2024/06/05 - 2024/06/06
79位(同エリア691件中)
ハイペリオンさん
- ハイペリオンさんTOP
- 旅行記173冊
- クチコミ91件
- Q&A回答35件
- 473,140アクセス
- フォロワー48人
阿波池田の宿を朝8時前に出て、
阿波池田駅近くのバスターミナル
から大久保行きのバスに乗り、東
祖谷(ひがしいや)にある落合を
目指した。
落合は、源平合戦に敗れ源氏方の
執拗な平家狩りを警戒した平家の
一部の人々が四国山間部を彷徨い
ながらたどり着いた安住の地とさ
れている。そして、二位の尼(平
時子=平清盛の継室)らとともに
海中に没したとされる安徳天皇を
火葬に処したとする場所もある。
現代でも1車線しかない道路を延
々2時間近くバスで走ってやっと
たどり着けるところにある深い渓
谷にある集落だった。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- 楽天トラベル
-
7時におばあちゃんが朝食を
運んできてくれた。
質素な和食である。
朝食を済ませ、7時半過ぎに
宿を出た。挨拶しようと思っ
たが、おばあちゃんの姿は見
当たらなかった。 -
駅前のコンビニで昼飯用のパン
を買い、バスターミナルで8時
15分発のバスを待った。
祖谷は外国人旅行者にも注目さ
れている場所ということなので、
外国人の客が多いのかと思って
いたが、ぼく一人だった。 -
かずら橋という観光名所でトイレ
休憩をとって、2時間弱かけて落
合に着いた。 -
谷底を川が流れ、その周囲に民家
があり、斜面にも民家が建っていた。 -
斜面に集落全体が見える展望台が
あるというので行くことにした。
途中カラフルなトカゲくんを発見。
西日本ではよく見るトカゲである。
ちなみに毒を持っている。 -
使われなくなり、放置されてしまった
水車小屋。 -
その先に茅葺き屋根の民家があった。
-
茅葺き民家へ行く途中にあったお堂。
-
長岡家の住宅。現在は人は住んでいない。
当然国による保存が入っている。 -
平家の一族郎党が落ち延びて来た際の
建物はもっと貧相だったんだろうなと
思わず妄想する。 -
長岡家住宅の先にも茅葺き屋根の古い住
宅が2軒見えた。 -
坂道のカーブのところにはこのような
杭のような石が置かれていた。
ガードレール替わりだろうか。 -
民家にはガラス戸が入っていて、新たに
建てられたもののようだ。 -
片方の表札には「晴耕」。
-
もう片方には「雨読」とある。
店舗か何かだろうか。 -
坂道をかなり上って来たが、展望台らしき
ものがないので、谷に降りることにする。 -
昼前になったので、バス停近くにあった
そば道場というところで昼食。 -
ざるそばを注文。
ここで製麺しているのでうまいね。 -
「ヤバいよヤバいよ」ってことは
出川哲郎? -
今度は反対側に上ってみることにする。
-
ここには共同墓地のようなものはなく、
お墓があちこちに点在している。 -
集合住宅があるが、こんな山奥に建てて
住む人などいるのだろうか。 -
すでに廃屋になっているのもあるし。
しかし、こういうものはほとんど見かけ
ない。
新しく移住するような人もいないだろう
し、出ていく人もほとんどいないのかも
しれない。 -
絵に描いたような心霊スポット的外観。
-
内部もぐちゃぐちゃで荒れ方が香ばしい。
-
いつからこのあたりに人が住み着いてい
たのかという記録は残っていないが、平
家の落人たちというのは一応伝説という
形になっている。
しかし、ここから祖谷方面に戻った栗枝
渡八幡神社 (くりしどはちまんじんじゃ)
には「安徳天皇御火葬場」というものが
ある。
つまり安徳天皇を八幡神社で火葬に処し
たということである。 -
火葬を行なったということは、安徳天皇
は壇ノ浦の合戦で海中に没したというこ
とはなくて、実は生きていて、ここまで
落ち延びて来ていたということなのか。 -
