2024/08/25 - 2024/08/25
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この旅行記のスケジュール
2024/08/25
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電車での移動
岡山駅(出発 8:03) → 生野駅(到着 11:01) ※相生駅・姫路駅・寺前駅で乗り換え
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自転車での移動
※駅の観光案内所でレンタサイクルを借りる。生野銀山までは、直通で15分程である。
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自転車での移動
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生野新町の町並み
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自転車での移動
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自転車での移動
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電車での移動
生野駅(出発 14:34) → 高松駅(到着 18:41) ※寺前駅・姫路駅・相生駅・岡山駅で乗
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徒歩での移動
歩いて2,3分
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電車での移動
高松駅(出発 19:40) → 岡山駅(到着 20:35)
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この旅行記スケジュールを元に
生野銀山は、日本で最も古い鉱山の一つで、明治時代から昭和時代(1973年に閉山)まで、日本有数の鉱山として日本の近代化に貢献して来ました。その間に掘り進んだ坑道の深さは880mの深部にまで達しているそうです。
日本全国から鉱夫として多くの労働者が集まり、生野町の人口が1万人を超えていた時もあったそうです。私事になりますが、明治時代に、私の遠い親族の中に、この生野に在住していた一家がいたという話を幼少時代に聞きました。
また、1895年に播但線の鉄道が開通するまで、この史跡生野銀山から姫路市の飾磨港までの49kmの区間を馬車専用道路(通称、「銀の馬車道」)が開通して、物資輸送の主力の役割を果たして来ました。
この史跡生野銀山や銀の馬車道は過去2回、訪問したことがあります。しかし、前は2回とも、時間が不足して充分な見学ができなかった為に、今回の訪問となりました。
今回は岡山駅から生野駅まで青春18切符を使いました。以前は生野駅から史跡生野銀山まではシャトルバスが走っていましたが、この5月に廃止されたそうです。そこで、駅の観光案内所でレンタサイクルを借りました。途中で昭和の名優「志村喬」の生家や、生野銀山の鉱夫達の社宅が立ち並んでいた集落「新町」と「奥銀谷」地区を見学して、史跡生野銀山まで行きました。その後、観光坑道や鉱山資料館の見学をしました。
午後になると、台風接近に伴う雷雨の恐れがあったので、早めに見学を終わらせました。この後、生野駅から四国の高松駅まで移動して、駅近くの讃岐うどんのお店を訪問して岡山に帰りました。
細かい日程は旅行記のスケジュールをご覧ください。
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出発はいつも通り岡山駅で、今日は8時09分発 相生行きの電車に乗りました。
岡山駅 駅
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姫路駅で播但線に乗り換えですが、同じ構内で再度、改札口を通らなければなりません。
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寺前駅を過ぎて、生野ダムを源とする「市川」が鉄道と平行して流れています。
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11時過ぎに生野駅に着きました。ここは完全な無人駅ではありませんでした。そして、観光案内所が隣接しています。
生野駅 駅
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以前は、史跡生野銀山行きのシャトルバスの便がありましたが、この5月に廃止になったそうです。生野銀山まで4kmで、歩いていける距離ですが、天気予報では台風の影響で午後から雷雨の可能性も高いとのこと。観光案内所の係員に問い合わせたら、有り難いことにレンタサイクルがあることが分かりました。
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レンタサイクル料金は1000円ですが、写真下のチケットを見せると、生野銀山の入場料(1200円)が半額になるとのことでした。おまけに写真上のハンカチタオルも記念品として無料で頂けました。これならバスを利用するより、安上がりの感がします!
雷雨の可能性があるので、長時間の観光はできませんが、色々な所に立ち寄ることが可能になりました。 -
生野駅(写真の左端)から生野銀山(写真の右端)のルート図です。市川を上って行けば、銀山に辿り着けます。西から口銀谷(くちがなや)地区、新町地区、奥銀谷地区に分かれます。私の親族が住んでいたいたのは、多分、新町です。
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生野銀山まで4km、鉱山職員宿舎「甲社宅」までは500mの標識が見えました。
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この路地を20m入った所に、「志村喬 記念館」と鉱山職員宿舎「甲社宅」があります。
旧生野鉱山職員宿舎 名所・史跡
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写真は受付の建物で、土産屋も兼ねています。受付は名前、住所を記入するだけで、入場は無料です。
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左に見えるのが、「志村喬 記念館」です。
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昭和の名優「志村 喬」の紹介文です。志村さんはこの社宅で暮らしたことがあります。
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「甲社宅」の紹介文です。
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志村喬記念館です。志村喬さんが少年時代を過ごした大正期の様子や雰囲気を感じ取ることができる社宅です。
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記念館を別の角度から写しています。建築当時の生野瓦は現在でも現役です。
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中に入ると、昔懐かしい釜戸がありました。私の幼少期、昭和30年代初期には、日本のどこの家にも釜戸があったと記憶しています。
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手前に見えるのが昭和中期、その向こうが明治後期の社宅です。宿泊体験の為の設備も用意しているみたいです。
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志村 喬さんの生誕地です。「いぶし銀」といわれた志村さんの演技は私の心に残っていますが、黒澤映画の『七人の侍』が特に印象深いですね!
