2004/10/29 - 2004/10/29
69位(同エリア86件中)
リュックさん
ロマンティック街道の旅、第1日:
10月29日
・ホーエンシュバンガウ~ディンケンスビュール
07:10: Lv. ホテル
07:55: Lv. ホーエンシュバンガウ(ヨーロッパバス)
途中休憩停車。その間観光
・ヴィーズ教会
・ネルトリンゲンなど
12:45: Av. ディンケンスビュール
13:00: Av. ホテル ドイチェスハウス
ディンケンスビュール市内散策
泊: ホテル ドイチェスハウス
-
ロマンティック街道は
北の起点となるヴュルツブルクを南下してフュッセン迄
460㎞のバスルート。
我々は逆にホーエンシュバンガウ、フュッセンから北上して
ヴュルツブルクまでをヨーロッパバス
(Deutshe Touring GmbH)で
中世の町並みを訪れながら3泊4日の旅。
交通手段はヨーロッパバスを使い、
ミュンヘン駅で3区間のバスチケットを購入。
・ホーエンシュバンガウ~ディンケンスビュール
・ディンケンスビュール~ローテンブルグ
・ローテンブルグ~ヴェルッブルグ
このバスは1日1便で4月から10月迄利用できる。
我々はシーズン最後の便を利用したことになる。 -
バスチケット
・ホーエンシュバンガウ~ディンケンスビュール
今日からヨーロッパバスでロマンティック街道を北上し、
ディンケルスビュール、ローテンブルグに滞在し
ヴェルツブルグまでゆく。
前の晩に頼んでおいた5時のウエイクアップコールで起床、
パッキング、7時朝食、7時30分精算、7時50分バス停着と忙しい。
天候は曇が多いが青空から満月が辺りを照らす。
まだ日の出まで時間がかかりそうで周囲は薄暗く、
人通りの無い坂道を我々はスーツケースを引いてバス停に急ぐ。
バス停にも誰も居ない。
8時近くなると辺りはすっかり明るくなった。
ローカルバスが着いた。
沢山の子供達が降りてきた。もう通学時間だ。
やがて定刻の8時7分にバスが来た。
客席は真っ暗。誰も乗っていない。
ドライバーにディンケルスビュールまでのチケットを渡し、
誰も居ないバスの最前列の席に座る。 -
バスは先日オーバーアマガウから来た時に通った道を戻るように、
シュタインガーデンの村を通り、ヴィーズ教会に向かう。
背後に荒々しい山並みが遠くに見える。
我々はあの山々を越して来たのだ。
ロマンティク街道は良く整備されている。
道行く車はフュッセン、インスブルック方面の方が多い。
街道の小さな村は綺麗に手入れされ気持ちが良い。
ヨーロッパバスは当初、主な村・町などを
ドイツ語、英語、日本語で説明したテープを流していたが、
乗客は我々、日本人2名だけなので、
途中から日本語の解説テープのみが流された。
ヴィーズ教会前の駐車場
ヨーロッパバスの乗客は我々のみ -
朝のヴィーズ教会
シーズンオフの為か見学者は誰もいない。
ヴィーズ教会に着いた。
ここで20分程度の停車。
その間に世界遺産に登録されたヴィーズ教会を見学する。
教会は田園地帯の中にポツンと建ち、
教会前に土産物屋兼レストランが一軒あるのみで他に何もない。
シーズンオフの早朝の為か観光客は我々のみ。
寄付をして教会内に入る。 -
ヴィーズ教内部は暗く写真が撮れなかったので...