しかし、火葬にしたとして、なぜ陵墓が
ないのか。
安徳天皇陵と称するものは西日本に数か
所あり、宮内庁も参考陵として認めてい
るものあるが、それがここにないという
のはどういうことなのか? -
鎌倉幕府成立後も鎌倉による平氏残党
狩りはかなり執拗だったようだが、現代
でも来るのが大変な奥祖谷のこの場所ま
で追及の手が伸びるとは考えづらい。
お墓くらいは作っておいても良さそうな
ものだが。
安徳天皇を火葬にした人たちは、遺骨を
持って別の場所へ移住していったという
ことなのか。 -
落合集落に平家を想像させるものはほぼ
なかったが、唯一この墓のお名前だけが
平家を彷彿させた。 -
「平」という文字が入っているだけだが。
-
バスがやって来たので、これに乗って次
はかずら橋へ向かう。 -
1時間近くかかってかずら橋の停留所に
着いた。
ここはとにかく名所を訪ねるだけでバス
に1時間近く乗っていなければならない。
祖谷川の向こうには「かずら橋夢舞台」
という道の駅のようなものが見えた。 -
ここにも民家が斜面に建っていた。
今でさえ車を使っても1日がかりのよう
な山奥にわざわざ住み着くような人たち
というのはやっぱりいろいろと訳ありだ
ったんだろうなということは感じられる。 -
このいささか胡散臭い感じ、行ってみ
たいが閉鎖されているようだ。 -
すでに閉館となった宝物館。
まあこんな山奥だと維持管理費が
捻出できないだろうな。 -
停留所から数百メートル歩いたところ
に料金所がある。 -
これがそのかずら橋。
-
かずらとは葛と書く、つる植物である。
このように材木を固定するためにロープ
ではなくかずらを使っている。 -
橋を吊る材料もすべて葛が使われて
いるように見えるが、現在はワイヤ
ーが使われており、装飾用に葛で覆
っているということだ。 -
さて、渡ってみようか。
-
うっ、下を流れる川が丸見えだ。
-
こっ、こわい・・・。
-
こんなん、足がズボッていったら
どうすんのよ! -
高さ20メートルもない橋だが、とに
かく怖い。
カメラ片手に端をつかみながら恐る
恐る渡った。
スマホ片手にとんとんとんと軽快に
歩いて来る人がいる。スマホ落とし
たらどうすんの!? -
かずらで作られた橋この地域には10
本以上あったという。
16世紀あたりにはあったようだが、
それ以前のことはわからない。
伝説では屋嶋の合戦で敗れた平氏
の平国盛が安徳天皇とともにここ
までやって来たということになっ
ている。
葛で橋を造ったのは、残党狩りが
やって来たら、容易に落とせるか
だという。
なお、平国盛は壇ノ浦の合戦まで
平氏方の武将として奮戦した平教
経の息子とされている人物である。 -
橋を渡ったところに祠があった。
-
無事に渡れたことを感謝してお祈
りをささげた。ああ怖かった。 -
とにかく外国人旅行者というか
中国人旅行者の多い場所である。
この橋だけを見にこんな山奥ま
でやって来たのか。 -
かずら橋が見えるところで、中国人旅行
者たちが記念撮影をしていた。 -
安徳天皇の火葬場があって、このように
外からの侵入者を拒む橋があるなど、平
家落人をイメージさせそうな場所ではあ
る。しかし、安徳天皇がここで本当に火
葬されたのか、では、西日本に何か所か
ある安徳天皇陵とされるものは何なのか。
まだまだ謎が多い。 -
対岸の停留所から見たかずら橋夢舞台
で一休み。
「男とおんぬああああ~♪」ってのは確
か「夢芝居」だったな。
「けいこ不足を幕は待たない、恋はいつ
でも初舞台」くーっ、染みるじゃねえか
梅沢富美男。 -
昔のかずら橋の写真があった。
今と形は変わらないが、おそらくワ
イヤーなど使っていない時代のもの
だろう。
葛は材質としてそれほど強くないの
か、3年で架け替えていたという。 -
山地なのでやっぱりそばが主食だっ
たようだ。 -
葛で作ったかずら橋のミニチュア。
-
鳥の夫婦?
