2024/06/16 - 2024/06/16
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しろくまクンクンさん
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筑波海軍航空隊 司令部庁舎へ行きました。
戦後は病院施設になっていたそうですが大きな改修はなく当時の外観を保っているようです。
映画のロケ地としても有名ですがゴジラなどのセットがありますが撮影は不可です。
地下戦闘指揮所へ行きました。
1945(昭和20)年に筑波海軍航空隊に本土防衛を目的とした戦闘機隊基地の要塞化とともに「地下戦闘指揮所」が建設されました。
全長3㎞にも及ぶ基地内外の地下通路も完備されたようです。
事前予約が必要です、土日のみの公開で定員10組で開放されています。
阿見町 予科練 平和記念館へ行きました。
搭乗員としての基礎訓練をするもので、終戦までの15年間で約24万人が入隊し、うち約2万4千人が飛行練習生課程を経て戦地へ赴きました。なかには特別攻撃隊として出撃したものも多く、戦死者は8割の1万9千人にのぼりました。
雄翔館(予科練記念館)へ行きました。自衛隊の敷地内にあります。
内部の撮影は不可です、若くして戦死した人たちの家族へあてた手紙や遺品が展示されています。
鹿島海軍航空隊跡へ行きました。
旧帝国海軍の「鹿島海軍航空隊」跡地です。
土・日のみオープンしています。平日は撮影などがあるようです。
ゴジラや映像研には手を出すななどのロケ地として有名ですね。
司令部の建物は戦後の97年まで東京医科歯科大学の病院として使われていたようです。
https://youtu.be/0wN8rqyF4d0
https://youtu.be/L8fGn4Mxozw
https://youtu.be/NoRY715SW9I
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩 バイク
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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筑波海軍航空隊 司令部庁舎へ行きました。
11時から「地下戦闘指揮所」の予約がしてありますので受付をしてちょっと館内を持て戻ってからもう一度見学予定です。 -
零式艦上戦闘機21型後部胴体です。
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ニュージーランド空軍がソロモン諸島で回収したラバウル航空隊の所属機です。
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地下戦闘指揮所の出入り口です。
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コンクリートの打ちっぱなしの室内です。
内部は暗く入り口で懐中電灯を貸し出してくれます。 -
平地に約2mの穴を掘り、木組みと太い鉄筋にてコンクリートの部屋を作り、石・砂利などを混ぜた土で挟んだ上にさらにコンクリートで補強した二重構造になっています。
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大部屋といっても幅5m、長さ6mほどしかありません。
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案内板です。
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指揮所自体は5部屋しかありません。
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庁舎と地下戦闘指揮所を結ぶ幅1.2m地下トンネルは全長2.2㎞のうち半分が当時のまま現存しています。
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筑波海軍航空隊 司令部庁舎へ戻りました。
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手前は一部木製の模擬魚雷(航空魚雷)です。
奥はカーチス・ライトR-3350 B29にも搭載された空冷星型エンジンです。 -
室内は撮影不可です。
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この施設で撮影された資料です。
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多くの映画撮影に使用されました。
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「号令台」です。
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阿見町 予科練 平和記念館へ行きました。
「土浦海軍航空隊」は、阿見町の霞ヶ浦湖畔にある陸上自衛隊武器学校一帯にあり、予科練教育の中心地として多くの練習生たちが訓練した場所です。 -
『予科練』の代名詞とされ、『若鷲の歌』にも歌われた『七つボタン』を展開の素材とし、七つのテーマを持った部屋で空間を構成しています。
室内は撮影禁止です。 -
14才半から17才までの少年を全国から試験で選抜し、搭乗員としての基礎訓練をするもので、飛行予科練習生制度が始まってから、終戦までの15年間で約24万人が入隊し、うち約2万4千人が飛行練習生課程を経て戦地へ赴きました。なかには特別攻撃隊として出撃したものも多く、戦死者は8割の1万9千人にのぼりました。
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1、入隊
2、訓練
3、心情
4,飛翔
5,交流
6、窮迫
7,特攻 -
人間魚雷「回天」の実物大模型です。
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回天と平和記念館です。
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自衛隊の衛兵が見守るゲートを進みます。
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広場に予科練の碑(予科練二人像)があります。
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山本五十六元帥像の後ろにありますのは雄翔館(予科練記念館)です。
館内は撮影禁止です。
館内には特攻などで亡くなった若人の最後の手紙が展示されています。
検閲がありどこまで本音で語っているのかはわかりかねますがとても10・20代の若い人たちの言葉と思えない重い内容に心が痛み、現在に自分を見るとふがいない気持ちになってしまいました。 -
入ることはできませんが武器学校に並ぶ戦車です。
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青空に記念館は美しく映えていました。
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鹿島海軍航空隊跡へ行きました。
土・日のみオープンしています。平日は撮影などがあるようです。 -
自動車車庫が受付になっています。
ゴジラや映像研には手を出すななどが有名ですね。 -
受付を済ませ路の反対側にあります鹿島海軍航空隊本庁舎跡から見学します。
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コースマップと謎解きの紙をいただきまわります。
正解するとクリアファイルがもらえます。 -
2階へは上がれません。
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がらんとして何もありません。
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本庁舎の裏手に回ります。
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本庁舎裏を進みます。
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士官宿舎跡があります。
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コンクリート製の基礎が残るだけです。
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簡易的なロープにより通路は制限されています。
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汽缶場跡を望みます。
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近づくとかなり朽ちているのがわかります。
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野ざらしの施設なので仕方がありません。
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ボイラーです。
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かろうじて雨にあたっていないのでこの状況です。
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このまま朽ちていくのでしょう
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歴史が止まり時がたっているのを感じます。
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何とも言えない雰囲気です。
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自力発電所跡です。
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天井の骨組みのみが残っています。
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あと数年で入ることができなくなりそうです。
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ちょっと小高い撮影スポットよりの自力発電所跡です。
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趣があります。
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