2019/01/26 - 2019/01/28
5339位(同エリア7847件中)
TATAさん
また英国赴任時の旅行記です。ハンガリー、アルバニアと旧共産圏をあちこち行き始めた時期ではあったのですが、寒さ厳しい時期ですし東側の国よりは南の国だなと宗旨替え。
会社の同僚もご推奨のポルトガルに行くことにしました。歴史的に日本となにかと縁のある国ですし。
行くとわかることですが、ポルトガルの海洋王国とでも言える懐の深い歴史、食事も海産物が多くて日本人好みかなと。あと、治安も体感ベースですが多分スペイン、イタリアよりもいいんじゃないかな。
ただ、土曜から月曜までの旅程だったのですが、月曜は多くの観光施設が休みなんですよね、、おかげで行けないところが多くかなりの大失敗でした。ということでリスボン市内の観光地は殆ど行けてません。あーあ。
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今回は昼前のライアン航空でリスボンへ。なので少し早いけど7時過ぎに自宅を出発してスタンステッド空港へ。Liverpool Street駅まで行って、電車のスケジュールを見ると、あれ?掲示板にバスって出てる。インフォメーションセンターで聞くと今日は電車がなくってバスのみと。ちょっと慌てながらバスのチケット販売所でチケット購入。なぜか1分後にバスは出発。高速道路を経由して45分ほどで到着。
そんなこんなで3時間弱のフライトでリスボンに到着、時間は15時。できれば16時ごろまでにホテルに入って少しでも市内観光したいなと思っていたら、入国審査が進まない。そんなに多くの人が審査待ちになっていたわけでもないのに、稼働しているボックスは2つか3つ。なぜかやたら時間がかかるし、結局50分ほどかかって漸く入国審査突破。待ってる間に他の審査待ちの人がキレて、「寝るから枕持ってこいよ」と、いろんなキレ方があるもんだ。その後、空港から市内までは地下鉄で移動。結構快適。
写真は地下鉄の空港駅 -
Sebastiao駅経由でParque駅まで。到着ホテルはここから歩いて数分。
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随分と個性的なグラフィティがデカデカと。ヨーロッパはどこもこの手の落書きが多いと思うけどリスボンは特に多いように感じる。
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妙な立体交差をくぐり抜けTurim Europaホテルに到着。小さいホテル、だけど4つ星だ、これでも。もう17時半、荷物を置いてご飯を食べに行く。
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レストランを探して市内をうろうろ。薄暗いけどまだ日は残っている。
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少しおしゃれなバーレストランでカリフラワーのポタージュとタコのパスタをいただく。
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タコのパスタ。味は普通、だけど比較的なじみのある感じの味、なんだこれというものではなかった。食後、店員さんから日本のアニメの話をされる。結構日本人が来るようだ。確かこの国は日本から直行便はないはずだけど。
いつも思うけど海外だとアニメも話すネタになるわけだし詳しいに越したことはないよなあ。 -
2日目、今日はシントラとロカ岬一日ツアー、64ユーロ。結構するな。8時45分にハードロックカフェ前集合ということでホテルから歩いて15分ほど。早朝8時過ぎのリスボン、風情がある景色だ。
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路地裏、こんなとこも風情があって好き。
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かなり早く着いたのでカフェで時間潰しを。
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しかしコーヒーはいいけど、やたらパンが甘い。
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お店の中
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時間になったので集合場所へ。ほとんど同じツアー会社。順番に名前を呼ぶ。アメリカ人男性、スペイン人夫婦、中国人女性と同じバスに。自己紹介もして乗車。英語とポルトガル語で交互にガイドさんが話してくれるので楽。でも聞いてると私以外みんなスペイン語話者だ。気持ちは少々孤立気味。
その後、マイクロバスで一路シントラへ。 -
40分ほどでペーナ宮殿に到着。写真は入り口。
このペーナ宮殿は19世紀に完成した国王の避暑地。なのでその鮮やかな色合いもさることながら調度品まで含め、まあ贅の限りを尽くしております。
今から中に入っていきます。 -
結構寒いのですが、それでも丘を徒歩で登って見学。
ペーナ宮殿 城・宮殿
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外観
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その2
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色合いも南欧風ですね
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中庭とでもいうのかな
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城の上からの景色。
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贅沢な調度品の数々ですね。
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こんなのも。
宮殿の各所を2時間ほどぐるぐると巡る。その後売店があったのでお土産に魚の缶詰を購入。ポルトガルといえばお魚料理だしと。
やっぱりこういったお城とか宮殿は贅の限りを尽くすので国ごとの様式美がよく出て面白い。 -
さてペーナ宮殿を見終わったら車でシントラ市内の中心街まで移動。
中心街とはいっても山の中、多少観光地化されているけどなかなか趣きがあります。ここからは食事を含めて自由行動の時間。昼ごはんも各自で食べてねと。 -
