2024/09/28 - 2024/09/29
306位(同エリア405件中)
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ゆーちさん
この旅行記スケジュールを元に
9月28日(土)
あわら温泉清風荘から米原駅まで南下、北陸新幹線「ひかり」で新横浜迄。鶴見の「大本山總持寺」を参拝する。
總持寺は永平寺と共に、曹洞宗の両大本山になっている。元々能登にあったが、1898年の大火災で多くの伽藍を失い、能登から鶴見に移された。 その後110余年が経ち15万坪の緑のオアシスとして親しまれている。
今年は開祖700年の大遠忌にあたる年だった。ガイドの詳細な解説が興味を引いた。2時間もの長い時間お寺の隅々まで歩き、そのクリーンな境内に感心する。永平寺に勝るとも劣らぬ門構え。都会にもこのような一角があるとは驚きであった。
参拝後はホテルに荷を降ろし屋形船を楽しむ。 浅草ビューホテル泊
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 4.0
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 観光バス JALグループ 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
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9月28日 清風荘の朝食はバイキングだった。昨夜の夕食の中居さんがもうバイキング会場でフレンチトーストを焼いていた。
清風荘 宿・ホテル
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清風荘を8:15出発し高速に入る
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米原への道中に見えた伊吹山 ガイドさんの話によると中国から藻草の素となる蓬(よもぎ)が最初に植えられた。外来種の植物のはしりだという。イブキトラノオもこの山の名前が付けられていることを初めて知った。しかし鹿の食害や地球温暖化による集中豪雨のため土砂流出などピンチにさらされているという。
伊吹山 自然・景勝地
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曳山祭りの看板 国の三大山車祭の一つで重要無形民俗文化財。
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米原から北陸新幹線で二時間あまり、新横浜まで移動する。駅のディスプレイは木彫の大作で目を惹いた。
米原駅 駅
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待ち時間があったので、米原駅構内から続く建物に行ってみる。
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観光情報館または公民館のようなところで、椅子やテーブルもあり、小学生が図書を利用していた。米原の水がとても美味しかった。
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米原駅の構内に戻り、10:57分発の新幹線‘ひかり646号’に乗る。
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駅のホームへ。新幹線はどれも16両編成、東京から出発する時は1号車が先頭。東京へ向かう時は16号車が先頭だそう。我々の乗車も16号車で先頭だった。新幹線はUターンできないからだという。ガイドの存在は旅を楽しくしてくれる。16号車にはカナリア諸島からの陽気なスペイン人団体客が乗っていた。
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新横浜には午後1時頃着いた。横浜の観光バスに乗る。総持寺へ向かう途中、昔の船着き場が続いていた。中には、船体がひっくり返って船腹を見せて浮いていたものもあった。
新横浜駅 駅
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總持寺の境内に入る。
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13:45 総持寺の入口門「香積台」に到着。大正9年完成の総檜、切妻造りの建物。総合受付や売店がある。
總持寺 寺・神社・教会
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総持寺は永平寺の開祖道元禅師の教えを引き継ぎ全国に広めた4代目の螢山禅師が開いた。令和6(2024)年は没後700 回忌(大遠忌)に当たるという。
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ボランティアによるガイド参拝が始まった。廊下はピッカピカ!「水拭きに勝るワックスはありません」とのこと
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この廊下は有形文化財だそう。毎日朝晩二回、修行僧による拭き掃除が行われる。百間廊下は講堂をつなぐ164mの長い廊下。スリッパなしで静々と進む。
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途中に向唐門(ムカイカラモン)が見えた。 大正14(1925)年の瑩山禅師600回大遠忌を記念して落慶されたという。
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廊下の曲がり角も余裕の美しさ。
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修行僧が座禅を組む部屋「大僧堂」。座禅用の黒い座布団が並んでいる。最大で一度に116名が座禅をすることができる。座禅を組む時は壁側(襖)を向いて行うと教わった。
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阿弥陀如来像に参拝、大僧堂に続いていた。
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「玉三昧」ガイドの説明には力が入っていた。何かを演じる所らしい
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寺院の木造の壁はひなびて魅力的
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参拝の賽銭箱を反対側から撮影。
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格子戸が美しい。表と裏に一枚ずつ板がペアになっている。これが本当の格子戸らしい。
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「放光堂」。外壁の様式も特徴がある。安政年間に山形・鶴岡の總持寺本堂として建立され、能登からの移転に際して献納され明治44(1911)年に落成した。現在は位牌堂として先祖供養や仏前結婚式なども行う。
