2024/05/15 - 2024/05/15
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2024年5月、北海道・道北1,500㎞の旅に行ってきました。
5月15日(水)は塩別おんねゆ温泉から網走へ向かいます。
網走監獄、流氷館により能取も先を経てサロマ湖まで行きます。
今日はサロマ湖畔での泊りとなります。
ここでは、網走監獄の途中までです。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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朝風呂に入りました。
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脱衣所
誰もいなかったので撮らせてもらいました。
かなり年期が入っています。 -
風呂もお世辞にも綺麗とは言えません。
但し、源泉かけ流しです。
アルカリ性単純泉、自噴ではなく揚水ですが泉温が45.7度あります。
湯から出た後もポカポカ、今回の旅で最も良い温泉でした。 -
食堂です。
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朝食
納豆は普通のパック、魚はサバ、何故か韓国ノリ、卵はこだわりのものです。
生卵は黄身しか食べられないのですがこだわりの卵なので白身がなかなか分離しません。
普通はこの白身と掛け合わせて食べるのでしょう。
○ゃらん4.3、□天4.06の宿でした。 -
北見ハッカ記念館が最初の立ち寄り先となります。
ホクレン北見薄荷工場の研究室として昭和10年に建てられた建物を移築したものです。 -
内部
9時の開館と同時に入りました。
無料です。
館長さんから北見のハッカについての説明を受けます。
北見のハッカについてですが、シソ科のハッカ草を農家が栽培・収穫し、茎・葉を乾燥させたものを水蒸気蒸留して得られるのが取卸油(原油)となります。
ここまでが農家の仕事で、取卸油は工場に運ばれハッカ脳(固形分)を除去して精油(白油)となります。
戦前において北見のハッカは、最盛期に世界の消費量の7割が生産されていました。
戦後はブラジルなどにとって代わりますが、北見においてもハッカの生産は続きます。
しかし、石油合成による大量生産が始まり1983年(昭和58年)にはホクレン北見薄荷工場は閉鎖されます。 -
1階の展示室
製品(白油)を作る機器が展示されています。 -
農家において取卸油を作る際の蒸留器の模型が展示されています。
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2階、
食品、飲料、医薬品など多岐にわたるハッカ油を使った製品が展示されています。 -
2階の貴賓室があった部屋にホクレン北見薄荷工場の模型が展示されています。
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隣に薄荷蒸留館があります。
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内部
ハッカ蒸溜器のミニチュア(手前のステンレス製機器)で蒸留のデモンストレーションが行われています。
ハッカ製品の売店も併設されています。 -
田中式薄荷蒸溜器
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左が木造である田中式から鉄製の蒸溜器に代わったもので右が田中式薄荷蒸溜器以前の蒸留器
網走監獄に向かいます。 -
国道240号線を網走に向かって走るとメルヘンの丘があります。
北海道のどこにでもあるような風景? -
網走監獄博物館です。
網走刑務所の旧建造物を保存公開している野外博物館。 -
鏡橋
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入口
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脇に入館受付があります。
入場料1,500円です。
入場です。 -
正門
立っているのは人形です。
奥に庁舎が建っています。 -
明治45年に建てられた庁舎
昭和63年に移築復元されたもので重要文化財です。
網走監獄は網走刑務所の改築に伴い旧構築物を文化財として保存する等の目的で博物館として昭和58年に開館したものです。 -
北海道における監獄のパネル展示があります。
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刑務所の管理部門がここに配置されていました。
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ミュージアムショップも有ります。
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順路に沿って進みます。
裏門
受刑者が塀の外の作業場に出かけるときに通った門
大正13年のもので平成7年に移築復元されたものです。 -
哨舎と裏門
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刑務所水門
網走川の水運を利用して物資を運び入れていたそうです。
こちらは再現されたものです。 -
味噌醤油蔵
再現されたものです。 -
内部
大きな樽が置かれていました。
1升瓶が約5,000本入ります。 -
休泊所
囚人が塀の外へ出て日帰りできない作業をする場合の仮小屋です。 -
囚人が丸太を頭に寝ています。
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中央では囚人が立って食事をしていました。
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釧路地方裁判所網走支部法廷復原棟
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内部は平成3年まで使用されていたものです。
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1人の裁判官が担当する単独法廷
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3人の裁判官が審査する合議法廷
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旧網走刑務所職員官舎
明治45年に建てられ改修・補修を繰り返し昭和58年まで使用されていました。
この三軒長屋は再現されたものです。 -
炊事場
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刑務官の家族です。
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もう一部屋あります。
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耕転庫
こちらも再現んされたものです。 -
当時の農機具があります。
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右に漬物庫
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鍜治場が再現されています。
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漬物庫の内部
直径、深さとも1.6mの漬物樽 -
監獄歴史館
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現在の刑務所の看守が立っています。
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看守の脇には独居房がありました。
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雑居房もありました。
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中央には映像展示が有りました。
道路工事の作業の様子です。
網走刑務所の歴史は釧路の監獄から中央道路(旭川~網走)の工事に当たるため明治23年、網走に囚人を移動させたことが始まりです。
過酷な作業を強いられて多くの人が亡くなっていてます。 -
戒具や囚人服、食事なども展示されています。
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二見ヶ岡刑務支所
網走の西方の丘陵地に明治29年広大な土地で農業を行い自給自足を図るため開設されました。
正面は二見ヶ岡農場庁舎、左は炊場
明治29年に建てられ平成11年に移築復元されたもので重要文化財です。 -
庁舎に入ります。
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中に入ると左に事務室、炊場、作業場があります。
右に教誨堂があり、奥が舎房です。 -
事務室、奥が場長室
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食堂
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炊場
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風呂
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作業場
左奥にトイレがあります。
中央奥に鍵鎖附着所があります。
右奥が鍵鎖附着所の2階に上がる階段です。 -
鍵鎖附着所
農作業に出入りする際に戒具を着脱する場所。
受刑者が足洗槽で草鞋を洗っていました。 -
鍵鎖附着所の2階は雑品庫、衣服庫などの部屋があります。
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第二舎
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雑居房
手前から見ると中が見えません。 -
反対側からは中を見ることが出来ます。
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第一舎
舎房は2ヵ所です。 -
教誨堂
教誨師がおられました。 -
二見ヶ岡農場庁舎を出て来ました。
西門哨舎と二見ヶ岡農場作業 -
二見湖畔神社
網走刑務所二見ヶ岡農場の受刑者が、大正2年に社を建てたもので網走監獄へ移築されたものです。 -
登り窯
所内でレンガを製造していました。 -
二見ヶ岡農場作業の様子
受刑者が色あせていないのに感心しました。
次は「五翼放射状平屋舎房」からです。
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