ガイドさんからいくつか提案された中から更に贅を極めたレガレイラ宮殿へ行くことに。ここも避暑地で様式美はあるのだけど、こちらは王族の宮殿ではなく民間人の庭園。だけれどもかなり凝ったつくり。
レガレイラ宮殿 城・宮殿
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ちょっとした公園、天気はあまり良くないけど歩いてるだけで楽しい。これも世界遺産の構成建築物だそうです。
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その後ランチのため宮殿を後に。
レストランで食事。正直食欲はないので、軽めの食事を。 -
フランセシーニャとかいう料理ですね。ハムとチーズをパンで挟んでその上からなんか黄色いソースをかけたもの。言葉で説明するのは難しいな。要はこってりした料理です。ハーフサイズで4.5ユーロ。かなりボリューミーでした、満腹。でもこれはおいしかった。
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その後まだ時間があったのでアイスクリーム食べて集合場所へ。
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さて車はいよいよこの旅行のハイライトであるロカ岬へ。
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私も海の近くの生まれです。岬なんてものは子供のころから何度も見てきたけど、まさにここはユーラシア大陸の最西端。この向こうは南北アメリカ大陸。ポルトガルは半島の端っこを占めるだけの小国。だけれどもこの大洋が目の前に開けていた。小国ではあったが海洋民族たるポルトガル人は外に出た、海の向こうを目指して。南アメリカ、ゴア、そして辿り着いた先に種子島が、日本があった。そんな気分になれる場所です。
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晴れてきた。ここから先は大西洋です。
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荒々しい岬の突端。風もキツく、かなり寒く感じました。聞くとここはいつも強風が吹くところとか。
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「ここに地終わり、海始まる」、宮本輝さんの小説でもありましたね。
ロカ岬 海岸・海
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イチオシ
別角度から
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見上げる角度で
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ロカ岬が終了したので、個人の思いとしては正直、これでもう終わりでもいいのですが、ツアーはまだ続くのです。港町カスカイスで一時間の自由行動。別に食べたいものも見たいものも特にないんですが。
シントラ カスカイス自然公園 自然・景勝地
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とは言え、海沿いの保養地。かなり街の雰囲気はいいのです。こういった知らないところにも連れてきてもらえるのがバスツアーのいいところ。
お仕着せの旅行なんかイヤという人もいるかもですが、これはこれでいいものですよね。 -
街の教会だったかな。
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リスボンへの帰り道、サンロケ教会に行きたいのでと言って近くで下ろしてもらう。しかし地図上では近くだけど、異常に急な坂を上ることに。ホントはトラムに乗るはずなんだけど閉館時間も近いのでぜーぜー言いながらなんとか上り切ってサンロケ教会博物館へ。ホント、死ぬかと思うくらいつらかった。
ここは天正少年遣欧使節団が逗留した場所。日本人として見ておかなくてはと意気込んだものの、館員さんに聞くとそれを示す資料は何もなしだとか。えー。サン ロケ教会 寺院・教会
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イエズス会の教会、ザビエルもここで過ごした時期があったと。写真はザビエル像。
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教会の中
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これも
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サンロケ教会を後にして、ご飯を食べてホテルに戻ろうとすると、謎のエレベーターの横を通りがかったので、せっかくだからと20分ほど待って上る。
謎と書いたけどこれが有名な観光地となっているサンタジュスタのエレベーター。1902年の稼働でバロック様式のかなりいけてるエレベーターです。サンタ ジュスタのエレベーター アクティビティ・乗り物体験
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18時も回って夜景の時間。
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別角度
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昼間とどっちが見応えがあるのかとか考えても結論など出ず、結局10分ほどで降りる。
エレベーター代金6ユーロ、高くもなく安くもなくと絶妙な価格設定に関心。 -
帰り道に、晩御飯はローカルなレストラン。日曜の夜は結構お店が閉まってた。
野菜のスープと鮭のグリル。合わせて11ユーロ、味はまあまあ。魚料理で文句がないってことはそれなりに美味しかったということ。 -
魚をこうやって食べられるのはヨーロッパではスペインとポルトガルくらい。
その後ホテルに戻って就寝。 -
3日目、月曜日。夕方のフライトなんだから午前中は観光できるはずで、リスボン市内でまだ行ってないところはたくさんあるし、行けるだけ行くつもりだったのですが、、、
月曜日は殆どの観光施設がお休み、ベレンの塔もジェロニモス修道院もお休みです。あー( ; ; )
次いつ来れるかなのにー。痛恨とはまさにこのこと。
ということで調べました。代替プランとしてトラムに乗ってモラエスの生家に行く!さらに時間が余ったらエッグタルトをコーヒーショップで食べる!
