2024/08/10 - 2024/08/10
148位(同エリア324件中)
関連タグ
放浪ラォレンさん
- 放浪ラォレンさんTOP
- 旅行記42冊
- クチコミ0件
- Q&A回答0件
- 20,255アクセス
- フォロワー13人
この旅行記のスケジュール
2024/08/10
-
電車での移動
岡山駅(出発 6:14) → 王子駅(到着 9:48) ※大阪駅・天王寺駅経由で
-
徒歩での移動
1,2分で移動可能
-
電車での移動
新王寺駅(出発 10:12) → 石見駅(到着 10:59) ※ 西田原本駅・田原本駅で乗り換
-
徒歩での移動
唐古・鑓遺跡まで歩いて約20分
-
徒歩での移動
2,3分の移動
-
徒歩での移動
唐古・鑓考古学ミュージアムまで約5キロ
-
徒歩での移動
西田原本駅まで約20分
-
電車での移動
西田原本駅(出発 15:30頃) → 新長田駅(到着 17:30頃)
-
徒歩での移動
歩いて数分
-
徒歩での移動
歩いて数分
-
徒歩での移動
歩いて数分
-
電車での移動
新長田駅(出発 19:00頃) → 朝霧駅
-
電車での移動
朝霧駅 → 明石駅(到着 19:30頃)
-
徒歩での移動
歩いて数分
-
徒歩での移動
歩いて数分
-
電車での移動
明石駅(出発 20:25) → 岡山駅(到着 22:41)
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
唐古・鑓遺跡は、奈良盆地の中央部に位置する、日本で最大級の弥生時代の大環濠集落跡です。弥生時代前期から後期まで約700年間もの間、幾重もの環濠に囲まれた集落が継続して形成されていました。
遺跡内には、土器、木器、石器、ヒスイ勾玉等が出土されており、高床の建物の柱と推定されるケヤキ材の柱も発見されています。公園内には、高床倉庫の柱と、出土した土器に描かれた楼閣が復元されて、弥生時代の風景が再現されています。
また、後には、この集落の住人が隣の纏向エリアに移動して邪馬台国を建国し、その後、邪馬台国が大和朝廷に発展したという説が一部に現れるほど、この地域は非常に歴史ロマン溢れる所です。
今度の旅行では、青春18切符で岡山駅から奈良県の王子駅まで移動した後、近鉄で新王子駅から石見駅まで行きました。その後、徒歩で唐古・鑓遺跡史跡公園と唐古・鑓考古学ミュージアムを見学しました。
帰りの道中では、兵庫県のJR新長田駅近くにある「鉄人28号モニュメント」と、JR朝霧駅の間近で明石海峡大橋を見学し、鉄道沿線の各種ご当地グルメ(ソウルフード)も賞味して帰りました。
なお、詳しい日程はスケジュール表をご覧ください。
-
何時もの通りに、岡山駅発6:14発の姫路駅行きの電車に乗って出発します。
-
相生駅で新快速に乗り換えです。この後、大阪駅で「みやこ路快速」に乗って、王寺駅まで行きます。
-
JR天王寺駅を過ぎて、暫くすると鉄道は大和川と並行して走っている区間があります。古代では、大阪湾からこの大和川を通って奈良盆地に物資が運ばれたのでしょう。
-
JR王寺駅に到着しました。改札口は2階にあります。
-
近鉄の新王寺駅は直ぐ、近くに隣接しています。
-
これから西田原本駅までの電車に乗りますが、途中の駅は全部で6駅です。
-
近鉄の電車は、このような感じの電車です。
-
西田原本駅に到着しました。
-
向いに、乗り換えの田原本駅があります。
-
近鉄橿原線に乗って石見駅に到着しました。
-
石見駅から歩いて、目的地の唐古・鑓遺跡に向かいます。唐古と鑓はそれぞれ、田原本町にある地名です。途中に大和川の支流である「寺川」にかかる石見橋があります。ここは奈良盆地の中央付近になり、橋付近は見晴らしも良いので、南の方向の山を写してみます。
-
今度は、東側に見える山々を写してみます。
-
北の方向に見える山々です。西の方向は建物が邪魔して見えませんが、盆地の中心部ということが分かります。
-
唐古・鑓遺跡の手前に彩華ラーメンのお店があり、昼食に立ち寄りました。
彩華ラーメンは天理スタミナラーメンと共に奈良県で人気を二分するラーメンです。どちらも白菜が入っているのが特徴です。 -
彩華ラーメンの大です。白菜、ニラ、豚肉等が入って旨味のあるラーメンです。ニンニクを加えて、より美味しくいただきました!
-
唐古・鑓遺跡史跡公園に着きました。
-
今から2000年前に、日本最大級のムラ(甲子園球場10個分の広さ)があり、日本各地との交流もあったそうです。想像を加えたものはあるにしても、弥生時代の風景を楽しむことができます。さあ、出発進行!
-
橋の向こうに、広々とした遺跡が見えます。ここが、遺跡への入場口となります。
-
まず、ムラの回りの環濠の解説文を読みます。
-
ムラを囲んでいた大環濠跡です。
-
石器の石材(サヌカイト)は12キロ離れた二上山から運ばれたそうです。
-
遠くに、大型建物(倉庫?)跡と復元楼閣が見えます。拡大して写してみます。
-
大型建物跡(13.2m×6m)が発掘されて、太さが最大、83cmのケヤキ材が使われていたそうです。2200年前にそのような建物があったのですね。
-
大型建物の復元した柱です。床の高さは2mと設定されています。
-
弥生時代には勿論、文字はまだ、存在しなかったけれど、土器に絵画は描かれていたのですね。それから、推定して建てられた楼閣ということで、歴史ロマンが掻き立てられます。
-
別の角度から見た楼閣です。立派な建物ですね!
