されている。
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ここに埋葬されている。
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タシュ・ホヴリ宮殿(タシュ・ハウリ)。19世紀。統治者アラクリ・ハーンの4人の奥さんの住居。
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イスラーム・ホジャ・メドレセの塔に、日没に合わせて登る。登るのに苦労するという書き込みもありましたが、大したことなく登れた。上は階段の入り口に柵がないので落ちないように注意。アメリカ人、フランス人、トルコ人の観光客と日没を待つ。
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日没。
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ライトアップされています。
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寒い。帽子を買おうと思ったが、250ドルと言われたのでやめる。子羊の革製のがよいらしい。
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14日。赤い砂漠(キジル・クム、低木や草は多少は生えている)を北の方に2時間強走り、古代ホレズム王国の要塞跡アヤズ・カラへ。写真は途中の綿畑。ソ連の指示で栽培が広がり、安く買い上げられた。農繁期には学生・学童が動員された。ウズベキスタンが綿の栽培に適しているわけではないので環境負荷が大きかった。
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到着。駐車場のあたり。見渡す限り砂漠。右のゲルは観光用。トイレもあります。
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アヤズ・カラ(実は3つあり、これは最大のアヤズ・カラ1)。崩れてはいますが立派な要塞で、砂漠の真ん中によく建てたものだ。砂の上は少し歩きにくい。動物の足跡もあり。
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城壁の上を歩くことができる。
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アヤズ・カラ2。これも要塞。
ヒヴァもこちらも遠いけど来るだけの価値はあり。 -
あとはひたすらブハラに向かって走る。道は悪くないが、高速道路ではないので時間がかかる。運転手さん、ありがとう。ランチで出たパン。こういう丸いパンがウズベキスタン風。町によって味が違い、サラマンカの物がベストとされる。軍の遠征先に材料を持って行って焼いたが、味は再現できなかったとのと。パンにはこだわりがあるよう。
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ブハラのホテル(Sasha & Son Hotel、小さいがきれいにしてあった)近くのレストランで見かけたウズベク人の人形。実際の顔とは違うような気もしますが、人形はだいたいこういう顔。土産物としても売られている。ウズベク人はトゥルク系民族とされる。
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15日。ブハラは三蔵法師も訪れた古い街で、その後ジンギスカン率いるモンゴル軍に占領されました。これは少し離れたイスマイル・サマニ廟。イスラム以前の建築の影響があるそう。
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日干し煉瓦(土と藁をまぜて乾燥させる。雨が降らない地域ではお手軽でよい)をきれいに積んである。
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内部。
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チャシュマ・アユーブ。聖人が杖でたたいたところが泉になった。
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バラハウズ・モスク。20本の柱があり、それが前の池に映ると40本とのことだったが、お天気がよくなく映っていなかった。この辺りは飲食店も多く、賑わっている。
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モスクの内部。
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アルク城(ハーンの宮殿)。元は紀元前4世紀にさかのぼる要塞。モンゴル軍やソ連軍の攻撃を受けた。
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宮殿であった当時の衣装や資料も展示されている。海外からの使節団を謁見する部屋もあり、栄えたことがわかる。
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この辺りの建物はなくなっているが、小高いのでブハラの町が望める。
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ブハラでもっとも美しいエリアにあるカラーンモスクとミナレット。ミナレットの方が古い。ジンギスカンが見上げて帽子を落としたため破壊を免れたという。犯罪者を袋に入れて上から落とすためにも使われた。
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ミル・アラブ・マドラサ。16世紀に建設。2つの青緑色のドームが美しい。勉強中ということで中は入れませんでしたが格子越しに見ると学生が卓球をしていた。
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ちかくの市場(タキ)。絨毯屋を除いてみました。きれいなデザインの純炭がたくさんあり、欲しくなりました。植物染料で染めた手縫いの1mほどの絨毯が850ドルということでお手頃ではありますが、安すぎるかな?
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アブドゥールアジス・ハーン・マドラサ。
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ウルグ・ベク・マドラサ。ティムール帝国の4代目皇帝で天文学者でもあったウルグ・ベクが建設。
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ナディール・ディヴァンベギ・メドレセ。1対の鳳凰が描かれている。イスラムでは動物の顔を描くことはご法度なのだが、想像上の動物は描いてもいいというAさんの説明。他の国では見たことがない。
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少し歩いて4本のミナレットがあるチャールミナル。大きくてすごいものをいくつも見た後では印象が薄い。中は土産物屋。文化財でも土産物屋だらけなのが面白い。
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夕食後、ライトアップを見に行く。人も多いので危ない感じはないが寒い。
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ブハラはどこも美しかった。
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