2022/10/05 - 2022/10/05
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azusa55さん
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小牧市大字大山字郷島鎮座の石尊不動明王堂。
嘗てこの地に存在し荒廃した正福寺、その再興を願い、正親町天皇が臨済宗妙心寺派の洞雲山江岩寺を建立させたとされ、正福寺の寺宝も移されている。
その江岩寺初代住職により建立されたのが石尊不動明王堂のようだ。
見た目から想像できない歴史を持つ。
- 旅行の満足度
- 2.5
- 観光
- 2.5
- 交通
- 2.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
兒神社の手水舎から下に続く道が伸び、徒歩1~2分程で石尊不動明王堂を訪れる事が出来ます。
石尊不動明王堂全景。
車でも訪れられそうですが、駐車場へ戻る事を思えば少しは歩かないと。
写真は少し明るくしています、実際は生い茂る樹々で昼でも薄暗い印象です。
入口左側に「石尊不動明王」と刻まれた石標が立っています。
石尊不動明王は大山の山岳信仰岳の修験の場だったようです。 -
枯れ葉が積もった参道から不動堂の眺め。
参道の左右に無数の風鈴が吊るされ、石尊不動明王のご利益のほどが見て取れます。 -
右側の覆屋には守り本尊が並ぶ。
-
左側には複数の石標と石仏が並ぶ。
写真中央に一つだけ苔生した笠を持つ石碑、寛政時代(1789~1801)の俳匠丹羽鯉圭(丹羽忠次郎氏兼)の句碑で「尊ふとさや石に不動の苔の花 鯉圭敬書」と刻まれている。 -
石標の先には複数の石仏があるが、中でもこの馬頭観音に魅かれた。
-
入母屋瓦葺の石尊不動明王堂。
ここから奥に進むと、滝修行をしたわけではないだろうが、山肌から小さな沢が流れ、下流の大山川に注いでいる。 -
堂の軒下に由緒が掲げられていたが写りが悪く全文読み取れなかった。
想像が出来そうな一部だけを抜粋する。
祭神 大山不動明王
大山寺創建・・・
江岩寺初代秋岩黒江和尚、戌年正月寺社奉行所下賜しせり土地なり
例祭 11月18日、毎月18日
御尊徳
当地域を始め尾張地方の農民の福寿産業・・交通安全安産御守護戦時中の各地から訪れる。
これではよく分からない。
ここから少し下に臨済宗妙心寺派の洞雲山江岩寺が鎮座します。
江岩寺の創建は1571年とされ、嘗て存在し荒廃した正福寺の再興を願い、正親町天皇が寺を建立させたとされる古刹で、正福寺の寺宝が移されている。
その江岩寺初代住職により建立されたのが石尊不動明王堂のようだ。
東春日井郡誌の大山峰正福寺跡の記述にもこの堂の記述が残り、「兒山の東渓谷に沿いて小宇あり、是往古の正福寺に属し、付近に金剛ヶ瀧、王子ヶ瀧の名残を留めている」とある。
この小さな堂は1571年以前の正福寺の時代から、この地に鎮座していた事になる。
外観から及びもつかない歴史があるようです。 -
人気のない境内ですが、堂内は綺麗に保たれ、鈴紐も降ろされていた。
鈴の音がよく響く事。 -
参拝を済ませ堂内を窺ってみた。
真っ暗な堂内はコントラストを変えて見ると幾つもの奉納提灯が現れたが、その先に祀られているであろう大山不動明王の姿は当然見えなかった。 -
堂前から兒神社方向の眺め。
大山廃寺跡と江岩寺、日を改めて訪れる必要がありそうだ。
石尊不動明王堂
創建 / 不明
本尊 / 大山不動明王
所在地 / 小牧市大字大山字郷島412 -
兒神社や石尊不動明王堂からほど近い、小牧市野口の八幡社。
尾張三山の一つ尾張白山の南の裾野にあたり、小牧市北東部の丘陵地帯で、古くは春日部郡篠木荘野口村と呼ばれ、中腹の大山、野口一帯は古くから人が居住し6~7世紀に作られたとされる複数の古墳が点在する。
地内を東西に流れる大山川は、新川となり伊勢湾に注いでいる。
社頭は大山川右岸沿いを走る県道178号線の八幡社南交差点角にあたり、信号と並ぶように石の明神鳥居が立っている。 -
参道先の杜の入口には赤い両部鳥居を構えている。
訪れた10/5、社頭には八幡神社の神社幟が立てられていた。 -
両部鳥居から社殿方向の眺め。
左に手水舎があり境内は二段に作られている。 -
龍はお休み。
石段の先に白い拝殿が見える。
10月とはいえ、杜の中に入ると未だに蚊が襲ってきた。 -
石段右脇に小さな社が祀られ、その先の境内に白い拝殿。
-
石段脇の社は厳島社。
広島県の世界文化遺産に指定されている厳島神社が総本社。
宗像三女神を祭神とし、その中の市杵島姫命は神仏習合時には仏教の女神弁才天と同一視される。
八幡神社の由緒含め、水の神様がいつ頃この地に祀られたのかそれを伝えるものはなにも見当たらなかった。 -
八幡神社社殿全景。
一段上がった先が本殿域で左右に境内社と神楽殿が主な伽藍。 -
本殿域左の眺め、左の建物は祭器庫か?