見事な天井画ほ写真を拝借
教会内は外観とは全く異なり、
宮殿のように目を見張るような立派な装飾であった。
教会内はまだ照明が入っていなかったので薄暗かったが、
照明が入ったらさぞかし絢爛豪華であろう。 -
バスは見渡す限りに広がった田園地帯を走り、
30年戦争以来無傷で中世の姿をそのまま残すランツベルグを過ぎ、
広いバイパス路を進むと急に車の数が増え、
やがて大きな町の中に入ってゆく。
ここがアウグスブルグ。
バイエルン地方で3番目に大きい都会で、
市電が市内を走り、交通量が多い。
レンタカーを運転しなくてよかった。
バスはアウグスブルグの駅で10分間のトイレ休憩。
ここで2組4名の日本の若者が乗り込んできた。
バスは再びバイパスに入る。
晴れていた空が曇ってきた。
天気予報ではドイツ北部は連日雨らしい。
そういえば数日前から新潟県長岡の地震によるがけ崩れ、
日本青年がイラクでテロリストに捕まったこと、
アラファトがパリの病院に入院、
ブッシュとケリーの大統領選挙など
様々なニュースが入ってくる。
バスはドナウ川に流入するヴェルニッツ川を渡ると
ドナウヴェルトの町中にはいる。
メインストリートは中世そのままでの姿を良く保存している。
バスは更に北上し、ハールブルグの小さな町を過ぎた辺りから
青空が見え明るくなってきた。
やがて、城壁にある狭い入り口をくぐると
ネルトリンゲンの町の中心に着く。
ここで休憩。
この町はかつて隕石で出来た盆地にあり、
円形の城壁内は中世の面影を充分に残している。
街中を散策してみた。
道行く人たちが当時の服装であったら、
完全に中世の町にタイムスリップしたような感じになるであろう。
聖ゲオルグ教会や城壁の回廊を訪れたかったが、
時間が無いので眺めるだけになった。 -
訪れたかったSt. Georgkirch (聖ゲオルグ教会)は
15世紀に建てられた。
教会内部で特に興味があったのは教会内部はハレンキルヒェ
様式で(身廊と側廊の天井までの高さが同一で、他の教会と
異なる。
HPから画像借用 -
アウクスブルク中央駅Augsburg Hauptbahnhof)は
アウクスブルクにある主要鉄道駅。
駅舎はドイツに現存する駅舎の中でも古い物の一つで、
1843年から1846年にかけてバイエルン州内の主要駅の駅舎を手がけた
建築家Friedrich Bürkleinの計画で建てられた。
開業は1846年7月1日。
アウクスブルク中央駅は
アウクスブルク都市圏やシュヴァーベン地域の鉄道網の拠点。
ICEやインターシティでミュンヘン、ベルリン、
フランクフルト・アム・マイン、ハンブルク、
シュトゥットガルトなどドイツの主要都市と結んでいる。 -
アウグスブルグ駅前
-
ネルトリンゲン市内
-
ネルトリンゲン インフォーメーション前
円形の町の地図がある。 -
ネルトリンゲン市内
バスの出発時刻になった。
我々のバスに同乗していた若者たちはバスを
降りたとたん消えてしまったので、
どこか特別な見所があるのだろうかと思っていた。
そうしたら、彼らは缶コーヒーやお菓子を入れたビニール袋を
提げて戻ってきた。
到着と同時にスーパーマーケットに直行したのだろう。
街中では会わなかった。 -
ディンケンスビュール外景
ネルトリンゲンを離れ、しばらく走ると
大きな城壁に囲まれた町に入りバスは町の中心にある
市庁舎の裏手に停車した。
ドライバーから「ディンケルンスビュールに着きましたよ」と知らされ、
バスから荷物を降ろしてもらい、
今夜の宿、ドイチェスハウスに行く。
ディンケルスビュールは「小麦の丘」の意味で穀倉地帯の中心。
第二次大戦の被害を受けなかった。
17世紀の30年戦争(1617~1647)により荒廃したドイツは
多くの餓死者、病死者が出た。
この戦争の最中にスウェーデン軍がこの町を攻撃しようとした時に
子供達が「町を壊さないで」と願い出て町は破壊から免れたことから
毎年、7月に子供祭りとして演じられる。
実際は「食糧と冬季の宿営地を提供し、破壊と略奪から免れた」らしい。
町には大きな穀物倉庫の建物がいまも残されている。
ディンケンスビュール散策
城壁内はあちこち見学しながらゆっくり散策できる広さだ。
・Hstorischees museum (歴史博物館)
1280年の建造物。 時代ごとに生活様式を復元 -
ディンケンスビュール
町の名前は「小麦(ディンケル)」と「丘(ビュール)」の
2つの言葉が合体してできた。穀倉地帯の中心。
第2次世界大戦の被害を受けなかったので
現在も中世そのままの姿を残している。
町を囲む城壁見張りの塔も完全な形で残っている。
西側のゼーグリンガー門とネルトリンガー門との間に
7つの塔が立ち並ぶ。
我々も歩いてこれらの塔を見た。
これほど塔が西側に集中している丘の勾配が
西の向かって高くなっているいるから
敵の攻撃が常に西側に集中していたのであろう。
