2024/06/08 - 2024/06/08
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ゆうこママさん
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白洲正子の著書に登場する寺を巡った。盛安寺、西教寺、安養寺、東方寺
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盛安寺 大津市穴太
久しぶりの訪問。
十一面観音観音立像が有名。四本の手、右手に錫杖を持ち岩盤上の蓮台に立つ。
元の彩色が取れて、全体に白い印象の仏さま。なので私は美白観音と呼んでいる。 -
旧観音堂の上奥の白い建物が今のお住い。美白観音にふさわしい。
天智天皇建立の崇福寺に元々はいらした像と地元では伝わる。
が、お像は平安時代中期の雰囲気だそうだ。 -
盛安寺の旧観音堂。
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次は、西教寺 大津市坂本
信長叡山焼き討ちで壊滅したが、明智光秀がいち早く復興した。信長が天台宗本体には死ぬまで許さなかった寺の復興を、天台真盛宗の西教寺のみには許したそうだ。
なぜか?天台の中で西教寺の天台真盛宗は物欲がなかったからなんだって。 -
西教寺本堂。重文
本尊は甲賀の常福寺からきた丈六阿弥陀。本尊阿弥陀も重文。
その右後ろに、薬師如来立像がいらっしゃる。太ももには古様なX字型の衣文が刻まれる。最澄自刻と伝わる根本中堂の薬師と同じスタイルだそう。左右に不動明王と毘沙門天を従え、比叡山形式で並ぶ。 -
西教寺
重文の客殿には京都の法勝寺伝来の薬師如来坐像。
口を小さく結び若く清々しくキリリとした像。
重文。 -
光秀や奥さんの墓のほか、収蔵庫では聖観音を拝観。
聖観音は写真で見る印象よりも頭が小さくて長身細身。おなかを少し突き出して、静かに佇む。物欲の無さそうな佇まい。穏やかなお顔に見とれる。膝下に翻波式衣文が見え、手のひら、裾には金箔の欠片が微かに光る。10世紀頃の像とのこと。
庫内には桃山時代の石灯篭も並んでいた。 -
西教寺 門前から琵琶湖を望む。湖面が見えるだけで妙に感激する。
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延暦寺の里坊が並ぶ道。木陰にほっとする。
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昼食は芙蓉園にて
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芙蓉園の前。
これがあの穴太衆積みの石垣かと感激。
加工しない自然のままの石を組む。 -
午後は栗東市の安養寺
良弁僧正の創建と伝わる。法相宗から中興の空海により真言宗に。元々は安養寺山への信仰が始まりではとのこと。
本尊薬師三尊は、玉眼が入り鎌倉時代のもの。衣文するどく、きりりとした表情で男っぽい。
左右に並ぶ十二神将は三尊より新しいものらしいが、生き生きとしてポーズが決まり、いぶし銀の色合いがカッコいい! -
安養寺
本尊薬師の前の小さな厨子には胎内から発見されたという仏様が安置されている。阿弥陀如来立像、毘沙門、大黒、不動明王、愛染明王などほかにも見どころもりもり。
足利将軍六角征伐や信長の六角攻めで兵火にかかり、そのたびに復興を遂げてきた安養寺。仏像や寺全体からものすごいパワーを感じる。 -
続いて、栗東市小柿の東方寺。来歴詳細不明だが、元々は1キロ四方の天台系大寺院であったらしく、平安時代の密教系仏像が多数残る。
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本尊は薬師如来で左に月光菩薩、右に十一面観音。
さらに、聖観音と左右に兜跋毘沙門天、閻魔のトリオ。聖観音は幼い少女のよう。守ってあげたくなる愛らしさ。 -
さらに左側には十二神将や四天王のような像が8体。その中にコメディアンがいた。ドリフの加藤茶、高木ブー、仲本工事似の神将がいたのだ。表情が面白すぎ。
片隅には江戸時代の版本大般若経。毎年1月8日に転読会が行われるそう。
正統派美女系、カワイイ系、コメディアン系と豊かな一日が終わった。
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