2024/10/28 - 2024/10/28
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SamShinobuさん
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今日もリフレッシュ休暇を利用して美術館巡り。
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2007年、六本木にオープンした国内最大級の展示スペースを誇る美術館。
愛称を「CONIC」(円錐)と言う巨大な施設は黒川紀章の設計で、コンセプトは「森の中の美術館」。
なるほど大都会の真ん中で、森に守られるようにして建っている。 -
おお、いきなり田名網敬一の金魚がお出迎えしてくれた。
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まさに円錐形のガラスの入口は半端ない存在感を放っている。
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この開放感!
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1階ロビーは、ガラスカーテンウォールから射し込む光が美しい吹き抜けになっている。
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1階から3階まで12の展示室があるが、ここはコレクションを持たない美術館なので、全て企画展の展示となる。
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田名網敬一 記憶の冒険
当日券 2,000円 -
今年(2024年)8月に亡くなった田名網敬一の、初の大規模回顧展。
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日本版月刊「PLAYBOY」の初代アートディレクターを務め、広告や雑誌などで日本のアートシーンを牽引してきた田名網敬一。また、絵画、立体作品、アニメーション、インスタレーションなど、現代美術を語るには外せない芸術家だ。
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僕が田名網敬一に興味を持った1枚、「森の掟」。
この作品、大好きなアンリ・ルソーをいじっている。 -
ほら。
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ここも。
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これもルソーの絵にあるゾ。
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田名網敬一がミッキーをいじるとこうなる。
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赤塚不二夫をいじるとこうなる。
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この絵の端にもルソーがいた。
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あっ、デ・キリコだ。
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ほら。
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2020年、コロナの影響で暇になってしまった田名網は、ピカソの模写を始める。
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それが気が付くと700点以上になっていたそうだ。
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ピカソも異常なほど多作だが、締切もギャラもないのに700点って、田名網もかなり異常だな笑。
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ミュージアムショップ。
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この展覧会、客の半分は外国人だった。田名網敬一って、海外でも人気があるんだ。
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サロン・ド・テロンド(2階)
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黒川紀章渾身の設計、空に浮かぶカフェ。
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ここでランチしよう。
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新海誠監督の「君の名は。」の1シーンでも使われた。瀧君と奥寺先輩がデートした店で、2人でサンドイッチセットを食べていた。
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ミーハーなので、映画と同じサンドイッチセットを注文。もちろん高校生の瀧君はビールは飲んでいなかったけど。
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床にある空調の吹き出し口がユニーク。これは高い天井に吹き出し口を設置してもなかなか人まで届かないので、床に付けたそうだ。
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国立新美術館別館
ここは二・二六事件の決起部隊だった近衛師団歩兵第三連隊兵舎の一部だった。
国立新美術館を作る計画によって取り壊されたが、ほんの一部だけが切り取られた状態で保存されている。 -
国立新美術館から乃木坂駅への直結ルート。乃木坂駅から表参道駅まで一駅乗って、岡本太郎記念館へ向かう。
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岡本太郎記念館
観覧料650円 -
骨董通りから一本入った、閑静な超一等地にある。
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ここは岡本太郎が84歳で亡くなるまで、彼のアトリエ兼住居だった。
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1954年から1996年まで岡本太郎がここで生活したと思うと、あの凄まじいパワーを感じざるを得ない。
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岡本太郎のアトリエ
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2階に上がろう。
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「ヤノベケンジ 太郎と猫と太陽と」
ヤノベケンジのインスタレーションが、現在銀座のGINZA SIXに展示されている。全長9mにおよぶ「BIG CAT BANG」だ。最近は銀座に行くたびに観ているので、宇宙船で地球にやって来た宇宙猫が無機質だった地球に生命を着床させた、というホラ話がだんだん面白くなってきた。ちなみに岡本太郎の太陽の塔はそのときの宇宙船という設定だ。 -
そのヤノベケンジが、岡本太郎記念館を宇宙猫でジャックした。
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記念館のいたるところに宇宙猫が隠れ、突然巨大化して我々に飛びかかってくる。
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鬱蒼たる記念館の庭には彫刻が点在しており、中には身をひそめるように佇んでいるものもある。
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母の塔(1971年)
生田緑地の岡本太郎美術館のシンボル。 -
乙女(1988年)
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若い太陽(1980年代後半)
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犬の植木鉢(1955年)と座ることを拒否する椅子
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河童像
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太陽の塔がバルコニーから顔を出している。
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そしてこれらの岡本太郎作品を睥睨するように屹立するヤノベケンジの宇宙猫。
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ヤノベケンジは生前の岡本太郎と直接交流はなかったそうだが、太郎の養女で実質妻であった岡本敏子とは懇意にさせてもらっていると語っている。
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岡本敏子と言えば、元は太郎の秘書をしており後に養女になったが、なぜ妻ではなくて養女だったのか。それは太郎の数多い作品を全て敏子に管理させるためだったようだ。と言うのも、もし妻だったら、太郎が死んだ後に遺産相続で太郎の異母兄弟に作品が渡ってしまう。自分の作品がバラバラになるのを防ぐために、敏子を養女にして全作品を一括管理させようとしたのだ。
そして敏子は太郎の遺志を継いで、ここ岡本太郎記念館を作り初代館長となる。また、太郎がメキシコで創作したが行方不明になっていた壁画「明日の神話」を探し出して、その返還にも尽力した。太郎に関する著書も多く刊行し、太郎の再評価に多大な貢献をしている。 -
表参道駅から渋谷駅へ。
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「明日の神話」
せっかくなので、渋谷駅の「明日の神話」を観て帰ろう。
あれ?なんか変だな。どうも改修作業をしているようだ。 -
2003年、長いあいだ行方不明だった岡本太郎の「明日の神話」がメキシコシティの倉庫で発見された。こんな馬鹿デカいくせに、よく長いあいだ隠れていたな。岡本敏子が、何とか日本に持ち帰って時間をかけて修復した。
そして2008年から、ここ渋谷駅のマークシティ連絡通路に設置されている。
毎日多くの人の目に触れる場所に置かれるのはいいことだと思う。
「明日の神話」は、原爆が炸裂する悲劇の瞬間を描いている。それに岡本太郎の「人類はどんな惨劇も乗り越えられる」というメッセージが込められているそうだ。 -
今回は残念だったが、11月末には綺麗に改修された「明日の神話」が観られるだろう。
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