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廊下の板に波の模様が彫られ、すべりにくくなっている。札幌のグランドホテルの廊下を模しているそうだ。
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「大祖堂」大きな畳の部屋に修行僧が何人か集まって儀式の練習中だった。開山堂と法堂を兼ねた建物で、鉄筋コンクリート造りでは日本最大級の大きさだそう。昭和44(1969)年完成。
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間口54m、奥行き47m、高さ36m。とてつもなく広い畳敷の部屋だった。千畳くらいあると言っていた。修行僧が朝と昼の2回のお勤めで使う他、節分や数々の儀式を執り行う。
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この木魚で時間を知らせる。起床、掃除、修行、座禅、食事など。
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「紫雲臺」へ続く真っ黒な扉にある透かし模様は總持寺の地紋である桐の花。訪問者の確認を行うためにあるそうだ。
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「紫雲臺(しうんたい)」総持寺の初代僧正(石川素童禅師)の肖像画がある部屋。總持寺を能登から鶴見へ移転することを決断した僧侶。全国の寺院の僧侶などが親しく相見する大書院。襖や板戸には近代日本画の巨匠が描いた水墨画や彩色画が多く残されている。
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東郷平八郎の書。
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その部屋の龍の絵。
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阿吽の龍が対面で襖に描かれていた。
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中庭も手入れが行き届いていた。
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「待鳳館」總持寺の迎賓館と呼ばれる建物の玄関部。現在のは三代目で昭和32年に東京千駄ヶ谷の徳川家本邸を移築したもの。かつて江戸幕府 第13代将軍 徳川家定 御台所、天璋院 篤姫が晩年を過ごした部屋がある。
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唐門のサイドにある木彫が美しかった。確か日光でもこの模様は見た気がする。
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篤姫が暮らした部屋。
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篤姫の紋であるフタバアオイの釘隠しが旧書院のあちこちに。
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篤姫の洋間の天井。木製の枠組みがユニーク。シャンデリアだ。
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あらゆるところに美しい庭園があった。
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一廻りして戻ってきた。
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売店には震災復興の応援コーナーが設けられていた。
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香積台(こうしゃくだい)總持寺の玄関口にあった大しゃもじ。お台所(厨)の右側。
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左にはスリコギ。木彫では日本最大といわれる「大黒尊天」が祀られている。お腹をさすると幸せにかつ料理上手になるというから撫でてきた。
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總持寺を出て、バスの車窓から参道を見る。
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上野駅に着いた。
上野駅 駅
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浅草ビューホテル。もとはラインダンスなどが行われる国際劇場だったという。
浅草ビューホテル 宿・ホテル
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12階の部屋からスカイツリーがばっちり!夜は3通りに輝くツリーをベッドから眺めながら眠りについた。眼下に浅草寺、花やしきが見えた。
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夕食は「あみ清」の屋形船だった。江東区の隅田川「永代橋」が見える。この近くに極東サハリン・北海道に関係のある探検家「間宮林蔵」が晩年暮らしたというのを新聞記事で読んだことがある。
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貸し切り状態、飲み放題だというが、ほとんどのメンバーが飲めない人達だった。
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屋形船の内部。これから宴会が始まる。
屋形船 あみ達 グルメ・レストラン
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事前に用意された料理。これに天ぷらが次々と配膳される。どれも熱々で美味しかった。揚げる人が船頭も兼ねていると言っていた。配膳する人も一人、乗組員は二人でこなすという。びっくり!
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シューアイスのデザートまでいただいた。
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名前のついている幾つかの橋をくぐりながら結構なスピードで進む。デッキは先頭にあるスペースのみだったが夜風が涼しかった。
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ベイブリッジ。この下をくぐって折り返す。
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アサヒビールとスカイツリー。約二時間で終了した。
アサヒビール吾妻橋ビル 名所・史跡
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その夜、ビューホテルは大浴場が無いので、ツインのバスルームで入浴した。お湯の出が遅くてちょっぴり閉口した。
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