2025/01/07 - 2025/01/07
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ペコちゃんさん
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1月の○○会は、恒例の七福神めぐり・・・今回は白金から目黒までの6寺社を回る「元祖山手七福神めぐり」。
七福神めぐりは、江戸時代後半に当時の風流人達が、行楽と郊外散策を兼ねて行ったのが始まりで、 その後、七福神にまつわる福の神を祀った社寺を組み合わせて各地に七福神めぐりコースが作られ、江戸庶民の楽しみの一つとなりました。
その中で、江戸で最初の七福神めぐりと言われるのが「元祖山手七福神めぐり」で、「新宿山手七福神」との混同を避けるため、「元祖山手七福神」と呼ばれます。
久し振りに目黒まで出かけたので、午後はカトリック碑文谷教会(サレジオ教会)に行き、天井の見事なフレスコ画やステンドグラスを拝観しました。
写真は大円寺の境内に祀られた七福神の石像。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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「元祖山手七福神めぐり」の特徴は回る順序でご利益が変わり、白金(覚林寺)から回ると「無病息災・長寿祈願」、目黒(瀧泉寺)から回ると「商売繁盛祈願」のご利益を授かる、ということなので、今回は我々高齢者に相応しい港区から目黒区のルートで回ります。
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<1>覚林寺(毘沙門天)
南北線・白金高輪駅から10分ほどの所にある日蓮宗の寺院で、加藤清正の位牌や像が祀られていることから清正公(せいしょうこう)と呼ばれ、勝負祈願の寺として信仰を集めています。 -
かつて肥後熊本藩主・細川家の中屋敷であった場所に、1631年に創建された日蓮宗の寺です。
1845年の大火で全焼し、現在の山門は1856年に再建されました。 -
山門をくぐった左手にある毘沙門堂。
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堂内に祀られた毘沙門天。
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境内の正面にある「清正公堂」は、本殿・拝殿・幣殿を一体化した権現造の建物で、1865年に再建されました。
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関ヶ原の戦いの戦功により熊本藩主となって熊本城を築き、領内を整備した加藤清正(1562~1611)は現在でも熊本で人気が高く、「清正公さん(せいしょこさん)」と呼ばれています。
1632年に肥後藩として引き継いだ細川家も清正の統治を尊重し、1861年に熊本・本妙寺から清正公を分霊してここに祀りました。
正面には『破魔軍』の扁額。 -
向拝の龍の彫刻が見事です。
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左右の木鼻にも龍。
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屋根には加藤清正の家紋(蛇の目紋・桔梗紋)。
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絵馬にも加藤清正の長烏帽子の兜。
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<2>瑞聖寺(ずいしょうじ:布袋尊)
1670年に創建された江戸で最初の黄檗宗の寺院です。 -
北側にある、シンプルながらダイナミックな木組みの「山門」・・・昔は、こちらが裏門でした。
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階段を下りた東側にある「通用門」・・・かつてはこの場所が正式の入口で、明治時代に目黒通り側にあった旧通用門を移築しています。
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鐘楼・・・1759年に鋳造されたかつての梵鐘は、何故かスイスのジュネーヴ民族博物館に保管されているそうです。
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1757年に再建された仏殿「大雄宝殿(だいおうほうでん)」・・・江戸市中に残された数少ない本格的な仏堂建築で、通用門と共に国の重要文化財に指定されています。
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軒下に吊るされた「開梆(かいぱん)」・・・黄檗宗寺院の特徴的な道具で、これを叩いで時刻を知らせ、木魚の原型と言われています。
下の写真は「雲板」・・・食事などの時を知らせる際に叩く雲形状の楽器です。 -
堂内の祭壇。
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中央に本尊の釈迦如来像、左右には脇侍の阿難・迦葉像。
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右側に布袋尊。
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大雄宝殿の南側には「水庭」と「庫裏」。
庫裏は創建350年記念事業として隈研吾の設計で建て替えられ、2018年に完成しました・・・水庭と建物の美しい調和に、心が安らぎます。 -
水面に映る大雄宝殿・・・美しい眺めです。
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<3>妙円寺(福禄寿・寿老人)
目黒通りに面した狭い境内入口を下って行くと、両脇には民家が建ち並ぶ、まさに町中の寺院です。 -
妙円寺は1620年に創建された碑文谷の瀧本忠光邸内の妙見堂が起源で、1678年に現在地に移転され、「白金の妙見さま」として知られる日蓮宗の寺です。
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昭和20年の東京大空襲で諸堂が焼失し、この妙見堂と本堂は昭和29年に再建されました。
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妙見堂には、中央に妙見大菩薩像が、その左右に七福神の2体(福禄寿・寿老人)が安置されています。
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本堂・・・妙円寺の山号は誠瀧山ですが、扁額に書かれた文字は何と読むのでしょうか?