ここから本殿にかけてこんもりと盛られた社地の上に建てられている。
幣殿前に一枚の貼り紙があり、記載されたURLにアクセスすると以下の八幡神社概説に辿り着いた。
内容は以下。
「祭神 応神天皇、天照大神、日本武尊。
由緒 貞観15年(873)創建と伝えられますが、定かではありません。
本殿は前方後円墳の上に鎮座しています。
江戸時代までの祀職は、鵜飼家により襲職されていました。
年中祭事
1月1日歳旦祭、3月第3日曜日祈年祭(第3日曜日が15日の場合翌週)、10月第2日曜日例祭、11月23日直前日曜日新嘗祭。
境内には尾張白山社の遥拝所もあります」
と説明されていた。
出土品等の紹介こそなかったが、このこんもりとした盛り上がりは前方後円墳の痕跡のようだ。
大山、野口古墳群では主に横穴式の石室を持つ古墳が点在し、須恵器など出土しているという。
八幡社本殿が建つこの場所もその中の一つのようです。 -
本殿域左の境内社。
奥から秋葉社、手前が津島社。 -
幣殿全景。
切妻瓦葺で本殿を囲む様に白壁で繋がる。 -
本殿域を守護する狛犬は昭和15年(1940)寄進のもの、胸板の厚い逞しい容姿をしている。
-
幣殿から本殿域の眺め。
大正12年(1923)に出版された東春日井郡誌、そこに八幡社について記されていた。
「篠岡村大字野口字惣門2207番
社格 村社
祭神 応神天皇、日本武尊、天照大神
例祭日 陰暦8月22日
由緒 社伝明らかならず、然れども此地お猿堂、車道等の名称残りて、古くは、社殿など荘厳なりし由言い伝えり。
蓋し車道は、往古の祭礼に山車を引ける道路にして、お猿堂とは、神苑の一隅ならん。
古来より、延喜式内小口神社は此社なる由口碑に伝たえり。
小口神社は延喜式に、山田郡小口神社、國帳に従三位小口天神又尾張國内神名牒山田郡二十四座の中、従三位上小口天神とあり。」とあった。
「延喜式内小口神社は此社なる」は定かにはならなかった、一部に弘化2年(1846)の村絵図に描かれているとの事なので絵図を物色する事にした。
いずれにせよ、伽藍の新しさから想像できない長い歴史を持ち、古くから野口集落の氏神として受け継がれて来た神社のようです。 -
古墳上に建つ本殿、後方全景。
こうして見ると古墳だったとは思えない。 -
本殿右に境内社と神楽殿?
-
左から山神社、御嶽神社、役行者。
それらの後方にある社が分からなかった、ここでは不明社としておきます。
「境内に尾張白山社の遥拝所」とあったが、それがこの社にあたるのかもしれない。 -
神社北側から社叢の眺め、少し離れて見れば古墳らしさが漂うか。
この野口一帯は古墳だけでなく、大山廃寺跡など古来の遺構や古刹が残り、神仏習合時は一帯が隆盛を誇ったのだろう。「荘厳なりし由言い伝え」とはそうした姿を形容したのかも知れない。 -
尾張三山周辺、寺社や古墳巡りとウォーキングにも退屈しない場所かも知れない。
野口 八幡社
創建 / 不明
祭神 / 応神天皇、天照大神、日本武尊
境内社 / 厳島神社、津島社、秋葉社、山神社、御嶽神社、不明社
例祭 / 10月第2日曜日
所在地 / 小牧市野口2207
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