2022/07/23 - 2022/08/05
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urufeeさん
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2022年夏の青春18切符の旅は、下関からスタートしました。下関では高杉晋作の関連史跡をメインに回りました。全体日程は下記で、この旅行記は下関だけをまとめています。
7月23日 羽田発11:15発で北九州空港へ。その後、下関へ移動しました。
7月24日 一日バス乗車券を購入して、高杉晋作の関連史跡などを見学。
7月25日 下関から福山へ移動。途中、岩国で下車して昼食。この日は移動だけです。
7月26日 路線バス使い、阿伏兎観音と鞆の浦を観光。
7月27日 福山から大阪へ移動。ホテル荷物預けて今昔館を見学。
7月28日 カップヌードルミュージアム、池田城址など見学。
7月29日 大阪天神天満繁昌亭で上方落語聴いてノンビリ。
7月30日 大阪から三島へ移動。途中豊橋で下車して昼食。この日は移動だけです。
7月31日 中山城址、三島スカイウォークなど見学。
8月 1日 三島から村井へ移動。途中甲府で下車して昼食。この日は移動だけです。
この後、健康ランドに4泊してノンビリしました。
8月 5日 村井を出発して帰宅しました。
写真は奇兵隊陣屋跡。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス ANAグループ 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
7月23日、北九州空港に13時前に到着し、下関のホテルに15時頃到着。チェックインして早速周辺の高杉晋作関連史跡の散策開始。
まずは奇兵隊結成の地。
石碑に白市正一郎宅跡とありますが、1863年この白石邸で奇兵隊が結成されています。 -
近くに建つ高杉晋作終焉の地碑。
東行は晋作の号で、「西へ行く人(西行)を慕いて東へ行く我心をば神や知るらん」と歌ったことによるらしいです。 -
そしてすぐ近くに在る厳島神社へ。
神社の鳥居がマンションにめり込んでる。
めり込んでるというか、鳥居を壊す訳にいかないので、囲う様にマンションを建てたんでしょうが、こんな鳥居初めて見ました。 -
この厳島神社には、「第二次長州征伐」の小倉戦争において、戦利品・大太鼓を奇兵隊が持ち帰り、それが保管されています。
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こちらが本殿です。
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小倉戦争には勝ったものの、既に晋作は結核を患っています。その為、療養の地としてここに東行庵を建てて療養します。現在は住宅街の一角です。
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次に訪れたのは櫻山招魂場。
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ここは1864年、尊王攘夷に倒れた奇兵隊士などの慰霊の場として創設されており、391基の碑が建てられています。
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吉田松陰は別格で他より一段高くなっています。そして右側に高杉晋作、左側に久坂玄瑞の碑が建っています。
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そして新地会所襲撃後にたてこもった寺、了圓寺に到着。
本堂には当時の刀傷が残ってるみたいなのですが、中には入りませんでした。 -
住宅街の真ん中でチョット入るのを躊躇ってしまう”ひょうたん井戸”へ。
晋作が藩政改革の反対勢力から命を狙われるようになった時、丸一日この井戸に身を隠していたと伝わっています。 -
奇兵隊旗揚げの軍旗が奉納された大歳神社へ来ました。
またこの大鳥居は、奇兵隊を財政支援した白石正一郎が攘夷成就を祈請して奉納したものです。 -
階段は全部で115段あります。
年齢別に下の方には”42歳・厄年”などの表示。そして上の方は”77歳・喜寿”などの表示になります。最後は”100歳・百寿”です。 -
やっと階段登りきりました。
18時近くになってしまったので、初日はここで終わりにして夕食に行きました。 -
翌24日は路線バス一日乗車券を購入して、チョット離れた場所に在る晋作関連史跡へ。
最初に訪れたのは奇兵隊陣屋跡。ここで約400人の隊員が厳しい訓練をしていたのだそうです。 -
そして1kmチョット離れた東行庵・東行記念館へ。晋作の銅像が迎えてくれます。
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1911年に建てられた高杉東行顕彰碑。
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1867年結核の為病没した晋作の墓。まだ27歳の若い死でした。
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他の奇兵隊隊士も10代、20代の青年が多く、子孫もなく無縁仏になることが多かった為、ここに墓地を開き供養されてるとの事。
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晋作が白石正一郎の弟に宛てた手紙は遺言のようだったらしいのですが、実際には日の目を見ることが無かったらしい。そこで晋作150回忌である2015年に墓碑銘として建てられました。
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そして晋作が挙兵した功山寺へ到着。
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また功山寺には長府藩毛利家の墓所も有るのでチョット参拝。
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ここには晋作の勇ましい騎馬像も有ります。
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下関市立歴史博物館にも立ち寄ってみました。
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今度は関門海峡近くの前田台場跡に来ました。
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そして関門橋の近くには長州砲が復元展示されています。
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1863年、久坂玄瑞指揮によりアメリカ商船への砲弾が最初に打たれたという亀山砲台跡。そして打ち返してきた敵弾は楼門をかすめただけで、”矢よけ八幡宮”と称えられた亀山八幡宮。砲台跡としては説明板くらいしか確認できませんでした。
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これは海沿いに建つ”青春交響の塔”。
新時代を共に夢見た高杉晋作と坂本竜馬の友情が二本の石柱で表現されています。 -
ここは光明寺。久坂玄随率いる光明寺党の本拠地になった場所です。
そしてこの光明寺党が、晋作が結成する奇兵隊の母体になります。 -
光明寺から日和山公園に向かう途中で寝ていた猫。
だいぶ近ずいてもピクリともしない。最初見た時は死んでるのかと思った。 -
そして日和山公園に建つ晋作の立像。
1956年、没後90年を記念して建立されました。 -
日和山公園から戻る時、先ほどの猫ちゃんが起きてました。生きてて良かった。
この後ホテルに戻りました。
翌日は福山へ移動します。福山の旅行記は別に纏めました。宜しければそちらもご覧下さい。
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