2004/11/01 - 2004/11/02
324位(同エリア399件中)
リュックさん
11月1日:必要確認・手配
・明日から使用するレンタカーの予約確認と所在地確認
Hertze レンタカー営業所確認(Rottenderfer Strasse)
昨日、今日とローテンブルグの散策を充分楽しんだ。
ホテルに戻り、頼んだタクシーでローテンブルグの駅に戻り、
15時30分ヨーロッパバスに乗り、これからヴェルツブルグに向かう。
バスはクレクリンゲンのヘルコット教会前に到着した4時40分頃は
もう辺りが薄暗く、寒くなってきた。
10分程のトイレ休憩もそこそこにバスに戻る。
ヴィッカースハイム、タウバービショップハイムの町を過ぎ、
すっかり暗くなった6時30分にヴェルツブルグの駅前に着いた。
ヴェルツブルグはロマンティック街道の出発点と言われている。
フランケン地域は上・中・下の3つに分かれていたが、
この町は下の首都で司教領であった。
司教が領主で、上司がローマ皇帝であったのでその権威で
富と権力は欲しいままであった。
この町はマイン川を利用した水運とフランケンワインが
富をもたらした。
ライン、マイン、ドナウの三つの川を結ぶ場所にあり、
北海や黒海に荷を動かし栄えた。
ワインは重要な財源であり、
司教に仕える官吏たちの給料として使われた。
フランケンワインのボトルは革紐でぶら下げやすいように
下の方が膨らんだ「ボック・ボイテル」と呼ばれ、
この地の名物になっている。
-
この駅は大きい。駅前ではタクシーが沢山客待していた。
タクシーに乗り今夜の宿、
ツール・シュタット・マインツ(Zur Stadt Mainz)に行く。
道路沿いのとある建物の前でタクシーが止まり、
ここがツール・シュタット・マインツだと言う。
建物の窓は真っ暗でしかも入り口のドアーは閉まっている。
ドアーのベルを鳴らす。すると初老の太った女性が出てきた。
今日、明日は万聖節(毎年11月1日に行われる
キリスト教においてすべての聖人を記念する祝日)
でレストランは休みだが、ホテルは営業していると言う。
ここはレストラン主体のホテルで、女性3人で切り盛りしている。
女主人はコックの腕が確かで、日本の大津にドイツ料理の指南に出向き、
各地で料理を教えているという。
そんなことから彼女の料理を食べようとこのホテルを選んだと告げると
申し訳なさそうに次回は是非と言われた。
レストランは休みでも我々の為に明日の朝食は用意するとのこと。
ともあれ、エレベーターが無いので、
階段をフーフー云いながら荷物を担ぎ上げ、部屋に入った。
部屋は広い。夜間の出入りはご自由にと宿の入り口の鍵を渡された。 -
ダイニングルーム
このレストランで夕食をと予定していたが
今日は毎年11月1日に行われるキリスト教においてすべての聖人を
記念する祝日で休みであることが分かった。
次回は是非ここで夕食を楽しんでほしいと言われたが..... -
ホテルで夕食が取れないので街中に出てみた。
しかし、何処も閉まっていて、町全体がひっそり静まり返っていた。
食事を取る場所がない。
中国・タイ料理店(New Work)が開いていた。
店内に何人かの客が入っているので大丈夫だろうと入った。
今日まで毎日、グリーシーな脂っこい肉料理ばかりだったので、
そろそろラーメンのような麺類が恋しくなってきた頃で
良いタイミングであった。
ウエイトレスは小柄なタイ美人。とてもやさしかった。
中華ワンタン麺風スープと海鮮入り焼ソバを取った。
思ったより安く、美味しかった。
胃袋も懐かしい味で満足しているようだった。 -
11月2日
町は万聖節で休み。
宿泊したホテルのレストランも休み。
宿泊客は我々のみ。
こんなにいろいろな料理を用意してくれた。
用意された朝食をとり、ハーツレンタカーの営業所に
タクシーで行く。
ここも休日で事務所には誰も居ない。
待たせておいたタクシーで旧市街にある
マリア礼拝堂に行く。 -
マリア礼拝堂
一階の軒先に土産物。
1377~1481年建造で後期ゴシック様式。
入口にはアダムとイブの彫刻(リーメンシュナイダー作)
内部には多くの騎士や市民の墓標のレリーフ。 -
万聖節の市場
まだ早朝であったのか人出が少ない。
教会前の広場には沢山の出店が開店の準備をしていた。 -
リーメンシュナイダー
ヴェルツブルグに彫刻の工房を構え、市会議員、市長迄務めた、
天才彫刻家。
農民戦争で農民に加担したため、マリエンブルグ要塞に幽閉され、
拷問を受け、その際に利き腕を骨折。
ヴェルツブルグの教会、レディデンスなどに多くの作品がある。 -