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生野駅から生野銀山への中間地点にある三菱マテリアル(株)生野事業所の正門です。かつては生野鉱山本部が置かれたところです。
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生野事業所の向かいにある建物です。大正7年に配給所として開設された購買会で、今も現存している建物です。昭和29年には、2階に従業員食堂が増築されました。「銀の馬車道」はこの辺りが起点になっていたようです。
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この「たばこ」の看板が、歴史を感じますね。
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この建物の西側の壁には、この拡大写真が取り付けられています。
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購買会の横を流れる「市川」です。
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生野銀山まで2kmです。向こうに見える山の麓が生野銀山です。
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新町駐在所の看板が見えます。ここから新町・奥銀谷地区が始まります。
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市川の向かい側には、外国人宿舎跡地(ムーセ旧居)があります。川で水遊びをしている子供の姿が見えます。
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それでは奥銀谷地区の通りを進みます!
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鉱山繁栄当時の風情を残した民家があります。私の親族も、この辺りに住んでいたのでしょう。
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生野新町郵便局です。郵便局は昔からこの位置にあったのでしょうか?
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浄土宗「本来寺」への入口です。
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鉱山の作業現場の環境は劣悪で、坑内作業者は短命が多かったそうです。そして、全国各地から作業員は集まっていたので、生野には多くの宗派のお寺が沢山、あります。
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お寺の本堂です。故人のご冥福をお祈りしました。
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奥銀谷地区自治協議会「かながせの郷」の建物が、小学校跡地と思われる所にあります。
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生野銀山は橋を渡って、坂道を600m程、上った所にあります。
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銀の馬車道の横断幕が橋に取り付けられています。
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史跡生野銀山に到着しました。空がだんだん曇って来ているので、長時間の見学は出来そうにありません。
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生野銀山の由来が解説されています。
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金香瀬坑道の入口です。
生野銀山 名所・史跡
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坑道の上側にある道を進むと、往復に40~50分かかる金香瀬旧坑露頭群があります。ここには、江戸時代に掘られた手掘りの穴が点在しています。
いつか、時間が充分ある時に訪問してみたいです。 -
観光坑道の長さは、約1000mの見学コースです。中に入ると冷気のある風が吹いてきました。坑内の温度は年間を通じて13度だそうです。外部とはかなり温度差がありますね。
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坑道内では通風がよくないので、人工的に風を送っていました。
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作業員が坑内の地下水を引き上げて、排水を行っている様子です。
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ノミ一つで狸掘りを行っている様子です。
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鉱石をかき集めるスクレーパーの原動機(スラッシャー)です。
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蓄電池機関車と坑内外断面図です。
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上向きの削孔の様子です。
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坑内の様子を図示しています。
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昭和4年に作られた巻き上げ機です。
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エレベーターから降りてトロッコ(人車)に乗り込んでいる様子です。
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掘大工と女手子です。ご夫婦で働かれているのでしょうか?
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鉱石を小さく砕いて選別を行っています。
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食事を取っている様子です。一日の内で、唯一の楽しみな時間かもしれません。私の想像を超える厳しい生活だったと思います。
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灯りを頼りに、掘り出された鉱石を背負って運んでいる様子です。さぞかし重労働だったでしょう。
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坑木を用いて、支柱を組む作業をしています。
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トロッコのレール跡です。
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出口の橋を渡ります。
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出口を出た所にあるお賽銭箱です。家族の無病息災を祈ってお供えしました。
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鉱山資料館です。
生野鉱物館 名所・史跡
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いろいろな展示品がありましたが、親族が働いていた明治30年頃の展示パネル写真をカメラに収めました。この神社は、この近くにある熊野神社にも似ています。
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これは明治35年頃の正門前のパネル写真ですね。
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昔の祭りの様子ですが、さぞかし賑わっていたのでしょう。
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生野駅周辺にあった昔の町並みです。
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日本の近代化に、さぞかし力を貸したことでしょう。
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外国人技師の力も借りながら、製錬していたのでしょう。
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作業員の皆さんは、日本の繁栄、そして自分の生活の為、どれ程の汗を流されたことでしょう。
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生野銀山の坂道を下った所にある熊野神社の鳥居です。資料館に展示されていた生野山神社にもにているような気がします。
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帰途、市川沿いにある「トロッコ道が見える公園」に立ち寄りました。
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トロッコ道の解説が載っています。
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市川の向こう岸にトロッコ道の跡が見えます。
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ご当地グルメとして、生野鉱山の社宅で食べられたハヤシライスが復刻して、「生野ハヤシライス」として朝来市の沢山の食堂で販売されています。
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生野駅近くの「ロクログ」さんで頂いたハヤシライスです。昔ながらの味付けでした。トロトロのオム卵は絶品でした。
ロクログ グルメ・レストラン
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生野駅の東口です。
生野駅 駅
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駅の東口の広場にある旧日下旅館です。明治42年の建築で、大正10年に3階建てに増築されました。とても年代を感じさせる由緒ある建物です。
旧日下旅館 名所・史跡
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雷雨の恐れがある為に、予定より早く生野駅に戻って来ました。それで時間が充分にあるので、瀬戸大橋線を渡って高松駅に寄り讃岐うどんを食べて帰ることにしました。写真は瀬戸大橋から見た本島です。本島は小学校5年の時に、臨海学校で訪れたことがある、懐かしい島です。
瀬戸大橋 (香川県) 名所・史跡
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坂出駅から見た、「讃岐富士」と呼ばれる飯野山です。
飯野山(讃岐富士) 自然・景勝地
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夜の高松駅に着きました。
高松駅 駅
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高松駅から歩いて2,3分の所にあるうどん店です。
JR四国系列店だと思います。めりけんや 高松駅前店 グルメ・レストラン
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営業は20時までで、既に19時10分を過ぎていました。天ぷらは茄子(徳島産)とレンコンしか残っていませんでしたが、コシのあるウドンと共に美味しく頂きました。安くて美味しく、流石、四国の讃岐うどんです。
この後、岡山駅に向かいました!
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