小さなお寺ですが、心が安らぐ場所でした。 -
<4>大円寺(大黒天)
出羽三山の一つ・湯殿山の修験僧・大海法印が、1615年頃、目黒に祈願道場を開いたのが始まりとされる大円寺は天台宗の寺院。 -
大円寺を有名にしたのは、江戸三大火災(明暦の大火・明和の大火・文化の大火)と言われる1772年の『明和の大火(行人坂大火)』の火元であった事で、目黒から浅草まで三日三晩燃え続け、死者・行方不明者は約1万9千人を数えました。
そのため、その後76年間復興が認められませんでしたが、薩摩藩主・島津斉興の帰依を得て、その菩提寺として1848年にようやく再建されます。
明和9年に起きた放火による大火・・・何とも ” メイワク ” な事件でした。 -
本堂の向拝には見事な龍。
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左右の木鼻には獅子。
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大円寺は江戸城裏鬼門にあたるため、本堂には徳川家康がモデルと言われる大黒天を祀っています。
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常香炉にも大黒天の打出の小槌の絵が・・・五穀豊穣を司る大黒天を祀ることによって江戸の安泰を護っているからなのでしょう。
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本堂に向かって右側に、ひと際輝く金箔の薬師如来が・・・金箔は3枚セット500円で、自身の身体で悪い所・気になる所と同じ場所に貼って治癒祈願するとご利益があるとされています。
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ユニークな龍の手水。
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ユーモラスなお地蔵さんが乗っかっている石碑には「目黒川の太鼓橋に使われた石材」と書かれ、右面には「八百屋お七の恋人吉三はその後名を西運と改めお七の菩提を弔うため江戸市民から寄進された浄財を基に行人坂の石畳、太鼓橋を石の橋にした」とあります。
大変な火事を経験し、防災対策として木造の橋から石造にしたのですね。 -
本堂に安置された木造十一面観音立像は一般公開はされていないので、代わりに(?)本堂前に観音様の石像があり、こちらも大変美しい御姿です。
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本堂の左脇に、何とも可愛い七福神の石像が安置されています。
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左側の斜面には520体の「大円寺石仏群」・・・この五百羅漢石像は、明和の大火で亡くなった人々を供養するために建立されました。
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石仏群の手前に安置されている「とろけ地蔵」・・・かの大火の折、火に弱いお地蔵様を焼失から守るために川に投げ入れたところ、品川沖で漁師の網に掛かって引き上げられましたが、波で摩耗して身体がとろけた様に見える事から、「悩みをとろけさせて消す」ご利益があるとされ、人気のお地蔵さんとなりました。
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「八百屋お七と吉三の石碑」・・・阿弥陀堂の脇に西運上人がお七の菩提を弔う様子が描かれた石碑が立っています。
八百屋お七の恋人で寺小姓の吉三は、お七の菩提を弔うために出家し、名を西運と改めて大円寺の隣にあった明王院の修行僧となります。(明王院は明治13年頃廃仏となり、大円寺に引継がれました。) -
鐘楼堂には、可愛い鬼達が。
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12時前になったので、目黒駅近くの「香港園」へ・・・昭和30年創業の四川・上海料理の老舗で、食通で知られた「鬼平犯科帳」の作者・池波正太郎も贔屓にしていた店の一つ。
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紹興酒で乾杯し、各自好みのメニューを・・・私が頼んだのはエビ入り焼きそば。
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今回の参加者は9名。
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<5>蟠龍寺(ばんりゅうじ:弁財天)
1648年に開創した行人坂下の称明院を、増上寺の霊雲上人が1709年に霊雲山称明院蟠龍寺として改名・移築した浄土宗の寺院で、境内には岩窟内に石像の弁財天があり、「岩屋弁天」と呼ばれています。 -
山手通りから続く参道を進むと、木々に囲まれた本堂が突きあたりに見えてきます。