マリエンべルグ要塞(Festung Marienberg)
1253年~1719年まで歴代大司教領主の居城。
リーメンシュナイダーが市長の時、農民戦争で農民側に付き、
司教領主側に負けた。
幽閉されたRandersackerer(ランダースアッカー塔)
徒歩で行けないことはないが、
山の上に聳え立つマリエンブルグ要塞にタクシーでゆく。
幾つかの門をくぐり、要塞内の中庭に着き、
ここでタクシーを降りた。
この要塞は1253~1719年まで歴代大司教領主の居城で、
ヴェルツブルグ市長であったリーメンシュナーダーは
農民戦争で農民側に付き戦ったが、司教領主側に負け、
ランダースアッカー塔に幽閉された。 -
マリエンべルグ要塞
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マリエンべルグ要塞
-
人出の少ない閑散とした要塞内を散策し、
テラスからヴェルツブルグ市内を眺める。
マイン川を挟んで両岸に
カラフルな赤銅色の屋根が軒を連ねる景色を眺めた。
大司教もここから市民の生活の様子を日毎観察していたのであろう。 -
アルテマイン橋(Alte Mainbuecke)
マリエンベルグ要塞から町までは下り坂道なので徒歩で
町まで下りて行き、アルテ・マイン橋の袂に出た。
この橋は1473-1543年に架けられ、橋の両側には
聖キリアン、カール大帝など当時の聖人、権力者の像が立ち並ぶ。
この橋も第二次大戦で破壊され復元されたもの。
この橋と似たタイプの橋がチェコ・プラハにあるカレル橋だ。
カレル橋は1402年に造られているのでカレル橋が先輩格になる。 -
アルテ・マイン橋の下流の右側に古いクレーンが
当時の姿を留めている。
ここから眺めるマリエンベルグ要塞は絵になる。
今日は薄曇りで日が射さず寒い。
辺りの木々は紅葉の真っ盛りで黄色、赤い色の落ち葉が
風に吹かれて舞い上がる晩秋の町を歩いた。 -
マイン川よりアルテマイン橋、マリエンべルグ要塞をのぞむ。
このアングルは絵になる。 -
Dom (大聖堂)
橋から直ぐにある大聖堂を訪ねた。
この教会は11~12世紀に建造されたドイツ建築を代表する
ドイツで4番目に大きなロマネスクの大聖堂。
大戦で破壊され戦後再建されている。
この教会で身廊の柱に歴代大司教の墓碑(リーメンシュナーダー作)や
祭壇左奥にシェーンボルン家出身の大司教の華麗な装飾の礼拝堂を
見学する予定であったが、
折しも、ミサの最中で見学ができない。
しかし、教会でミサを実際に見学出来る貴重な体験をした。
荘厳で賛美歌の歌声がすばらしく、心が洗われるようであった。
ヨーロッパ各地で教会を訪ねたがミサの見学は初めてであった。 -
ノイミュンスター教会 Neumuenster
ヴェルツブルグの守護神キリアンの墓の上に11世紀に
たてられたロマネスク様式。
赤い砂岩でバロックのファザードをつけた。
ドームの下にリーメンシュナイダーの美しいマリア像。14世紀に
ペストで死んだ人を抱えるように見えるキリスト像。
散歩している通りすがりの人が撮ってくれた。 -
ユネスコ世界遺産の登録された大司教の宮殿(1720~44年に建設)の
レジデンツに行く。
レジデンツ近くのケーキ屋さんでコーヒーとケーキを取り、
休憩を兼ねアフターヌーン・ティーとした。
レジデンツは堂々たる構え。 -
宮殿前の広場にフランコニアの噴水がある。
女神フランコニアにリーメンシュナイダーなど
ヴェルツブルグゆかりの芸術家3名が夫々活躍した姿で
噴水の台座の周りに座っていた。 -
宮殿内は贅を尽くした内装で階段の間にあるフレスコ画で、
世界4大大陸(オーストラリアは未発見、
正面はヨーロッパ、左はアフリカ(らくだ、アレゴリー)
後側はアメリカ(アリゲーターとインディアン)
右はアジア(ゾウ)が描かれていた。
当時の世界観が見られ面白い。
10ヶ月に及ぶ過酷な作業で早死にした
芸術家が描いた白の間にあるスタッコ(漆喰)を使ったフレスコ画、
皇帝の間、太陽神アポロの馬車に
ベアトリクス、ホーフ教会など見学した。
これらを見ると大司教が如何に重税を民に強いていたか判る。
農民が一揆を起こし、リメンシュナイダーが農民に加担し、
司教に反旗を翻したこともうなずける -
レジデンツ中庭
-
市内にはこのような場所があちこちにある。
今日でロマンティック街道バスの旅は終了。
明日11月2日から古城街道をレンタカーで走行し、
ハイデルベルグに入る。
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