17世紀の30年戦争(1617-47)により
荒廃したドイツは多くの病死、餓死者が出た。
この戦争の最中にスエ―デン軍が
この町を攻撃しようとしたと時に
子供たちが「町を壊さないで」と願い出て
町は破壊から免れたことから、
7月に子供祭り(キンダーツエッヘ)として演じられている。
実際は「食料と冬季の宿営地を提供し、
破壊と略奪から免れたといわれている。 -
かつて兵士が見回り、巡回したであろう城壁に沿って散策
-
マルクト広場から一歩路地に入るととても静か
市民の生活の匂いがする -
望遠すると
-
ディンケンスビュール歴史博物館付近。
中世時代の姿をとどめる家屋と庭
街中のケーキ屋さんで簡単な昼食を済ませ、市内を散策する。
町を囲む城壁には沢山の見張り塔が当時のまま残され、
城壁に沿って作られ道を歩いてみた。静かだ。
この町は木立が多い。
紅葉した木の葉が一部落葉し、晩秋の風情を一層醸し出している。 -
ドイチェスハウス
ホテルはバス停から直ぐにあった。
6階建ての堂々たる国宝級の切り妻屋根の木骨組み家屋で
1440年に建てられ、現在もホテルとレストランとして利用され健在だ。
客室は10部屋のみとのことで早めに予約して置いたので
ここに宿泊することが出来た。
バー兼受付でチェックイン。
ホテルの若い従業員が階段を上って重い荷物を軽々と担ぎ上げてくれた。
部屋に入る。
部屋はあまり広くはないが、家具調度品は当時のままのようで趣がある。
バス、トイレは広く、近代的で綺麗。 -
-
2004年に宿泊した時は薪の匂い、
薄暗い中世の雰囲気であったが、
最近の画像を見ると当時の雰囲気、壁画を残し
すっかりリフォームされきれいになっている。 -
リフォームされきれいで、明るくなった
ダイニングルーム。 -
薄暗いダイニングルーム。
中世の雰囲気そのまま。
フィルム写真機ではきれいに撮れなかった。 -
今夜はホテルのダイニングルームで食事を取る。
太い柱で組まれ、紋章などが描かれた天井、
彫刻が施された分厚い板の壁面はチョコレート色に変色し
長い歴史を感じさせる重厚な部屋だった。
我々はその窓側の予約席に付いた。
宿泊客ではない外来の客でダイニングルームは
瞬く間に満席になった。
後から来た客は席につけず帰って行く。
我々はここでビールとステーキで
ディンケルスビュールの夜を味わった。 -
夜警
-
あるイベントを見るために夕食後ホテルの前に出た。
ホテル前のマルクト広場の教会前にかなりの人が集まっている。
しばらくすると豆腐屋さんが吹きならしていたような
あのラッパを吹きながらランターンと杖(槍?)を持ち、
中世さながらのいでたちで一人の老人が現れた。
彼はディンケルスビュール名物の夜警である。
現在はショー化し、観光客をひきつれ、
あちこちのホテルに立ち寄り、
夜警のお礼として出されるワインを飲み、
付いてきた観光客におすそ分けをする。
このようなイベントは旅行者にとって楽しい。 -
第9日 ■10月30日(土)ローテンブルグ
昨日歴史博物館に夕刻行ったら
閉館まで30分しかないが良いかと聞かれ、落ち着かないので、
見学を止め、今朝一番で再度博物館を訪ねた。
展示品は古く、埃をかぶっていたが、受付けの男も陰気で、
博物館の展示品みたいだった。
今日は広場近くの建物で催物があり沢山の人が集まっている。
ブラスバンド隊の演奏や屋台などとても賑やか。
催物の展示会場に入ると色々な川魚がいけすで沢山泳いでいた。 -
大人と子供が一緒にブラスバンド演奏
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生け簀には川魚
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10時45分 :ディンケルスビュール(ヨーロッパバス)
14時10分 :ローテンブルグ着(タクシーでホテルヘ)
バス停に行きヨーロッパバスを待つ。
これから次の目的地、ローテンブルグに行く。バスに乗る。
バスには既に何人かが乗っていた。
ディンケルスビュールで乗った太った男がいた。
バスのドライバーと親しげに話し、
バスが停車する先々の村や町の人と挨拶をしていた。
バスが走行中ドライバーとずーっと大声で話し、
一番前の通路の床に客に配るパンフレットを敷き、座りこんだ。
「Bitte, setzen Sie sich ?」(ここに座りませんか?)と
最前列にいた我々が席を譲ると、
「Danke Shoen」(ありがとう)と云って、
また通路に座り、ドライバーと話し続けていた。
フランケンの王宮があり、
帝国自由都市であったフォイヒトヴァンゲン、
ドナウとライン川のヨーロッパの分水嶺にある
シリングスフェルストの町を過ぎると間もなく
ローテンブルグの駅前に着いた。
続く
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