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本堂の前に広がる庭園・・・かつては湧き水でしたが、周辺の開発により今は水道水を使っています。
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本堂の頭貫には天女の彫刻。
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本堂に祀られた本尊の阿弥陀如来、両脇に勢至菩薩と観音菩薩が配されています。
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本堂右側にある弁財天堂。
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木造の弁財天。
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本堂の右手の岩窟。
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岩窟内に鎮座する弁財天の石像。
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お顔に化粧を塗ると美人・美肌になれるといわれているお地蔵「おしろい地蔵」・・・その昔、顔の痘痕(あばた)で人並みの結婚ができずに悩んでいた女性が、このお地蔵さまに願掛けをしたところ痘痕が消え、幸せな生涯を送ることができたと伝えられていることから、美人・美肌のご利益があると若い女性が参拝に訪れるようになったそうです。
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<6>瀧泉寺(りゅうせんじ:恵比寿神)
泰叡山 瀧泉寺は目黒不動として知られる天台宗の寺院で、寺伝によると創建は平安時代初期の808年、開山は慈覚大師(円仁)。
関東最古の不動霊場で、木原不動尊(熊本県)、成田不動尊(千葉県)と並ぶ日本三大不動のひとつです。
境内入り口に聳える「仁王門」は、昭和37年に鉄筋コンクリート造で再建されました。 -
門の左右には仁王像。
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仁王の製作を委嘱された目黒区在住の彫刻家・後藤良(なおし)は、昭和32年に仁王尊像原型に着手しますが急逝し、その後、門弟により完成しました。
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仁王の裏には狛犬・・・これも、仁王を手掛けた後藤良の作品です。
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迫力満点の龍の手水。
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境内にある「本居長世の碑」・・・「七つの子」「青い目の人形」「赤い靴」「めえめえ子山羊」「お山の大将」などを作曲した大正・昭和時代の作曲家で、石碑には「十五夜お月さん」の譜面が刻まれています。
これらの曲を作った頃、この目黒不動のすぐ隣に住んでいました。 -
護摩祈願のため、大本堂に向かってお坊さんが歩いています。
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瀧泉寺の建物の多くは戦災で焼失しましたが、難を逃れたこの「前不動堂」は江戸中期の仏堂建築として貴重なものです。
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階段を上って大本堂へ。
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大本堂は、昭和56年に鉄筋コンクリート造で再建されました。
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大本堂では1日5回の護摩が焚かれ、護摩祈願の法要が行われます。
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大本堂の裏に回ると、1683年に作られた大日如来座像が鎮座。
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大本堂の右側には、災厄除けの「護衛不動尊」。
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「鐘楼堂」・・・大晦日には一般へ開放され、除夜の鐘が撞かれます。
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恵比寿様は、道路を挟んで反対側の「三福堂」に鎮座しています。
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三福とは恵比寿・弁天・大国の三神で、一時は恵比寿・大国の二神を担当した事もありましたが、現在は恵比寿一神のみです。
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参詣道の傍らにある「金明湧水」・・・三福堂にお参りしてから、ここで福銭洗い。