ではまずトラム乗車から!
ガイドブックには全く載っていないけどもモラエスの生家に向かうのだ。トラム (ポルト) 鉄道系(地下鉄・モノレールなど)
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昨日とは別の場所ですが、あの果てしない地獄の坂道リターンズ、さすがに今度はトラムに乗ります、時間もあるし。次から次へと人が乗ってきてなぜか満席に。みんな普通に使ってるんだなあ。
往復で3.8ユーロ。片道数分のわりには結構取るよな。でも昨日で懲りた。もうイヤ。 -
そもそも私の体力ではこんな急坂登り切るのはムリです、アラフィフなんだぞ。
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坂の上の乗降所。やっぱりここもグラフィティまみれ。
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モラエスの生家到着。古びたアパート。
モラエスの生家 建造物
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そもそもモラエスって誰だよ。架空の人物かと言われそうなので説明しよう。
ポルトガルの軍人で外交官でもあった人。1899年に神戸のポルトガル領事館に勤め、その後総領事に。神戸の芸者であったおよねさんと仲睦まじくなりその後退職しおよねさんの故郷である徳島に移住。最後までポルトガルに戻ることなくそのまま徳島の地で没した。
新田二郎さんの絶筆の作となった「孤愁」に詳しいです。タイトルからも分かりますが、モラエスさん、家族とは常に疎遠気味で遠く祖国を離れてどんな思いで過ごしていたのかと。。
私、昔この作品読んでリスボンに行って時間があれば生家に行きたいと考えてたのですが、いざその機会に恵まれると、まさかこんなにふんだんに時間が余るとは、、。
日本語での説明文もあるけど、この国でモラエスの業績を理解している人ってどのくらいいるのかな。風景にはフツーに溶け込んでいるように見えますね。ホント、不思議と日本と縁の深い国ですね。 -
トラムに乗って今度は坂を下る。女性の運転手さん。乗客は自分ひとり。さっきと大違いだな。
トラムを下りたらエッグタルトカフェに到着。 -
まったりとクロワッサンとエッグタルトを食す。エッグタルト、こっちではナタって呼ぶらしい。そういえば昔マカオでも食べたし、日本でも一時期はやったよな。うん、苦めのコーヒーと一緒ならおいしい。でも甘くて2個は要らない。隣に座った韓国の女の子たちは2個ずつ食べてた、すご。
さてまとめです。
ポルトガル。欧州では一小国ですが、日本とはいろんな局面で歴史上絡んできた国。そうせしめたのは何かといえばやっぱり大洋が目前にあったというその地理的な側面からなのでしょう。海に囲まれた国に住む日本人同様、海の向こうに何があると考え、海のその先に歩みを進めることにこの国の民族性はあったわけだろうと。首都なのに歴史博物館も特になかったのですが、この国の歴史は何かということの答えはロカ岬にあったわけなんでしょうね。海がこの国の歴史、そして国民性を形作ったということで。そして日本と巡り合ったということで。非常に興味深い三日間でした。食べ物もおいしいし、英語も普通に通じるし。合格点です、はい。
次は月曜日を避けて来ます。妻からは私を連れて次行けばいいじゃない、そのために残したんでしょと。うーん、そうね、それも神様の配剤なのでしょうと。
お付き合いいただきありがとうございました。
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