2024/06/23 - 2024/06/23
2847位(同エリア5910件中)
あおしさん
この旅行記スケジュールを元に
名古屋市内を観光するのに便利な「メーグル」という名古屋市営バスがあります。
名古屋市内の主な観光地を回ってくれるのでとても便利なバスです。
今回は名古屋駅からトヨタ産業技術記念館を寄った後、尾張徳川家のお城である名古屋城と、尾張徳川家の「お宝」のある徳川美術館に行ってきました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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JR名古屋駅構内にある観光案内所。
名古屋市は見所が多いのでここでMAPをもらいます。
ここで名古屋市営バスの観光ルートバス「メーグル」のことを教えてもらいました。JR名古屋駅の真ん中あたりにあります by あおしさん名古屋市名古屋駅観光案内所 名所・史跡
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この黄色いバスが「メーグル」です。
1日乗車券は500円で乗り放題です。
まずは名古屋駅を出て最初の観光地はトヨタ産業技術記念館。
今や「世界のトヨタ」となったトヨタ自動車の歴史や紹介、トヨタの名車が多く展示されていました。
その後再度「メーグル」に乗って、今度は名古屋城へ。名古屋城をはじめ名古屋市内の観光地をまわる路線観光バスです by あおしさん名古屋観光ルートバス メーグル 乗り物
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名古屋城は徳川御三家の筆頭、尾張徳川家の居城だったところです。
さすがに御三家筆頭のお城。
なかなかのスケールの大きなお城でした。
名城公園からは濠と石垣と天守閣の組み合わせがきれいに見えました。名古屋城の隣にある公園 by あおしさん名城公園 公園・植物園
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名古屋城の天守閣は現在工事中とかで中に入れませんでした。
その代わり、再建された本丸御殿に入ることにしました。
本丸御殿は尾張家の殿様が生活したり、家老や家臣と政治を行った、いわば「総理大臣官邸」です。天守閣には入れませんでした by あおしさん名古屋城 名所・史跡
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まず玄関です。
金箔を貼った勇猛な虎の絵が描かれ、ここでまずは来客を驚かせたとか。 -
玄関から続く大廊下。
幅は6mもあります。 -
大廊下からは表書院に続きます。
表書院は江戸時代は大広間と呼ばれ、殿様と家臣たちがここで政治を行ったり、藩主と訪問客の謁見などが行われました。
いわば「公的な場」です。
やはり金箔を貼った襖絵で飾られており、とても豪華絢爛。 -
表書院から奥には対面所が続いています。
こちらは殿様と家臣の私的な面談の場所でした。
ここで殿様と家老が内々の打ち合わせや陰謀を話し合ったりしたのでしょう。 -
殿様の御座所は一段高くなっています。
黒の漆塗りの絵や背後の絵には四季折々の名所が多くの人々と一緒に描かれていました。 -
対面所からさらに先に進むと「鷺之廊下」
ここは「上洛殿」とを結ぶ廊下です。 -
ここが上洛殿です。
1634年(寛永11年)、3代将軍・徳川家光が江戸から朝廷のある京へ上洛するときに、家光を接待するために建てられました。
もっとも豪華な場所です。
天井には板絵、部屋の境には極彩色の彫刻欄間がはめ込まれています。 -
これが極彩色の欄間です。
とても豪華で、鮮やかなものです。
後年、徳川将軍家とたびたび対立した尾張徳川家ですが、このころは尾張家初代当主・尾張徳川義直はおいである徳川家光を精いっぱいおもてなししたことがうかがわれます。 -
将軍のためにつくられた御座所です。
殿様の御座所も豪華でしたが、将軍の御座所はさらに豪華です。
それにしても、たった1回の将軍の寄り道、宿泊のためにここまで豪華にするのはお金の無駄遣いのような・・・
江戸300年、家光以降、将軍が名古屋城に訪れることはなく、その間、この間はどのように使われていたのでしょう。 -
将軍を接待する役の武士たちの控えの間。
控えの間でも豪華絢爛です。 -
こちらは料理を作るための御膳所、要するに台所です。
その他の部屋などをまわりましたが、さすがは尾張徳川家。
さらに言えば、これだけの金を使って本丸御殿を再建しいた名古屋市はお金持ちですねえ。 -
名古屋城から「メーグル」に乗って、今度は徳川美術県へ。
名古屋城は、尾張徳川家の所有ではなく、名古屋市の所有になりましたが、尾張徳川家の「お宝」などはこの徳川美術館に展示されています。
まず入館して最初にあたのは、「三団子型馬標」と尾張家当主の甲冑。
「馬標」とは殿様が戦場で所在している場所にあるもので、変わった形の馬標が多く作られました。
豊臣秀吉の瓢箪の馬標は有名です。
この「三団子」の馬標は関ケ原の合戦で最初に尾張に領地を与えられた秀忠の弟、忠吉が使ったものです。
その後忠吉が若くて死んでしまったので、弟で家康の九男の義直が名古屋に領地を与えられ御三家尾張家が始まりました。尾張徳川家のお宝があります by あおしさん徳川美術館 美術館・博物館
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尾張徳川家に伝わる関ケ原合戦の絵。
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徳川家康のいる本陣もえがかれています。
家康が常に掲げていた「厭離穢土欣求浄土」の旗も見えます。
家康がこの旗を常に掲げるようになったのは、17歳で出陣した桶狭間の戦いから。
大将の今川義元が織田信長の急襲を受けて敗死した有名な戦いですが、家康も一時は自刃をしようとしました。
その際、逃げ込んだお寺の住職から「平和のために戦いなさい」とこの言葉を教わり、以降旗にして掲げるようになったそうです。 -
尾張徳川家16代・徳川義宜(明治維新のときの当主)がつくられせた刀と脇刺。
いわゆる「大小の刀」。
鞘は金襴になっています。 -
こちらは名古屋城の二の丸御殿の殿様の間を復元されています。
お城は天守閣のある本丸に「本丸御殿」、さらにその周囲にある二の丸に「二の丸御殿」がありました。
殿様によっては本丸御殿より二の丸御殿を好んだ人もいたようです。 -
二の丸御殿にあった能舞台まで復元されていました。
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この徳川美術館の目玉は「源氏物語絵巻」。
国宝です。
徳川家康から尾張徳川義直が形見分けされたものとされています。
徳川家康は源氏物語のファンだったのでしょうか。
平安時代に作成された源氏物語の絵巻物で、傷みやすいこともあり、1枚づつしか展示されません。
ここで閉館まで他にも国宝級の「お宝」があり、閉館時間まで楽しみました。
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