-
又、別の角度から写します。
-
紀元前1世紀頃の壺に描かれていた絵画を基に楼閣を復元したとのことです。この絵画土器は、弥生時代中期の壷の胴部に「楼閣」と寄棟建物の2棟の建物を描いたもので、3つの破片が残存しているそうです。
-
私の住んでいる岡山県から土器が運ばれていたとは驚きですね! 弥生時代というのは、私が思っていた以上に、文化と交流が発達していたのですね。
-
唐古池に映る楼閣です。
-
男性のお墓が見つかり、男性は彫りの浅い顔立ちだということが分かっています。
このことからも、弥生人というのは、朝鮮半島を通って渡って来た人々であることは間違いないでしょう。国際的な繋がりもあったのでしょうか? そして、縄文人とは、どのように混血していったのでしょうか? 色んな疑問が湧きます。
なお、今では、ゲノム情報により日本人の形成過程がかなり、解明されてきています。 -
公園周囲の水田を50cm掘り下げると、そこはもう、弥生時代の地層なんですね! そこから、環濠を見つけたそうです。
-
環濠跡です!
-
写真では分かりにくいですが、公園内に設置された全ての解説看板の内容と設置場所が掲示されています。
-
公園内の入口に戻って来ました。
-
入口付近にある展示情報館に入ります。
-
発掘場所の模型が展示されています。
-
楼閣が描かれていた土器の写真です。土器片には渦巻きの棟端飾りが付いた屋根が上下に2つ描かれています。
-
大型建物跡の柱穴から見つかった、直径83cm、樹齢110年のケヤキ材からできた柱です。
-
唐古・鑓遺跡から約5キロ程離れた所にある唐古・鑓考古学ミュージアムに歩いて来ました。複合施設の田原本生涯学習センター内にあります。とても大型の近代的な建物です。
-
弥生人の特徴を表した土器や土製品を出土した遺跡が紹介されています。対馬海峡を渡って来たことは間違いないことですが、この時代にそのような航海術があった事さえ、私にとって信じ難いことです。
-
出土した木製品です。
-
次に土器です。とても精巧な製品ですが、これを使って水や食料を保存していたんですね。
-
銅鐸製造に使った道具です。
-
私が一番、関心を寄せたことですが、唐古・鑓遺跡の規模縮小と纏向遺跡の出現がスライドして密接な関連があるという学説です。私はこの学説を支持したいですね!
-
4~5世紀に、この遺跡から馬の頭蓋骨等が出土されており、この時代に馬を所有することができる有力集落であったことは特筆すべきことです。江上波夫さんの「騎馬民族征服説」を支持することはできないとしても、この時代に大量の馬が倭の国に入って来たことは間違いないことです。
-
馬の埴輪も、それ以前の時代には無かったのですね。
-
唐古・鑓遺跡から纏向遺跡への系譜が図示されています。
-
田原本駅に向かう途中に田原本町役場がありました。
-
今から50年程前に、田原本町の市町郵便局の辺りから田原本駅までの区間を歩いたことがあります。私事ながら、その区間の風景はとても思い出に残っているので、備忘録として写真に残しました。
-
昭和の家並みの佇まいは少し残っています。この通りはアーケードのような感じで、屋根が取り付けられていた区間がありましたが、それはもう、撤去されていました。賑やかだった昔の面影はもう、殆ど残ってはいませんが、私の記憶の中には、鮮明に残っています。
-
田原本駅近くに立ち並ぶ、昔ながらの飲食店です。
-
近鉄の田原本駅です。これは半世紀前と、あまり変わりはないようです。
-
田原本駅前の建物です。以前は本屋でしたが、観光案内所等に変わっていました。
-
個人情報の関係でしょうか、駅前の地図も簡素なものに変わっていました。
-
西田原本駅から電車に乗り、17時半頃にJR新長田駅に着きました。歩いて5分程の所にある鉄人広場に行きました。
-
高さ18mの鉄人28号のモニュメントです。私が小学生低学年の時に「鉄人28号」と「鉄腕アトム」が放映されていました。私は「鉄腕アトム」より、現実感のある「鉄人28号」の方が好きで、夢中になって見ていました。
-
長田区は「そばめし」の発祥の地です。そして焼きそば等に入れる「ぼっかけ」も有名です。焼きそば専門店に立ち寄りました。
-
注文したのは、「ぼっかけ」入りのソバメシです。
「ぼっかけ」とは、牛スジ肉とこんにゃくを甘辛く煮込んだもので、全国的にいうところの「すじこん」のことです。 食べてみて、流石、本場の味だとは思いました。 -
次に、訪問したのはJR朝霧駅です。
-
駅前から海へと向かう唯一のルートが、朝霧駅の上に架かる歩道橋です。
-
2001年に花火会場に向かう途中、この橋で群衆雪崩が起こり、11人の人が亡くなりました。その人達の慰霊碑です。
-
明石海峡大橋が間近に見えます。
-
阪神大震災の時でも、持ち堪えた橋です。この時は人間の作り出す技術に感動しました。
-
最後は明石駅に寄り、卵焼き(明石焼き)を注文しました
-
卵が多く入った生地に大きなタコが入っており、とてもあっさりとした中にもクリーミィな味とタコのシコシコ感が、とても美味しかったです。腹いっぱいになり、明石駅から岡山駅に向って、旅行は終了しました。
この旅行記のタグ
関連タグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
大和郡山・田原本(奈良) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
66