葛使ってます。 -
バス停に行くまでの茶屋で一休み。
-
鮎の塩焼きとでこまわしというのを食
べた。
でこまわしというのは、祖谷の料理で、
じゃがいも、そば団子、こんにゃくを
串刺しにして、味噌で焼いたもの。
囲炉裏でくるくる回しながら焼いたら
しい。
かなりしょっぱかった。
鮎はうまいね。 -
バス停で30分ほど待って阿波池田行き
のバスに乗った。
これに乗らないと16時56分発の徳島行
きに間に合わない。 -
徳島線の阿南行に乗る。
約2時間の列車移動である。 -
19時前に徳島駅に着いた。
地方駅はどこも閑散としているところ
が多いが、ここはけっこうにぎやかだ。 -
駅前の通りをまっすぐ歩き、媚山の手前
を左折して少し歩いたところにあるのが
今日の宿、ホテルネクセル。
19時を過ぎていてチェックインのゴール
デンタイムだったので、客がどんどんや
って来ていた。全部一人客。サイクリス
ト、バイクツーリスト、外国人のお遍路
さんもいた。
女の子ががんばってさばいていた。 -
客室は窓のないシングル部屋。
安いからこれで十分。 -
狭い部屋にいても退屈なので、外で
酒を飲むことにした。
すぐ近くの居酒屋でたこわさにチキ
ン南蛮。まあ普通の居酒屋の味。
そういえば、徳島の名物ってなんか
あったっけ? 特にないよなあ。
勘定のときに「お遍路さんですか?」
と聞かれた。どこでお遍路に見えた
のか? -
〆はすぐ近くのうどん屋で。
-
普通にきつねうどん。
-
大阪へ戻るバスが昼前なので、それまで
市内見物。
まずは眉山のふもとにある天神様へ。 -
19世紀に創建された新しい神社である。
本殿も普通の感じ。 -
本殿の脇に石段があり、これを上って行
くと眉山の頂上へ行くことができる。 -
眉山をぐるりとめぐるように敷かれてい
る道路にはところどころに石仏が置かれ
ていた。 -
こちらは木製。
-
よく見ると四国八十八ヶ所の寺の名を
冠した祠があった。 -
ここの祠群にも八十八ヶ所の寺の名が
付けられている。
つまり、眉山をぐるりと回るとしんど
い思いをしなくても八十八ヶ所めぐり
ができるというお手軽なことになって
いるのだ。
1日1回南無阿弥陀仏と唱えれば救済
されるとか、マニ車を回せばお経を唱
えたことになるとか、大乗仏教は大衆
への布教を優先するためか、何かと簡
略化するのが好きだが、これもその一
環か。 -
このまま眉山を上ろうかと思ったが、
ホテルからサンダルで出て来たので、
さすがに登山道は厳しいのでホテルに
戻ってチェックアウトすることにした。 -
ホテルをチェックアウトして、ロープ
ウェイで眉山山頂へ。 -
乗り場は萌え画で溢れていた。
-
300㍍に満たない山なので、ロープウェ
イで数分である。 -
山頂はアンテナだらけだ。
-
ミャンマー風の仏塔があった。
-
平和記念塔と名付けられている。
徳島県内でビルマ戦線を戦った人たちが、
戦没者を慰霊するために建てたという。
当時のビルマから仏舎利も贈られている
そうだ。 -
頂上からの眺めは素晴らしい。
大阪湾が見渡せた。
10時過ぎに下山し駅へ向かった。 -
徳島は地方都市では人口の多い街だが、
やっぱりシャッター商店街があるし、 -
街の真ん中に廃墟もある。
人口減と排除したくてもできない廃墟が
残ってしまうのが現実のようだ。 -
バスの出発前に商店街の中の食堂で昼飯。
-
ハンバーグ定食を注文。
-
昼前の関西空港行きに乗り、大阪へ帰る。
5000円とちょっと高いのだが、大阪から
電車に乗って帰るのも時間がかかるし乗
り換えもめんどくさいので、関空まで行
くことにした。
四国は交通ICカードが使えず、使える
ものと思って1万円近くをチャージして
しまった身には交通費を二重取りされた
気分だった。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
祖谷渓・かずら橋・大歩危(徳島) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
86