2024/10/05 - 2024/10/07
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nichiさん
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大谷石の採石場だった場所が大谷石に関する資料館です。
子供の頃、都内には大谷石の門柱や壁のお宅が多かったです。
ブラタモリで拝見した大谷資料館。
こんな採掘場跡があるんだ~
と興味を持った次第です。
大谷石はやわらかく加工しやすいのが特徴です。
古くから建材として使用されており、8世紀には下野国分寺・下野国分尼寺の礎石、地覆石、羽目石に大谷石が使用されました。
しかし人類の歴史を紐解くと、この大谷石は、古墳時代に石棺に使われていた記録も残っているそうです。
大谷資料館はそんな大谷石採石場の跡地を利用した博物館です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
横浜の自宅から約2時間。
雨の東北道を走って栃木県の大谷資料館にやってきました。
駐車場からこんな雰囲気です。
THE採石場という感じですね。 -
自動販売機も大谷石のデザインです。
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THE採石場の跡地って感じですね。
採石場に初めて来たけど。 -
ここも人の手で削られたんだろうな~
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ちょっと普段見慣れていないこの景色にテンション上がる。
これ、露天掘りの跡? -
蒸し暑く雨降る中、地下坑道に向かう。
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800円×2枚
坑内温度14度の表記にドキッ! -
ココが入口です。
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この階段を降りて行きます。
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この階段で地下30mまで下りて行きます。
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突如現れる地下の大空間!
外は蒸し暑かったのに、中はひんやりしてます。 -
テンション上がります!
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これ、私の大好きなインディアナ・ジョーンズの世界です!
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ライティングがワクワク感を増しています。
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ここは、かつては旧日本軍の地下軍事工場があったのですね。
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陸軍の地下倉庫として、中島飛行機(現スバル)の戦闘機の機体工場として使われていたのですね。
でもでも何でここに?
と思って調べてみると、
地下空間の広大さと年の平均気温が低温であることから、戦中は陸軍所管の兵士の食糧と軍馬の飼料などの秘密倉庫として使用されていました。
そして航空機の工場は、米軍の爆撃のターゲットとして狙われてしまうので、地下生産が始まったのですね。 -
それにしても広い地下空間ですね。
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大正8年(1919年)から昭和61年(1986年)まで採掘が行われていました。
広さは2万平米。
野球場がすっぽり入るぐらいの広さですね。 -
ココが戦時中に旧日本軍の倉庫&工場だったころ、旧制中学三年生以上の男女学生を含めた約15000人もの人々が働いていたそうです。
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戦後、進駐軍はココを見て驚き、そもそもこの巨大な軍需倉庫&軍需工場の存在を知らなかったそうです。
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地下神殿のようです。
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手彫りの跡が残ってます。
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これが手彫りのあとです。
昭和35年ぐらいまでは、人間の手で掘られていました。 -
床は真っ平。
これも大谷石です。 -
暗闇の中にライトアップされたアートが見えます。
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假屋崎省吾さんの作品ですね。
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生け花のセンスを活かしているのでしょう。
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ここでは多くの方々が撮影に夢中でした。
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ココから先は立ち入り禁止ですが、教会ゾーンになっています。
結婚式が行われたり、映画やドラマ、CF、PVの撮影が行われるようです。 -
古代遺跡のようで、日本じゃないみたいです。
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この石の階段は、石を彫りながら作った階段で、あまり深くない所を昇り降りするときに使用されました。
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以前は手彫りでしたが、昭和35年(1960年)からは機械掘りになりました。
機械だとこんな跡がつくのですね。 -
機械で掘られた真ん中の大谷石のブロックをアップで!
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ここはステージみたいになってますね。
ここでコンサートが行われることもあるようです。 -
機械掘りによって、かなり効率化されたのでしょうね。
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昭和の家の門柱が並んでます。
大谷石はこうやって様々な家の玄関に使われていましたよね~ -
緩やかな坂を上って上から見下ろしてみます。
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厳かな科雰囲気も感じます。
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石材をトラックで運搬した車道です。
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ココは天然の冷蔵庫でもあります。
年間の平均気温は7度なんですね。
現在では野菜や果物、ワインや日本酒の貯蔵庫として利用されています。 -
この日の坑内の気温は14度。
冬は2度、夏でも13度ぐらいなんですね。
この日は少し高いけど・・・ -
ドンペリ?
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ドンペリの日本発売のレセプションで使われたフォトセッション用のエンブレムなんですね。
モエヘネシーから提供された展示品だということはわかるのですが、何で?
ここでドンペリが保管されていの?
よくわからん・・・ -
こうやって公開されているのは一部で、坑内が地底湖になっている場所もあるそうです。
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数多くの撮影が行われてきたこの大谷石の採掘場の跡ですが、PVでは、数う多くの胃撮影が行われたようですが、代表的な所では、B’z、GLAY、三代目 J SOUL BROTHERS 、JUJU などの撮影が行われたそうです。
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映画では、「るろうに剣心」のアクションシーンのロケで使われていたのが有名です。
「セーラー服と機関銃」でも使われたそうです。
昨年はココでBMWの新車の展示会が開催されたそうです。 -
広いな~
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手彫り時代の職人の模型です。
大変だったろうな~~ -
様々な道具が展示されています。
これは石を吊り上げたウィンチですね。 -
日比谷の帝国ホテルにもここから大谷石が運ばれてホテルの壁になったのですね。
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機械化されて以降は、1日約200本の石を加工し出荷していたそうです。
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ここから長年に渡り、結局1千万本の石が切り出され、全国に出荷されました。
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これ、すべてが一つの大谷石の塊なんですよね~
ココから外の光が見えます。 -
地下迷宮?
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ここをトラックが走り、切り出した大谷石を運んでいたのですね。
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かつて大谷に約250 ヶ所あったという採掘場の中の一番大きな採掘場のあとです。
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石の華?
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これが石の華?
夏場だから薄い?
大谷石に含まれる塩分が、冬場の乾燥した時期に噴き出るもので、夏場の湿った壁面では消滅する現象なのですね。 -
地下迷宮をグルっと回ってきました。
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ココは日本?
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スケールの大きさに驚かされました。
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地上に戻りましょう。
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資料展示室にやってきました。
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ここではこの採掘場の歴史を知ることができます。
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記録は奈良時代から・・・
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こんな荷車で運んでいた時代も大変だったろうな~~
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大谷石掘削道具一式が展示されています。
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最盛期は1970年代前半。 首都圏の戸建ての壁に使用され、採掘事業場は約120カ所、年間出荷量は約89万トンまで増えたんだそうです。
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これは手掘り時代の職人さんの道具です。
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大変だったろうな~~
粉塵問題とか当時は無かったんだろうな~ -
提灯や看板も。
誇りをもって仕事していたのでしょうね~ -
人が石を背負って階段を運んでいる写真。
150kgの石を背負子で運んでますね。
こりゃきついぞ~ -
馬車や人力で大谷石を運んでいましたが、明治に入り線路が敷かれ、国鉄日光線の駅までこうやって運ばれるようになりました。
これ、電車ではありません。
人車軌道です。
レールの上の車両を人が後ろから押して進む方式でした。
凄い時代だな~~ -
昭和39年までこの軌道は残っていたようです。
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外に出てきました。
大谷資料館、面白かったな~ -
滝もありました。
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チョコっと売店に寄ってみましょう。
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大谷石に関するものが数多く売られていました。
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相方はこの大谷ラスクを購入。
さあ宇都宮に行って餃子のランチにしましょう。
つづく
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旅行記グループ
那須岳に登りたくて那須へ。
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