洗うお金に5円玉を混ぜると、ご縁に導かれるとか。 -
目出度く七福神めぐりも終わり、東急目黒線・不動前駅へ。
ここから田園調布駅に行き、東横線に乗り換えて都立大学駅に向かいます。 -
都立大学駅から20分ほど歩くと、住宅街の中に高く聳える鐘楼が見えてきます。
カトリック碑文谷教会は、19世紀のイタリアで司祭ヨハネ・ボスコにより設立されたカトリックの修道会であるサレジオ会に委託されていることから、「サレジオ教会」とも呼ばれます。
(サレジオ会:カトリックの男子修道会) -
ロマネスク様式の大聖堂の設立は1954年で、ミラノの信者から寄付された鐘楼の高さは約36m。
この教会は、神田正輝・松田聖子や三浦知良・設楽りさ子が結婚式を挙げたことでも有名です。
正面玄関は主日(日曜日)のミサ以外は開いていませんので・・・ -
建物脇の扉から聖堂へ。
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入った所の小祭壇に飾られた『江戸のサンタマリア』のレプリカ・・・1708年に屋久島に漂着し、江戸に送られて小石川切支丹屋敷で死去した宣教師ジョヴァンニ・シドッティがイタリアから携えてきた聖画で『悲しみの聖母』とも言われ、1954年の教会建築中に東京国立博物館所蔵のキリシタン遺物から発見されました。
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柱には優しい天使の彫刻・・・ふんだんに使用されている大理石が、何とも美しい!
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中に入ると、思わず息を飲むような空間が広がります。
天井や祭壇の鮮やかな装飾、アーチのかかるロマネスク様式の建築美、光が差し込むステンドグラス・・・荘厳な雰囲気をたたえた聖堂内は、まるでヨーロッパの大聖堂のようで、日本にいることを忘れてしまう美しさです! -
天井を装飾するフレスコ画は、ジャコモ・フェラーリ修道士が1人で手がけました。
完成時には真っ白だった聖堂に足場を組み、仰向けになって1955年から7年の歳月をかけて描いたのだそう。 -
主祭壇には十字架に架けられたキリスト、左右に聖母マリアと聖ヨハネがモザイクで描かれています。
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祭壇前面には「最後の晩餐」のモザイク・・・1995年~1997年にかけてイタリアの職人が手掛けたもので、その繊細さに目を奪われます。
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主祭壇の右側にある白大理石で作られた彫像は、サレジオ会を設立した聖ヨハネ・ボスコの像・・・混沌とした19世紀のイタリアで、貧しい青少年への教育支援に尽力したという人物像を称え、サッカーボールを携えた少年たちと一緒に立っています。
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主祭壇の左側には、イタリアの彫刻家・モンタユティ作の白大理石で作られた『ピエタ』・・・十字架から降ろされたキリストを抱く悲しみの聖母の姿が表現されており、ヴァチカンのサン・ピエトロ寺院を思い出します。
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主祭壇の左右を飾るステンドグラス。
右は聖フランシスコ・ザビエルで、彼が上陸した鹿児島に因み、背景には桜島が描かれています。
左は1865年3月17日、迫害下も信仰を守り継いできた浦上村のキリシタン十数名が長崎・大浦天主堂を訪れ、ベルナール・プティジャン神父に信仰を告白した「信徒発見」のシーン。 -
アーチ状の天井一面に描かれた緻密なフレスコ画。
円形のシャンデリアも素敵です。 -
両側の窓のステンドグラスは、聖堂の落成40周年を記念し、1992年に入れ替えられたもので、イタリア・ローマの工房で製造。
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聖堂を囲むように配置されたステンドグラスには、キリストの生涯の物語が表現されています。
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後方左側にある洗礼所・・・壁画には洗礼者ヨハネから洗礼を授けられるキリストが描かれています。
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正面玄関側の上部には、パイプオルガンとバラ窓。
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ケースに入っていないパイプオルガンはチェコのリーガー・クロス社製・・・ミサや結婚式に演奏されますが、一度聴いてみたいですね。
想像以上の素晴らしいカトリック碑文谷教会を拝観して、充実した気分で帰路に着きました。
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